エピローグ


「出来たぞ、好きなだけ喰ってくれ」


 ネスト内も本来は人が搭乗する想定となっていたので食堂や宿舎などの施設もちゃんと備え付けられている。暴走したといってもそれはグレイブによって全ての人間を敵として設定されたからであってシステムそのものは正常だったのだ…………だからこそ使う者のいない設備もしっかりと整備されて保たれていた。


「これは…………なかなか見事なものですね」

「そうだろう?」


 テーブルの上にずらりと並んだ料理にムラサキが感嘆し、ケイはそれを謙遜することなく胸を張って笑みを浮かべる。人数が増えただけに料理の量も増えたが、久しぶりに存分に腕を振るえてケイはかなり満足していた。


「わー、普段レーションばっかりだったからこういうご飯久し振りー!」

「空腹を感じるのを否定はしません」


 アキもシキもそわそわした様子で目の前の料理に視線を向けている。


「…………」


 ネイトは何も言わず大人しくじっとしているが、時折膝がふるふると動いているのはケイに行儀のよいところを見せたいと思いつつも我慢しきれていないのだろう。


「祝いの場なのに酒がないじゃないか」

「その面で酒を飲ませられるか…………ガキばっかなんだから我慢しろ」


 唯一カヌレはこの場に酒がないことに文句をつけるが、断固とした口調でケイが返す。


「年齢的に考えればこの場には子供なんていないのだけどね」

「そこに人格が伴ってなきゃ意味がねえんだよ」


 失礼な、と言わんばかりの視線が集まった気がするがケイはそれを無視した。


「とにかくまずは喰え。せっかくの美味い飯が冷める」

「そうですね、頂きましょう」


 促すケイにムラサキも賛同し、それにアキとシキは従って何も言わずに料理を手に取り食べ始める。特に気にしていなかったネイトは待ってましたと意気揚々に食べ始めた。


 ただカヌレだけが、不満げに酒の代わりのジュースをちびちびと口にした。


                ◇


「しかし私にはわからないのですが、ネストの中枢にGCのコアパーツが使われていたのはどういう事なんでしょうか」


 宴もそれなりに進んだところでムラサキは抱いていた疑問を口にした。元々部外者であったムラサキ達は作戦についての説明を受けていない。もちろん過去に連合軍のネスト討伐作戦に参加した時は軍ができる限り調べた情報の提供を受けている。


 しかしそれらはネストの外装に関するものが限度で内部に関す情報は皆無だった…………設計に関してのデータは開発者が廃棄して全く残っていなかったからだ。


「普通に考えればあれほど巨大な構造物をGCのコアパーツだけで制御できるはずがない…………けれど事実としてその破壊と同時にこのネストは機能を停止しました」


 そして破壊されたGCのコアパーツをケイとカヌレが搭乗していた複座型の物と取り換えるとしばらくしてネストは完全にこちらの制御下となった…………途中参加のムラサキからすれば何が起きたのかわからず目を白黒させるだけだった。その説明も後でまとめてするからと一旦は置かれて、今ようやく聞けるタイミングが訪れたのだ。


「その答えは単純だ。このネストにとってGCのコアパーツはシステムの根幹であってもその全体を管理するものではない。全体の管理を行うシステムは別にあるがそれらはコアパーツが無ければ機能しないようになっていて、さらに付け加えるならコアパーツからの入力を最上位のものとして扱うよう設定されているだけだ」

「…………やはり意味がわからないですね」


 コアパーツを失うだけで機能停止した理由も、複座型を据えてすぐにネストを制御下に置けた理由もそれで説明はつく…………だが根本的な理由はわからない。


「どう考えてもそんな仕様にするメリットが思い浮かびません…………私達にとってはありたがい仕様ではありましたが、つまるところそれは敵に突かれれば致命的となる欠陥です」

「その通りだね」


 カヌレは頷く。


「あの男はAIの暴走に備えるためとかシステムの不具合やハッキングの際に容易に対応するためとか言って上をごまかしたらしいけどね…………つまるところは天才の傲慢でありあの男の卑屈さの現れだよ。こんな簡単な弱点を設定してやったのに滅びるならそれは人類の方が悪い、というね」

「…………それがどういうことなのか私には事情がわかりませんが」

「そんな君にネストの開発者がどんな人間だったか教えてあげようじゃないか」


 一度ケイに話しているからなのか、カヌレはあっさりと…………むしろ楽し気にグレイブという人間と彼の行ったことについてムラサキ達に説明する。その表情が見る見るうちに苦渋とやるせなさに滲んでいくのをカヌレは間違いなく楽しんでいるようだった。


