第21話「ヴェストエッケ城攻防戦:その二」
統一暦一二〇三年七月三十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城南。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ
午前九時過ぎ。両翼の軍が前進を開始してから三時間ほど経った。
我が騎士団は敵の中央部隊を釘付けにしつつ、城壁に取り付くタイミングを計っている。
我々が本格的に攻撃を加えるのは、東西のどちらかで雲梯車が城壁に取り付くタイミングだ。しかし、どちらの部隊もまだ城壁に達しておらず、我々も動けずにいた。
(何をやっているのだ! 獣人奴隷だけではまともに動かせないことは、昨日の移動で分かっているだろうに……なぜもっと早く対応しないのだ……)
悪態を吐きたくなるのを必死に抑えている。
白鳳騎士団のロズゴニー殿も赤鳳騎士団のプロイス殿も雲梯車を五十名の獣人奴隷だけに任せていたため、その動きは非常に緩慢で、本当に動いているのかと疑うレベルだ。
その結果、敵投石器の攻撃で既にそれぞれ三台の雲梯車が破壊されている。更に外れた岩も前方に落ちることで障害物となり、真っ直ぐ進むことができず、それが更に速度を遅くしていた。
そして、ようやく兵士を動員することに気づいたようだが、城に向かって緩やかな上り坂になっているため、速度は大して変わっていない。
そもそもの話だが、あの雲梯車を使うという策に、私は全面的に賛成しているわけではなかった。
船舶に使う頑丈な木材を使い、遠距離からの攻撃に耐えられるようにしているが、それでも大型の投石器から放たれる数十キログラムの岩を受ければ破損しないはずがない。また、頑丈にしたがために重量が増大し、機動性を著しく落としている。
更に木材ということで火に弱く、多大な労力を使って城壁まで持っていったとしても、油を撒かれて火を着けられたら危険だ。一応、漆喰のようなものを塗り、耐火性能を上げているが、効果は未知数だ。
私はこの雲梯車を使った作戦よりも夜襲を繰り返して敵の疲労を誘い、城門を奪う方が成功率は高いと思っている。雲梯車を使うとしても、その際の囮としてだろう。もしくは最終段階で集中的に運用するかだ。
そのことはロズゴニー殿に伝えてあったが、彼は白昼に堂々と攻撃を加えてヴェストエッケを攻略することが重要だと考えており、聞く耳を持たなかった。
このままではあと一時間ほどはこの状態が続く。
我が騎士団の損害はほとんどないが、敵も防御を固めており、膠着状態といっていい。
我々の任務は敵を一定数引き付けることであり、この状態が続いても作戦通りなのだが、攻略作戦の目的を達成するためには、積極的に動く必要があるだろう。
問題があるとすれば、城門を守る部隊が事前の情報で想定していたよりも精鋭だということだ。
敵も攻城兵器を持たぬ我々が牽制を行う部隊であることは重々承知しているはずで、主力は東西に振り分けているはずだ。そうなると、目の前にいる兵士たちは義勇兵ということになる。しかし、義勇兵にしては練度が高く、違和感が拭えないのだ。
(我々が知らない間に敵の援軍が到着したのかもしれぬな。それにジーゲル将軍が戦死したというリートミュラー殿の言葉も疑わしい。ジーゲル将軍以外に見るべき将はないと事前に情報をもらっているが、白鳳騎士団を罠に嵌めた手際から見ても、一流の将が指揮を執っているとしか思えん……そうなると、ここで無理に攻勢に出ても、我が兵が無駄死にする可能性は否定できんな……)
私は積極的な攻勢を控え、敵を観察することを目的に、攻撃を加えることにした。
「三番隊は一番隊と合流。その後、城壁に迫る動きを見せ、敵の射程に入るギリギリで停止した後、ゆっくりと後退せよ。二番隊は敵を牽制するため、三番隊が移動を開始した直後に前進。こちらも射程に入る前に停止せよ」
