第40話「月夜の死闘:その九」
統一暦一二〇三年八月十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城外。黒鳳騎士団団長フィデリオ・リーツ
城門が開かれ、赤鳳騎士団と白鳳騎士団が歓喜の声を上げて突入していく。
私は彼らを止めるべく、大声で“戻れ!”と命じたが、その声は“進め!”という兵士たちの声に掻き消されてしまう。
赤鳳騎士団は仕方がないと諦めたが、騎士団長が健在の白鳳騎士団なら何とかなるのではないかと、ギーナ・ロズゴニー殿の下に向かった。
「我が兵たちよ、進め! ヴェストエッケを占領するのだ!」
興奮気味に命令を出しているロズゴニー殿がいた。彼も敵の罠だと気づいていない。
「兵を止めてください! これは敵の罠ですぞ!」
私の言葉に血走った目のロズゴニー殿が激高する。
「何を言っているのか! 敵は完全に崩れておる! この機にヴェストエッケを占領するのだ!」
完全に冷静さを失っている。
これまで失敗続きだったため、ようやくヴェストエッケ占領という大きな手柄を上げることができると思い込んでいるようだ。
「無理に攻め込まなくとも、黒狼騎士団と赤鳳騎士団の一部で充分でしょう」
「何を!」
事実を冷静に指摘したつもりだったが、聞く耳を持たない。
怒りに任せて反論してこようとしたロズゴニー殿を遮り、城門を指差した。
「ご覧ください。あのように渋滞になっている。もし敵が罠を仕掛けていたら撤退することもできません。少なくともほとんど進んでいないのですから、一旦止まるように命じるべきです」
「それではリートミュラーの手柄になってしまうではないか! 鳳凰騎士団が城主館を占領せねばならんのだ!」
ロズゴニー殿は目を血走らせて怒鳴ってくる。
私は極力冷静に聞こえるよう、焦る気持ちとは裏腹にゆっくりとした口調で状況を説明していく。
「その点は理解しますが、これでは総司令官であるロズゴニー殿の命令すら届きませんぞ。勝利が確実であるなら、次の戦いに向けて、味方の損害を抑え、ヴェストエッケの施設を勢いに任せて破壊しないように、手綱を握らねばならないのではありませんか」
次の戦いという言葉でロズゴニー殿の目から狂気の色が消える。
「た、確かにその通りだな。城主館を燃やされたら王国侵攻作戦に支障が出る。うむ。確かにそうだ」
自らを納得させると、命令を発した。
「全軍停止! 城内に突入した部隊に伝令を送れ! 状況を報告せよ!」
その命令を受けてもすぐには狂乱が収まらず、兵たちが落ち着くのに十分ほど掛かった。
その間にも敵弓兵部隊からの攻撃は続いており、少なくない兵士が矢の餌食になっている。
それでも混乱が収まり、弓の射程から下がることができた。これで何とかなると思ったが、すぐに状況は変わる。城内から兵士たちが逃げ出してきたのだ。
『敵の待ち伏せだ! 黒狼騎士団に騙されたんだ!』
『中は地獄だ! 敵の伏兵で溢れかえっているぞ!』
逃げ出してきた兵士は悲観的な言葉を吐きながら走ってくる。その兵士たちの背に容赦なく矢が撃ち込まれていった。
悲惨な光景を目にし、味方の士気が一気に落ちる。
「リーツ殿。どうすればよい?」
狂乱から覚め、味方が危機的な状況に陥ったと気づいたロズゴニー殿が、弱々しい声で聞いてきた。
それはこっちが聞きたいことだと思ったが、味方を一人でも逃がすためにできることはないかと考えを巡らす。そして、一つの結論に辿り着き、手早く説明する。
「我が騎士団が城壁に攻撃を掛けます。敵もそれに対応しなくてはならないでしょうから、その間に脱出してきた兵士を再編してください」
ロズゴニー殿は一瞬呆けたような表情を浮かべるが、すぐに私の言葉の意味を理解した。
私はロズゴニー殿が何か言う前に、我が騎士団が集まる場所に戻る。
