第43話「懸案処理」

 統一暦一二〇三年八月十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 レヒト法国軍の夜襲を撃退し、今後の方針をある程度決めた後、私は二時間ほど仮眠を摂った。


 起きたのは午前八時過ぎで、疲れはあまり取れていなかったが、今日やるべきことを総司令官である第二騎士団団長、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵らと協議する必要があり、二時間の仮眠で済ませたのだ。


 それでも私は恵まれている方だ。

 子爵は前線で戦闘指揮を行ったにもかかわらず、不眠不休で後始末の指揮を執っていた。他の指揮官たちも同様で、部隊の再編と戦死者の遺体の処理などを行っていたため、横になる時間はなかった。


 私も一緒に後始末の手伝いをするべきだったが、子爵から“頭がきちんと働くように寝ておけ”と命じられたため、私とイリスは強制的に仮眠を摂らされたのだ。


 城主館にある司令官室には主だった指揮官が集まっていた。


 エッフェンベルク騎士団団長カルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵、守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍、同じく守備兵団のライムント・フランケル副兵団長、第二騎士団参謀長ベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵が会議用のテーブルを囲んでいる。


 一番若輩の私とイリスが仮眠を摂り、不眠不休で働いていた上席者を待たせる形になった。そのため、非常に気まずい。


「遅くなって申し訳ありません」


 私が謝罪すると、イリスも同じように頭を下げる。しかし、グレーフェンベルク子爵は笑みを浮かべて首を横に振った。


「私が命じたことだ。それにさっきも言ったが、戦後処理のことがあるから君が万全でないと困るのだ」


 子爵の言葉に全員が頷いている。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、私とイリスが席に着くと、すぐに会議が始まった。


「戦死者の遺体の処理は守備兵団と義勇兵、エッフェンベルク騎士団で行っている。ただ敵の死体の数が膨大で、処理に困っているところだ……」


 戦死者は王国側が約八百で、法国側が約八千。真夏ということもあり、遺体の腐敗が懸念されている。とりあえず、法国兵の死体は城の外に運び出しているが、十日前の攻防戦より五倍以上と多く、焼くには大量の物資が必要で手間も掛かりすぎる。


 海に流してしまおうという案もあったが、海の中にも魔素溜まりプノイマプファールがあるため、アンデッド化する恐れがある。南に流れていってくれればいいが、ヴェストエッケの北には農村や漁村があるため、安易に流せない。


 このまま埋めるにしても数が数だけに穴を掘るだけでも、今日一日で終わらないことは明らかで、何日掛かるか想像もつかない。


「捕虜については今のところ落ち着いている。だが、不安に思っていることは間違いなく、こちらも対応に苦慮している……」


 捕虜は約二千人。今は五人一組にして、反抗的な行動を採った場合は連帯責任で五人全員を処刑すると脅している。但し、牢に入れるには多すぎるため、一般の兵舎を使っており、暴動が起きたら一気に広がる可能性があった。


 軍馬との交換を考えているが、どのような交渉を行うかの具体的な方針が決まっていないため、まだ捕虜たちに説明しておらず、彼らが不安に思っている可能性が高い。


「……この辺りが喫緊で君の知恵を借りたいことだ」


 この二つについてはある程度考えてあった。


「まず遺体の処理ですが、敵が掘ったトンネルを利用してはどうでしょうか。大きさを確認していませんが、あれだけの量の土が出たのですから、充分な大きさがあると思います」


 敵が掘っていたトンネルは二本あり、兵士が自由に動けるほど広いはずだ。どうせ埋め戻すなら、それを墓地として活用した方が合理的だ。


「確かにそれがよいな」


 子爵が頷くと、ジーゲル将軍も賛同する。


「あの場所なら仮にアンデッドになっても大きな問題にはならぬ」


 城壁の近くであり、アンデッドが動き出したらすぐに発見できる。八千が一度にアンデッド化するとは思えないので、都度処理していけば、ヴェストエッケの北側に影響が出ることはないという判断だ。


