第18話「リーツの不安」

 統一暦一二〇三年七月二十七日。

 レヒト法国北部、クロイツホーフ城内。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ


 昨日、攻城兵器である雲梯車が到着した。

 まだ部品の状態だが、既にカムラウ河の北岸に移動させてあり、同行した船大工ら作業員が早朝から作業に入っている。


 それでも足場を組む必要があり、二十台すべてが組み上がるのは早くても明後日の二十九日の夕方頃になる。そのため、ヴェストエッケ城攻略作戦は三十日から開始されることになっていた。


 しかし、クロイツホーフ城内に総攻撃を前にした高揚感はなく、殺伐とした空気が支配している。


 我ら鳳凰騎士団と元々この城を管理していた黒狼騎士団の間に、大きな溝ができていることが理由だ。溝というより敵意と言っていいかもしれない。それほど険悪な雰囲気なのだ。


 最初から黒狼騎士団の兵士は我々に非協力的だったが、更にこじらせる事件が起きた。

 それは酒を飲んで騒いでいた鳳凰騎士団の兵士が黒狼騎士団の兵士に絡み、双方に死傷者が出したことだ。


 その酒もロズゴニー殿がリートミュラー殿に対し、無理やり供出を命じたもので、この件だけも険悪な雰囲気が強まった。


 それだけでも頭が痛いことなのだが、ロズゴニー殿が黒狼騎士団側に非があると断定し、黒狼騎士団の兵士にのみ死罪を言い渡した。


 その兵士が処刑される前に私が気づき、死罪を取り消させたが、城内で反乱が起きるのではないかと思うほど緊迫している。


 少しでも関係を改善できればと動いてみたが、私の努力は完全に空回りしており、こんな状況で総攻撃を掛けても失敗するのではないかと危惧していた。


 朝食の後、総司令官であるギーナ・ロズゴニー白鳳騎士団長が作戦会議を行うということで、赤鳳騎士団のエドムント・プロイス殿、黒狼騎士団のエーリッヒ・リートミュラー殿、そして私を招集した。


 クロイツホーフ城の会議室に四人の騎士団長とそれぞれの副官が集まった。

 リートミュラー殿は相変わらず不機嫌そうな顔で誰とも会話することなく座っている。


 ロズゴニー殿とプロイス殿は表面上和やかな雰囲気で談笑しているが、その内心が表情と同じかは定かではない。プロイス殿は筆頭騎士団である白鳳騎士団の団長の座を狙っており、自らが功績を上げるだけでなく、ロズゴニー殿が失敗することも期待しているためだ。


 もちろん、攻略作戦自体が失敗すれば自らの経歴にも傷が付くので、作戦自体は成功させるつもりのようだが、赤鳳騎士団が命令通りに動くのか、不安を感じている。

 開始時間となり、ロズゴニー殿が開会を宣言した。


「それでは作戦会議を始める。まずは作戦概要を説明する」


 その言葉で彼の副官が説明を始めた。


「七月三十日の夜明けと共に、赤鳳騎士団と白鳳騎士団がヴェストエッケ城の南五百メートルの位置に移動していただき、敵の出撃を阻止いたします。安全を確保した後、黒鳳騎士団が雲梯車を前進させ、翌七月三十一日に総攻撃を開始いたします……」


 雲梯車は一台三十トン近い重量があり、城壁までの三キロメートルを進むのに一日以上かかると見ているが、当初はもっと見込みが甘かった。


 カムラウ河の北の草原は生い茂った草とデコボコした地面のため、重い雲梯車を移動させることは困難だ。しかし、ロズゴニー殿は一台当たり五十人程度の獣人で、一日あれば動かせると想定していた。


 現場を知っている私がその情報を聞き、我が騎士団の兵を使うことを提案したのだ。

 これで一台当たり二百人以上になるため、真夏という悪条件でも何とか一日で移動させることが可能だろう。


「……総攻撃に当たっては白鳳騎士団と赤鳳騎士団がそれぞれ十台の雲梯車を受け持ち、城壁の東西の両端に攻撃を加えます。黒鳳騎士団は中央の城門付近に攻撃を加え、敵を引き付けていただきます。もちろん可能であれば、城門を突破していただいても構いませんが、可能な限り敵兵を引き付けることを心掛けていただきたい……」


