第9話「暗殺事件の真相」

 統一暦一二〇三年四月二十日。

 グライフトゥルム王国中部マルクトホーフェン侯爵領、マルクトホーフェン城。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 父ルドルフと姉アラベラが領都マルクトホーフェンに到着して二日。私も周囲もようやく落ち着いた感じだ。


 父から姉の起こした大事件の後始末について詳しく聞いた。


 父は王都に到着するとすぐに姉を王宮から連れ出し、屋敷に軟禁した。その際、姉は盛大に文句を言ったそうだが、グレゴリウス殿下の将来を考えてのことだと父に一喝され、おとなしく従ったそうだ。


 私が代わりに行っていたら、どれほど理を説いても姉は納得せず、王宮に居座ったまま更に騒動を起こし、我が家は破滅していたことだろう。


 この一点だけでも父に任せてよかったと思う。それにその後の対応も私では難しかっただろう。


 父は姉を軟禁すると、王都の屋敷を預かるコルネール・フォン・アイスナー男爵が探ってきた情報を基に、姉に協力した者たちを即座に処断した。


 王妃である姉が王都の闇に巣食う者たちとつながりがあると聞き、私は一瞬理解できず、呆けた顔をしてしまった。


「それは真なのですか?」


 そんな私に父は憮然とした表情で頷く。


「儂も聞いた時には耳がおかしくなったのかと思ったぞ。だが、アイスナーが調べたことを聞き納得したわ」


「それはどのようなことで?」


 概略は手紙で報告を受けていたが、情報が漏れることを恐れ、詳細は書いていなかった。


「イザークめが関わっておったのだ。あ奴は我が侯爵家から追い出された後、ならず者どもの仲間になった。そして、僅か二年で頭目の右腕と呼ばれるほどにまで伸し上がったのだ」


「イザークが……あの者が関わっておったと……」


 イザークは父が妾に産ませた子だ。学院で問題を起こし、我が家との縁を切られた後に行方をくらませた。元々武術は得意で、そのことを自慢していたが、栄えある王国貴族であった者がならず者の仲間になったという事実に怒りが湧いてくる。


「アイスナーはアラベラが問題を起こすとすぐに周囲を探らせたのだ。その結果、イザークと関わりがあったシュトルプの娘が侍女としていることに気づいた。更に調べさせるとシュトルプの娘がアラベラに暗殺者を斡旋したことが分かったのだ」


 シュトルプは我が家に古くから仕える子爵家で、イザークと同い年の息子がいた。その関係でイザークとシュトルプはまだ繋がっていたのだろう。


「シュトルプはイザークめに脅されておったようだ。イザークはシュトルプが我が家の金を着服していることをどこかで聞きつけ、それをネタに脅したことは分かっておる。シュトルプは小心者故、その脅しに屈したとアイスナーは言っておった」


 イザークに脅されたとしても、シュトルプはそこまで愚かではない。姉の暗殺に手を貸すとは思えなかった。


「シュトルプが手を貸すとは思えぬのですが? そのようなことをすれば破滅しか待っておらぬことは容易に分かるでしょうから」


「イザークの奴はシュトルプの娘をならず者らに襲わせると脅したらしい。それにまさか王子や王妃を狙うとは思っていなかったと言っておったらしい。常識的に考えればシュトルプの考えは強ち間違ってはおらぬ。まあ、アラベラに常識が通じぬことを失念しておったことは大いなる過ちではあったがな」


 その言葉に思わず頷いた。私自身、最初に知った時に我が目を疑うほど信じられなかったからだ。


「姉上に常識が通用するかはともかく、ならず者とシュトルプを処分した手際はお見事でした」


 父とアイスナーの手際の良さに心から賞賛を送る。私ならならず者はともかく、ある意味被害者であるシュトルプ家を皆殺しにできたか微妙だからだ。

 私の称賛に父は憮然とした表情を見せる。


「イザークめを取り逃がした」


 その言葉が意外だった。優秀なアイスナーの目から逃れられるとは、思えなかったためだ。


「逃げられたのですか? あの愚弟がそれほど優秀とは思えませんが」


「ならず者、確かトーレス一家ファミーリエと言ったが、そいつらを処分する際、止む無く第一騎士団の衛士隊を使った。だが、奴が騎士団に捕らえられると後々面倒でもある。だから、アイスナーが匿うといって情報を流し、こちらで捕らえるつもりだったのだが、奴はアイスナーを頼る振りをして姿を消した。恐らく最初から罠だと気づいておったのだろう」


