第4話「初めての友人」
統一暦一一九六年十二月二十日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王立学院。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
入学式が無事終わり、教室に入った後、自己紹介が始まった。
何となく日本でもこんな感じだったなと、微笑ましく思いながら見ていた。
二人目に自己紹介を行ったイリス・フォン・エッフェンベルクは整った顔立ちで、銀と金を溶かしたようなプラチナブロンドと、サファイアのような美しい瞳が特徴的な美少女だ。深窓の令嬢という感じはなく、本人が特技を剣術というように活発な印象を受けた。
彼女の兄ラザファムは双子ということもあって容姿は似ているが、妹より落ち着いた雰囲気がある。所作の端々に自信に溢れていることが分かるが、私がいなければ首席で合格だったので実際に優秀なはずだ。
彼以外も同じように自信に満ちた子が多い感じだ。このクラス、一年一組は入試の上位十名と入学者の中でも特に身分の高い十名で構成される。そのことが関係しているのだろう。
自分の番も問題なく終わったと安堵したところで、一人の少女が立ち上がった。
入学式で新入生代表を務めたグレーテル・フォン・ヴァインガルトナー公爵令嬢だ。
見事な金髪縦巻きロールで、勝気な表情が似合う美少女だが、“ですわ”という語尾と姿から第一印象は“まるで悪役令嬢のようだ”というものだった。
その悪役令嬢が私に視線を向ける。
「先生にお伺いしたいことがありますわ。ラウシェンバッハさんの試験の成績についてですわ」
ここでビシッと扇子か何かで私を指したら完璧なのにと思うほど余裕があったが、私が発言する必要はないと思い、担任であるベックマン先生に任せることにした。
「確かに気になるところだろう。実際に採点を行った私自身、目を疑ったのだから」
ベックマン先生の言葉にグレーテルが勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「では、お調べになったということですわね。ご説明いただけますかしら」
ベックマン先生はグレーテルを見ることなく、手元にあった書類の束から数枚の紙を取り出した。
「あとで説明するつもりだったが、納得できない者がいるようだから先に済ませてしまおう。まず、彼が不正を行っていないことは初等部の主任である私が責任をもって断言する。もちろん、これは学院長も承認している本学院の公式見解となる」
「あり得ませんわ! これまで満点は不可能と言われていたのです。実際、ここ数十年、満点を取った者はいなかったと聞いておりますわ!」
グレーテルが公爵令嬢にはあるまじき強い口調で指摘する。
「落ち着き給え、ヴァインガルトナー君。教えることはできないことだが、彼には少し特殊な事情がある。そのため、学院長自ら、彼が試験で不正を行っていないか確認を行っているのだ。今から皆に回すが、彼の答案用紙を見てもらえれば、どれほど彼が優秀か分かると思う」
この教室は横五列、縦四列になっており、一番前の席の学生に一枚ずつ答案用紙を置いていった。
「す、凄い……」
そんな声がそこかしこで上がる。
彼らより遥かに長く生き、更にこの世界より高度な教育を受けているため、私個人が賞賛されることに気恥ずかしさを感じている。
私も見たが、地理については黒塗りにされている部分があった。シュティレムーア大湿原の大きさに関する部分だ。機密に当たると書いたので、気を使って分からないようにしてくれたのだろう。
十分ほどで全員が見終わると、ベックマン先生が話し始める。
「今見てもらった通り、ラウシェンバッハ君は難問を解いただけでなく、問題の改善点まで指摘している。それに気づいている者もいるかもしれないが、彼は僅か十分ほどでそれだけのことをし、その後は寝ていたというのだ。そして、そこに不正がなかったことは二人の監視人が確認している。ヴァインガルトナー君、これで納得してくれたかな」
監視人がいたことに驚いた。
試験会場に進行役の他に前後に二名の男性がいたことには気づいていたが、日本での大学入試会場とあまり変わらなかったので、それが普通のことだと思っていたのだ。
グレーテルは想定外の展開にあたふたとしている。自信満々に指摘した分、どう取り繕っていいのか分からず、泣きそうな表情になっていた。
私は助け舟を出すべく立ち上がった。
「ヴァインガルトナー様のご指摘はもっともなことだと思います。皆さんも同じ疑問を持っていたでしょうから」
「えっ?」
グレーテルは私の思惑が分からず、困惑の表情を見せる。
私はそれに構わず、話を続けた。
「あのままでは私の疑惑は晴れませんでした。そう、あなたのお陰で私が不正を行っていないことが証明されたのです。ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
ベックマン先生は最初から説明するつもりだと言ったが、そのことはなかったかのように彼女に感謝の言葉を伝えたのだ。
私が落としどころを作ったことでグレーテルは慌ててそれに乗ってきた。
「そ、そ、そうですわ! わ、
「本当にありがとうございます。さすがは王家に連なるヴァインガルトナー公爵家のご令嬢ですね。感服いたしました」
