第24話「攻防戦の結果」

 統一暦一二〇三年七月三十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城物見塔。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 午後二時過ぎ、本格的な戦闘が始まってから四時間ほどで、約一万六千の鳳凰騎士団の撃退に成功した。


 東と西の戦線では攻城兵器である雲梯車が使われたが、予め用意しておいた策で対応でき、大きな損害を受けることはなかった。


 ヴェストエッケ守備兵団が担当する中央戦線も、敵将フィデリオ・リーツ黒鳳騎士団長が本格的に攻撃せず牽制に留めていたため、敵の弓兵による攻撃で軽微な損害を受けただけで、危なげなく守り切っている。


 敵の損害はまだ確認中だが、中央の黒鳳騎士団はほぼ無傷、西端を攻めてきた白鳳騎士団は一千名以上の死傷者を出したはずだ。最も損害を与えられたのは東端を攻めてきた赤鳳騎士団で、全軍の三分の一に当たる二千名近くが死傷したと見ている。


 王国軍は全軍合わせて戦死者約百名、負傷者約五百名と敵の五分の一以下であり、カムラウ河の戦いに引き続き、今回も完勝といっていい。


 本来であれば追撃を行って戦果を拡大すべきところだが、黒鳳騎士団が健在であり、殿しんがりで追撃に対応する姿勢を見せていたため、見送っている。


 今回の最大の勝因は敵が我々を侮っていたことだろう。

 もし侮っていなければ、兵力を分散させることなく、東西どちらかに集中させたはずだし、雲梯車の効果的な運用についても事前に検討していたはずだ。


 そうなっていれば、多数の雲梯車が城壁に辿り着き、狭い範囲で敵兵が大量に突入してくることになるから、今回のように的確に対応できたか自信がない。


 この他にも黒狼騎士団と共闘しなかったことも敗因だろう。

 もし、黒狼騎士団が今回の戦いに参加していたら、早い段階で我が軍の様子がいつもと違うことに気づき、作戦の変更を促したかもしれない。


 また、ヴェストエッケ城南側の草原の状況も共有できるため、雲梯車の移動に支障が出ることは事前に分かったはずだ。そうなっていれば、移動方法を工夫することができ、投石器による損害を抑えることができただろう。


 今回は上手くいったが、問題はこの後だ。

 雲梯車という攻城兵器を破壊したとはいえ、敵の数はまだ我々より多い。それに今回の戦いで実感したことだが、レヒト法国軍の兵士の能力の高さは脅威だ。


 黒狼騎士団を含めた全兵力で総攻撃を仕掛けてきたら、ヴェストエッケ城の防御力をもってしても容易には防ぎきれない。


 特に鳳凰騎士団は勝利を得ずに撤退できないため、その矜持に掛けて死に物狂いで攻撃を仕掛けてくるはずだ。高い能力を持つ兵が死兵となって襲い掛かってくるなど、悪夢でしかない。


「君のお陰で勝てたようなものだな」


 そんなことを考えていると、ヴェストエッケ守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍がそう言って私の肩に手を置く。


「いえ。各隊の兵士が奮闘したことと、指揮官が的確に判断し命令を出したことが勝利につながったと思います。私はそれに少しだけ力を貸したにすぎません」


 これは正直な思いだ。

 事前の準備は思いつく限り行ったが、どれも確実に効果があると断言できるものはなく、現場での判断で最適な運用を行ってくれたことが勝利に繋がっているからだ。


「そうは言うが、君が準備したものがなければ、後手に回った可能性は高い。それに敵に不和の種を蒔き、共闘させなかったことも大きい。この先もよろしく頼む」


 評価されることは嬉しいが、過度に期待されても困ってしまう。


「素直に受け取っておきなさい。あなたはそれだけのことをしたのよ」


 後ろからイリスが口を挟んできた。


「だとしても、現場が頑張ったことは間違いないんだ」


「そうね。あなたは誰が一番の功労者だと思っているの?」


「あえて言うなら、エッフェンベルク伯爵閣下だね。初めて対応したのに的確に指示を出し、素早く最適解を見つけ出した。それを第二騎士団に適宜伝えたことで、東側の戦いが有利に進められ、その結果敵が攻撃を諦めたのだから」