 イザークがアイスナーの罠を掻い潜ったことに驚くが、今後のことが気になる。


「その後は? イザークはいかがしますか?」


「行方は分からぬ。だが、問題はない。奴が関与しておったことは儂らしか知らぬ。万が一、捕らえられたとしても我が家とは関係ないと突っぱねればよい」


 父の言葉に頷く。


「確かに。シュトルプもならず者も生きてはおりませんからな。証言する者がおりません」


 父は私の言葉に頷くと、話題を変えた。


「アラベラは当分ここに隠す。病が重いとして誰にも会わせるな。世話をさせる者も厳選せねばならん。全く世話が焼けることだ」


 最後は大きく溜息をつく。


「グレゴリウス殿下のことはいかがされますか? 姉上に預けては愚か者にしか育ちません。しかし、姉上がそれを許すとは……」


「あの阿呆に育てさせるわけがなかろう! 文句も言わせぬ! 殿下は次の王となるお方なのだ。このことは儂からアラベラにきつく言って聞かせる!」


 鼻息荒く言い放つ父の言葉に安堵する。私が何を言おうと姉が言うことを聞くはずがないからだ。


 その後、今後の方針について協議した。やるべきことが決まったところで私は腰を上げる。


「では、私は王都に向かいます。アイスナーと共に後始末と今後の布石を打たねばなりませんから」


「うむ。王宮に大した者はおらぬが、騎士団が厄介だ。奴らには充分に気を付けるのだぞ」


 父の言う通り、宰相を含め、文官には大局を見ることができる者はいない。

 だが、第二騎士団長のグレーフェンベルク子爵は切れ者で危険だ。騎士団の改革では国内だけでなく、グランツフート共和国にまで根回しを行い、僅か一年半で改革案の実行を勝ち取っている。


 それに正義感が強く、我がマルクトホーフェン侯爵家を目の敵にしているし、今回の件では更に我らを敵視したはずだ。隙を見せれば、これを機に我々を潰しにかかるかもしれない。


「承知しました。それではくれぐれも姉上の扱いには注意してください。私が王都でどれほど成果を挙げようと、姉上が馬鹿なことをすれば水泡に帰すだけですから」


「分かっておる」


 父は憮然とした表情で答える。


 私は翌日の午後、王都に向けて出発した。


■■■


 統一暦一二〇三年四月二十日。

 グライフトゥルム王国東部ヴィントムント市、スラム街。元マルクトホーフェン侯爵家次男イザーク・ヒラー


 俺は王都を脱出し、交易都市ヴィントムントのスラム街に潜んでいる。

 名はイザーク・フォン・マルクトホーフェンから母方の姓、ヒラーに変えていたが、今回の件で“ヨーン・シュミット”と更に変えた。


 今の俺は惨めな逃亡者に過ぎない。

 俺の全てを否定した父ルドルフ、姉アラベラ、兄ミヒャエルに復讐するため、姉を暴走させたものの、俺の思惑通りに破滅しなかった。逆に奴らから命を狙われることを恐れ、ドブネズミのように身を隠している。


 姉を暴走させるまでは高揚感があった。


 俺は学院を追い出された後、行く当てもなく平民街の酒場で安酒を呷ることしかできない屑に成り下がった。

 そんな俺がゴロツキどもの同類になるのに、大して時間は掛からなかった。


 運がよかったのは他の連中より腕に覚えがあったことだ。奴らは本格的な訓練を受けておらず、力に任せて殴りかかってくるだけで、剣術の才能があった俺の脅威になる奴はほとんどいなかった。


