第20話「ヴェストエッケ城攻防戦:その一」

 統一暦一二〇三年七月三十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城物見塔。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 簡単な作戦会議を終え、私はイリスとカルラを引き連れ、南の城門の上にある物見塔に向かった。


 東に大山脈であるヴァイスホルン山脈があるため、まだ薄暗いが、我が軍の兵士たちは戦いの準備のために活発に動いている。


 そんな慌ただしい雰囲気の場を鎧も身に着けず、剣も持っていない私がゆっくりとした歩調で進むため、違和感が大きい。

 そのためかチラチラと私の方を見る兵士たちが多く、微笑みを絶やさないように努力する。


 十分ほどで物見塔の最上階に到着するが、二十メートルの城壁を登り、更に十メートルほどの塔を登るため、息が切れている。

 その一方で、後ろにいるイリスとカルラは鎧を身に纏っているのに息を切らすことはない。


 屋上に上がると、青空が広がっていた。

 既に通信兵である闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテンが五名待機している。


 今回はここから東の第二騎士団、西のエッフェンベルク騎士団と繋ぎ、状況を適宜確認するとともに、城壁の下にいる予備部隊に消耗品の補給などを指示することになる。


 そのためにヴェストエッケ城と南の平原が描かれた図面と、敵の兵力を模した駒が置かれている。これと通信の魔導具を使いながら、リアルタイムに状況を確認し、遅滞なく指示を出すのだ。


 なお、真下にいるヴェストエッケ守備兵団は直線距離で二十メートルほどなので、伝令を出すか、メガホンを使って直接命令を伝える予定だ。


「お疲れ様です。今日も暑くなりそうですね」


 シャッテンたちに声を掛けながら、予め用意してもらっていた鎧を身に着けていく。私の体力では比較的軽い革鎧でも階段を上るのに負担になるためだ。


 私としては鎧を着るつもりはなかったが、イリスとカルラから流れ矢が危険だから鎧を着てほしいと懇願されたため、止む無く着ることにしたのだ。


 鎧を身に着け終えると、物見塔の端に向かう。

 南に視線を向けると平原に展開するレヒト法国軍の姿が目に入る。まだ戦闘準備中なのか、いくつもの焚火の周りに兵士たちが集まっている様子が見えた。


 下に目を向けると、ヴェストエッケ守備兵団の兵士が隊ごとに整列し、隊長たちが弓や槍などの武具の点検を行っている。


『こちらには予備兵力が充分にある! それにここにはあのでっかい階段車がない! 落ち着いて確実に敵の兵力を削っていけば、こちらの勝利は揺らがん!……』


 ライムント・フランケル副兵団長が兵士たちの間を歩きながら鼓舞していた。

 兵士たちも副兵団長の言葉に声を挙げて応えている。士気は高く、問題はなさそうに見える。


 東に視線を向けるが、一キロメートルほど離れているため、第二騎士団の姿ははっきり見えない。


 携えている望遠鏡を使うと、人の姿がはっきりと見えた。こちらも戦闘準備はほぼ完了しているようで、整列して騎士団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵を待っているようだ。


 西の状況を確認すると同じように準備を終えていた。


「敵の様子はどうかね」


 守備兵団の将、ハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍が、副官と伝令を引き連れて上がってきた。


「食事を摂っているようです。完全に陽が昇ってから進軍を開始するつもりみたいですね」


 大型攻城兵器である雲梯車はその重量から小さな障害物でも移動に支障をきたす。そのため、視界が確保できてから進軍すると予想していた。


 将軍も周囲の状況を見るため、望遠鏡を取り出した。


「本格的な戦いが始まるのね」


 イリスがそんな言葉を口にする。

 私の場合、八日前のカムラウ河の戦いで初陣を飾っているが、イリスはラザファムたちの指揮を執っていたため、戦場に出るのは今日が初めてだ。そのため、気合が入っているのだろう。


 それから十分ほどすると、通信兵であるシャッテンが、第二騎士団から通信が入っていると伝えてきた。


『第二騎士団のグレーフェンベルクだ。戦闘準備が完了した……以上』


「こちら総司令部のラウシェンバッハ。第二騎士団戦闘準備完了、了解しました。その場にて待機願います。以上」


 同じくエッフェンベルク騎士団からも戦闘準備の報告があり、敵を迎え撃つ準備は万全だ。


「緊張するわね。あなたはどう?」


 落ち着かないのかイリスが話し掛けてくる。


「緊張しているよ。どの程度、準備した策が通用するのか、不安があるからね」


 策は準備してあるが、敵が想定しているような常識的なものばかりだ。そのため、対抗策を考えていることは容易に想像でき、どの程度雲梯車を破壊できるのか、全く予想が付かない。


