第31話「法国軍出撃」

 統一暦一二〇三年八月十日。

 レヒト法国北部、クロイツホーフ城内。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ


 日が大きく傾いた午後六時頃。

 私は部下たちと共にクロイツホーフ城に帰還した。まだ、千名程度の部下が坂路の建造を行っているが、彼らも闇の帳が降りたら作業をやめて休むことになっている。


 城に戻り、部下たちに指示を出した後、すぐに白鳳騎士団のギーナ・ロズゴニー殿と赤鳳騎士団のエドムント・プロイス殿の下に向かう。

 今夜の総攻撃のために最後の打合せを行うためだ。


 本来ならもう少し敵を疲れさせたかったが、二人が強引に総攻撃を主張したため、やむを得ず今夜にしたのだ。

 そのことに対して不満はあるが、それを見せることなく、笑顔で確認を行っていく。


「作戦開始は午前二時。その前に黒狼騎士団がいつも通りに夜襲を行い、我々はその一時間後に一斉に攻撃を仕掛けることになります……」


 本来であれば、黒狼騎士団と歩調を合わせるべきだが、プロイス殿が黒狼騎士団を囮にし、敵がそちらに集中したところで、我々鳳凰騎士団が攻めた方が、成功率が上がると主張したためだ。


 もっともこのことは想定しており、私もそれがいいと言って即座に賛成している。

 理由は簡単なことだ。この二人を信用できないからだ。


 同時に攻めるといっても、ロズゴニー殿とプロイス殿が時間通りに攻め掛かると限らない。彼らなら黒狼騎士団が攻撃を開始するまで時間をずらすことは容易に想像できる。それなら、最初から作戦として組み込んだ方がましだと考えたのだ。


 このことは黒狼騎士団のリートミュラー殿にも正直に話している。


「呆れたものだな。今の状況でそんなことが言えるとは……まあ、彼らには期待していないから問題はないがな」


 呆れながらそう話してくれた。


「それよりも今夜は貴殿に期待している」


 そう言ってニヤリと笑う。


「こちらこそ黒狼騎士団に期待しているよ。城壁を乗り越えて城門を開けてくれれば主力として突入するのは我が黒鳳騎士団なのだから」


 私も彼と同じように微笑む。

 リートミュラー殿にはある策を授けており、成功率は高いと考えている。だから、浮かんだ笑みも、ロズゴニー殿たちに見せるものとは異なり、自然なものだ。


 夕食後、仮眠を摂り、日付が変わる前に起床する。

 まだ眠気と疲れは完全に消えていないが、それでも作戦に影響するほどではない。


 既に準備を始めている部下たちの様子を確認するが、彼らにも問題はなかった。

 出発の一時間前に準備が完了し、夜食を摂る。ヴェストエッケを完全に攻略するには時間が掛かるから、いつもより豪華な食事にしている。これで兵たちのやる気も強くなった。


 白鳳騎士団と赤鳳騎士団も準備が完了し、ヴェストエッケに向けて出発した。

 城を出て上空を見上げると、ほぼ満月に近い月が我々を照らしている。足元が何とか確認できる程度の明るさしかないが、松明などの灯りは一切使用しない。


 カムラウ河を渡り、北に視線を向けると、ヴェストエッケの城壁の上にある篝火がうっすらと見える。


 そろそろ黒狼騎士団が攻撃を開始した頃だが、二キロメートル以上離れているため、戦闘が起きているのかすら、はっきりとは分からなかった。


 我々の後ろには白鳳騎士団と赤鳳騎士団がいる。しかし、こちらも月明かりだけでは姿が見えず、声を出さないようにしているため、付いてきているかどうか分からない。


 ヴェストエッケから五百メートルくらいの場所までくると、黒狼騎士団が攻撃していることがはっきりと分かった。


 彼らは計画通り城壁の東端を攻撃しており、その場所の篝火が兵士たちの動きで遮られて点滅しているように見えている。


 我々黒鳳騎士団は坂路を作っている場所、中央の城門からやや東の位置から攻め入ることになっていた。


 これは作業をしている兵士たちと合流するためだが、黒狼騎士団に最も近い場所となるため、敵が対応しやすい場所でもあり、ロズゴニー殿とプロイス殿がこの場所を嫌がったからだ。


 そのため、白鳳騎士団は最も西、赤鳳騎士団は城門から西に五百メートルほどの場所を攻めることになっている。


 我が騎士団が攻撃を開始しようとしたところで、赤鳳騎士団が喚声を上げて攻撃を開始した。奇襲攻撃ということを忘れているらしく、こめかみを押さえたくなった。


 敵がこれで混乱してくれるなら助かると自分に言い聞かせながら、攻撃開始を静かに命じた。


「これより攻撃を開始する」


 私の命令が伝達されると、先陣である一番隊が可能な限り物音を立てずに城壁に接近していく。

 私を含めた他の隊も静かに城壁に向けて移動を開始した。


 城壁に接近していくが、敵はまだ我々に気づいておらず、人影はほとんどなかった。


 一番隊が城壁に鉤付きのロープを使ってスルスルと登っていく。これで奇襲が成功したと安堵したところで、城壁の上から大きな声が聞こえてきた。


『敵襲! 第一連隊は敵兵の登攀を阻止せよ! 下からの矢にも注意しろ!……』


 敵は我々の攻撃も予想していたようだ。

 間者を封じ込めたと思っていたが、まだどこかから情報が漏れているらしい。


 しかし、このことは想定しており、私に動揺はない。

 これまでの戦いを見る限り、敵将が何らかの対応をしてくることは想定できたからだ。


「二番隊及び三番隊! 登攀開始! 弓兵隊は支援攻撃を行え!」


「「「オオ!!」」」


 ここからは強襲となるが、部下たちの士気は高く、私の命令に吠えるように応える。

 私も部下たちに負けないよう、声を出しながら城壁の上を目指した。


■■■


 統一暦一二〇三年八月十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 ちょうど十一日に日付が変わった頃、闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテン、ユーダ・カーンが私の寝室にやってきた。