我が黒鳳騎士団は一番隊から五番隊で構成され、それぞれが約一千名だ。つまり、二つの隊が合流すれば二千名となり、正面の敵の総数と同じになる。
そのような動きを見せることで敵がどう反応するか見るためだ。
中央を攻める三番隊を最左翼の一番隊に合流させ、二番隊を前進させた。敵はその動きに、一番隊とその内側の二番隊を抑えている隊を合流させ、二番隊には中央の部隊を当たらせた。
その動きに混乱はなく、更に前進を開始した一番隊と三番隊に対し、すぐに攻撃を加えてきた。
(やはり義勇兵ではないな……)
正面の敵と戦っている部隊を引き抜くのは非常に難しい。もし義勇兵なら三番隊に対応していた部隊を最右翼に移動させたはずだ。但し、それをやれば敵は狭い城壁の上で動かねばならず、二番隊の攻撃を受けて多くの犠牲を出していたはずだ。
しかし、敵は正面の二番隊を見据えつつ横に動き、隙を見せることはなく、入れ替わっている。
更に右翼側に兵力を集中させてみたり、大きく分散してみたりと複雑な動きで混乱を誘ったが、最小限の混乱で収めており、付け入る隙が全くなかった。
こうなると敵が精鋭であることは確実で、総数が八千という情報すら疑わしい。敵の増援が到着したという前提で戦略を練り直す必要がある。
(今日の作戦は失敗に終わるだろう。あとは如何に犠牲を少なくするかが課題だな……それにしても敵の情報が入ってこないことは問題だ……)
私は頭を悩ませながらも敵を牽制すべく、命令を出していった。
■■■
統一暦一二〇三年七月三十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城物見塔。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
午前十時頃。
敵が動き始めてから四時間ほど経った。
私は南の城壁の中央にある城門近くの物見塔の最上階から敵の動きを見つつ、総司令官であるハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍に助言を行っている。
私の横ではイリスが通信兵からの情報を書き留めつつ、城周辺の地図の上に敵部隊を模した駒を配置して、全体を把握できるようにしてくれていた。
東西に十台ずつに分かれた敵の雲梯車だが、未だに城壁に辿り着いていない。
これは元々城壁前の草原が、岩が転がる荒れ地であったこと、排水を考慮し城壁に向かって緩やかに登り勾配になっていること、敵の発見が容易なように草が刈られているため、東のヴァイスホルン山脈から流れてくる水で枯れ沢のような溝がいくつもあり、それにより移動が阻害されたことが大きい。
また、事前の準備で深さ二十センチ、幅三十センチほどの浅い溝を何本も掘り、更に掘って出てきた土を畑の畝のようにしたことから、車輪の抵抗となり上手く動かせないでいる。
そのノロノロとした動きの雲梯車に対し、投石器による攻撃を行っていた。
投石器は城壁の内側にある四階建ての建物の屋上に設置されている。この建物は、普段は兵舎として使われているが、戦時には投石器を設置することができるように設計されており、高さは城壁より僅かに低い程度で、射角や距離の調整範囲が大きい。
その結果、進軍開始から攻撃を続けられており、東側で四台、西側で五台の雲梯車を破壊することに成功している。他にも雲梯車に同行する歩兵も投石器により着実に損害を与えていた。
但し、現状では城壁に接近しているため死角に入っており、投石器ではこれ以上の戦果は見込めない。この先は油による火計と白兵戦となる。
中央の黒鳳騎士団だが、ほとんど損害を与えられていない。
これはフィデリオ・リーツ団長が牽制に徹しており、こちらの弓兵の射程に入ってこないためだ。
また、リーツ団長は陣形を何度も変えて、ヴェストエッケ守備兵団に混乱を与えようとしている。
守備兵団の指揮官、ライムント・フランケル副兵団長はその都度適切に対応しており、問題ないように思えたが、気になることがあった。
