第9話「魔導具の秘密」
統一暦一一九六年五月十五日。
グライフトゥルム王国中部グライフトゥルム市、魔導師の塔。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
私が
健康状態は良好になったが、十二歳の少年としては圧倒的に体力がない。
本来であれば貴族として剣術や馬術を学ばなければならないのだが、その訓練を行う体力がまだ付いていないのだ。
それでも以前より頻繁に塔の外に出るようになった。それは情報分析室が私の手を離れつつあるからだ。
さすがに優秀な人材が揃っているため、情報を集める目的を明確にし、整理や分析の方法を教えれば、私がやることはほとんどなかった。
現在、敵国であるゾルダード帝国やレヒト法国だけでなく、自国であるグライフトゥルム王国や同盟国グランツフート共和国の情報も集めてもらっている。
対象が増えたことから、判断に迷うような情報が入ってきた時に相談を受けることもあるが、基本的には整理された情報を見るだけで済むため、以前のように自分で表やグラフを作ることがなくなった。
唯一私が常に関与していることは、帝国と法国に対する謀略だ。
特に帝国は軍事的才能を持つ皇帝が積極的に動いているため急速に力を付けており、このままでは我が国グライフトゥルム王国にも手を伸ばしてくる可能性が高く、最も警戒している国だ。
もっとも謀略と言っても暗殺や破壊活動ではなく、噂を流して帝国内の不信感を煽っている程度でしかない。
帝国を調べてみて分かったことは他の国と同様に一枚岩ではないということだ。
その中でも特に反目しあっているのは軍と財務府、つまり経済官僚だ。
地球の歴史を見ても予想できることから調べさせたら、軍事費が帝国の財政に大きな負担を掛けていることが分かった。そして、それを何とか抑えたい官僚たちと、帝国の悲願リヒトロット皇国打倒を成し遂げたい軍の間で、激しい主導権争いが起きている。
既に火種はたくさんあるため、そこに油を注ぐ感じで噂を流し、帝国に混乱を与えているのだが、情報分析室の魔導師たちはどこにどの程度の噂を流していいのか判断できず、私に聞いてくる。
私も前世でそう言った仕事をしていたわけでもなく、専門の教育を受けたわけでもないが、自分がやられたら嫌だと思うことをやる感じで指示を出していた。これが生真面目な魔導師たちにはできないらしい。
外に出るようになり、魔導師以外にも知り合いができている。
特に
当初は
ここ最近では魔導具を利用した簡単な熱機関の開発を行っている。
具体的にはスターリングエンジンで、それを原動機にした乗り物ができないか挑戦していた。
理由は簡単で、私に乗馬の才能がないためだ。
年齢に比して非力であること、幼い頃から身体を動かしていないことから、私はいわゆる運動音痴だ。
理由は分からないが、この世界の馬は乗り手を選ぶらしく、私のような才能がない者は相手にされないことが多いらしい。
最初は自転車を作ろうと考えたが、体力のない私には動力が必要だろうということで、自動車かバイクを作ってみようと考えた。そのため、内燃機関を考えたが、構造が複雑であることと、ガソリンなどの燃料の調達が思いつかないことから、スターリングエンジンにすることにした。
私自身は
その理由は自衛隊の潜水艦に採用されたという情報を見たためで、どのような機関なのか気になり、調べたことがあったためだ。
スターリングエンジンは簡単に言えば、空気のような気体を密閉された容器に入れ、加熱部と冷却部にそれぞれピストンを付け、加熱して膨張する力と冷却されて収縮する力を取り出す機関だ。
そのため、この世界にある
また、攻撃魔法のような瞬発的な高出力は出せないが、最弱の
ちなみに
スターリングエンジンの原理を絵にして、ヨルク親方に見せると一気に乗り気になった。
「面白れぇ
親方はすぐに原動機の可能性に気づいた。
壮年のドワーフが興奮気味にこれをどうやって実現するかを語っていく。
「魔石から熱を取り出すのはそれほど難しくねぇ。魔導コンロの応用だからな。それに冷やす方も魔導冷蔵庫の部品を流用すれば簡単に作れるだろう……難しいのは空気を密閉するピストン部分だな……」
この世界のドワーフ、
ちなみに
十日ほどで試作機を作り、試運転を行った。
試作機自体はピストンとクランクを組み合わせただけの武骨なもので、ピストンが上手く動くか、動いたピストンからスムーズに回転運動に変換できるかを確認するだけだ。
「一応ピストンだけならちゃんと動くことは確認している。だが、クランクを付けたのは初めてだ。上手く動くかは未知数だな」
