第17話「敵の切り札」

 統一暦一二〇三年七月二十六日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 後方撹乱作戦とカムラウ河の戦いから三日。

 ここ二日は雨が降り続いていた。この時期のヴェストエッケは夕立のような雷雨に見舞われることがあるが、二日も続くのは珍しいとのことだった。


 今日は与えられた部屋で城の見取り図を見ながら、イリスと共に防衛作戦を練っている。


 雨のせいではないが、レヒト法国の鳳凰騎士団はクロイツホーフ城に入ったものの、偵察隊をヴェストエッケ城周辺に送り出すだけで、積極的に動こうとしていない。


 クロイツホーフ城にいるシャッテンから、攻城兵器の到着を待っているらしいという情報が送られてきたが、具体的な情報はまだ掴めておらず、一昨日の七月二十四日にレヒト法国内にシャッテンを派遣し、街道沿いを見張らせている。


 敵の本隊が到着したが、近隣の貴族領に増援を要請しなかった。

 最も近い大貴族はケッセルシュラガー侯爵家だが、農民兵主体の三千ほどの兵力しか期待できない。


 特に警戒したのは、侯爵という地位を利用して指揮命令系統に介入してくることだ。

 ケッセルシュラガー家は完全なマルクトホーフェン侯爵派というわけではないが、精鋭である第二騎士団とエッフェンベルク騎士団が増援として来ていることから、勝利の可能性が高いと考えて、自らの功績とするために口出ししてくる可能性は充分に考えられる。


 たかが三千程度の雑兵と引き換えに、まともな教育も受けていない侯爵が総司令官になったら目も当てられないと考え、要請しなかったのだ。



 夕食に近い午後五時過ぎ、そろそろ宿舎に戻ろうと考えた時、闇の監視者シャッテンヴァッヘのユーダ・カーンがやってきた。彼の後ろにはシャッテンらしき女性が静かに付き従っている。


 その女性は特に特徴のない普人族メンシュだが、変身の魔導で姿を変えているのだろう。


「先ほど敵の攻城兵器らしきものを発見したという報告を受けました」


 ユーダはそう言った後、その女性に指示を出す。


「ユーリエ、マティアス様に直接報告せよ」


 ユーリエと呼ばれた女性は「はっ」と短く答えると、私の前に映写の魔導具を置き、報告を始めた。


「本日の正午頃、クロイツホーフ城の南約三十キロメートル地点で、大型の荷馬車を発見いたしました。荷馬車の数は約二百輌です。撮影の魔導具によりその姿を映しておりますので、ご確認ください」


 そう言って映写の魔導具を操作し始める。

 遠方から撮影したためか、それとも曇り空で露光が足りなかったのか分からないが、映像はやや不鮮明だった。しかし、木材を加工した物を山積みにした荷馬車ははっきりと映し出されている。


「ここをご覧ください。巨大な車輪らしきものがあることが分かると思います。大きさは直径二メートルを超え、車輪の太さは二十センチほどと思われます。他にもこの板は階段状に切り込みが入れられており、その切り込みと同じ幅の板が数え切れないほど積み込まれていました……」


 映像を確認していくと、それが何か気づいた。


「雲梯車ですか……」


 古代中国の戦いが描かれた小説を読んだ時に出てきた雲梯車という名が浮かぶ。雲梯車は城壁に登るための移動式の階段のようなものだ。


 この世界でも過去に使われたことがあると歴史書で見た記憶がある。但し、千年近く前の話だったはずで、対巨人用の高い城壁を持つ城塞都市が増えたことから使用されなくなったと書かれていた。


 雲梯車が敵の切り札と分かり、私は少しだけ安堵する。私の想定内であったためだ。


「雲梯車って何なの?」


 イリスが聞いてきた。


「移動式の階段だよ。城壁まで押していって、兵士が階段を駆け上がることで城に侵入する攻城兵器だ」


「どのくらいの大きさなのかしら? それに数はどのくらいなのかな」


 イリスの独り言に近い質問にも、ユーリエは丁寧に答えていく。


「階段の幅は板の大きさから五メートル程度と思われます。台数ですが、構造と車輪の数からの推定になりますが、二十台分はあるようです」


 その大きさと数の多さに楽観できないと表情を引き締める。


「クロイツホーフ城に到着するのは明後日でしょうか?」


「はい。荷馬車の御者から聞き出したのですが、重量があるため一日当たりの移動距離は十五キロメートルほどのようです。明後日の午後に到着するのではないかと言っておりました」