 それでも若い俺に絡んでくる奴らは後を絶たず、そいつらを叩きのめし続けた。そんなことが半月も続いたところで、トーレスの頭目オヤジに拾われた。

 後は腕にものを言わせて一家ファミーリエの中で伸し上がるだけだった。


 その後は力だけじゃなく、昔の伝手をいろいろと駆使して商家を脅して金を巻き上げ、逆らう奴は容赦なく殺した。


 犯人を捜す衛士たちに対しては、有力貴族の関係者であることを匂わせながら金を掴ませ、取り締まりの裏をかき続けた。


 そんな俺は一家の中でも一目置かれるようになり、二年ほどで頭目の右腕と呼ばれるまでになっていた。


 トーレス一家で地位を築いた俺は復讐に舵を切った。

 気の弱いシュトルプを脅して姉の周辺を探らせた。

 暗殺者を欲していると聞き、裏社会の伝手を使って探した。東方から流れてきた暗殺に心得がある女が見つかると、すぐに姉の下に送り込んだ。


 あの馬鹿な女はそれだけで五百万マルク(日本円で約五億円)という大金を、俺と知らずに支払った。頭目だけでなく、一家の連中は俺のことを賞賛した。


 だが、その頃から俺はこいつらを切り捨てるつもりでいた。姉が暴発すれば、成功しても失敗しても実行犯を探すだろう。頭目を含め、連中にそんな危機感はなく、恐らく簡単に捕らえられるはずだ。


 恐らく俺も逃げ切れない。そう達観していた。

 あの高慢な親父と馬鹿な姉を破滅させることができるなら、死んでもいいと思っていたから、恐怖はなかった。


 しかし、予想外の事態が起きた。

 姉は第一王妃を殺したが、何の罪にも問われなかったのだ。それどころか、更に姉は自分を訴えようとしたイリス・フォン・エッフェンベルクを殺せと命じてきた。


 何故だという気持ちは強かったが、イリスを殺せば姉の暴挙は白日の下に曝されると考え、その依頼を実行した。あと少しのところでラザファムらエッフェンベルク伯爵家の連中に邪魔されたが、それでも大きな騒ぎになったことで俺は満足した。


 それから数日間は、姉が第一王妃を殺したという噂で持ちきりだった。こうなればいくら弱気な国王でも罰を与えないわけにはいかないだろうと祝杯を挙げた。

 しかし、父が王都に到着した後、事態が急転する。


 トーレス一家が捕らえられるのは分かっていたが、まさか皆殺しにされるとは思わなかった。単に呼ばれただけの娼婦や裏口のゴミ箱を漁っていた八歳にもならないスラムのガキまで、衛士隊は問答無用に殺して回ったらしい。


 俺自身はアイスナーが事前に手配していたため、殺されることなく逃げられたが、その無慈悲さに次は俺の番だと即座に身を隠した。


 その直感は正しかった。

 貴族街にあるシュトルプの屋敷が何者かに襲われ、焼き払われた。公式の発表では火事で全員が死んだということになっているが、父とアイスナーが手配した殺し屋にやられたのだろう。


 父なら凄腕の暗殺者である“ナハト”ですら雇うことができる。ナハトに狙われれば、間違いなく命を落とす。そう考えると震えが止まらなかった。死など恐れていないと思ったが、気づけば王都を離れていた。


 大陸公路ラントシュトラーセをひたすら歩き、人口二十万人と言われている大都市、ヴィントムントに逃げ込んだ。


 幸いトーレス一家から金や宝石をたんまりと持ち出しており、裏稼業の連中を見つけて偽の身分証を作った。


 このままここに潜むか、グランツフート共和国に向かうかで迷っていると、父たちが領地に戻ったという情報が入ってきた。


 俺は怯えた野兎のように穴倉に潜むしかないのに、奴らは何の罪にも問われず、のうのうと生きていける。その事実に怒りの炎が再び燃え上がった。


 俺は奴らに必ず復讐する。いや、奴らを許したこのグライフトゥルム王国にも災いをもたらしてやる。

 そう心に誓うと、これからどうすべきか考え始めた。

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