「城壁に総攻撃を掛ける! 弓兵の支援はないが、城門付近に攻撃を加えれば、脱出する味方を助けられる! 敵は弓兵だけだ! 城壁に上がってしまえば、逆に勝利をものにできるかもしれん!」
ここに来て逆転の目はないが、兵士を奮い立たせるために思ってもいないことを口にする。
部下たちは私の言葉で奮い立った。
この攻撃で多くの部下が命を落とすことになるだろう。しかし、ここで手を拱いていれば、鳳凰騎士団自体が崩壊しかねない。
私は死を覚悟しながら前線に向かった。
■■■
統一暦一二〇三年八月十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。ハルトムート・イスターツ
グレーフェンベルク団長がやや焦りを含んだ声で命令を発した。
「第一連隊、戦闘中止! 黒鳳騎士団が城壁に攻撃を仕掛けてきた! 戦闘工兵大隊と共に城壁に向かえ!」
城主館前の広場での戦闘はほぼ終わっており、ここを離れることに問題はない。
但し、未だに城壁に近い南側では戦闘が続いており、真っ直ぐには向かうことができない。
「私に続け!」
団長自らが先導するように走り出した。
走りながらこの状況が厳しいと思い始める。
(それにしても、このタイミングで黒鳳騎士団が攻撃を仕掛けてきたということは、法国軍の危機を打開しようということだ。強引にでも城壁を突破し、我々を引き付けた上で、混乱している味方を逃がす。そうなると、少しでも早く城壁を突破しようと激しい攻撃を加えてくるはずだ。今は弓兵部隊しか城壁にいない。急がないと拙いことになる……)
急ぎたい気持ちを抑えて、部下たちに気合を入れる。
「ここからが本番だ! 敵の主力を打ち負かしてやれ!」
俺の言葉に部下たちが「「「オオ!!」」」と応える。
団長が走り始めてすぐに、先導する人物が現れた。ただの兵士ではなく、
東に向かい、兵舎を大きく迂回する。まだ戦闘が続いているのと、敵が侵入してきた場合に設置した罠が残っているためだ。
迂回しているが、戦闘の痕跡は残っていた。
この辺りにある敵兵の死体は黒狼騎士団のもので、奥深くまで侵入されていたようだ。
「急げ!」
団長の焦りを含んだ声が響く。
いつの間にか
城壁にいる弓兵部隊も剣での戦いの訓練は受けているが、身体強化が使える黒鳳騎士団の兵士を相手に戦うには力不足だ。そのことは皆分かっており、焦りだけが募っていく。
十分ほどで城壁に辿り着いた。
場所は城門から東に百メートルほどで、最初に戦っていた場所に近い。
「第二大隊第二中隊と第三大隊第一中隊が先陣を切れ! ラザファム! ハルトムート! お前たちに任せたぞ!」
団長直々の指名に剣を上げて応える。
部下たちもやる気になっており、自然と速度が上がった。
城壁の階段を駆け上がっていく。
フル装備で八百メートルほど走り、更に二十メートルの高さの階段を登るため、息が荒くなる。
登り切ったところで城壁を見回すと、弓兵部隊が弓を捨てて戦っていた。奮戦しているが、黒鳳騎士団は精鋭であり、押され気味だ。そのため、敵兵が次々と城壁に上がってくる。
「敵をこれ以上登らせるな! 戦闘工兵大隊は敵のロープを叩き切れ!……」
俺たちの後ろを走る団長が次々と命令を出していく。
「第二中隊! 俺に続け!」
それだけ言うと、双剣を振りかざし、城壁に上がってきた黒鳳騎士団の兵士に向かっていく。
「ハルト! 一人で突っ込むな!」
いつの間にかラザファムが横にいた。俺とラザファムの二人が先頭になり、それぞれの中隊を率いていく。
「お前も同じだろうが!」
笑いながら叫ぶと、目の前に飛び出してきた敵兵を斬り裂いた。
ラザファムも同じように前にいる敵を鎧ごと両断する。
相変わらず、四元流の破壊力は凄いと感心するが、負けていられないと敵に肉薄していった。
「だから前に出過ぎるなと言っているだろう!」
