第二章:「王立学院初等部編」

第1話「入学試験」

 統一暦一一九六年十二月十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 王都にある実家に戻って一ヶ月ほど経った。

 久しぶりに両親と顔を合わせた。二人とも私の健康のことを心配していたが、大賢者が問題ないと言っていたと伝えると安堵の表情を浮かべていた。

 更に姉エリザベートと弟ヘルマンとも四年ぶりに顔を合わせている。


 姉は二歳上の十四歳。現在シュヴェーレンブルク王立学院初等部の二年生で、誰もが振り返る美少女という感じではないが、親しみやすい感じの愛らしい少女だ。見た目通り優しい性格なのか、四年近く顔を合わせていなかったが、私のことをすぐに受け入れてくれた。


 弟は私と二つ違いで十歳だが、私と違って健康で、体格で言えばほとんど同い年に見えるほどだ。六歳の時から離れ離れになっていることから、まだあまり馴染めていないが、徐々に話せるようになっている。


 フェアラート会戦のその後だが、政治的には決着した。

 まず、すべての責任は総司令官であったロタール・フォン・ワイゲルト伯爵にあるとされた。しかし、本人が戦死していることから遺族への賠償金を支払うだけで済まされている。


 もっとも賠償金がとんでもない額になりそうなため、マルクトホーフェン侯爵家が支援しなければ、借金をせざるを得ず、領地の多くを失うことになるだろう。


 そのルドルフ・フォン・マルクトホーフェン侯爵だが、大賢者に宣言した通り、嫡男ミヒャエルに家督を譲って隠居し、領地に蟄居することになった。


 これは形だけのことで、十六歳のミヒャエルを隠れ蓑にして自身が力を振るうことは間違いない。但し、陰から操るといっても王都を離れることになるため、今までより影響力が落ちることは間違いなく、全く無駄だったわけではない。


 副将であったカスパル・フォン・ノルトハウゼン伯爵は国王からの譴責を受けただけで、実質的にはお咎めなしということになった。これは生き残った騎士や兵士が嘆願した結果だが、マルクトホーフェン侯爵が手を回した結果でもあった。


 侯爵はノルトハウゼン伯に厳しい処分が下ると、自身も何らかの罰が下ると考え、ワイゲルト伯にすべての責任を被せることにしたのだ。


 伯爵自身は納得していないようだが、優秀な人材を失うわけにはいかないため、反侯爵派もそれに乗った形だ。


 ワイゲルト伯を守らずに敵前逃亡したトゥムラー男爵だが、事前の約束と違うと主張し、貴族家当主としての権限によって、独自の行動を採ったと主張した、


 トゥムラー男爵は出征前に前線への配置が行われないことや無謀な攻撃に参加しないことなどを記した文書を、ワイゲルト伯と取り交わしていた。そのため、敵の奇襲を受けた際に数十倍の敵と戦えという命令は無効であると主張したのだ。


 この文書はルドルフ・フォン・マルクトホーフェン侯爵がワイゲルト伯に無理やり飲ませたものだが、これにより敵前逃亡であるというノルトハウゼン伯らの主張は退けられ、罪は一切問われていない。


 一男爵にルドルフがそこまで配慮した理由だが、馬鹿馬鹿しいものだった。

 トゥムラー男爵はルドルフの愛人の弟であり、また衆道の相手でもあった。そのため、ルドルフがシュヴェーレンベルク騎士団と宰相に手を回したそうだ。


 こんなことがまかり通る国家が近代化されつつある帝国に勝てるはずがない。法整備と軍の改革に着手すべきだと心に誓った。


 捕虜になった騎士や兵士はまだ戻ってきていないが、政治的な決着がついたことから、このまま有耶無耶で終わりそうな感じだ。


 ちなみにゾルダート帝国軍では兵士たちに恩賞を与えるため、捕虜を奴隷として売却している。


 彼らを少しでも帰還させるため、モーリス商会を通じて商人組合ヘンドラーツンフトに捕虜たちの買い取りを依頼している。帝都ヘルシャーホルストは二千キロメートルほど離れているので、順調にいってもあと三ヶ月は掛かるだろう。


 この買い取りのための資金だが、商人組合ヘンドラーツンフトに供出してもらった。その対価は各都市に入る際に荷物に掛けられる税、すなわち関税の廃止だ。


 これは大賢者を通じて宰相に提案し、向こう百年間は国内で関税を復活させないという約束を取り付けた上で認めさせている。宰相は最初渋ったが、王国政府がマルクトホーフェン侯爵家に請求するという噂を流すと脅したことで渋々認めた。


