第23話「ヴェストエッケ城攻防戦:その四」

 統一暦一二〇三年七月三十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城南。白鳳騎士団長ギーナ・ロズゴニー


 午前十時過ぎ。進軍を開始してから四時間以上経ち、ようやく城壁に取り付くことができた。


 この四時間で私の忍耐力は限界に達していた。


 まず苛立ちを覚えたのは、赤鳳騎士団の団長プロイスが総司令官たる私の命令を無視して進軍を開始したことだ。

 大勢には全く影響ないが、出だしからケチを付けられた気分だった。


 そして最も腹立たしいのは決戦兵器である雲梯車だ。これが想像以上に使えないものだったからだ。


 黒鳳騎士団のリーツが事前に警告していたが、設計した者は五十名の獣人奴隷で充分に動かせると断言しており、それを信じて作戦を開始した。


 その結果、僅か三百メートルの距離に四時間も掛かっている。それも途中で兵士に手伝わせてようやく辿り着いたのだ。

 この四時間の間に、投石器による攻撃で五百名近い兵士を失っている。


 カムラウ河での奇襲での損害を含めれば、我が騎士団の四分の一が失われた。これほどの損害を出したことはここ数十年なく、ヴェストエッケ城を攻略しても領都に戻れば厳しい非難を浴びる可能性があり、そのことも苛立ちの原因となっていた。


 それでも城壁に取り付けたことから楽観している。

 五百名の兵士を失ったが、まだ四千五百の兵がいるのだ。幸いなことに我が方に対する兵力は二千五百と、プロイスのところのより五百ほど少ない。


 残りの雲梯車も順次城壁に到達するから、このまま数で押し切れば、城内への一番乗りは我ら白鳳騎士団となるだろう。


 雲梯車が取り付いたことで私も前線に移動した。

 敵の矢は飛んでくるが、投石器の攻撃範囲から外れており、盾兵に守らせれば大きな脅威ではない。


「盾を翳して突撃せよ! 敵は弱兵だ! 恐るるに足らん! 弓兵は突入の援護を行え!」


 次々と命令を発し、それに兵たちも応える。

 雲梯車の後ろには二百名の突撃隊が待ち構えている。決死隊が城壁の一部を確保すれば、一気に駆け上がっていき、敵を蹴散らしてくれるはずだ。


 二台目の雲梯車が城壁に接近し、指揮官が折りたたまれた階段を伸ばす指示を出した。


「階段を伸ばすぞ! 三、二、一、それ!」


 長さ十メートルほどの階段が腕を振るように持ち上がり、ゆっくりと城壁に落ちていく。

 ダーンという音が響き、二台目の雲梯車も取り付くことに成功した。


「油だ!」


 一台目の雲梯車から悲鳴に似た声が響く。


 見上げると、松明を持った敵兵が三人現れ、次々と投げ込んでいった。

 その直後、雲梯車の上から炎が立ち上がる。そして、その炎に焼かれた兵士の悲鳴とガタガタという音が響いた。


 油を掛けられ火を着けられた兵士が転げ回り、それに巻き込まれた複数の兵士が落ちてきたのだ。


 敵は雲梯車が接近したところでも油を使ってきたが、木材には漆喰が塗られており、表面に焦げ目を付けただけで損害はなかった。そのため、もう火計は使ってこないと思ったのだが、兵士を焼くことに切り替えたらしい。


「臆するな! 城壁に上がってしまえば油は使えぬ!」


 私の指示を聞き、兵たちが再び突入を開始する。

 その直後、再び兵士の悲鳴が響く。そして、今度はガタンガタンという硬い音が響いた。


「岩だ! 岩を投げ込まれた!」


 雲梯車の後ろから直径五十センチほどの岩が転がり出てくる。更に巻き込まれた兵士が遅れて落ちてきた。


 城壁を見上げると、四人の兵士が網のようなものを使って岩を運び、最後に反動を付けて投げ込む姿が見えた。


「弓兵! 岩を持った敵兵を狙撃せよ!」


 敵の用意周到さに歯噛みする。


(地面に掘られた溝といい、この対応といい、敵は我々が雲梯車を使うことを知っていたのか? どこで情報が漏れたのだ……)