 今回の戦いで意外に思ったのはエッフェンベルク伯爵のことだ。

 元文官であり、武人としての実績はほとんどなく、先日のカムラウ河の戦いが実質的な初陣だ。


 それにもかかわらず、城壁での戦いでは初めて見る戦術に対して的確な指揮を執っている。


「お父様のことを評価してくれるのは嬉しいわ。でもあなたも評価されるべきよ」


「儂もそう思う。それに兵たちのこともある。君が作戦を立てるだけで第二騎士団の兵は安心すると聞く。今後、我が守備兵団の兵も同じことを感じることになるだろう」


 将軍の言葉に困惑したので、曖昧に微笑むだけにした。


 それから三十分後、敵軍がクロイツホーフ城に入ったという報告を受けた。

 敵は雲梯車を放棄したが、まだ修理すれば使用可能であるため、完全に破壊する必要がある。


 そのことを将軍に告げると、彼も同じことを考えていたようで、すぐに守備兵団と義勇兵を送り出すよう命令を出した。


「敵の攻城兵器を使用できないように破壊せよ。敵兵の死体は集めておけ。この季節ではすぐに腐敗するからな」


 城の外ということと水源から遠いことから、遺体が腐敗しても疫病の恐れは少ないが、最低でも千人分の遺体があるため、余裕があれば焼くつもりらしい。


 その後、会議室に主要なメンバーを集め、今日の戦いの総括と明日以降についての協議を行うことになった。


 第二騎士団とエッフェンベルク騎士団からは騎士団長と参謀長が、ヴェストエッケ守備兵団からはジーゲル将軍とライムント・フランケル副兵団長が参加する。私と闇の監視者シャッテンヴァッヘのユーダ・カーンもそれに加わった。

 ユーダは私が私的に雇った形だが、情報収集の責任者であるため、参加させている。


 クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵が口火を切って話し始める。


「今日の戦いは見事だった。最も警戒すべき敵攻城兵器を破壊できたことで、明日以降の戦いを有利に進められるはずだ。敵の夜襲が考えられるため、警戒を緩めるわけにはいかないが、部下たちを充分に労ってやってほしい」


 その後に全体を指揮していたジーゲル将軍が総括する。


「第二騎士団、エッフェンベルク騎士団のいずれも危なげなく対応していた。特にエッフェンベルク騎士団は初めて見る攻城兵器に的確に対応し、その情報を素早く共有したことは瞠目に値する働きと言えるだろう。第二騎士団もその情報を生かし、敵に多くの損害を与えたことは高く評価できる。守備兵団は敵に付け入る隙を与えなかった。戦果こそ少ないが、敵が早期に撤退を決断するきっかけを作ったものと考えている……」


 さすがに歴戦の将軍であり、評価は公平かつ適正だ。


「……しかし、敵が増援の到着に気づいた可能性がある。それに敵にはまだ二万弱の兵力がある。更に言えば、鳳凰騎士団は神狼騎士団を押し退けてこの戦いに参画したことから、何の成果も出さずに帰国することは考えられん。そう考えると、今後敵は全力でこのヴェストエッケを攻略しに掛かるはずだ。次の戦いは今日以上に厳しくなるものと思われる」


 将軍の危機意識に全員の顔が引き締まる。

 その言葉を受け、グレーフェンベルク子爵が私の方を見た。


「ラウシェンバッハ参謀長代理に確認したい。今後予想される敵の動きとその対策について何か考えていることはあるか?」


「ございます」


 そう答えてから、説明を始める。


「ジーゲル閣下がおっしゃられた通り、敵の鳳凰騎士団は危機感を持って攻撃してくるはずです。想定される戦い方としましては、いくつかのパターンが考えられます」


 そこで昨日のうちに用意しておいた一枚もののペーパーを配る。


「その紙に書いてある通り、三つのケースが考えられ、それぞれで敵が採る行動が変わってくると思われます。そのケースですが、黒狼騎士団と和解、黒狼騎士団とは和解せず現状のまま、そして、鳳凰騎士団内部で分裂です」


