第34話「月夜の死闘:その三」

 統一暦一二〇三年八月十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城壁下。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ


 ヴェストエッケ城への攻撃を始めたが、王国軍の抵抗が激しく、突破の目途が立たない。


(リートミュラー殿からの伝令では、守備兵団の副兵団長が指揮する部隊と戦っていると言っていた。目の前の敵は増援部隊なのだろうが、やはり王国騎士団の精鋭のようだな……)


 未だに敵の正体は明確になってはいないが、王国騎士団の第二騎士団であることはほぼ確実だ。

 理由は敵兵が聞きなれない“連隊”や“大隊長”といった言葉を使っているためだ。


 詳しい情報は得ていないが、グライフトゥルム王国で軍制改革が行われ、シュヴェーレンブルク騎士団が王国騎士団という名に変わり、連隊、大隊、中隊という編成になったと聞いたことを思い出したのだ。


 我が国の騎士たちは王国軍を弱兵と侮っているが、第二騎士団であれば話は変わってくる。


 我が国の宿敵とも言えるグランツフート共和国の将、ゲルハルト・ケンプフェルト将軍が関与したという噂も聞いている。


 東方教会の聖竜騎士団が何度も煮え湯を飲まされているケンプフェルトが指導したのなら、共和国軍並の練度になっている可能性があり、我ら聖堂騎士団に対して的確に対応できてもおかしくはない。


 また、第二騎士団であれば、敵将は王国軍一の名将、グレーフェンベルク子爵ということになる。これまで戦いで我々が手玉に取られ続けたことにも納得できる。


 敵の正体は何となく分かったが、強敵であることに変わりはなく、我が騎士団の攻撃はことごとく跳ね返されていた。


 特に二つの部隊の動きは我が騎士団の兵を凌駕するほどで、隊長らしき若い指揮官は共和国軍の精鋭と同じく、東方系の武術を使って我が兵たちを斬り裂いていた。


 一騎当千という言葉が頭に浮かび、私自らが前線に立つべきか迷ったほどだ。

 私なら一騎討ちに持ち込めば倒せる自信はあるが、指揮を一時的に放棄することになる。グレーフェンベルク子爵がその隙を見逃すはずがないと自重しているのだ。


 そんなことを考えていると、黒狼騎士団の伝令が駆け込んできた。


「リーツ閣下に申し上げます! 我が騎士団が城壁を突破しました! 現在リートミュラー閣下が指揮する約二千の精鋭が城門に向かっております!」


「それは重畳! ご苦労だが、白鳳騎士団と赤鳳騎士団にもその旨を伝えてくれ!」


「はっ! 承りました!」


 伝令はそれだけ言うと、全力で走っていく。


「黒狼騎士団が城壁を突破したぞ! 一気に畳みかけ、ヴェストエッケを占領する!」


「「「オオ!」」」


 私の言葉に兵たちが呼応する。


 兵たちの士気が一気に高まった。

 損害をものともしない突撃で城壁に取り付いていく。


 しかし、現実は甘くなかった。

 敵は我が騎士団の半数ほどだが、城壁を巧みに使って防御に徹し、橋頭堡を築かせない。


 弱点を探していろいろな場所から攻めるが、逆に敵に有利な場所に誘い込まれ、弓兵による一斉射撃を受けて数十名単位で戦力を磨り潰していく。


 拙い状況だが、弓兵が少ない我が騎士団では支援が少なく、敵の的確な防御に対して打開策がない。


(さすがは王国軍の俊英、グレーフェンベルク子爵だな。どこで指揮を執っているかは分からないが、この暗闇の中でこれほど的確に兵を動かすとは……こうなってはリートミュラー殿に期待するしかあるまい……)


 私は強引に城壁を突破することを諦めた。


「城門が開くまで防御に徹しよ!」


 私の命令に兵たちは無理な登攀をやめ、盾による防御に切り替えた。言葉にこそ出さないが、手柄を上げる機会を奪われたことに不満を感じていることが伝わってくる。


「すぐに黒狼騎士団が城門を開けてくれる! 城門が開けば、一気に攻め込める! それまでの我慢だ!」


 兵たちも私の意図が理解できたのか、不満はある程度消えた。

 兵たちは盾を構えつつ城門を見つめ、開かれるのを今か今かと待ち構えていた。


■■■


 統一暦一二〇三年八月十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城壁下。赤鳳騎士団長エドムント・プロイス