「死んだ人間をもう一度殺せればと思ったことは初めてです」


 温厚な人柄にみえるムラサキにそこまで言わせたのだから、グレイブという存在がどれだけ腐っていたのかがよくわかる。


「死にたいなら自分だけ死ねばよかったのにねー」

「能力に人格は伴わないうのがよくわかる一例ですね」


 アキとシキも不快そうに顔をしかめた。


「しかし話を聞くと甚だ不本意な気分になりますが…………意図的に弱点があったとはいえそれを良く突けたものだと思いますよ。普通に考えればその弱点まで辿り着くのも不可能だと思えますからね」

「ま、成功したのはお前らっていうイレギュラーのおかげだから褒められた話じゃねーよ」

「私達は最後の美味しいところを貰っただけですよ」

「それがなけりゃ全滅だったんだから充分すぎるって話だ」


 ケイ達の作戦は突き詰めてしまえばネイトの狙撃の為のルートを構築することだった。自身が囮となってネストの目を引き付けつつ、遠く潜むネイトへ中枢であるGCのコアパーツまでの射線を確保する。ネストの中枢がGCのコアパーツという狙撃用の高出力レーザーライフル一発で破壊可能なものだから成立した作戦だが、同時に無理無謀な作戦であったのは間違いない。


 実際にケイ達はあと一歩が届かず、残る一歩はムラサキ達によって到達できたものだ。


「そうだな、褒めるんなら俺たちじゃなくてネイトにしてくれ…………あの条件下で一発で狙撃を成功させたんだからな」

「それは構いませんが…………」


 ネイトの方を見てムラサキは苦笑する。


「彼女が褒めて欲しいのは私達ではないらしいですよ」


 懇願するようなその視線は真っ直ぐにケイへと向けられていて…………それに彼は諦めたように息を吐く。


「わかった、後で存分に褒めてやるよ」

「はい! 主、楽しみ!」


 珍しく感情を表情に出してネイトは喜ぶ。


「ムラサキー、私達も褒めて欲しいなー」

「遺憾ですが、秋に同意します」

「…………後で、ですよ」


 追従する二人にムラサキも諦めた様子で承諾する。


「やることはまだたくさんありますからね」

「えー、でもさー。ネストはこうしてなんとかできちゃったんだから世界は平和になったってことだよね? 復興は少しのんびりしてからでもいいんじゃない?」

「あ?」


 秋の言葉にケイは怪訝な表情を浮かべてムラサキを見る。


「おい、もしかしてそいつら知らないのか?」

「…………ええ、本来であればネストに関わるつもりはなかったので知らせていませんでした」

「えっ、なに渡した何か変なこと言っちゃった?」


 困惑するアキをムラサキは真っ直ぐに見つめる。


「アキ、それにシキ…………私達が今回制御下に置いたこのネストは本体ではありません」


 そしてそう告げた。


「えっ!?」

「それはどういうことですか?」


 アキが困惑し、シキは冷静に尋ねる。


「このネストはね、正確には大本であるネストの小型端末なんだよ」

「…………こ、小型?」

「サハラ砂漠にある本体の大きさはこんな程度ではないよ…………まあ、そのおかげで行動による消耗の方が大きいと判断してそこから動かないんだけど」


 そしてその代わりにネストの本体は自分のコピーである端末を世界各地に放った…………その一つが今回ケイ達の攻略したこのネストだ。


「その小型端末はいくつあるのですか?」

「正確な数はわからないけど百はないと思うよ…………数十かな」

「えっ、じゃあそれだけの回数今回と同じことしなくちゃいけないってこと!?」


 それでいてとてつもなく巨大だという本体も残っていると考えるとアキにはどうにかできるように思えない。


「今回と同じことはしねーし、多分次やったら失敗する」


 今回はムラサキ達というイレギュラーがあったから成功したのだ。そしてムラサキ達が最初からいればそれはそれで失敗した可能性が高い…………あくまでケイ達が単騎で挑み、そこにムラサキ達が加わったからこそ成功したのだ。


「じゃー、どうするのよ?」

「んなもん決まってるだろ…………こいつを使う」


 ケイは自分達の床を指さす。


「このネストで他の端末を下してそれを吸収する…………それを繰り返していけばいつかは本体にも比肩する規模になる」


 滅茶苦茶な理屈を口にして、ケイは笑って見せる。


「それで、最後に本体をぶっ壊すんだよ」

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崩壊世界の巨人譚 火海坂猫 @kawaneko

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