 そこでエッフェンベルク伯爵が疑問を口にした。


「説明途中で悪いが、先ほどの話では、鳳凰騎士団は危機感を持っているのだ。内部で分裂するなどあり得んのではないか?」


 その問いは想定していたので即座に答えていく。


「常識的に考えればあり得ません。ですが、赤鳳騎士団のプロイス団長は筆頭騎士団である白鳳騎士団の団長の座を狙っています。そのため、自身の功績を大きく見せる必要があり、抜け駆けを行うことや、あえて火中の栗を白鳳騎士団や黒鳳騎士団に拾わせ、美味しいところだけを持っていこうとする可能性は否定できません」


「なるほど……個人的な理由を優先する可能性があるということだな。話の腰を折って済まなかった。説明を続けてくれたまえ」


 伯爵に向けて小さく頷くと、説明を再開する。


「先ほど説明した三つのケースについて、敵がどう考えるかをペーパーにまとめておりますので、そちらを見ながら聞いてください……」


 私が考えた三つのケースのうち、最も危険なのは、当然のことだが、黒狼騎士団と和解し、共同で攻撃してくることだ。この場合、兵力が最大になるだけでなく、情報の共有もなされ、効率的な攻撃を行ってくる可能性が高くなる。


 黒狼騎士団と和解しないケースだが、これが一番考えられると思っている。

 この場合、兵力は鳳凰騎士団だけのケースと、鳳凰騎士団に黒狼騎士団が加わるケース、つまり全兵力での攻撃してくるケースの二つが考えられる。


 和解していないのに全兵力を投入すると考える理由だが、黒狼騎士団のエーリッヒ・リートミュラー団長が失敗した鳳凰騎士団を嘲り、自分たちならもっと戦えると主張し、戦線に出てくる可能性があるためだ。


 この場合、共闘することはないため、戦区を分けて攻撃してくる可能性が高く、情報共有も行わないので、脅威はそれほど大きくないだろう。

 但し、両騎士団が功を競い合って、損害を度外視した攻撃を行う可能性があり、油断はできない。


 鳳凰騎士団だけの場合は危機感を持っている分だけ、今日よりも危険度は上がるが、攻城兵器を持たないこと、情報共有がなされないことから、こちらも大きな脅威にはならないと考えている。


 三つ目の鳳凰騎士団内部で分裂するケースだが、これが我々にとっては一番ありがたい。

 足の引っ張り合いまでやってくれるなら、敵の士気は確実に下がるし、損害も大きくなるためだ。


 以上のことを説明した後、私の考えを伝える。


「……いずれにしても、仕切り直しをしてくるはずです。共闘するなら作戦を練り直す必要がありますし、しない場合でもどこをどうやって攻めるかを考え直す必要があるからです。しかしながら、敵が採れる策は多くはありません」


 そこで一旦言葉を切り、全員の様子を見る。

 グレーフェンベルク子爵やエッフェンベルク伯爵たちは理解している感じだが、ジーゲル将軍とフランケル副兵団長は私との付き合いが浅いため、唸るようにして考え込んでいる。


「敵が採り得る具体的な策は、これまでの神狼騎士団の戦術と同じにならざるを得ないということです。更に言うなら、黒狼騎士団が協力しなければ、一からその戦術を構築せざるを得ず、効果的な攻撃にならない可能性が高いということです」


「つまりだ。鳳凰騎士団だけなら、いろいろと試してみて効果がある方法を探らざるを得んが、黒狼騎士団なら我々が嫌がる方法を知っているから、警戒せねばならんということか」