「ありがとうございます。疲れているところで申し訳ないですが、今からグレーフェンベルク子爵閣下に説明したいと思いますので、同行をお願いします」


 ユーダとユーリエは「承りました」と短く答える。


 既に午後八時になっているが、第一報だけでも伝えるべく、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵と参謀長のベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵、守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍、カルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵を司令官室に呼び出す。


 四人はすぐに集まった。敵が夜襲を掛けてきても対応できるように心掛けているためだ。


「お呼び出しして申し訳ありません。敵の切り札が判明したため、報告に上がりました」


 その言葉に四人が身を乗り出し、グレーフェンベルク子爵が質問する。


「で、その切り札はどのようなものなのだ?」


「攻城兵器である雲梯車を大量に準備しているようです」


 そう答えた後、映写の魔導具の操作を指示し、映し出された荷馬車を指しながら説明を続けていく。


「台数は恐らく二十台分。大きさは幅五メートル、長さは二十メートルほどで、城壁に近づいてから更に十メートルほど伸ばす構造と思われます。重量はよく分かりませんが、荷馬車の状況から少なくとも二十トン、恐らく三十トンを超えると思われます」


 私の説明に四人は腕を組んで聞いている。


「材質は樫か楢。南方教会領には造船所が多くありますから、そこで加工し、輸送船を使って北方教会領まで輸送したようです。クロイツホーフ城に到着するのは明後日の七月二十八日。組み立てにどの程度時間が掛かるかは分かりませんが、八月に入るくらいには本格的に攻撃を加えてくるのではないかと考えております」


 私の説明が終わると、子爵を含め、四人の表情は硬い。雲梯車という攻城兵器のことを知らないためだろう。


「対抗策は?」


 子爵の問いに、「一応考えてあります」と答えた後、軽く微笑んでから説明していく。


「城壁に辿り着く前に投石器によって破壊すること。雲梯車を移動させる人員を狙撃し移動を阻害すること。城壁に接近された場合は油と火矢により焼き払うこと。それでも城壁に取り付かれた時は精鋭で敵の侵入を防ぎつつ、側面から矢で後続を仕留めていくこと。こんな感じでしょうか」


 私の説明に子爵たちの表情が緩む。


「さすがだな。既に対抗策を考えていたとは」


 楽観的になりすぎても困るため、釘は刺しておく。


「一応考えていますが、数が多いですし、法国軍の兵士は身体強化が使えますから、私の言った策で完全に防ぐことができるかは分かりません」


「慎重なのだな」


 ジーゲル将軍がそう言って微笑んでいる。


「私が考えている対抗策ですが、すべてに対応する方法があります。鳳凰騎士団がどの程度の知識を持っているかは分かりませんが、想定される対抗策に対し、無策ということはないでしょう」


 私の答えにシャイデマン男爵が頷く。


「神狼騎士団を押し退けているのですから失敗は許されません。ラウシェンバッハ殿のおっしゃる通り、これ以外にも何らかの策を用意していると考えた方がよいでしょうな」


「そうだな。先日の後方撹乱作戦でやったように、輸送中に焼き払うことはできないか?」


 グレーフェンベルク子爵の問いに私は首を横に振る。


シャッテンからの報告では、黒狼騎士団が街道を厳重に見張っております。それに木材といっても騎兵が持つ僅かな油では焼き払う前に消されてしまうので効果は少ないと考えております」


「そうか……組み立て中に破壊することはどうかな」


 その問いにも首を横に振るしかない。


「敵も防備は固めるでしょうから難しいでしょう。もし防備を固めていないとすれば、それは我が軍を野戦に誘い出そうとするため。ですので、不用意に出撃することはお勧めできません」


 子爵も最初から分かっていたようで、すぐに頷いた。


「ならば、この城で迎え撃つしかないということだな」


「そうなります。ですので、明日から敵を迎え撃つ準備を行いたいと思っています」


 私の言葉に四人が頷く。


「それで頼む。マティアス君にはその計画の立案と迎撃準備の指揮を執ってもらいたい」


「了解です。明日の朝にはある程度動けるようにしておきます」


 こうして敵を迎え撃つことが決まった。


 作戦会議後、イリスと共に概略の計画案を作成していく。

 計画案といっても、敵の配置が分からない以上、嫌がらせ程度の策は講じられるが、準備する物資の確保と保管場所の指示くらいしかない。


 二十台の雲梯車があるといっても集中的に使うのか、分散して使うのかも分からない。

 敵の配置に従って投石器の位置を変える必要があるし、部隊の配置も考えなおす必要があるためだ。


 翌朝、子爵たちにその報告を行った後、私は更に策がないか考えることにした。

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