ラザファムが更に文句を言ってきたが、それを無視する。
同期であるユリウス・フェルゲンハウアーが、自慢の弓を捨てて剣で戦っている姿が見えていたためだ。
ユリウスも東方武術の使い手であり、剣を使っての戦いも苦手ではない。しかし、彼の部下はそこまで強くなく、身体強化が使える法国軍兵士に押されている。ユリウスの獅子奮迅の活躍で、何とか均衡を保っている状態だ。
敵もそのことが分かっており、ユリウスが囲まれつつあった。
「ラズ! ユリウスのところまで突破するぞ! 付いてこられるか?」
そう言ってニヤリと笑って挑発する。
「仕方あるまい! だが、マティに叱られるのはお前だけだ! 私は無茶をするなと止めたのだからな!」
そう言いながらも豪剣を振るいつつ敵兵を駆逐していく。
後ろを振り返ると、部下たちもしっかりと付いてきており、これで何とかなると安堵する。
しかし、突然一人の戦士が現れ、その威圧感に思わず足を止めてしまう。
「これ以上は進ませぬ!」
俺と同じようにラザファムも足を止めており、敵が尋常ならざる腕の持ち主であると本能的に悟った。更にその戦士の後ろには明らかに精鋭であると分かる兵士が十人ほど立っていた。
「奴は私が相手をする! ハルトはユリウスを助けに行ってくれ!」
「逆だろうが! 伯爵家の嫡男が何を考えているんだ!」
ラザファムは時々自分が名門エッフェンベルク伯爵家の嫡男だと忘れることがある。俺のような平民なら替えはいくらでもいるが、こいつにはこれからの王国を背負ってもらわなくてはならない。しかし、こいつにその自覚がないのだ。
「二人掛かりで構わんぞ! このフィデリオ・リーツを倒せると思うのならばな!」
敵将リーツが前線に出てきた。
マティアスが最も警戒すべき敵と言っていたことを思い出し、剣を構える。
強い
聖堂騎士団の将は基本的に個人戦闘能力が高いと聞いていたが、ラザファムと二人掛かりでもリートミュラーに圧倒され、敵の伝令が来なかったら二人とも命を落としていたと思うほどの強敵だった。
「ここは俺が足止めする! お前はユリウスを助けに行け!」
「だが……」
「一撃必殺のお前より手数が多い俺の方がいい! そのことは分かっているんだろう!」
合理的な判断だからラザファムも従わざるを得ない。
四元流は一撃必殺が基本だが、俺の竜牙流は双剣を生かして翻弄する剣だ。力量に差があるなら、俺の方が時間は稼げる。
「分かった! だが、すぐに戻ってくる! それまで時間を稼いでくれ!」
「行かせると思うか!」
リーツがそう吠えて駆け出そうとしたラザファムに立ち塞がろうとした。
そのため、一瞬俺から視線を外す。
その機会を逃さずリーツに肉薄する。しかし、奴はすぐに気づき、俺の剣を弾いた。
“重い”と思った。
剣自体はごく一般的な片手剣だが、大型の両手剣で受け止められたかのような重さがあったのだ。
「今だ! 行け!」
俺の言葉でラザファムが走り出した。その後ろを彼の部下が続いていく。
「小賢しい!」
そう言ってリーツが再び邪魔をしようと動くが、そんなことは俺が許さない。
背後に回り込むようにフェイントを掛け、奴の注意を引く。流石に背後を取られることは嫌がり、俺に向き直った。
「第二中隊! 奴の取り巻きを抑え込め! 無理はするな! こいつらは俺と同じくらいの強さがあるぞ!」
俺の言葉に部下たちが愚痴を零す。
「無茶言わんでくださいよ!」
「隊長に勝った試しなんてないんですから」
緊張感のない奴らだと思うものの、その軽口に付き合っている余裕はない。
リーツが先に俺を倒してしまおうと猛攻を掛けてきたためだ。
“これは死んだかな”と思いながら、奴の攻撃をかわし続けていく。
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