 ヴェストエッケに対して激しい攻撃を加えている。

 しかし、敵兵はしぶとく、我が兵たちが城壁に上がることを許さない。ロープを登る兵士たちに石を投げ落とし、矢を射かけてくる。


 兵たちはその攻撃になすすべもなく、怖気ついたかのように足を止めてしまう。

 私はその不甲斐ない様子に怒りを爆発させた。


「何をしている! 敵は我が方の半数以下ではないか! それでも法国の精兵、赤鳳騎士団のつわものか! このままでは他の騎士団に先を越されてしまうではないか!」


 私の怒りを受け、隊長たちが兵士を駆り立てていく。


『騎士団の伝統を汚すな! 赤鳳騎士団員の誇りを見せてみろ!』


『敵と刺し違えてから死ね! このまま故郷くにに帰るつもりか!』


 兵士たちが死に物狂いで城壁を登っていく。

 その様子を見て私は満足すると、更に士気を高めるため、自らも前線に向かった。


「弓兵隊! 私に続け!」


 そう叫びながら愛弓を手に取る。

 我がプロイス家は代々強弓使いとして名を馳せてきた。当然私も弓には絶対の自信を持っている。


 城壁から百メートルほどの位置で止まり、弓を構える。この位置なら敵の矢はほとんど飛んでこず、落ち着いて攻撃できるからだ。


「正面の敵を狙え!」


 私の命令で直属の兵三十名も同じように弓を構えた。


「放て!」


 私の命令で一斉に矢が放たれる。そして、鋭い風切り音を残し、闇夜に矢は消えていった。

 その直後、城壁の上で十名以上の敵兵が倒れていく。


 私の物を含め、三倍の身体強化が可能な者にしか引けない強弓だ。飛ばすだけなら優に三百メートルは飛び、この程度の距離なら金属鎧すら容易に貫ける。


「いいぞ! 次は左を狙う!」


 そう言って弓を構えると、同じように放った。

 次も狙い通りに十名程度の敵兵を倒す。

 私の攻撃が兵の士気を上げたのか、城壁の一部を占拠することに成功した。


「一気に制圧せよ! 我が騎士団が一番乗りを果たすのだ!」


「「「オオ!!」」」


 兵たちが私の叫びに呼応し、怒号のような雄叫びを上げる。


 これで我が騎士団の勝利は堅いと思った時、漆黒の鎧を身に纏った兵士が私の下に駆け込んできた。


「我ら黒狼騎士団は城内への侵入に成功! リートミュラー閣下が二千の兵を率いて城門に向け進軍中!」


「何! それは真か!」


 その伝令は私の驚愕した表情を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「事実でございます。既に東の城壁の一部は我ら黒狼騎士団が確保。敵守備兵団を蹂躙しつつあります」


 黒狼騎士団を先行させ、囮としたつもりだったが、失敗だったようだ。


「ご苦労。だが、我が赤鳳騎士団も城壁を占拠しておる。我らもすぐに城内に突入するであろう」


 悔しいが、まだ城門が開けられたわけではない。黒狼騎士団が東から城門を攻めるなら、こちらは逆の西側となる。上手くいけば城門の守備隊の後ろから奇襲し、城門開放の功績を奪うことができる。


 伝令は軽く頭を下げると、白鳳騎士団のロズゴニー殿に伝えると言って走り去った。


「黒狼騎士団が城内に入った! これ以上遅れるわけにはいかん! 何としてでも城壁を突破せよ!」


 それだけ命じると、再び矢を放っていく。

 しかし、三射目は敵の盾兵に阻まれ、更に城壁の上を占拠していた我が兵たちが次々と矢を受けて倒されていく。


 篝火の明かりだけでは、どこから放たれているのかは分かりづらいが、至近距離から撃ち込まれているように見えた。


「何をしておる! 守りを固めて少しずつ広げていくのだ! 敵兵の能力は低い! 一対一なら我らの敵ではないはずだ!」


 ここからではなかなか埒が明かないが、これ以上近づくと敵の矢の射程に入ってしまうため、前に出られない。


 決定的な軍功を上げることができず、忸怩たる思いを抱くが、我が軍の勝利は堅いと思い直す。


(ヴェストエッケを占領してしまえば、王国への侵攻は容易になる。王国を降伏させればそれが勲功の一位となるだろう。この場は黒狼騎士団に花を持たせてやるか……)


 私は楽観していた。

 リーツは敵に増援が来ていると言っていたが、それでも五千程度でしかなく、城内に残っているのは弱兵である義勇兵たちだけだ。


 リートミュラーはいけ好かない奴だが、能力はある。奴が義勇兵如きに後れを取るとは思えない。


 私は次の戦いに意識を向け始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る