「ら、ラウシェンバッハさんのお役に立てたのならよかったですわ!」
彼女はそう言って無理やり笑みを作り、椅子に座った。
「これでこの問題は終わりだ。では自己紹介を続ける。次は……」
ベックマン先生の言葉で自己紹介が再開された。
その後は何事もなく、学院内を見て回って、その日は終わった。
屋敷に帰るため教室を出ようとした時、後ろから声が掛かった。
「少し話をしたいんだが、いいだろうか」
振り向くとエッフェンベルク兄妹が立っていた。
「ええ、構いませんよ。特に予定もありませんから」
いきなり学友から声が掛かるとは思っておらず、少し慌てたが、何とか答えることに成功する。
ラザファムは友好的な感じだが、イリスは不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。
「それにしてもよくあの難問を解けたね。僕にはほとんど手が出なかったよ。どうやってあんな難しい問題が解けるようになったんだい?」
「先生からもあったと思いますけど、私は身体が弱いんです。ですから、本を読むことくらいしかできなかったので、自然と覚えたという感じですね」
「なるほどね。今度僕に勉強を教えてくれないか。君に追いつけるとは思っていないが、少しでも自分を磨いておきたいからね」
ラザファムは向上心の強い少年のようだ。
「教えてもらう必要なんてないと思うわ」
イリスがそう言って口を尖らせている。
美少女はこんな表情でも絵になるのだと場違いなことを考えたためか、笑みを浮かべてしまう。
「何を笑っているのよ! いきましょ、兄様!」
そう言ってラザファムの手を引くが、彼はその場を動かなかった。
「そういう言い方はよくないぞ。それに僕がラウシェンバッハ君に教えてもらいたいと思っているんだ」
ラザファムは少し冷たい感じでそう言い放つ。
「ご、ごめんなさい……」
その言葉にイリスが委縮しながら謝罪した。
見ていられないなと思ったので、話題を変えようと間に入ることにした。
「私に教えられることは少ないと思いますが、ラザファム様はいつが都合がいいのですか?」
私は子爵家、向こうは伯爵家の子息なので“様”付けで呼んでみた。一応、学院のルールではそこまでしなくてもいいのだが、父に聞いたところでは下の者は気を使った方がいいらしい。
「ラザファムでいい。僕も君のことはマティアスと呼ばせてもらうから」
なぜか呼び捨て呼び合うことが提案されたが、イリスがきつい表情でこちらを見ていた。
「イリス様は納得していないようですけど……」
「兄様がいいというなら私は構わないわ。私もマティアスと呼ばせてもらうからイリスと呼びなさい」
どうやら重度のブラコンのようだ。
笑みを漏らさないように注意しながら、小さく頷いた。
「分かりました。では、ラザファムとイリス、これからよろしくお願いしますね」
そう言って右手を差し出した。
「こちらこそよろしく」
ラザファムはそう言って私の右手を取るが、苦笑を浮かべている。
「その話し方も何とかならないか。同級生なんだし」
「これは癖みたいなものですからね。そのうち変わると思いますけど」
砕けた話し方はここ四年間でしたことがなく、それ以前も自分の記憶とは言い難い。そのため、今のしゃべり方が当たり前になっており、急に変えられないのだ。
ラザファムが手を離すとイリスの方に視線を向ける。
「分かったわよ。マティアス、これからよろしく」
そう言って右手を取ると、プイっと顔を背けた。
その仕草が可愛いなと思うものの、右手に剣ダコなのか、女の子の手にしては硬い感じがし、そのことに内心驚いていた。
なんだかんだで、初日から友人らしきものができ、有意義な一日だったと思いながら家路につく。
門を出るとメイド服姿のカルラ・シュヴァイツァーが待っていた。
彼女は
凄腕らしいのだが、今までその実力を見たことはない。
出迎えを受けるが、他にも使用人が待っており、馬車も停まっているので、違和感はない。
「お出迎えありがとうございます。では帰りましょうか」
彼女は小さくお辞儀をすると私の後ろに回る。これはいつものことで戸惑うことはなかった。
歩きながらエッフェンベルク兄妹のことを思い出していた。
イリスは年相応の少女という感じだったが、ラザファムは少し気を張っている感じがした。
その理由も分かっている。
彼らの父、カルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵は元々爵位を継ぐ予定はなく、文官の道を歩んでいた。しかし、二人の兄が相次いで命を落としたことから、棚ぼた的に爵位を継承する。
文官であったカルステンは武の名門という意識が強い古参の家臣たちから軽んじられた。カルステンはラザファムに対し、自分と同じ思いをしないようにと、エッフェンベルク家の次期当主として認められるよう、人一倍努力することを求めた。
ラザファムは元々才能があり、その期待に応え続けているが、十二歳の少年に過ぎない彼が無理をしていることは明らかで、いつか壊れてしまうのではないかと思えるほどだ。
私に何ができるかは分からないが、これから少しずつでもいいから、彼の心が自由になれるよう力になってやろうと思っている。
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