「敵にバレたかもしれないな……」
私の横で通信兵からの情報を書き留めているイリスが反応する。
「何がバレたのかしら?」
「ここに援軍が来たことだよ」
そこでジーゲル将軍が私たちの会話に気づいた。
将軍は怪訝そうな顔で私を見ている。
「援軍が来たことを知られたのか? どういうことだ?」
「頻繁に陣形を変えていますが、積極的に攻勢を掛けてきません。東西の主力がまだ城壁に到着していないためでしょうが、こちらが的確に対応していることを訝しんでいる可能性があります」
「こちらを混乱させるために陣形を変えているだけだと思っていたが……」
将軍も思うところがあるのか、僅かに考え込む。
「中央は最も練度が低い義勇兵が守っていると考えていたはずです。しかし、混乱が一切なく、付け入る隙が無いのですから、義勇兵ではないと考えてもおかしくはないでしょう」
「なるほど。敵も我ら守備兵団の総数を知っておる。攻城兵器がある東西に義勇兵を送り込み、攻城兵器を持たぬ中央に精鋭を配置することは考え難い。そこまで考えれば、精鋭だけで八千の兵が用意できていることに疑問を持つことは自然だということだな」
さすがに歴戦の将軍は私の考えを即座に理解した。
「おっしゃる通りです」
「何か行動を起こすべきかな?」
その問いに少し考えた後、答えていく。
「このままでいいでしょう。今更演技をしてもわざとらしいですし、それで混乱して付け込まれたら本末転倒です。それに援軍が到着していると分かってもこちらの総数は確認できませんから、大きな問題にはならないと思います」
「そうだな。しかし、ライムントが上手くやりすぎて敵に看破されるとは思わなかったぞ」
そう言って苦笑する。
「そろそろ雲梯車が城壁に取り付くはずです。恐らくこちらにも本格的な攻撃を加えてくるでしょうから、目まぐるしく戦況が変わると思います。通信兵を使って的確な指示をお願いします」
緊張感を戻すため、話題を変えた。
「うむ。もっともグレーフェンベルク子爵もエッフェンベルク伯爵も信頼に値する指揮官ゆえ、突破されるような事態にならぬ限り、こちらから指示を出すことはあるまい」
将軍の言う通り、狭い城壁の上では現地指揮官が適切に対応するしかない。
「予備兵力の早期投入について連絡しておきましょう。増援が来たことをリーツ団長が察していれば、予備兵力を温存しておく必要性は低いですから」
元々予備兵力は城壁が突破されそうになった時にのみ投入する予定だった。これは明日以降の戦いにおいて、隠し玉手的に使うことを考えていたためだが、その前提が崩れるなら、早期に投入しても問題ない。
「そうだな。では、グレーフェンベルク子爵とエッフェンベルク伯爵に連絡してくれ。黒鳳騎士団のリーツ団長が我が軍に増援が来たことに気づいた可能性が高い。予備兵力は無駄に温存せず、兵力の消耗を抑えるために積極的に投入せよ。そう伝えるのだ」
「中央はどうするのだ? ここも早めに予備兵力を投入すればよいのか?」
「このままでいいでしょう。損害が大きくなる白昼の戦いで、リーツ団長が無理をするとは思えません。それに増援については疑ってはいるでしょうが、確証まで持てていないはずです。わざわざ教えてあげる必要はないでしょう」
将軍はそこで苦笑する。
「君は意外に人が悪いな。ロズゴニーやプロイスに黒狼騎士団のリートミュラーが増援を見逃したと非難させるように誘導する。そして、証拠がなければ、リートミュラーが反発するから、これで更に敵の内部に亀裂を作れる。そう考えてのことなのだろう?」
そこまで考えたのではないが、確かにあり得るため、微笑むだけにしておいた。
「エッフェンベルク騎士団より連絡。雲梯車が一台、城壁に取り付いたとのこと。事前の作戦通り、敵を排除する。とのことです」
城壁での戦いが本格的に始まった。
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