第16話「法国軍の軋轢」

 統一暦一二〇三年七月二十三日。

 レヒト法国北部、クロイツホーフ城内。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ


 我ら鳳凰騎士団はクロイツホーフ城に入った。

 この城は防御拠点というより補給物資の集積所兼宿舎であるため、二万を超える大軍でも収容できる。


 城に入ったが、我々を歓迎する者は皆無だった。

 ここは北方教会の神狼騎士団の管轄であり、彼らの功績を奪いに来た我々に対して非好意的な視線を露骨に向けてくるのだ。


 我が鳳凰騎士団は他の聖堂騎士団と共同作戦を行った経験が少なく、これまでこのような視線を受けることはなかった。

 兵たちもその視線に気づき、顔をしかめている者が多い。


 兵たちに無用なトラブルを起こさないよう改めて訓示し、二ヶ月にも及ぶ行軍の疲れを取るべく、指定された宿舎に向かう。


 食事は行軍中よりましな程度で、クロイツホーフ城のまかないたちも歓迎していないことは明らかだ。我が騎士団の城であれば、行軍を終えた兵を労うために少し豪華な食事と酒を付けるのだが、そのような気遣いは全くなかった。


 白鳳騎士団の団長ギーナ・ロズゴニー殿から、今後についての協議を行う旨の連絡があると思ったが、そのような連絡は来なかった。あとで聞いた話では、騎兵部隊の再編で手が回らなかったらしい。


 まだ切り札が届いていないため急ぐ必要はないが、総大将の余裕のなさに一抹の不安を感じている。



 朝食を終え、配下の状況を確認した後、ロズゴニー殿に面会して偵察の許可をもらう。

 その際、黒狼騎士団から人を借りようと考えたが、団長であるエーリッヒ・リートミュラー殿に断られた。


「そちらが主戦力で我らは補給を担当するだけと聞いている。輜重隊に過ぎぬ我らの助力など不要であろう」


 どうやらロズゴニー殿から後方の安全を最優先するように言われたらしい。


「精鋭と名高い黒狼騎士団にいろいろと教えていただきたいのだが、それでも無理だろうか」


 持ち上げてみたが、リートミュラー殿の表情は変わらない。


「何十年もヴェストエッケ城を落とせぬ者の助言など不要であろう。俺たちは貴殿らの見事な戦いを後方から見させてもらうのみ」


 我々のことを敵視していることに頭が痛くなるが、これ以上言っても更に拗れることになると考えて諦める。


 部下の騎兵五十騎と共に、クロイツホーフ城の北にあるカムラウ河を渡る。

 昨日の戦闘の痕跡は残っていないが、渡河する前に戦死した白鳳騎士団の戦士たちに黙祷を捧げた。


 カムラウ河の北側には草原が広がっている。開墾したこともない原野であるため、背丈ほどの草が生い茂り、地面には岩がゴロゴロと埋まっており、思いの外、馬を進めにくい。


 目標であるヴェストエッケ城はカムラウ河から三キロメートルほど北にあるが、遮るものはなく、我々の姿も敵に見えているはずだ。


 一応、神狼騎士団が歩いてできた細い道があるが、大軍を運用するには道の整備から必要ではないかと思った。


「聞いていた話より条件は悪そうだな」


 思わず独り言が出てしまう。


 城まで一キロメートルほどまで近づき、馬を止める。

 これ以上進むと、敵の騎兵隊が出てくる恐れがあるためだ。


 城から三百メートル以内は草が刈られており、草むらに潜んで近づくことはできない。

 ヴェストエッケ城の城壁の高さは約二十メートル。この場所から見ても攻略が難しいことがよく分かる。


 更に雨が降った際にできた水の流れた跡が何筋もあり、思った以上に凸凹としている。攻城兵器を運用する際に問題になるのではないかと感じた。


 十分ほど城や周囲を見ていたら、城門が開かれた。

 そこからワラワラと騎兵が吐き出されていく。偵察隊である我々を追い払うために騎兵を送り出してきたようだ。


「戻るぞ」


 馬首を巡らして南に向かう。

 敵も本気で攻撃してくる気はないらしく、数百メートル進んだところでそれ以上追いかけてくることはなかった。


 昼頃にクロイツホーフ城に戻ったが、城の中の雰囲気は昨日より悪くなっていた。

 黒狼騎士団の兵士が城門を警備しているのだが、私が開門を命じても開放しない。


「敵の工作員の疑いがある! 武装を解除して両手を上げてそこで待て!」


 その言葉に部下たちがいきり立つが、それを押さえて冷静に声を掛ける。


「黒鳳騎士団の団長リーツだ。すぐに開門してくれ」


「駄目だ! 白鳳騎士団のロズゴニー閣下から我ら黒狼騎士団はクロイツホーフ城と補給路の安全を命じられているのだ! 文句があるならロズゴニー閣下に言ってくれ!」


 言っている兵士は真剣な口調だが、他の兵士はニヤニヤを笑っており、嫌がらせであることは明らかだ。


 私は馬を降り、愛槍を地面に置くと、両手を上げた。部下たちも私の行動を見て、仕方なく武器を外して手を上げる。


 黒狼騎士団の兵士たちも溜飲が下がったのか、それ以上の嫌がらせはなく、すぐに門を開ける。さすがに騎士団長にこれ以上の嫌がらせは拙いと思ったのだろうが、隊長レベルなら更に嫌がらせを受けた可能性は否定できない。