「城壁に取り付かれるまでに半数程度にはしておきたいものだな。そうすれば、一度に城壁に乗り込んでくる敵兵を十五人程度に抑えられるからな」


 ジーゲル将軍が私たちの話に加わってきた。


「敵兵は身体強化を使えますが、どの程度脅威になるとお考えですか?」


 将軍は長年レヒト法国軍と戦っているため、敵の脅威を充分に認識している。


「あの雲梯車なるものを使うのなら、全速力なら十秒ほどで登り切るだろう。上手く妨害できねば、あっという間に橋頭保を築かれて混戦となる。そうなると、我が軍の方が不利になることは明らかだ。組織だった防御をどこまで続けられるかがカギになるだろう」


 将軍の認識は私も同感だ。

 そんな話をしていると、敵に動きが見えたとカルラが報告する。


「東の敵、赤鳳騎士団が動き出しました」


 シャッテンである彼女は非常に視力がよく、誰よりも先に正確に報告を上げてくる。


 私も望遠鏡を赤鳳騎士団に向けた。

 ゆっくりとだが、十台の雲梯車が動き始めている。その横には盾を構えた歩兵が同じ速度で歩いている。


 中央と西に望遠鏡を向けたが、黒鳳騎士団も白鳳騎士団も未だに動いていない。


「抜け駆けのようですね。総大将であるロズゴニー団長から出撃の合図は出ていないようです」


 総大将は白鳳騎士団のギーナ・ロズゴニー団長だが、合図を出した形跡がない。恐らく赤鳳騎士団のエドムント・プロイス団長が抜け駆けをして一番槍の功名を手に入れようとしたのだろう。


「五分や十分早く動いたところで大して変わらぬだろうに」


 ジーゲル将軍が嘲るように呟く。

 将軍の言う通り、城壁までは約三百メートル。普通の歩兵なら数分で辿り着けるが、重量のある雲梯車では、先に動いても地面の状況などで城壁に到着する時間は大きく変わるため、あまり意味はない。


「いい徴候です。黒狼騎士団が出陣していないだけでなく、鳳凰騎士団の中でも不和が広がりつつあるのですから」


 プロイスは筆頭騎士団である白鳳騎士団の団長の座を狙っている。そのため、今回のヴェストエッケ攻略作戦でロズゴニー以上の戦果を挙げる必要があり、協力する姿勢を見せていない。


「うむ。だが、この配置ではあまり意味はないな。各騎士団が協力する配置ではないからな」


 三つの騎士団は一キロメートルずつ間を空けて配置されており、協力する陣形ではない。これはジーゲル将軍が戦死したと思っているため、分散した方がこちらを混乱させられると考えた結果だろう。


「確かにこの戦いはそうですが、明日以降の戦いに効いてくるはずです。雲梯車を破壊してしまえば、夜襲や奇襲で城門を開放するしか術はないのですから」


 高さ二十メートルの城壁を登るには、身体強化が使える法国軍兵士であっても、梯子かロープを使う必要がある。東西二キロメートルという長大な城壁であるため、夜間密かに接近されると、守備兵団だけでは警備しきれない。


 守備兵団もいろいろと工夫しているが、完璧な対策は難しく、夜襲では何度も潜入を許していた。


「白鳳騎士団も前進を始めました」


 カルラの報告を受け、西に視線を向ける。

 白鳳騎士団の中央部で大きな旗を振られ、更に太鼓らしき音がかすかに聞こえてきた。そして、白鳳騎士団もゆっくりと前進し始めた。


「本格的に進軍を始めたようですね」


「ラウシェンバッハ殿が最も警戒するリーツ団長が指揮しているが、どういった手を使ってくると考えているかね」


 ジーゲル将軍の問いに考えていることを説明する。


「完全な強襲ですから、オーソドックスな戦法しか使えません。具体的には弓兵が攻撃を加えて防御側の兵力を削り、隙ができたところで鉤付きのロープを使って城壁を登ってくるという感じでしょう」