 彼の後ろには護衛であるイリスとカルラの姿もある。


 私の部屋は城主館の中にある高級士官用の部屋で、執務室と寝室の他に従卒用の部屋がある。従卒用の部屋はイリスとカルラが使っており、先にそちらに声を掛けたようだ。


 二人は鎧こそ身に着けていないが、騎士服を着ている。二人ともいつ起こされてもいいようにしているためだ。もっともシャッテンであるカルラが本当に寝ているのか、疑問はあるが。ちなみに私もそのまま出られるような格好で寝ている。


 寝台から降りながらユーダの報告を聞く。


「敵が動き始めたという報告が入りました。黒狼騎士団が出陣しましたが、まだ城内に動きがあり、未だに多くの炊煙が上がっているそうです。全軍が出撃する可能性が高いのではないかとのことです」


「分かりました。偵察班をカムラウ河の渡河地点付近に派遣してください。班は五つ。各騎士団を一班ずつが担当し、行き先を確認しつつ動向を逐次報告してください。残りの一班は敵に別動隊があった場合にその動向を探ってください。クロイツホーフ城を見張っている方にはそのまま逐次情報を送るよう指示願います」


 指示しながら靴を履き、簡単に髪を整える。


「イリスは先に司令部に行って、グレーフェンベルク閣下と主要な指揮官に集まるよう、宿直のシャイデマン参謀長に伝えてほしい。私もすぐ行くが、君だけの方が早いからね」


「分かったわ」


 それだけ言うと、イリスはそのまま駆けだした。


「ユーダさんは通信担当の方と一緒に司令官室に来てください」


 そう言いながら司令官室に向かう。


 深夜だが、連夜の襲撃のため、城主館では起きている者が多い。

 今回はイリスが伝令を出すよう指示したため、更に人が多く、慌ただしく走る人と何度も廊下ですれ違う。


 緊張した面持ちの人が多く、落ち着かせるため、何事もないかのように笑みを浮かべて「お疲れ様です」と挨拶していった。


 そして、今日の宿直であるベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵に挨拶する。夜襲に備えて、副騎士団長クラスが夜通し司令官室に詰める運用となっているのだ。


「お疲れ様です。こちらの様子は問題なさそうですね」


 できるだけいつもと同じような感じで話す。しかし、シャイデマン男爵は僅かに焦った様子で質問してきた。


「イリス殿から敵の全軍が出撃してきそうだと聞いたのですが?」


「ええ。先ほどユーダ・カーン殿からクロイツホーフ城で動きがあるようだと聞きました。現在、その裏付けを取っているところです。それよりも閣下が来られる前に、現状を確認しておきましょう」


 そう言って専用の机に置いてある地図を確認する。

 現状では守備兵団二千が城壁に配置され、更にエッフェンベルク騎士団一千と義勇兵一千が城壁下の兵舎の中で待機していることが示されていた。


 地図を見ていると、イリスが私の横に近づいてきた。そして、私だけに聞こえるように小声で話し掛けてくる。


「全軍を起こさなくてもいいのかしら?」


「まだ兆候が見えただけだからね。それにあと数分でグレーフェンベルク閣下が来られるはずだし、シャッテンからの追加情報も入るだろうから、それから判断しても大丈夫だと思うよ」


 半分はシャイデマン男爵に聞かせるつもりで話している。

 実際、昨日のうちに大規模な夜襲の可能性があることは各部隊に伝えてあるから、急げば三十分ほどで戦闘準備は完了するはずだ。


 そんな話をしていると、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵が急いだ様子で司令官室に入ってくる。


「状況は?」


 端的な言葉で聞いてきた。


「黒狼騎士団はあと三十分ほどで攻撃を仕掛けてきますが、他の騎士団についての追加情報はありません」


「分かった。で、マティアス君は全軍を待機させておくべきだと思うか?」


「私なら直ちに東西の兵舎に伝令を送ります。敵が全軍で出撃しなかったということは間違いなく分散して攻めてくるはずです。ですので、伝令が移動する時間を考慮し、遠くの部隊に情報を送っておくべきでしょう。指揮官が情報を得ているだけでも違いますので」


「そうだな。ではそうしよう……」


 そう言って司令官室にいる伝令に命令を出していく。

 その間にカルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵やハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍などが駆けつける。


 伯爵たちに状況を説明していると、ユーダが静かに近づいてきた。


「クロイツホーフ城外のシャッテンからの最新情報です。城内の動きは依然活発で、出撃準備を命じる声が何度も聞こえてきたとのことです」


「ありがとうございます」


 ユーダに礼を言い、子爵に視線を向ける。


「敵全軍が攻めてくるようです。既にカムラウ河には追加のシャッテンを派遣しておりますので、敵が渡河を終え、どこに向かうかは逐次分かるはずです」


「相変わらず手を打つのが早いな。では、全軍に戦闘準備を命じよう」


「お待ちください。できれば敵に知られたくありません。鐘などの鳴り物の使用は控え、可能な限り静かに準備するようお願いします」


「了解だ。その旨は徹底させよう」


 私の言いたいことは伝わったようだ。


「敵を油断させるためね」


 イリスが聞いてきたので頷く。


「こちらが気づいていないと思えば、一気に攻め掛かるより静かに攻めてくるはずだからね。最初だけしか有効じゃないけど、こちらが先手を取れるから」


 その後、配置について協議を行っていった。

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