第六章:「蠢動編」

第1話「凱旋」

 統一暦一二〇三年八月十八日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 捕虜と軍馬との交換は無事に終わり、レヒト法国軍は一昨日の八月十六日にクロイツホーフ城を出発した。


 クロイツホーフ城にはまだ黒狼騎士団約一千名が残っているが、これは平時の体制であり、ヴェストエッケに対する脅威は去ったと言っていい。


 戦死者の遺体の処理や城内に設置した罠の撤去もほぼ終わり、ここでの仕事はほぼ終わった。

 そのため、第二騎士団は本日、王都シュヴェーレンブルクに向けて出発する。


 エッフェンベルク騎士団だが、あと二日残ることになっていた。

 これは敵の撤退が欺瞞でないことを確認するためと、一度に八千人を超える兵士と獣人奴隷、元々騎士団に属する軍馬一千頭強に加え、四千頭が一度に移動すると大規模すぎ、野営などが難しくなることを考慮した結果だ。


 そのため、第二騎士団四千五百人強と法国軍から得た軍馬二千頭が本日、エッフェンベルク騎士団二千二百名弱と軍馬二千頭、獣人奴隷約六百名が明後日と、分割することにしたのだ。


 既に西方街道沿いの町や村には飼葉などの物資の手配を依頼しているため、物資不足ということにはならないが、これだけの数になると移動させるだけでも大変だ。


 出発に当たり、第二騎士団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵が簡単な演説を行った。


「今回の勝利は諸君らの奮闘によるものだ! この働きに必ず報いると約束しよう!」


 そこで兵士たちが歓声を上げる。それが静まったところで子爵が話を続けた。


「しかし我々は多くの戦友を失った。彼らの献身的な働きがなくば、祖国を守り切れなかっただろう。犠牲となった戦友ともに今一度哀悼の意を表したい」


 そこで子爵は黙祷を捧げる。私たちも同様に目を瞑って犠牲者の死を悼んだ。


「これより王都に凱旋するが、我々は王国第二騎士団だ! 精鋭であることを忘れず、最後まで気を抜くことなく行軍してほしい! 以上だ!」


 子爵の話が終わると、第一連隊から動き始める。

 私が属する騎士団司令部は列の真ん中辺りになるため、出発までまだ時間がある。


 その時間を利用して、守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍やライムント・フランケル副兵団長に挨拶を行う。


「お世話になりました」


 そう言って頭を下げると、将軍が笑いながら答える。


「世話になったのは儂らの方だ。法国が攻めてきたら、またよろしく頼む」


「私が来る必要はないと思いますが、可能であれば。それよりも兵団の再編を早急にお願いします。法国の北方教会が兵団の定員割れのことを知れば、神狼騎士団を派遣してこないとも限りませんので」


 ヴェストエッケ守備兵団は今回の戦いで、正規兵だけでも五百名以上の戦死者を出し、更に義勇兵も四百名ほど失っている。そのため、全体では一千名減の七千名ほどになっていた。


 特に問題なのは正規兵が二千五百に減っていることで、義勇兵を早急に正規兵に昇格させなければならない。


「儂とライムントで鍛えなおさねばならんと思っておるところだ。ふた月ほどで何とかするつもりだが、王宮の方をよろしく頼む」


 守備兵団は、王国騎士団と同様に軍制改革を行うことを提案することになっている。その際に定員を三千名から五千名に引き上げ、更に士官教育も徹底させる。


 しかし、マルクトホーフェン侯爵派の宰相が反対する可能性があり、その対応が必要だ。

 これについては一応考えがあり、ヴェストエッケにある叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの長距離通信の魔導具を使って王都シュヴェーレンブルクに連絡し、既にいろいろなところが動いているはずだ。


 定員の増加については、来年いっぱいで目途を付ければ何とかなると考えている。

 レヒト法国の首都である聖都レヒトシュテットと北方教会の領都クライスボルンには闇の監視者シャッテンヴァッヘの間者が情報収集に当たっており、奇襲を受ける可能性が減っているからだ。