 ジーゲル将軍がそう言ってまとめる。


「その通りです。私なら夜陰に紛れて千人規模の夜襲を何度も繰り返します。そうすればこちらの兵は疲労していきますから、その隙を突いて城内に潜入して混乱させ、城門が手薄になったところで占拠するという方法を採るでしょう」


「嫌な手だな」


 フランケル副兵団長が心底嫌そうに呟く。


「ですが、こちらには第二騎士団とエッフェンベルク騎士団がいますので、守備兵団と上手く連携できれば、疲労が蓄積することはないでしょう。どちらかといえば、夜襲を掛ける敵の方がより厳しくなると思います……」


 私の説明に全員が頷いている。


「……そのことに気づいたとしても、敵が採れる策は少ないですから、兵糧が少なくなれば撤退せざるを得ません。但し、南方教会は豊富な資金を持っていますし、海上輸送が可能ですから長期戦になることは覚悟しておくべきでしょう」


 これまで北方教会に属する神狼騎士団は資金不足で兵糧が尽きて撤退していたが、鳳凰騎士団の母体である南方教会は海上交易で財を成しており、豊富な資金と大量輸送手段を持っているため、兵糧攻めは難しい。


「そうなると、こちらにも決定打はないということかな? その点はどうか?」


 子爵が質問してきた。


「政治的に追い詰めるしかないでしょう。南方教会は自信満々でこの作戦に割り込んできましたが、北方教会のニヒェルマン総主教はそのことを快く思っていません。また、西方教会のヴェンデル総主教は無駄な支出を抑えるべきと考えておりますから、無制限な作戦の延長に反対するはずです。その点を突けば、半年程度で撤退に追い込むことができるのではないかと考えています」


 フランケル副兵団長が驚き、声を上げる。


「法国の上層部を動かすというのか! そのようなことができるのか?」


 私に代わって子爵が答える。


「具体的な方法は言えんが、マティアス君なら可能だろう」


 子爵は私が叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室を使うと気づいたようだ。

 ここまでは最悪の場合、長期戦になることを覚悟させるための説明だ。しかし、私自身はその可能性は低いと考えている。


「長期戦を覚悟すべきと言いましたが、私としてはそれほど長くは掛からないと考えています」


「どういうことかな?」


 エッフェンベルク伯爵が首を傾げる。更にジーゲル将軍やフランケル副兵団長も分からないという表情をしている。


「先ほども説明しましたが、鳳凰騎士団は神狼騎士団を押し退けて、今回の作戦を推し進めてきました。彼らは自信満々で出陣し、北方教会領の領都を通過しているのです。総司令官であるロズゴニー団長の性格を考えれば、手間取っている印象を与える長期戦という選択肢を採ることはあり得ないと言っていいと思います」


「だが、切り札である雲梯車を失ったのだ。ロズゴニーも確実な勝利のために舵を切るのではないのか?」


 ジーゲル将軍が疑問を口にすると、他の面々も頷いている。


「リーツ団長が総司令官であれば、将軍のおっしゃったように戦略を練り直すことでしょう。ですが、ロズゴニー団長は上司である南方教会のシェーラー総主教の顔を潰すようなことはしないはずです。法国内での南方教会の影響力を落とすことになりますから」


「なるほど。戦争は政治の延長ということだな」


「その通りです。ですので、敵の動きを予断なく注視し、短期決戦を狙っているのか、長期戦まで覚悟しているのかを見極めなければ、対応を誤る恐れがあります」


 私の言葉に全員が頷く。

 そして、子爵が私に代わり、最後を締める。


「では、当面は敵の出方を見るが、夜襲や奇襲には充分に注意する。兵たちの疲労を溜めないように不寝番の分担を決める。守備兵団から第二騎士団とエッフェンベルク騎士団に城壁での防衛について注意点を確認する。この方針で行くこととする」


「「「はっ!」」」


 全員が同意し、当面の方針が決まった。

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