第33話「月夜の死闘:その二」

 統一暦一二〇三年八月十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城壁下。黒狼騎士団団長エーリッヒ・リートミュラー


 戦いが始まって一時間ほど経った。

 未だに城壁の上では一進一退の攻防が繰り広げられているが、西側で鳳凰騎士団が攻撃を開始したことから押し気味になっている。


 我々の敵はヴェストエッケ守備兵団だ。

 副兵団長のフランケルが指揮を執っている。フランケルもジーゲルが死んで危機感を持ったのか、以前よりも指揮にキレが出てきたようだ。


 そのため、攻めあぐねていたが、黒鳳騎士団が攻撃し始めたことから、横からの支援がなくなり、こちらが押し始めている。


「一気に決めるぞ! 弓兵隊! 一番隊の左右に集中して矢を射込め!」


 俺の命令で二千近い弓兵が一斉に構える。

 本来であれば、我が騎士団の弓兵はその半分の一千に過ぎないが、リーツ殿の提案によって黒鳳騎士団の弓兵を密かに同行していたのだ。


 黒鳳騎士団の鎧と我々黒狼騎士団の鎧は共に黒が主体だから、暗闇の中では俺でも判別できない。城壁の上から見ている王国軍の連中はもちろんだが、我々を見張っている敵の間者にも判別は難しいだろう。


 俺が「放て」と命じると、カーンという高い鐘の音が響く。

 その直後、弓兵隊の隊長たちが命令を叫ぶ。


「「「放て!」」」


 二千もの強弓から放たれた矢が城壁に降り注ぐ。

 松明に照らされた敵兵が次々と倒れていく様子が見えた。数の多さに動揺している様子が見え、今が好機だと総攻撃を命じる。


「総攻撃開始! 俺に続け!」


 そう叫ぶと、前線に向かって駆け出した。


 すぐに城壁に辿り着く。

 後ろでは副官が「お待ちください!」とわめいているが、それを無視して手頃なロープに飛びついた。


「弓兵! 矢を放ち続けろ! 的を絞らせるな!」


 俺を止めることを諦めた副官が大声で命令を出している。


『弓兵隊! 登ってくる敵に矢を降らせ続けろ!』


『狙いなんてつけなくていい! 石を投げ続けろ!』


『何としてでも城壁で食い止めろ! これ以上敵が増えたら突破されてしまうぞ!』


 城壁の上では敵が混乱を治めようと隊長たちが必死に叫んでいる。

 しかし、我が兵たちの勢いは止まらず、俺も城壁の上に登り切ることに成功した。


 城壁の上では黒い鎧の我が騎士団の精鋭が王国軍を圧倒していた。

 既に城壁の南端に立つ王国兵はおらず、ロープを伝って次々と後続部隊が上がってくる。


「敵兵を駆逐せよ!」


 俺の命令を聞いた兵士たちが敵兵に向かって突っ込んでいく。

 勢いに任せた強引な突撃だが、混乱している敵はそれだけで崩れていった。


『その場で持ちこたえるんだ! すぐに援軍がやってくる! それまで現状を維持せよ!』


 フランケルが必死の形相で叫んでいるが、我が黒狼騎士団の精鋭は徐々に自軍の領域を広げ、既に二百メートル以上の幅を確保していた。

 東側では更に敵兵を圧倒しつつあり、橋頭堡の確保は確実だ。


「一番隊! 二番隊! 三番隊! 俺に続いて城内に突入せよ! 四番隊は城壁から敵兵を駆逐しつつ、黒鳳騎士団を支援せよ! 五番隊と黒鳳騎士団の弓兵隊は城内の義勇兵を攻撃せよ!」


 敵は義勇兵を予備兵力として城壁の内側の兵舎の屋上に配置していることが多い。そこから弩弓で城内に入ろうとする我々を狙撃するのだ。この攻撃で少なくない損害を受けるから、その前に手を打つことにしたのだ。


 一番隊から三番隊を率いてヴェストエッケ城内に突入する。

 定員なら三千の兵がいるが、これまでの激戦で二千程度にまで減っているだろう。だが、これだけの兵がいれば充分だ。


 俺は城門を目指すため、城壁の内側の細い階段を駆け下りていく。


■■■


 統一暦一二〇三年八月十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内司令官室。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 城壁の東端を守るヴェストエッケ守備兵団が押されているという情報が届く。


「フランケル副兵団長より連絡です。敵の弓兵の猛攻により、防衛線が破綻。城内での防衛に切り替えるべきとの上申が来ております」


 その報告が届く直前、黒狼騎士団を監視していたシャッテンから黒鳳騎士団の弓兵隊一千が加わっているという情報が届いている。あと数分早ければ、フランケル副兵団長に警告できたのだが、間に合わなかった。


 黒鳳騎士団のフィデリオ・リーツ団長にしてやられたと、悔しさが込み上げるが、その思いを顔に出さないよう努力する。


 情報を聞いた副官や伝令、護衛たちは表情を強張らせている。

 総司令官であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵も一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情になったが、冷静に命令を出していく。


「城内に侵入されたか……ジーゲル将軍に連絡。守備兵団は城門を死守せよ」


「城門に向かうとは限りません。迎え撃ちに行く方がよいのではありませんか。兵舎の上に配置している弩弓兵の支援を受けることができますし、上手くいけば城壁の守備兵団と挟み撃ちにできます」