 商人組合側が渋るかと思ったが、ライナルト・モーリスが上手く説得してくれたため、王国としては一切金を出さずに捕虜を引き取ることに成功した。

 私としては商業の発展のために関税の廃止を狙っていたので、一石二鳥となった形だ。


 グランツフート共和国との関係についてはまだ協議中だが、同盟関係が破綻するような事態には陥らないと考えている。


 フェアラート会戦の敗北の影響だが、援軍が得られなかったリヒトロット皇国軍が帝国軍に敗北している。

 これは帝国軍が流した“王国と共和国の連合軍が勝った”という噂に踊らされた結果だ。


 帝国は連合軍が攻め上がってくる前にエーデルシュタイン辺りまで戦線を縮小するという噂を流した上で、皇都リヒトロットを攻めていた軍団を下げた。


 その行動に皇国軍は見事に引っ掛かり、野戦に引き込まれ、今後数年間は決戦が行えないほどの大損害を被っている。


 そのため、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの間者を通じ、ゲリラ戦を行う提案を行った。まだ、実行すると決定したわけではないが、追い詰められているのでやらざるを得ないだろうと思っている。



 世の中はいろいろと動いているが、本日シュヴェーレンブルク王立学院初等部の入学試験があった。

 試験は国語であるエンデラント語、算術、歴史、地理、魔導の五教科だ。


 いずれもごく初歩的な問題で非常に簡単だった。ちなみに魔導は実技ではなく、魔導の理論に関する一般常識が問題として出た。他の教科より難しいらしく、他の受験生が結構苦労しているように見えた。


 基本的には簡単な問題だったが、どの教科も一問だけ異常に難易度が高い問題があった。

 聞いたところでは、高等部三年生が大学に当たる研究科に入る際の試験問題だそうだ。つまり十八歳くらいの学生向けの問題で、受験生に満点を取らせないためと不正発見のための措置だと聞いている。


 満点を取らせないのは慢心させないためだそうだ。十二歳くらいの子供なら満点で合格すれば慢心するかもしれないので妥当な措置かもしれない。


 もう一つの不正発見は明らかに解けない問題を出すことで、試験問題が漏洩したかをチェックするらしい。


 以前、教師を買収して手に入れた問題の解答を、丸暗記してきた上級貴族の子息がいたらしく、それを見つけるために始まったと聞いている。


 但し、このことは広く知られており、不正があっても難しい問題に解答しなければいいだけなので、今ではあまり意味がない。


 不正を疑われるかもしれないが、私はすべての問題に解答を書いておいた。別段、首席を取りたいわけではなかったが、大賢者マグダから手を抜くなと厳命されていたためだ。

 そのことを言われた時、私は意図が分からず、大賢者に理由を聞いている。


「目立ちたくないのですが、なぜなんでしょうか?」


「坊が儂の弟子だと学院長に伝えるつもりじゃ。ならば、あの程度の試験を満点で通らねば話にならん」


 私としてはこの事実は伏せておきたかったため困惑する。


「面倒なことになりそうなんですが……」


「その面倒を回避するためじゃ。学院に入れば遅かれ早かれ、坊が優秀なことは知れ渡る。初等部なら問題なかろうが、高等部になれば大貴族、特にマルクトホーフェン侯爵辺りが将来自分の配下に加えようと画策するはずじゃ。その時、学院長や教師たちが儂の庇護の下にあることを知っておれば、彼らが上手く対応してくれるじゃろう」


「なるほど……でも、私が学院で手を抜いたらいいだけのような気がしますが?」


「坊は一つのことにのめり込む癖がある。情報分析室でもいつの間にやら、分析以上のことまで手を出しておったではないか。学院でも同じように何かやらかさぬという保証はないからの」


 分析以上というのは帝国に対する情報戦のことだろう。

 しかし、これについては私にも言い分があった。


「あれは大賢者様が命じたことではないですか。私は思い付きを口にしただけで、実際にやるつもりなんてなかったんですから」


「その割にはやるとなったら楽しげに指示を出しておったではないか。儂もあそこまでやれとは言っておらぬぞ」


 そう言って笑っている。言わんとすることは分からないでもないから、こちらも苦笑が浮かぶ。

 実際、情報収集のために潜入している闇の監視者シャッテンヴァッヘの間者たちに様々な指示を出しており、どんな結果になるかを想像して楽しんでいたためだ。


「なんにせよ、手を抜くことはまかりならん。学院の教師どもの度肝を抜くくらいの答えを書いてやるのじゃ」


「試験問題で度肝を抜ける解答が書けるかは分かりませんが、全力は尽くします」


 別の意図がありそうな気がするが、世話になっている人からの依頼なので素直に従うことにした。


 試験自体は簡単であったため、十分も掛からずに一教科の答えを書き終えてしまう。そのため、大賢者が言った“度肝を抜く”ということにチャレンジしてみた。


 それでも時間が余ったので答案用紙をひっくり返して寝ることにした。最後の方で気づいたのだが、試験官が怪訝そうな顔をしていたので失敗したかなとも思っている。



 十日後の十二月二十日。

 私は見事に首席で合格した。


 家族は全員喜んでくれたので真面目に試験に挑んでよかったと思ったが、今後、何らかのトラブルに巻き込まれないか気になっている。

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