 中央の黒鳳騎士団には雲梯車はなく、完全な強襲となる。

 身体強化が使えるため、打ち上げであっても敵の長弓の威力は強く、城壁の上にいる防御側が圧倒的に有利というわけでもない。


「そうならざるを得んだろうな。ならば、ライムントでも充分に対応できる」


 ライムント・フランケル副兵団長はやや視野が狭く、複雑な戦術に対応する能力は低いが、目標が明確なら的確な指揮を執ることができる。特に今回のような強襲という単純な戦術に対応するだけであり、かつ局地的な戦いであるため、問題はないだろう。


「その点は全く疑っておりません。それにリーツ団長も無謀な攻撃は仕掛けてこないでしょう。あくまで白鳳騎士団と赤鳳騎士団のための陽動に過ぎませんから」


「そうだな。だが油断はできん。陽動ということはこちらの目を引き付けねばならんのだ。我々が危機感を持つように激しく攻めてくることは充分に考えられる」


 さすがは西の守護神と呼ばれるだけあり、敵の意図を正確に見抜いている。


「おっしゃる通りですね。閣下でしたら、どのように攻めますか?」


「そうだな……儂なら部隊長を集中的に狙撃する。奴らの矢の威力であれば、百メートルほどの距離でも充分に脅威だ。それに引き換え、こちらの長弓兵の能力では五十メートルほどの距離に近づかねば、有効な攻撃とはならん」


 二十メートルの高さからの撃ち下ろしであり、王国側の方が有利なのだが、身体強化が使えないため、矢の威力が圧倒的に劣る。また、法国軍の兵士は基本的に重装備であることから、遠距離では鎧に矢が弾かれてしまい、致命傷を与えられない。


「イリス、君ならどう攻める?」


 突然話を振られ、イリスは一瞬驚いた表情を浮かべるが、頬に手を当てて考えながら答えていく。


「そうね。私なら部隊を五つに分けて、それぞれ二百メートルほど離してから攻撃するわ。そうすれば、こちらは敵より少ない兵力を更に分散しなくてはいけなくなるし、司令官の命令が届きにくくなるから。その上で閣下がおっしゃられたように指揮官を狙えば、相互に支援が難しくなって隙ができやすくなると思う。隙ができたら突撃部隊を一気に前に出して城壁に取り付かせるわね。あとは弓兵が支援している間にロープでよじ登って城壁を占領する。こんな感じかしら」


「ほう、さすがは兵学部の次席だな。それをやられるとライムントでも苦労しそうだ」


 ジーゲル将軍に褒められ、イリスが照れている。


「君が言った戦術を採るようだよ。閣下、フランケル副兵団長に部隊長が前に出過ぎないように命令を出してはいかがでしょうか。恐らく副兵団長も気づいておられると思いますが、部隊長たちが戦場に集中しすぎて防御を疎かにする恐れがありますから」


「うむ。そうしよう。伝令! フランケル副兵団長に命令を伝えよ。各部隊長、副長が狙われる可能性が高い。不用意に前に出るな。そう伝えよ!」


 伝令が階段を駆け下りていく。


 白鳳騎士団と赤鳳騎士団が進軍を開始してから二時間ほど経った午前八時頃、黒鳳騎士団が動き始めた。

 東西の戦線では投石器による攻撃で複数の雲梯車を破壊したと報告が上がってきている。


 黒鳳騎士団だが、イリスの言った通り、千人ずつの部隊に分け、左右に広がっていく。

 雲梯車がいないため、すぐ城壁に迫ってきた。


 各部隊には二百名ほどの長弓兵がおり、百メートルほどの距離から一斉射撃を繰り返していく。


 それに対抗するように、こちらも大型弩砲で反撃を行うが、敵兵が適度に分散しているため、ほとんど命中していない。


 激しい敵の攻撃を見ながら、騎士団旗のある本陣に望遠鏡を向ける。

 リーツ団長と思しき人物が伝令を何度も出していた。その都度、敵の狙いが正確になっていく。


 十分ほど攻撃を受け、こちらには数十名の損害が出ているが、敵に損害はほとんど与えられていない。


「優秀な指揮官だな、リーツは。隙がないし、自分たちに与えられた戦略目的をきちんと理解しておる」


「確かにそうですね。恐らくですが、雲梯車が取り付くまでこの状況を続けて、我々総司令部の目を引き付けようとしているのでしょう。敵が接近してくるまで防御を固めた方がよいかもしれません」


「そうだな。ライムントに無駄な攻撃をやめ、防備を固めるように伝えよう。もっとも奴も分かっておるようだが」


 将軍の言う通り、副兵団長は攻撃の手を緩めさせ、盾兵を前に出して防御を固め始めていた。

 これで中央の戦いは膠着状態となった。

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