第12話「東方系武術」

 統一暦一一九八年二月三日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 学院の初等部に入学して一年の時が流れた。

 学院生活は順調でラザファムとイリス以外にも友人ができている。


 特に国王の従妹に当たるグレーテル・フォン・ヴァインガルトナー公爵令嬢とは良い関係を築けており、クラスの中心である彼女と友好関係にあるため、他の同級生も敵対するわけにはいかず、思った以上に雰囲気はいい。


 身体の方も調子は良く、以前なら体力作りのためのランニングや素振りだけでも、ちょっと無理をすると寝込んでいたが、今ではそれもなくなっている。


 それでもようやく連続で一キロメートルほど走れるようになっただけで、同年代の少女に比べても体力はない。


 剣術の方も同じで、長剣タイプの剣は重すぎて扱えず、レイピアのような突き専用の細剣ですら持て余している。幸い剣術は進級に関係ない授業であるため、留年の心配はないが、一番力のない女子より下手という事実に情けなさを感じていた。


 そのため、ランニングや素振りに加え、筋力トレーニングも加えている。但し、前世の私は本格的にスポーツをやっていたわけではなく、専門知識がない。そのため、腹筋運動や腕立て伏せなど、何となく効きそうなことをやっているに過ぎない。


 ラザファムとイリスとは学院の休みの日も一緒にいることが多く、最近ではエッフェンベルク邸にも行くようになっている。


 当初心配していた、護衛であるカルラたちの正体がばれることだが、カルラ本人から問題ないとの回答を得ていた。


「我々の正体を見抜けるほどの達人はエッフェンベルク伯爵家にはいらっしゃいません。もし見抜くことができる一般の方がいるとしたら、私の知る限りではグランツフート共和国のケンプフェルト将軍くらいです。遠目に見ただけですが、あの方は尋常ではございません」


 ゲルハルト・ケンプフェルト将軍とは昨年八月に顔を合わせている。その時は叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの王都支部の一室を使っており、カルラは顔を見せていない。しかし、私の付き添いとして同行していたため、ケンプフェルト将軍の姿を遠目に見ていたのだ。


「それほどなんですか? 私も強そうだなとは思いましたが」


「あの方がもし魔導師マギーアであったら、大導師様に匹敵する魔導師となられたことでしょう。それほど大きな魔導器ローアをお持ちでした」


 魔導器ローア魔導マギを使う際に魔象界ゼーレから魔素プノイマを取り出す器官だ。それが大きいということは魔導の出力を上げられるということになる。


 ケンプフェルト将軍自身は魔導師ではないが、東方系武術の達人だと聞いている。東方系武術では魔導器を使った身体強化が行われるため、魔導器の大きさで気づかれる可能性が高いらしい。


 それはともかく、カルラの正体がばれる心配がないと分かり、エッフェンベルク邸に行くことが多くなった。


 彼らの家に行くようになった理由は他にもある。

 それはラザファムたちの剣術の修業が厳しくなり、会っている時間が大きく減ったためだ。


 ラザファムとイリスはグライフトゥルム王国では珍しい東方系武術の四元流を学んでいる。東方系武術はエンデラント大陸の東にある島国、オストインゼル公国が本場で、西の端である王国には使い手が少ない。


 また、魔導器ローアを使うことから特殊な才能が必要とされ、修行をしても使えるようになる者は五人に一人程度と言われている。


 ちなみに東方系武術の対義語に当たる西方系武術だが、西方といってもグライフトゥルム王国やレヒト法国にあるわけではない。


 西方系武術と言われるのはゾルダート帝国の前身、ゾルダート傭兵団が発祥の武術だ。

 剣や槍、弓などにおいて、その武器にあった理論的な体捌きなどを教え、可能な限り短期間で素人を一人前の兵士に作り上げることを目的としている。


 それがグランツフート共和国に伝わり、いつしか西方系武術と呼ばれるようになったのだ。


 我が国グライフトゥルム王国だが、独自の武術は存在せず、それぞれの家の古参の騎士や従士が子弟に教えるか、大都市であれば武術に秀でた者が道場を開き、弟子を取って教えているだけで、武術の後進国と言っていい。そのため、武術を使える者は平民であっても優遇される。