 二人が賛同したため、死体処理の方針が決まった。


「捕虜については、グレーフェンベルク閣下に王国軍として軍馬との交換の交渉を行う旨、彼らに説明していただきたいと思います。王国騎士団の騎士団長が明言するなら、彼らも信用するでしょうから」


 全員が頷いたのを確認し、説明を続ける。


「その上で、白鳳騎士団と赤鳳騎士団の最上位者を代表としてクロイツホーフ城に送り込み、こちらの条件を伝えさせます……」


 ジーゲル将軍が私の説明を遮った。


「話の途中で済まんが、鳳凰騎士団の指揮官だけを行かせても交渉にならぬのではないか? 奴らが自分可愛さにそのまま逃げることは充分あり得ると思うのだが」


「その可能性はありますが、彼らには条件を伝えさせるだけで、交渉させるつもりはありません。それに最下級の兵士も十名ほど同行させるつもりです。兵士たちは仲間意識が強いですから、二千人もの同胞を見捨てて逃げたとなれば、一気に噂が広がります。その点を予め言い含めておけば、問題は起きないでしょう」


「なるほど。話の腰を折って済まぬな」


 その謝罪に軽く頭を下げてから説明を続ける。


「交渉にはシャイデマン参謀長とフランケル副兵団長にお願いしたいと考えております」


 私の言葉にフランケル副兵団長が驚きの声を上げる。


「俺が……いや、私が交渉するのか? 一番向いていないと思うのだが……」


 驚きのあまり、一瞬素のしゃべり方になった。


「交渉は男爵閣下にお願いするつもりです。副兵団長は守備兵団の代表として、睨みを利かせていただくと同時に、相手が交渉に乗らないような素振りを見せた時に、怒りをぶつけていただきたいと考えています」


「私に演技を期待されても困るが……」


「演技はいりません。同胞を見捨てるような話になったら、副兵団長ならお怒りになるのではありませんか?」


 フランケルは直情径行型の人物で、曲がったことが嫌いだ。また、平民の生まれであるため、特権階級に対していい感情は持っておらず、同胞を見捨てるような言動に怒りを覚えるはずだ。


「その通りだが……交渉自体が決裂したらどうするのだ?」


「それで決裂するようなら、最初から捕虜を助けるつもりがなかったということです。それに守備兵団は最も損害を受けておりますし、捕虜の管理も行いますから、副兵団長が怒り狂って交渉が決裂したら、捕虜が皆殺しになることは容易に想像できます」


「いくら怒り狂っても、武装解除した捕虜を殺すようなことを俺はせんぞ」


 フランケルは憮然とした表情でそう言い、睨みつけてくる。


「もちろん存じております。ですが、相手は黒鳳騎士団のリーツ団長か、白鳳騎士団のロズゴニー団長です。副兵団長の性格までは知らないでしょう。ですので、捕虜を無事に取り戻したいなら譲歩するしかないのです」


「そこまで考えているのか……」


 フランケルは唖然としている。


「私が交渉の主役となるのは、なぜなのですかな?」


 シャイデマン男爵が聞いてきた。目が笑っており、どのような理由があるのか興味があるだけのようだ。


「こう言っては失礼かもしれませんが、閣下は物腰柔らかで一見すると武人には見えません。典型的な武人であるフランケル副兵団長より、男爵閣下の方が話しやすいと思うはずです」


「なるほど……それだけではないと思うのですが?」


 そう言って先を促してくる。


「相手は大敗北で精神的に追い詰められています。ですので、売り言葉に買い言葉で交渉が決裂する可能性は否定できません。また、彼らもこちらからの通告を無条件に受け入れることは難しいはずです。閣下がいつも通りの穏やかな表情を浮かべておられれば、ある程度交渉の余地があると思ってくれ、交渉自体が決裂する可能性を減らせると思います」