 この配置も妥協の末に決まったものだ。

 当初は東西どちらかの端に集中的に攻撃を加える計画であったが、プロイス殿が分散させることを提案したため、それが通ってしまった。


 プロイス殿の言い分は、ジーゲル将軍が負傷ないし戦死しているため、代行者が指揮せざるを得ず、分散させた方が指揮命令系統を混乱させることができるというものだった。


 ジーゲル将軍が不在という話はリートミュラー殿が言っているだけで確定情報ではなく、更にカムラウ河で罠を張った優秀な指揮官がいることから、私は混乱する可能性は低いと言って反対した。


 しかし、手柄を上げたいプロイス殿と、ジーゲル将軍が戦死したと信じているリートミュラー殿の反対にあい、私の考えは否定された。そのため、妥協案として我が騎士団が中央で陽動するという案を提示したのだ。


「いずれかが城内に潜入した場合、まず中央の城門を確保します。城門開放後、黒鳳騎士団は城門から、白鳳騎士団と赤鳳騎士団は雲梯車から城内に入り、三方向から敵を制圧、占領いたします」


 副官の説明が終わると、ロズゴニー殿が口を開く。


「勝利は確定している。あとは敵に城内の物資や施設を焼かれないように注意することが重要だ。ヴェストエッケ城はグライフトゥルム王国占領作戦の橋頭保となるのだからな」


 既に成功した気になっているロズゴニー殿に苦言を呈しようかと思ったが、その前にプロイス殿が口を開いた。


「略奪についてはどの程度認めてもらえるのだろうか」


「城主館については略奪を禁ずる。騎士団の軍資金として確保せねばならんからな。その他については各騎士団の裁量に任せる。但し、放火は厳禁だ。そのような不届き者は見つけ次第、その場で斬首とする」