 ラザファムたちの剣術の修業の時間は平日でも朝と晩に二時間ずつ、週に一回ある休日には半日以上行われている。


 突然厳しくなったのはラザファムとイリスが四元流の初伝を受けたためだ。


 四元流は初伝、中伝、奥伝、皆伝、極伝という階位があり、初伝では型を完璧に覚え、中伝で身体強化をマスターする。


 奥伝では防御力を高める外的強化を操れるようになり、身体強化と外的強化を完璧にマスターしたと認められて皆伝となる。更にその流派に伝わる秘儀まで習得すると極伝を授けられる。


 初伝は繰り返し型をなぞることで覚えるが、本場オストインゼルでも十五歳くらいで受けることが一般的らしい。


 本場でもなく、上級貴族の子が僅か十三歳で初伝を受けたことは才能を持っていることを示している。そのため、伯爵がラザファムに対し、本格的な修行を行うよう命じた。イリスは伯爵から命じられたわけではないが、ラザファムと一緒に修行を続けている。


 私自身は修業に関係ないが、修練場の片隅で二人を見ていることが多い。

 目的は彼らとの時間を持つためだが、身体強化の修業ということで魔導器ローアを使った修業がどんなものか興味があったことも大きい。


 修業自体は初伝の時と同じ素振りと打ち込みに加え、魔象界ゼーレを感じるための瞑想を行っている。瞑想は座禅を組むような感じで、目を閉じて呼吸を意識しながら別の世界を探すというものらしい。


 彼らの師匠は屋敷の護衛隊長であるハラルド・クレーマンという騎士で、年齢は四十歳を少し超えたくらいの眼光が鋭い物静かな男だ。腕や頬に傷がいくつもあり、武人という言葉がよく似合う。


 クレーマンは皆伝まで受けているが、叩き上げの騎士であるため、魔導に関する知識は非常に少ない。そのため、彼の経験に基づく修業方法なのだが、効率が悪い気がしていた。


 ただ、私自身は武術については全くの素人なので下手な口出しはよくないと思い、訓練方法には口を出していない。


 それでも気になったので、クレーマンに魔導に関する知識を持つことについて、意見を求めた。その結果、知識自体を持つことは悪いことではないらしいので、上級魔導師であるネッツァー氏ら、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの魔導師に基礎知識の講義を頼んでいる。


 知識だけなら私でも教えられるのだが、魔導も四元流も感覚に頼るところがあるらしく、魔導器ローアを持たない私より、現役の魔導師の指導を仰いだ方がいいと判断したためだ。


 それが功を奏したのか、ラザファムとイリスはそれから僅か三ヶ月、昨年の秋頃には身体強化を使えるようになった。まだ不安定らしいが、クレーマンもこれほど早く習得できたことに驚いていた。


「マティアス様が申し出された時には、余計なことをと内心で考えておりましたが、魔導師マギーアの知識が四元流の習得にこれほど役に立つとは思いませんでした。疑ったこと、申し訳ございませんでした」


 クレーマンに頭を下げられた。


「私自身もこれほど効果があるとは思っていませんでしたから、謝罪は不要ですよ」


 そう伝えたが、彼を含め、護衛の騎士や兵士たちの私を見る目は大きく変わった。当初は武の名門エッフェンベルク伯爵家ということもあり、剣も碌に握れない軟弱者という感じで見られていたが、今では尊敬の念すら窺えるほど態度が変わっている。