 そんなことが頭に浮かぶが、今は指揮に集中すべきだと頭から疑問を振り払う。

 一台目と二台目の雲梯車が手間取っている間に、更に三台目、四台目の雲梯車が城壁に辿り着いた。


「どこでもいい! 一箇所でいいから突破口を開くのだ! そうすれば我が軍の勝利だ!」


 更に五台目が城壁に到達すると、周囲を見る余裕が出た。

 城壁の上では敵の盾兵が銃眼を埋めるように並んで矢を防ぎ、その隙間から長弓兵が雲梯車の上に向けて矢を放っていく。


 その動きは洗練されており、付け焼刃の対応ではないと分かる。

 事前に情報が漏れていたと確信するが、更にそれを裏付ける事態が発生した。


「雲梯車の出口が塞がれました!」


 その言葉で見上げると、雲梯車の階段が城壁に掛かった部分が木の板で塞がれていた。

 その板は城門のように金属で補強されており、よく見えないが、台車に取り付けられているらしい。


「押し込め! 敵は身体強化が使えんのだ! こちらの方が力では分があることを忘れるな!」


 我が軍の強みはすべての兵士が身体強化を使えることだ。兵によってまちまちだが、精鋭である我が白鳳騎士団では最低でも二倍以上の強化が可能だ。


 私の命令に従い、雲梯車の最上段では六、七名の兵士が木の板を押し始めた。しかし、何かで固定してあるのか、全く動かない。その間に側面から狙撃され、その兵士たちは地面に落下していく。


 兵士たちも押し込むことは無理だと判断し、斧を持ち出して破壊し始めた。

 しかし、結果は同じで、盾兵の間から撃ち込まれる矢によって次々と命を落としていった。


 破壊も無理と考えたのか、兵士たちは身体強化を使って板を飛び越えていく。ここからは見えないが、敵が混乱しないことから、飛び越えた先で仕留められているようだ。


(どうやら守備兵団の精鋭が我が騎士団の担当になったらしいな。プロイスに手柄を持っていかれるのは業腹だが、ここで引くわけにもいかぬ……)


 打つ手はないが、ここで諦めれば、この精鋭たちが東に向かい、ヴェストエッケ城攻略自体が失敗に終わってしまう。

 私は敵の精鋭を引き付けることに目的を切り替え、損害を最小限にすることを考え始めた。


■■■


 統一暦一二〇三年七月三十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城城壁南東部。ラザファム・フォン・エッフェンベルク


 敵の雲梯車なる攻城兵器が城壁に辿り着いた。

 投石器による攻撃で十台中四台を破壊し、城壁の間近まで来ているのは六台にまで減らしている。


 それでも初めて間近で見る巨大な兵器に、恐れに似た感情が沸き上がる。兵士たちも同じようでいつもより硬い感じだ。


「エッフェンベルク騎士団からの情報だが、油による雲梯車の焼き払いは不可能とのことだ。但し、敵兵に対する攻撃には有効だ。油は敵が突入してくる時に使え!」


 第二騎士団長であるグレーフェンベルク閣下が大声で怒鳴っている。

 通信の魔導具によって、先に敵と戦い始めたエッフェンベルク騎士団からの情報が入ったようだ。


 マティアスからこういった情報共有は重要だと聞いていたが、確かにその通りだと実感できた。


「第一連隊第二大隊は迎撃準備! 第三大隊は盾を使って矢を防げ! 各弓兵隊は盾兵の間から敵を狙撃せよ!」


 私が指揮するのは第一連隊第三大隊第一中隊であるため、盾での防御を担当することになる。最前線で戦いたい気持ちは強いが、友軍を守る重要な任務でもある。そのため、完璧に遂行すると心に誓いながら、部下たちに指示を出していく。