「了解した」


 プロイス殿が頷いたが、既に戦後処理のことまで話しており、発言する気が失せてしまった。


 そこでリートミュラー殿が発言する。


「三十一日まではクロイツホーフ城で待機しておればよいのだな。貴殿らの馬の面倒を見ねばならんからな」


 彼の言う通り、今回の作戦では騎兵を使わないため、五千頭以上の馬をクロイツホーフ城に残すことになる。


 ロズゴニー殿は鷹揚に頷いた。


「それで構わんよ」


「初日でケリが付かない場合は我らにも活躍の場を作ってくれ。それだけの自信を持っているようだし、問題ないだろう?」


「よかろう。初日でヴェストエッケを陥落できない場合は、改めて黒狼騎士団にも攻撃に加わってもらう」


 リートミュラー殿は「ならば俺がここにいる必要はないな」といって会議室を出ていった。


「前線に配置しろとうるさく言ってくるかと思ったが、我らの策に入り込む余地がないと諦めたようだな」


 ロズゴニー殿がそう言って愉快そうに笑う。


「僅か二百の王国兵に言いようにやられているからな。そのことを指摘したから大人しくなったのだろう」


 二人の言葉に頷くことができない。

 リートミュラー殿は猛将として有名だが、ヴェストエッケでの経験が豊富だ。この作戦が成功しないという確証があるのではないか。


 それを確認するため、リートミュラー殿に会いにいったが、門前払いされ、目的を達することはできなかった。


 不安を抱えつつも、私にできることをやるしかないと腹を括る。

 我が黒鳳騎士団の兵たちには敵を侮らず、慎重に作戦を遂行するよう命じた。兵たちも私の言葉を聞き、白鳳騎士団や赤鳳騎士団のように楽観的な考えは捨てている。


 更に総攻撃までの間の時間を利用し、雲梯車の移動の障害を取り除くために草原に出ている。


 五千の兵と一千の獣人奴隷で草を刈り、地面をならしていくが、慣れないこともあってなかなか進まない。ロズゴニー殿とプロイス殿に兵を借りたいと頼んだが、断られている。


「決戦前に兵を疲れさせてどうするのだ」


「一台当たり二百人も投入するのだ。少々障害があっても動かすことは可能だろう」


 無責任な二人に怒りを覚えるが、ここで喧嘩しても事態は好転しない。

 諦めてそのまま作業を続けたが、全体の半分ほどしか終わらなかった。


 私の危惧は現実のものとなる。


 七月二十九日の深夜に、雲梯車の準備は何とか整った。

 徴集された船大工たちはこの三日間ほとんど休息を摂らず働き続けたため、地面に倒れこんで眠っている。


 翌三十日の朝、朝日を浴びる雲梯車を見て、改めてデカいと溜息が出る。

 長さは二十メートル強で直径二・五メートルの車輪が左右に三個ずつ取り付けられている。


 高さは最も高いところで十五メートルほどあり最後に延ばす階段部分が折りたたまれている。幅こそ車輪を含めて六メートルほどだが、横から見ると、三階建ての家を見上げている気分になるほどだ。


 獣人奴隷たちは階段部分の下に入り、中から押していく。前方も側面も矢を防ぐために板が張られており、密閉に近い状態だ。太陽に照らされると地獄のような暑さになるのではないかと危惧する。


 我が騎士団の兵士たちは前方と側方に取り付けたロープを引く者と、後方から押す者に分かれる。


 獣人たちは五十名全員が常に押し続けるが、騎士団は半数ずつで交代するため七十人ほどになる。これで百二十名ほどになるが、動かし始めると、これでもギリギリだということが分かった。


 直径二・五メートルの車輪といっても、重量があるため、三十センチほどの地面の出っ張りを乗り越えることすら難しい。


 最初のうちはそのことが分からず、強引に押していたが、途中から車輪の幅だけでも地均しする方が効率的と学習し、先行する部隊と雲梯車を押す部隊に分けて運用することで何とかコツを掴むことができた。


 しかし、前日までに草を刈り切れなかったところに入ると、一気に速度が落ちた。

 草は抵抗になるだけでなく、地均しの邪魔にもなり、移動速度が半分以下にまで落ちてしまったのだ。


 先行する部隊に草を刈らせ、その間に押す部隊が休憩する。ある程度移動できるようになったら押し始め、草を刈る部隊の場所まで到着したら休憩するというサイクルを繰り返していった。所定の位置に到着したのは出発から十四時間後の午後八時を過ぎた頃だった。


 この作戦を考えたのはロズゴニー殿たち白鳳騎士団だが、運用まで考えておらず、そのいい加減さに腹が立つほどだ。


 それでも所定の位置には運び終えた。


「遅かったな」


 ロズゴニー殿の言葉に思わず睨み付ける。


「白鳳騎士団では運用まで考えておらなかったようですな。獣人奴隷たちだけでは三分の一も進めなかったでしょう」


 嫌みを言うつもりはなかったが、疲労で頭が回らず、思いをそのまま口にしていた。

 ロズゴニー殿も悪いと思ったのか、反論することなく、労いの言葉を掛けてきた。


「確かに我々の見込みが甘かったようだ。リーツ殿には苦労を掛けた。黒鳳騎士団は明日の昼前までゆっくり休んでくれたまえ」


 我が黒鳳騎士団は東西での戦闘が始まる直前に中央の城門に対し牽制を行う。そのため、我々が動くのは午前十時頃と見込まれていた。


「ありがとうございます」


 ロズゴニー殿が去った後、獣人奴隷たちのことが気になった。

 我が兵士たちは明日の十時頃まで休めるが、彼らは早朝から作戦に参加する。それも我々の支援なしにあの重い雲梯車を城壁まで運ばなければならないのだ。


 一抹の不安は残るが、作戦を変更できるはずもなく、私はそのまま休息に入った。

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