普段の豪快さが影を潜め、不安そうな表情をしていた。
「ピストンが動くなら問題ないでしょう。あとはクランクの形状と出力の問題でしょうから」
私自身は楽観視しており、笑みを浮かべる余裕があった。
失敗しても趣味の範囲のことであり、のんびり仕上げていけばいいと思っていたからだ。
「では起動するぞ。こことここを同時に操作すれば、加熱と冷却の魔導具が動く。あとは勝手に回るはずだ」
そう言ってヨルク親方はカウントダウンをすることなく、起動操作を行った。
最初はゆっくりとした動作でピストンが動き、それに連動したクランクが動き始める。
クランクに接続されている回転軸もゆっくりとだが回り始め、徐々に加速していった。
回転数自体は分からないが、自転車の車輪程度の速度では回っている気がする。
「上手くいきましたね!」
「ああ。何とか動いてくれたな。で、これを今後はどうするんだ?」
ほっとした様子の親方が聞いてきた。
「取り出せる力がどれくらいか見極めないといけませんね。それと
その日は燃料切れで止まるまで確認することになり、私は塔に戻っていった。
そして、大賢者マグダにそのことを報告した。
「新しい魔導具ができそうです。上手くいけば、産業に革命が起きると思いますよ」
その時はあまり深く考えておらず、蒸気機関の発明に
「何のことじゃ? 詳しく聞かせてくれぬか」
それまで大賢者には一度も話しておらず、どういった物を誰と作っているのかという説明から始めた。
「ヨルク親方と一緒に魔石を使った動力を作っているんです。原理は……」
五分ほどで説明を終えると、大賢者の表情が険しくなっていることに初めて気づいた。
「何か不味かったでしょうか?」
「このことを知っておるのはヨルクの工房の者だけか? 他に知っておる者は?」
「親方が誰かに話しているかもしれませんが、私が把握しているのは工房の人だけです……」
何が悪かったのか分からないが、大賢者は不機嫌そうな表情を緩めない。
「坊よ。何のためにこのような物を作ろうと考えたのじゃ?」
「これを動力に使えば、馬を使わなくても移動ができますから。それにいろいろな物にも応用できますから、皆が豊かになれると思ったのですが……」
「確かに豊かになるじゃろうな……坊は知らぬから仕方がないかの……」
そこで大賢者はようやく表情を緩めた。
「儂が生まれる遥か昔、今から五千年以上前のことじゃ。当時は今より遥かに多くの魔導具が使われておったそうじゃ。それこそ、星船と呼ばれる空を飛ぶ船を作り、星空の彼方まで人々は行っておったのじゃ……」
古代には宇宙にまで進出していたという話に言葉が出ない。
「……当時は馬が引かぬ車や風がなくとも動く船、鳥よりも早く飛ぶ飛空船があり、山と見紛うような巨大な建物の中を歩くことなく移動できたそうじゃ。その動力の素となったのが、
そこで大賢者は悲しげな表情を浮かべる。
「……その当時、
「魔導具を使う前にも機械文明はあった。しかし、その技術は魔導具に駆逐され、ほとんど失われてしまった。魔導具を制限すれば、豊かさは維持できず、以前のより更に不便な生活にならざるを得なくなった……」
魔導具を使う技術以前にも科学技術らしきものがあったらしいが、より簡便な魔導具に取って代わられた。確かに継承者がいなければ、それ以前の技術は文献などが残っていても簡単に失われ、復活させるには多大な労力が必要となる。
「……じゃが、特権階級であった
そこで大賢者は悲しげな表情を浮かべる。
「……最後には大規模な
その事実に私は愕然とした。
「つまり、魔導具を発達させて人々が使いすぎると、魔獣が溢れるだけでなく、この世界が滅んでしまうと……」
「そうじゃ。小型の物はならばよい。
大賢者が私の話を聞いて怒りを見せた理由が分かったが、疑問も浮かんだ。
「
「坊の言うことも一理ある。じゃが、様々な用途に使えるようになれば、
「確かにそうかもしれません。それにこの話を広めることはできませんから、止めようがなくなりますね」
最初はこの事実を人々に伝えればいいのではないかと思った。しかし、魔象界から魔素を取り出すことが兵器になると知れば、必ず開発に手を染める者が出てくる。地球で核兵器が拡散したように。
「坊はやはり聡いの」
そう言って珍しく弱々しい笑みを浮かべていた。
その後、大賢者と二人でヨルク親方のところに行き、スターリングエンジンの開発中止を伝えた。
明確な理由は言わなかったが、
もっとも、大賢者が詫びとして運び込ませた、大量の酒に目が眩んだ可能性は否定できないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます