第3話「エッフェンベルクの双子」

 統一暦一一九六年十二月二十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王立学院。イリス・フォン・エッフェンベルク


 私は双子の兄、ラザファムと共にシュヴェーレンブルク王立学院初等部の合格発表を見に学院に来ていた。


 私も兄も合格すること自体に不安はなかったけど、兄が首席で合格していることを確認にきたというのが本当の理由ね。


 兄は何をやらせても優秀で、学業では家庭教師が手放しで褒めるほどだし、剣術も武門の名門であるエッフェンベルク伯爵家の従士と渡り合えるほどの腕を持っているわ。


 私がどう頑張っても追いつけないほどで、双子の兄に才能を全部持っていかれたと言われているほどよ。


 試験結果の発表は校庭に作られた掲示板に張り出されていた。

 合格者は例年通りなら百人。そのうち上位十名以外は名前順に並んでおり、順位は分からないけど、上位十名については別枠で順位と点数が分かるようになっている。


「兄様は何点くらい取れたと思っているの?」


 兄はいつも通りの涼やかだが優しい目で私を見ながら小さく肩を竦める。


「難問以外は自信があるんだが、どうだろうね。上手くいけば四百五十点を少し超えたくらいかな」


 高等部の上級生でも解けないような問題が各教科に一問ずつあり、それぞれ十点が配分されている。五教科あるから四百五十点は満点と同じということ。それよりも上になりそうということはあの難しい問題でも部分点がもらえるくらいには答えられたということになるわ。


「相変わらず凄いわね。私なんて二問間違えているから、よくて四百四十点なのに」


 そう言って溜息を吐くが、自慢の兄を誇らしく思っていた。

 例年の首席合格者の点数は四百四十点前後。私でも可能性があるほどなので、兄の首席は間違いないと思っていた。


 掲示板に張り出された紙の前で、受験生やその家族らしい人たちが一喜一憂している。でも、そのすべての人たちが上位合格者のところで驚きの声を上げていた。

 何があったのだろうと思ったけど、見れば分かると思い、掲示板に向かう行列に並ぶ。


 五分ほどで掲示板の前に着いた。

 上位合格者の欄を下から見ていく。まずは自分の名前を探すためだ。


「イリスは三番だね。おめでとう」


 兄が祝福してくれるが、私は愕然としてそれに応えることができなかった。


「……なんで兄様にいさまが次席なのよ! それに首席が五百点ってどういうことなの! そんなのあり得ないわ!」


 兄は四百五十五点で二位の欄に名前があった。その上にはマティアス・フォン・ラウシェンバッハという名と五百点という数字が記載されていた。


「凄いものだね。あの難問を全部正解するなんて。どんな子なんだろう」


 兄は元々順位には拘っておらず、本気で感心しているが、私の憤りは収まらない。


「絶対におかしいわ! 何かインチキをしているに決まっている!」


「落ち着いて、イリス。入学したら一緒にクラスになるんだから、実力じゃないならすぐに分かるはずだよ」


 上位十名は特待生として、王族や侯爵家以上の上級貴族の子息令嬢と同じクラス、“一組”になる。


「そうね。化けの皮を剥いであげるわ」


「ハハハ。お手柔らかにね。まあ、僕としては実力であってほしいと思うけど」


 兄は本気でそう思っているけど、それは今までライバルらしい人がいなかったからかもしれない。

 後で聞いたけど、次席と三位の私たちが抗議しなかったことで、特に混乱はなかったみたい。


 年が明けた一月十日。

 今日は学院の入学式だ。

 私も学院の制服、青を基調としたブレザータイプの上着と同系色のスカート、白いブラウスを身にまとい、新入生の列に並ぶ。


 演台には学院長であるユルゲンス伯爵が人のよさそうな笑みを浮かべて話をしているが、私の興味は兄の前に立つ少年の方に意識が向いていた。


 その少年、マティアスは女の子に間違えそうになるほど線が細く、私と兄にも優しい笑みを浮かべて挨拶をしてきた。


 満点を取るようなガリ勉タイプの秀才にも、不正をするような大胆な性格にも見えず、私は少し困惑している。


 学院長の話が終わり、新入生からの挨拶になるが、首席であるマティアスが代表ではなく、国王陛下の従妹に当たるグレーテル・フォン・ヴァインガルトナー公爵令嬢が演台に向かって歩いていく。


 グレーテル様は見事な黄金色の髪の巻き髪で、ドレスを着ていればお姫様という感じの美しい方。今は私たちと同じ制服を着ているが、それでも気品に溢れており、男勝りといわれる私には羨ましいという気持ちしか湧かないわ。


 グレーテル様の挨拶が滞りなく終わると、そのままクラス単位で教室に向かう。

 私たちの担任の先生はお父様より年上に見えるベックマン先生だ。銀縁の眼鏡と鋭い視線で少し怖い感じがした。


 一年一組と書かれた表示がある教室に入ると指定された席に座る。

 全員が席に着くと、ベックマン先生が自己紹介を始めた。


「私の名はアルノー・ベックマン。これから三年間、君たちの担任となる。既に知っていると思うが、このクラスには王家に近しい方から騎士爵の子息もいる。身分に敬意を払うことは必要ではあるが、本学院では王家の方であっても身分を笠に着ての行為は禁じられている。そのことは肝に銘じておくように」


 先生のおっしゃる通り、この学院では学生という身分しかなく、王室から平民まですべて平等だ。もっともこれは建前だそうで、身分による待遇の差はあるらしい。


「授業については明日から本格的に始まる。この後、校内を見て回るが、まずはこれから一緒に学ぶ学友のことを知っておくべきだろう。名簿順に自己紹介を。では、アンシュッツ君、君からだ」


 先生の言葉にアンシュッツと呼ばれた男子が立ち上がる。


「じ、ジーモン、フ、フォン、アンシュッツと申します!……」


 いきなりの指名で緊張しているのか、何度も噛んでいる。

 男爵家の次男で田舎育ちと言っているから、最初に自己紹介で上がってしまったのだろう。

 彼が無事に自己紹介を終えると次は私の番だ。


「では、エッフェンベルク君……いや、二人いるから名で呼ばせてもらおう。では、イリス君、自己紹介を」


 この学院では基本的には家名で呼ぶことになっているが、兄がいるから名で呼ぶらしい。


「エッフェンベルク伯爵家の長女、イリス・フォン・エッフェンベルクと申します。これから皆さんとご一緒に学べることを楽しみにしております。特技は剣術です。もっとも兄であるラザファムの足元にも及びませんが……」


 簡単な自己紹介を終え、できるだけ優雅に見えるようにお辞儀をしてから椅子に座る。


 私の次は兄の番になる。


「では、ラザファム君、君の番だ」


 先生の言葉で兄が立ち上がる。

 兄は銀色に近い髪とアイスブルーの瞳、十二歳にしては背が高く、スマートな割にしっかりと鍛えている身体が特徴の涼やかな美男子だ。そのため、私以外に六人いる女子が色めき立つ。そのことを誇らしげに見ていた。


「ラザファム・フォン・エッフェンベルクです。イリスとは双子の兄妹となります。王国貴族として国に尽くせるよう、ここでは多くのことを学びたいと考えています……皆さんと仲良くやっていければと思っていますので、今後ともよろしく」


 兄はそう言って美しい所作でお辞儀をする。兄であってもうっとりとしてしまうほど絵になる。


 それから数人が自己紹介を終えると、今一番気になる男子が立ち上がった。

 真っ直ぐな濃い金色の髪で全く日焼けしておらず、整った顔立ちと優しい笑みで、やっぱり女の子に見える。


「ラウシェンバッハ子爵家の長男、マティアス・フォン・ラウシェンバッハです。見ての通り、体力には自信がありません。皆さんの足を引っ張らないように頑張っていきますので、今後ともよろしくお願いします」


 そう言って軽く頭を下げて椅子に座った。


「ラウシェンバッハ君は本人が言った通り、これまで長い闘病生活を送っていた。今では健康を取り戻したそうだが、皆も気にしておいてほしい」


 ベックマン先生がそう言って補足する。


「では、次は……」


 先生が次の学生を指名しようとした時、グレーテル様が立ち上がった。


「ヴァインガルトナー君、何かな? まだ君の番ではないが」


「先生にお伺いしたいことがありますわ。ラウシェンバッハさんの試験の成績についてです」


 そこでグレーテル様は挑発的な目をマティアスに向けた。

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