 ラザファムとイリスも私の思い付きに感謝の言葉を掛けてくれた。


「ネッツァーさんに魔象界ゼーレの概念というか、感じ方を教えてもらってから魔素プノイマを感じられるようになった気がするよ。君のお陰だ」


「私もそうよ。それまで全然イメージできなかったけど、何となくイメージできるようになったから」


「その辺りは私には分からない感覚だけど、手助けになったのならよかったよ」


 そんな感じで二人とは更に仲が良くなっている。


 私やラザファムたち以外では、エッフェンベルク騎士団の改革計画が本格的にスタートしている。


 ケンプフェルト将軍は私と面会した後、すぐにエッフェンベルク伯爵領に入った。

 そして、時間を置くことなく共和国軍流の訓練を始めている。


 まだ半年ほどしか経っていないが、エッフェンベルク伯爵がやる気になっていることと、若い騎士や従士、更にはベテランの兵士もこれを出世のチャンスと捉えていることから、思った以上に成果が上がっているらしい。


 この辺りの情報は叡智の守護者ヴァイスヴァッヘを通じて入ってくる。計画書や教本を作ったのが情報分析室ということになっているためで、進捗状況が逐一報告されているためだ。

 この分なら今年の夏頃には一定の成果が出せるだろう。


 我がラウシェンバッハ子爵家では、姉のエリザベートが学院の高等部に入学した。

 高等部は初等部と異なり学部制で、兵学部、政学部、文学部の三つの学部がある。姉はそのうちの文学部に見事合格している。


 文学部はその名とは微妙に異なり、貴族として必要な教養全般を学ぶところだ。元々は文学を学ぶ学部だったため、その名が残っているのだが、今では貴族の令嬢が結婚を見据えて教養を身に着けるとともに、交友関係を築いておく場になっている。そのため、ほとんどが女性という学部だ。


 結構ドロドロとした人間関係のようで、あまりそういったことに気を使ってこなかった姉は入学から一ヶ月も経っていないのに苦労していると零していた。


 父と母、そして弟のヘルマンは現在領地に戻っている。

 領地持ちの貴族は例年、年末年始を王都で過ごし、各種イベントに参加した後、領地に戻るが、父のように官僚でもあるとほとんど王都にいることになる。


 譜代の家臣が代官として領地を治めているが、長期にわたって不在という状況はよくないため、決算が終わり、年度計画が本格的にスタートする、一月末から一ヶ月くらい領地に戻るようにしているのだ。


 私と姉は学院での授業があるため、王都に残っているが、屋敷には何となく寂しい雰囲気が漂っていた。


 国際情勢に関しては一昨年のフェアラート会戦での大敗が響き、王国と共和国、そしてリヒトロット皇国の状況はよくない。


 但し、ゾルダート帝国も慎重になり、以前ほどの侵攻速度ではない。現在、北公路ノルトシュトラーセに沿う形で支配地域を徐々に広げている状況だ。


 慎重になっている理由はグライフトゥルム王国、グランツフート共和国、シュッツェハーゲン王国の三ヶ国からの攻撃を受けたこともあるが、私が仕掛けた謀略の影響もあるようだ。


 特に旧皇国地域で流している噂の効果は大きく、占領地域での民衆の不満が溜まっていることから、不用意に軍を動かせなくなっているとのことだった。


 噂を積極的に流すようにしたのは、帝国が思った以上に内政にも力を入れており、放っておいたら占領地域が帝国に完全に飲み込まれると思ったためだ。


 この他にも皇帝コルネリウス二世の長子、ゴットフリート皇子が思った以上に優秀だと分かったこともある。


 実力主義の帝国では皇子も士官学校に入り、その成績に従って各軍団に配属される。ゴットフリートは首席でこそなかったが、優秀な成績で卒業し、第三軍団の大隊長である上級騎士として五百人の部下を率いていた。


 そのゴットフリートがフェアラート会戦でグライフトゥルム王国とグランツフート共和国の連合軍の総司令官ワイゲルト伯爵を討ち取っている。

 その結果、勲功第一位となり、僅か二十二歳で連隊長に当たる騎士長に昇進した。


 皇帝コルネリウス二世だけでなく、その後継者の筆頭ゴットフリート皇子まで優秀となると、リヒトロット皇国が思った以上に早く滅亡するかもしれないと危機感を持ったのだ。

 そのため、帝国軍に対し、割と悪辣なことをやっている。

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