 子爵の命令に参謀長であるベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵が異議を唱える。男爵もやや焦っているのか、いつもの冷静さがない。

 その言葉に私は静かに反論する。


「将軍が指揮する部隊は七百名程度です。将軍であっても敵の勢いを止めようがありません。それに敵の第一目標は城門です。既に準備もしていることですし、敵も弩弓兵に対して手を打ってくるでしょう。ですから、当初の作戦通り、戦力を集中させた上で城門まで引き込むべきです」


 城内に予備兵力として、守備兵団約七百五十人、第二騎士団の団長直属部隊約六百五十人、義勇兵約四千八百人がある。


 第二騎士団は城主館を守っているため、将軍が動かせるのは五千五百人強だ。

 ただ城壁が突破されることを想定しており、城壁のすぐ北側にある四階建ての兵舎の屋上に義勇兵からなる弩弓兵部隊を配置していた。


 しかし、どこから突破されるか分からないため、東西に広く配置している。そのため、一箇所当たりの兵力はそれほど多くなく、黒狼騎士団と正面から戦えば、簡単に殲滅されてしまうだろう。それならば、戦力を集めた方がいいと考えたのだ。


 私の言葉で男爵も落ち着いたのか、表情が僅かに緩む。


「確かにそうですな」


「兵舎の周りには罠があります。敵もこのことを知っていますから戦力を分散させないと思いますが、もし敵が不用意に兵力を分散させてくれれば、こちらにとっては有利になります」


 ヴェストエッケは市街戦を想定して作られている。城壁と兵舎の間は屋上に投石器を設置する関係でやや広めにしてあるものの、各兵舎の間は狭くしてあり、大軍の移動には適していない。


 また、木窓も一つ一つは小さく作られており、そこから槍を突きだすことができるようになっている。この他にも通路上に落とし穴や上から石が落ちてくる罠などが多く用意されていた。


 何度も城内に侵入している黒狼騎士団はそのことを知っているが、安全に通れるルートまでは把握しておらず、まずは城門を確保してから数で圧倒してくる可能性が高い。


 今回は更に多くの仕掛けを用意してある。もし、戦力を分散してくれるならありがたいくらいだ。


 ちなみに兵舎と言っているが、兵士が寝泊まりする宿舎ばかりではない。食堂や倉庫、室内訓練場の他に、鍛冶場などの武具の整備場などもある。そして、そのすべてが防御施設に使えるよう壁や屋上が魔導によって強化されている。


「閣下、ラウシェンバッハ殿の進言通り、まずは兵力を集中させましょう」


 男爵は私の説明に納得し、グレーフェンベルク子爵に進言する。


「うむ。では、ラウシェンバッハ参謀長代理。兵舎の上で待機している義勇兵を城門に移動させてくれたまえ」


「了解しました。ユーダさん、東西の義勇兵部隊に連絡をお願いします。城門に向かい、ジーゲル将軍の指揮下に入れと」


 通信兵の担当となっているシャッテンのユーダ・カーンに指示を出した後、子爵に進言する。


「義勇兵の指揮を執る方を派遣した方がよいかもしれません。ジーゲル将軍も城門付近から兵舎の屋上の兵を指揮するのは骨が折れるでしょうから」


 義勇兵には守備兵団を退役した隊長がいるが、全体の指揮を執れるほどの将はいない。


「よろしい。シャイデマン参謀長、君がその部隊の指揮を執ってくれんか」


 元々シャイデマン男爵は名門ノルトハウゼン騎士団の隊長であり、指揮能力は高い。


「承知しました。前線の方が性に合います。ラウシェンバッハ殿、後を任せましたぞ」


 男爵はそう言ってニヤリと笑うと、司令官室から早足で出ていった。

 ユーダを通じてシャイデマン男爵が指揮官になることを伝える。


 男爵がいなくなった後、グレーフェンベルク子爵が小声で不安を口にした。


「黒狼騎士団は精鋭だが、将軍の指揮する部隊は義勇兵がほとんどだ。城門を奪われることを想定しておいた方がよいかもしれん」


 私は余裕があるように笑みを浮かべる。


「その懸念はありますが、それほど悲観的だとは考えておりません。敵が準備したように、我々も充分な準備をしております。それに城壁を突破されることは想定されていたことです」


「しかしだな……」


 子爵は不安が強いのか、更に言い募ろうとした。しかし私はそれを遮って自分の意見を口にする。


「運がいいことにリートミュラー団長が指揮する黒狼騎士団が侵入してきました。彼がジーゲル将軍の姿を見ればどうなるでしょう?」


「……」


 私の問いに子爵は無言で考えるが、私は彼が答える前に考えを話していく。


「自分が討ち取ったと思っていた将軍が生きていたのです。ロズゴニー団長たちに散々自慢したのですから、彼の性格を考えれば間違いなく逆上するでしょう。将軍ならそれを上手く利用されるはずです」


 このことは将軍に事前に伝えてあり、リートミュラーが侵入してきたら、積極的に前線に出てもらうよう依頼してある。


「なるほど。敵の指揮官から冷静さを奪って視野を狭くするのだな……さすがはマティアス君だな。それを聞いて安心したぞ」


「指揮官の不安を解消するのも参謀の務めですから」


 そう言って笑うと、子爵だけでなく、副官や伝令たちにも笑みが戻っていた。

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