第3話「ハルトムート」

 統一暦一二〇〇年一月十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、平民街。ハルトムート・イスターツ


 俺はマティアスたちと別れた後、平民街にある下宿に戻ってきた。

 未だに頬に痛みはあるが、剣術の訓練で慣れているから、この程度の打撲は全く気にしていない。


 それよりも今日出会った三人のことが気になっていた。

 俺とは全く違うが、なぜか心に引っかかっているのだ。



 俺は王都の西百五十キロメートルほどの場所にある、ノイムルという名の村の村長の家に生まれた。


 ノイムル村は田舎だが、西方街道の宿場町だから比較的裕福だ。また、王家の直轄地であるため代官はいるものの、郷士であるイスターツ家が実質的に運営しており、うちは名士として扱われていた。


 そんなこともあり、小さい頃から武芸や学問を学ぶことができた。学問の方はあまり好きじゃなかったが、武芸の方は東のオストインゼルから流れてきた竜牙流という双剣術の達人、ゲルト・レトガーがうちの食客となり、俺の師匠になってくれたことから自信があった。


 それでも騎士団に入るという考えは持っていなかった。三年半前のフェアラート会戦での敗北までは。


 当時、うちの村からも二十人以上が召集され、フェアラートに出征している。だが、そのうち帰ってこられたのは僅か五人。俺の長兄も責任者として戦地にいったが、結局帰ってこなかった。


 戦争だから仕方がないと、最初は諦めることができた。しかし、生存者から話を聞き、怒りに打ち震えたことを、今でもはっきりと覚えている。


 兄貴たちが配属されたのはワイゲルト伯爵の部隊だった。伯爵は総大将ということで、当初は安全だと思っていたが、帝国軍の奇襲を受け窮地に立たされた。伯爵の油断が原因だが、予備部隊は多くいたため、守りに徹すれば何とかなったかもしれないと言われているそうだ。


 しかし、本陣を守っていたトゥムラーという男爵が、敵の騎兵を遮断するよう命じられたが、その命令に反して勝手に撤退した。その際、敵が大軍であると叫び、味方は大混乱に陥ってしまう。


 そこに帝国軍の騎兵が突入した。真面目に本陣を守っていた兄貴たちの隊は、勢いが付いた騎兵に蹂躙されてしまった。


 兄貴たちはなすすべもなく殺され、ワイゲルト隊はほぼ全滅という状態となった。伯爵自身もその攻撃で戦死したのだが、トゥムラー男爵は何の咎めも受けなかった。

 その理由が、男爵がマルクトホーフェン侯爵の愛人の弟だったからというものだった。


 元々貴族に対してはいい感情を持っていない。

 うちの村の代官も男爵なのだが、年に数回見回りに来るだけにもかかわらず、偉そうな態度で父たちに命令を出し、更に賄賂まで公然と要求した。それだけではなく、村の娘を手籠めにするなど傍若無人な態度が目立ったからだ。


 そんな奴らでも国のために命を賭けると思っていたからまだ我慢はできた。しかし、自分の命惜しさに逃げ出し、その結果、兄貴たちが殺されたという事実に怒りを抑えることができなかった。


 その男爵に報復しようと考えたが、それに気づいた親父が俺を納屋に監禁してしまう。


「お前が貴族を殺そうとすれば、私たち家族だけじゃなく、この村の者も罪に問われるのだ。そのことをよく考えろ!」


 言っていることは理解できるが、当時十二歳にもなっていない俺には感情が抑えられなかった。


 悶々としていると、師匠が暇潰しと称して話しかけてきた。世間話がほとんどだったが、こんな話をしてきた。


「……すぐに報復はできんが、やり返す方法がないわけじゃない」


「それはどう方法なんですか!」


「お前が騎士になればいい。王国騎士団に入り、騎士爵に叙任されれば、上級貴族はともかく男爵になら決闘を申し込める。これなら家族にも村にも迷惑はかけん。もっともそんな奴が素直に決闘に応じるとは思えんがな」


 平民から騎士になれるということを初めて知った。


「どうやったら王国騎士団に入れるんですか! 志願したらいいんですか!」


「それじゃ駄目だな。まずはシュヴェーレンブルク王立学院の兵学部に入る必要がある。兵学部を優秀な成績で卒業すれば、平民でも騎士団の隊長になれる可能性があるそうだ。あとは武勲を上げていけばいい。実際、平民から騎士爵になった奴はいるからな」