 頭が痛くなる思いをしながら宿舎に戻ると、ロズゴニー殿の副官が命令を伝えてきた。

 午後三時から作戦会議を行われるらしい。


 昼食を摂った後、敵に関する情報を確認していくが、当初得ていた情報と最新の情報に乖離があることに気づく。


(王国軍がクロイツホーフ城を攻めたことはここ数十年なかったことだ。最後に攻めてきた時も神狼騎士団の撤退に対して追撃を行い、そのついでに城を攻撃したに過ぎない。まして、カムラウ河を渡って輜重隊を襲うなど初めてのことだ……)


 ヴェストエッケに駐屯する守備兵団はその名の通り守りに特化しており、圧倒的に有利な状況であっても城から打って出ることは稀だと聞いている。


(リートミュラー殿がジーゲル将軍を倒したと言っているから、副司令官が積極的な人物かもしれないな。その辺りの情報もリートミュラー殿から聞くしかないのだが、素直に教えてくれるかどうか……)


 私の懸念はその後の作戦会議で現実のものとなった。


 作戦会議が行われる会議室に入るが、集まっていたのはロズゴニー殿に加え、赤鳳騎士団の団長エドムント・プロイス殿だけだ。


「リートミュラー殿はまだ来られていないのですか?」


 私の質問にロズゴニー殿が嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるように答えた。


「街道の警備に出なくてはならないから不参加だそうだ。まあ、あのような者がおらずとも関係ないがな」


 ロズゴニー殿の言葉にプロイス殿も頷いている。


「敵に関する情報を聞き出すべきではありませんか? 少なくともジーゲル将軍の後任に関する情報は必要だと思いますが」


「うむ……確かにそうだが……」


 ロズゴニー殿も無能ではなく、敵将に関する情報の重要性は理解している。しかし、リートミュラー殿に対する感情を整理できず、素直に頷けない。


「私が聞いてまいりましょう。まだ攻城兵器が届きませんので時間はあります」


「貴殿に任せる」


 ロズゴニー殿は渋々という感じで頷いた。


「ありがとうございます。ですが、敵将以外にも懸念がございます」


「それは何かな?」


「黒狼騎士団と我々鳳凰騎士団の兵の間で不穏な空気がございます。決戦を前に味方同士でいがみ合うことは敵に利するだけだと思いますが」


 ロズゴニー殿は私の言葉の意味が分からず、首を傾げる。


「兵の間でトラブルが起きているのかね?」


「まだ表面化しておりませんが、黒狼騎士団の兵士が協力的ではありません。先ほど城門で武装解除の上で尋問を受けております。我らの兵も黒狼騎士団を侮るような態度を見せておりますし、刃傷沙汰が起きるのも時間の問題ではないかと」


「鳳凰騎士団の団長たるリーツ殿まで尋問を受けただと! 神狼騎士団の兵は将に対する敬意すら持っておらぬのか!」


 ロズゴニー殿の怒りは理解できるが、糾弾して解決する問題ではない。


「同じ教えを守護する神兵として、融和を考えるべきではありませんか? ここは割り込んだ形の我々が歩み寄るべきだと思いますが」


 私の提案にロズゴニー殿だけでなく、プロイス殿も怒りを見せる。

 プロイス殿は強弓の使い手の偉丈夫で、その力に任せて会議室のテーブルをバーンと叩く。


「神狼騎士団が不甲斐ないから法王聖下が我らを派遣したのだろう! なぜ我らが卑屈に阿らねばならんのだ!」


「私もプロイス殿と同意見だ。神狼騎士団は我らに全面的に協力すると、北方教会を統括するニヒェルマン総主教が法王聖下の前で約束しておるのだ。神の代理人たる法王聖下に約束したことすら守れぬ者に頭を下げる必要などない」


 取り付く島がないと溜息を吐きそうになるが、それを堪えて作戦会議に参加する。

 作戦会議といっても、鍵となる攻城兵器の到着が遅れており、兵たちの士気を維持することに留意するといった一般的な話で終わった。

 

(敵の行動が突然変わったことが気になる。リートミュラー殿が言う通り、ジーゲル将軍が死んだのならよいが……いや、新たな将が現れたのなら作戦自体を変える必要がある……リートミュラー殿を疑うわけではないが、どうしても心に引っかかるものがある……)


 考えれば考えるほど不安が募ってくるが、情報がほとんどない状況では打つべき手すら思いつかなかった。

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