 そんな話をしていると、出発時間が近づいてきた。


「それでは元気でな。儂も年明けには王都に行くが、その時はよろしく頼む」


 そう言って右手を差し出してきた。

 今回の戦いでの褒賞を受け取るため、守備兵団を代表して王都に行くことになっている。


「お待ちしております。将軍もお元気で」


 その後に副兵団長とも握手を交わし、馬車に乗り込んだ。

 馬車が動き始めると、イリスが話し掛けてきた。


「ようやく帰ることができるのね。ちょうど一ヶ月だったわね」


 彼女の言う通り、七月十八日にヴェストエッケに到着している。


「一ヶ月で終わってくれてよかったよ。半年は覚悟していたからね」


 当初は膠着状態に陥って半年ほど掛かると見ていた。しかし、白鳳騎士団のギーナ・ロズゴニー団長と赤鳳騎士団のエドムント・プロイス団長が早期の攻略を望んだため、意外に早く終わった印象だ。


 もし、じっくりと構えられたら、ゾルダート帝国やマルクトホーフェン侯爵が動き出し、こちらが焦って失敗した可能性は否定できない。


「王都に着くのは九月の中頃ね……元の生活に戻れるかしら」


 彼女が言わんとすることは分からないでもない。

 戦争のことばかり考えていた生活から、学院の教員という平和な仕事に戻ることができるのか不安はある。


 その他にもイリスには別の思いがありそうだと思った。


「騎士団に入りたくなったかな?」


「そうね。兄様たちを見ていたら羨ましくなったわ」


「グレーフェンベルク子爵閣下に頼めば、第二騎士団に席は用意してくれるはずだよ。第四騎士団の改革で多くの人が引き抜かれるだろうから」


 守備兵団だけでなく、王国第四騎士団も改革の対象として提案する予定だ。

 現在、第四騎士団は旧来の貴族家中心の編成であり、このままでは戦力とならない。しかし、教育を受けた士官が少なく、第二騎士団から送り込む必要があった。


 また、第三騎士団は今年の一月に編成を変更したばかりで人材不足だ。そのため、実戦経験を持つ第二騎士団の隊長クラスが引き抜かれる可能性は大きい。


 そう言った事情だから、優秀なイリスなら希望すれば、第二騎士団の中隊長や参謀として歓迎されるだろう。


「羨ましく思ったけど、騎士団に入るつもりはないわ。私に隊長は無理だし、参謀も大変な仕事だと分かったから……」


 そこではにかむように微笑む。


「それに騎士団に入ったら、あなたと一緒にいられないじゃない」


 その言葉に私は顔が熱くなったが、護衛であるカルラがいるため、沈黙するしかなかった。


 行軍は問題なく進んだ。

 予め伝令を先行させて大規模な軍勢が移動してくることを伝え、物資などの準備をしていたためだ。


 また、長距離通信の魔導具で王都に連絡してあったため、王都に近い町や村にも情報が届いており、全行程を通じて準備不足などのトラブルは起きなかったのだ。


 我々が移動する先々で、住民たちが街道沿いに立ち、勝利を祝ってくれた。

 そのため、兵士たちの士気はこれまで以上に高く、グレーフェンベルク子爵たちも終始機嫌がよかった。


 何度か天候が崩れたものの、約一ヶ月後の九月十六日に無事王都に到着した。

 王都でも道沿いに多くの市民が並び、王国の国旗が振られていた。また、色とりどりの花びらが撒かれ、凱旋パレードといっても過言ではないほどだ。


 七年前のフェアラート会戦の敗北の時は緘口令が敷かれていたが、今回は久々の大勝利ということで、第二騎士団凱旋の情報が大々的に伝えられていたらしい。


「凄いわね。こんな歓迎を受けるとは思わなかったわ」


 イリスの言葉に私は頷いた。


「本当だね。思った以上に、ノルトハウゼン閣下が上手くやってくれたようだね」


 カスパル・フォン・ノルトハウゼン伯爵は第二騎士団が出征するのに合わせて、麾下のノルトハウゼン騎士団を率いて王都に入っている。


 軍の改革派であり、グレーフェンベルク子爵とも良好な関係であることから、今回の勝利を王国軍改革に繋げるために動いてもらったのだ。


 ヴェストエッケ出発前に連絡していたが、その後は王都の情報があまり入っていなかったので、ここまで盛大なものになっているとは知らなかった。


「マルクトホーフェン侯爵がこのことを聞いたら、きっと苦虫を噛み潰したような顔になるわ。見てみたかったわね」


 そう言うとさっきまでの爛漫な微笑みではなく、少し黒い感じの笑みを浮かべている。

 マルクトホーフェン侯爵は守旧派であり軍の改革に反対しているだけでなく、イリスにとっては王妃マルグリットを暗殺した仇のような存在だからだ。


「そうだね」


 そう答えるものの、侯爵が大人しくしているとは思えなかった。

 侯爵の動きを探る必要があると思いながら、外を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る