「弓兵を絶対に守るという気持ちで盾を構えろ! そのためには連携が重要だ。矢を射るタイミングで敵に狙撃されぬよう、敵の動きに注意するんだ!」


 私が指示を出している間に第二大隊が最前列に配置される。

 そこでは第二中隊長のハルトムートが兵たちに命令を出していた。


「敵と正面からぶち当たるなよ! 敵は歩兵だが、騎兵並みの力でぶつかってくるからな。小隊長と分隊長は部下がヤバそうならすぐに対応しろ!……」


 いつもは軽い口調で命令を出すことが多いが、ハルトムートも今日は緊張しているのか、いつもより真剣な口調だ。


「……気負い過ぎるな! 多少の失敗はうちの軍師様がなんとかしてくれる! 俺もミスるかもしれんから、気楽にいけばいいぞ!」


 そう思っていたら、いつも通りになっていた。


「あの軍師様が考えた作戦なんでしょ。なら隊長が失敗することも織り込み済みなんじゃないですか」


「そうかもしれんが……何を言いやがる! いくらマティでも俺が失敗する前提で作戦なんか立てねぇよ!」


 そこで兵たちから笑い声が起きる。


「第二中隊! もう少しまじめにやれ! マティアス君は軍師だが、指揮を執っているのは私なのだぞ!」


 グレーフェンベルク閣下がそう言って注意する。

 しかし、その口調は軽いもので、周囲の兵たちはそれまでの緊張感が嘘のように明るい表情になっていた。


「了解! 第二中隊! 以後は真面目にやるぞ! いいな!」


「「「オオ!」」」


 その間に敵の雲梯車が次々と城壁に取り付いていく。

 そして、すぐに敵兵が駆け上がってきた。その兵士たちは巨大なタワーシールドを持ち、盾ごとぶつかるような感じで、我が軍の兵士の列に突っ込もうとしている。


「投擲開始! 松明準備!」


 あと数段というところで、ハルトムートの命令で投げ込まれた油の入った壺がぶつかり、中身がぶちまけられた。


「火を放て!」


 その命令で五本ほどの松明が投げ込まれる。その後、油の入った壺が次々と投げ込まれ、タワーシールドを持った兵士に火が移っていった。


「熱い! 火を消してくれ!」


「油が投げ込まれているぞ! 下がれ!」


「助けてくれ!」


 敵兵は大きな悲鳴を上げ、転がるように落ちていく。その兵士が味方を巻き込み、混乱は更に大きくなる。


 その様子を見ていると、敵の弓兵が矢を放ち始めた。


「第一中隊! 敵の矢を防げ!」


 私の命令に部下たちがハルトムートたちを守るように一斉に盾を掲げた。

 バスンという盾に矢が刺さる音が何度も響いているが、頭上を跳び越していく流れ矢以外は城壁か盾で防ぎきる。


「投石開始! エッフェンベルク騎士団からの情報では、山なりに投げると効果的だそうだ。盾部隊は投石隊を確実に守れ!」


 グレーフェンベルク閣下の声が聞こえてくるが、私は城壁の下にいる敵の弓兵を見ているため、雲梯車の方を見ている余裕はなかった。


 ガラガラという音とバキっという音が何度も響いている。敵兵が転げ落ちていく音だけではなく、雲梯車の足場の板が割れた音も混じっているようだ。


 投石隊の攻撃が続いたが、敵も対応し始めたのか、前線ではハルトムートの緊迫した声が響いている。


「身体強化を使った敵が突撃してくる! 迎撃用意!」


 その声の方向を見ると、ハルトムートが最前列で二本の剣を構えていた。

 次の瞬間、三人の敵兵が放たれた矢のような勢いでハルトムートの隊に突っ込んでくる。


 しかし、彼は冷静だった。

 双剣術である竜牙流の使い手らしく、左右の剣を交差するように振り、二人の敵兵を一瞬で切り裂く。更にもう一人にも回転するような斬撃を見舞って仕留めていた。


 見事なものだと感心するが、自分にも攻撃の機会がほしいものだと思ってしまった。


「第一中隊! 防壁車を準備せよ! 第二中隊はタイミングを合わせて敵を押し込んだ後、一気に後退せよ!」


 第二大隊長の命令が聞こえてきた。


 防壁車は重量物運搬用の荷車に、幅五メートル、高さ二メートル、厚さ五センチの樫の板を設置したものだ。板は簡単に割られないように鉄で補強され、更に斜めの柱によって倒されにくいように工夫されている。


 これもマティアスが考えたものだが、彼自身、効果があるのか自信がないということで、最終的な手段として用意してあった。恐らくエッフェンベルク騎士団で上手くいったという情報が入り、こちらでも使うことにしたのだろう。


「防壁車を前進させる! 第二中隊! 押し込め!」


 その言葉でハルトムートが双剣を煌めかせて雲梯車に入っていく。その後ろからは彼の部下がついていくが、彼らは城壁から先には出ず、槍を構えて待ち構えていた。

 数秒後、ハルトムートが跳ねるように戻ってきた。


「左右に広がれ! 第一中隊に任せる!」


 ハルトムートはそう叫ぶと、身体強化を使ったジャンプで部下たちの頭の上を飛び越え、雲梯車の前を空けた。


 そこに防壁車が突っ込むように入り、固定のための鉤爪が付いた鎖を城壁に引っ掛けた。更に後方から先ほどまで投げ込んでいた石を運び込み、台車に乗せていく。


 鉤爪は押し込む力には強いが、引かれると倒されてしまう。そのため、重しを載せることで引き倒されないようにしているのだ。

 防壁車の斜め後ろに弩弓を持った兵が立ち、強引に突破しようとしてくる敵を狙撃する。


 敵はこれで攻撃手段を失った。

 何度も愚直に突破を試みるが、防壁車による阻害と弩弓と長弓による狙撃により、損害を増やすだけだった。


 午後になるまでその攻撃は続いたが、さすがに諦めたのか、敵はゆっくりと後退していった。


「東と中央でも敵は撤退に移ったそうだ! 我が軍の勝利だ! 勝鬨を上げろ!」


 興奮気味のグレーフェンベルク閣下の叫びに、兵たちは大声で応える。


「「「オオオ!!!」」」


 私も同じように大声を上げ、勝利の余韻を味わっていた。

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