 そんな方法があるとは知らず、目から鱗が落ちる思いだった。


 それから更に詳しく話を聞いた。

 兵学部に入るにはしっかりと教育を受けてきている貴族や騎士の子供たちを相手に、十倍以上の倍率の入学試験に合格しなければならない。

 勉強が嫌いだった俺にとって絶望的な事実だと思った。


「嫌ならやめればいいさ。だが、お前は物覚えがいいし、頭の回転も速い。今から三年間死ぬ気でやれば、貴族のボンボンたちに負けるはずがないと、俺は思っているんだがな」


 師匠の言葉でやる気になった。

 それから親父に無理を言って家庭教師を雇ってもらった。


 最初親父は雇うことを渋った。俺が本気で勉強するとは思っていなかったからだろう。

 しかし、兵学部を目指していることを説明し、更に家庭教師が来ないなら復讐のために武者修行に出ると言って脅したら、王都から私塾の元講師を呼んでくれた。


 それから三年間、死ぬ気になって勉強と剣術を学んだ。

 勉強の方は家庭教師が驚くほどで、受験前の十一月には合格は間違いないとまで言ってくれた。


 剣術の方も大いに腕を上げた。

 元々勉強で溜まった欝憤を晴らすつもりでやっていたが、こちらも師匠が驚くほどだ。


「このまま修行を続ければ、あと十年くらいで俺を越えられるかもしれないな」


 十五歳になる前に身体強化を使えるようになっており、師匠を除けば村で一番強い。


 そんなこともあり、自信を持って受験に挑んだが、思った以上に厳しかった。


 試験会場の雰囲気に飲まれたこともあるが、いつもの実力が出せず、入学試験の結果は五百点満点中三百九十五点で、合格者百名中八十五位。百位の点数が三百九十点だったそうだから、ギリギリでの合格だ。


 合格発表を見た時、自分の名があり安堵したが、上位者の点数を見て顎が落ちそうになるほど愕然とした。

 首席は満点の五百点。二位と三位も四百九十点台で、自分より百点も多かったのだ。


 あれほど努力したのにという思いと、これから先、十位以内で卒業することの困難さを考え、膝から崩れそうになった。

 そんな時、周囲から首席たちの話が聞こえてきた。


「またあいつらだな。さすがは王都の三神童だ」


「初等部でもあの順位だったし、高等部でも同じように独占するのかな。まあ、ラウシェンバッハは体力的に卒業できるかの方が問題かもしれないが」


 そんな話が聞こえてきたため、宿に戻った後、彼らのことを主人に聞いてみた。


「ああ知っているぞ。ラウシェンバッハ子爵家の長男とエッフェンベルク伯爵家の長男と長女の三人だな。ラウシェンバッハの坊ちゃんは初等部に入る時に、既に高等部の卒業生以上って言われていた天才だな」


 俺が勉強を始めた頃に、既に高等部の卒業生以上の学力と聞き、言葉が出ない。


「エッフェンベルクの双子も凄いぜ。勉強の方も凄いが、剣術の才能もあるそうだ。何とかっていう流派の中伝になったとかなんとか言っていたからな」


 その言葉にも愕然とする。

 俺も竜牙流で中伝を授けられているが、貴族の子供が同じレベルにあるというのが信じられなかったからだ。


 それから下宿先を探したり入学準備をしたりで忙しかったが、彼らのことが気になり、いろいろなところで話を聞いた。


 エッフェンベルク伯爵家は三千人の騎士団を持つ、俺でも知っている武の名門だ。ラウシェンバッハ子爵家のことは知らなかったが、南部に領地を持つ名門の貴族らしい。


 三人とも美男美女で、マティアスとイリスは将来結婚するんじゃないかという話まで聞こえてきた。


 理不尽だと思った。

 何不自由ない貴族の家に生まれ、誰もが羨むほどの才能を持ち、更に美男美女ときた。


 一方俺は田舎育ちの平民で、背も高くなく、顔も至って平凡だ。才能の方も死ぬほど努力して兵学部にギリギリ入れた凡人に過ぎない。


 憤りを感じたが、どんな奴らが興味はあった。しかし、これから会う機会も多いだろうからと、それ以上調べることをやめた。


 入学式の日、式と諸々の説明が終わった後、友人がいるわけでもないので、一人で校内を散策していた。いろいろ見て回った際に道に迷い、もらった案内図を見ていたら突然上級生に絡まれた。


 上級生の名はイザーク・フォン・マルクトホーフェン。王家ですら気を使うと言われるマルクトホーフェン侯爵の実弟だ。


 理由は理不尽極まりなく、問答無用で殴られる。

 反撃しようかと思ったが、相手が悪いとためらっていたところに、マティアスたちがやってきた。


 もっとも、最初は頭に血が上っており、名前を聞いてすら合格発表後に調べた彼らのことだと気づかなかった。


 マティアスはすらりと背が高く、金色の長い髪を後ろで括っており、その優しげな表情とほとんど日焼けしていない整った顔のため、美しい女性に見えた。


 ラザファムも彼と身長は同じくらいだが、見た目は全く違った。アイスブルーの瞳が特徴的な涼やかな美男子で、噂通り鍛えているらしく、足運びや所作に隙が無い。正義感が強そうでイザークに対しても厳しい口調を隠そうともしなかった。


 その一方でマティアスのことを信頼しており、彼と話す時はそれまでの厳しい口調や表情が嘘のように柔らかくなっていた。


 その後現れたイリスはラザファムに似ているものの、その美しさに圧倒され、最初は言葉が出なかった。ラザファムの氷のような瞳と色は同じでも、どこか優しさが感じられ、思わず見入ってしまったほどだ。


 俺とは全く違う三人に興味を持った。

 向こうは全員貴族だが、俺のことを見下すこともなく、教師が尻込みするような相手にすら報復してくれると言ってくれた。


 これから先、どうなるかは分からないが、彼らとは何となくやっていけそうな気がしている。

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