 男爵は大きく頷いた。


「相手の状況を考え、こちらの都合のよい心理状態に誘導する。その上で策を実行すること。こうすることで成功率を上げることができる……そう教本に書かれておりましたな」


「その通りです。リーツ団長は沈着冷静な将といわれていますが、これまで今回のような大敗北を経験したことがありません。それに上官であるロズゴニー団長が仮に生きていたとしても、彼より更に心理的に追い詰められていますから、リーツ団長に責任が集中し心理的な余裕がない可能性が高いと考えています。そこで閣下が交渉の余地があることを示せば、我々の思った通りに誘導することが可能となるでしょう」


 私の説明に全員が頷いた。


「話を戻しますが、ロズゴニー団長が生きていても死んでいても、リーツ団長がいれば捕虜の返還は行われるでしょう。捕虜にはリーツ団長と交渉すると説明すれば、生きて祖国に戻れると考え、引き渡しまで大人しくしていようと思うはずです」


 そこで子爵が話を引き取る。


「よく理解できた。ところでその交渉に君は参加するつもりなのか? シャイデマンとフランケルも君がいれば安心できると思うのだが」


「行っても構いませんが、若輩である私が交渉に関わることは難しいと思います。それに事前に妥協点を決めておけば、交渉自体は難しいとは思いません」


「妥協点で折り合えなかったらどうするのだ?」


「その時は一旦引き上げていただき、改めてグレーフェンベルク閣下か、エッフェンベルク閣下に交渉していただくことになるでしょう。その場合は、クロイツホーフ城ではなく、ここで交渉を行うことになると思いますので、私が出席することも可能かと思います」


 子爵が驚いた表情を見せる。


「最初はこちらからクロイツホーフ城に赴くのか? 我々が勝者なのだ。ここに呼びつけるべきだと思うのだが……シャイデマンとフランケルを人質に取られたらどうするのだ?」


「その可能性は限りなく低いと考えています。それにこちらから出向くことで、我々が法国軍を恐れていないとリーツ団長は考えるでしょう。それでも人質に取ってきたなら、捕虜を皆殺しにした上で、クロイツホーフ城を全軍で包囲し攻撃すると脅します。戦力的には圧倒的に有利ですし、敵の士気は最悪ですから」


「それでも折れなければ?」


シャッテンの工作員の方に火事を起こしてもらい、“裏切り者がいる”と叫んでもらえば、敵は大混乱に陥ることは間違いありません。その隙に総攻撃を掛ければ、大きな被害を受けることなく、敵を殲滅できます」


「最初からそれをやらないのはなぜなのかね?」


 ジーゲル将軍が聞いてきた。何となく理由は分かっていそうだが、私に説明しろということらしい。


「兵士を無駄に消耗したくないことと、シャッテンを直接使う策を安易に用いたくないためです」


シャッテンを安易に用いたくない理由は何かな?」


「彼らは非常に優秀な間者ではありますが、それ以上に優秀な戦士でもあります。戦場で撹乱に使えば、劣勢であっても逆転することが可能でしょう。それが常態化すれば、王国軍は戦術を考えることを放棄し、シャッテンに任せればよいと安易に考えるようになることは間違いありません……」


 私の説明を静かに聞いている。


「しかし、彼らも不死身ではないのです。安易にシャッテンを使えば、多くの戦死者が出るでしょう。私はそれを許したくありません。なぜなら王国は闇の監視者シャッテンヴァッヘに一マルクも支払っていないからです。契約に基づくのであれば、戦死者が出ても仕方がないと言えるのでしょうが、友誼で協力してくれている彼らに死を強要するなど、私にはできません」


 正直な思いを吐露する。


「よく分かった」


 将軍は満足そうに頷いた。


「では、まずは捕虜の代表者を送り込み、こちらの条件を伝えさせる。その上でシャイデマンとフランケルにクロイツホーフ城に赴いてもらう」


 子爵が方針を決定した。

 その後、捕虜にそのことが伝えられると、彼らの目に生気が蘇った。悲観的に考えていた者も祖国の地を再び踏めると希望を持ち始めたのだ。


 代表者である百人長二名と、最下級兵士十名が選出され、彼らはクロイツホーフ城に向かった。

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