第14話
ネストの中央内部はCGが入れるほどに広い。なぜかと言えばそこは人よりも数多くの機械が往来することを想定されているからだ。AIによってその運用を管理されているネストは暴走せずともそのほとんどが無人で運転される予定だった。主力兵器やメンテナンス用の作業機なども内部に存在する工場で生産されており、当然ながら内部の通路を通ってそれらは運ばれる…………だから広いのだ。
「すぐに集まって来るよ」
入ってすぐの通路は無機質な白い壁が広がっているだけで敵の姿はなく、作業用の機械らしきものが慌てたように退避していくだけ。中央内部には重要な施設が多いので内部での戦闘を許可されていない兵器達は入って来れないのだろう…………だがそれもほんの僅かな時間のこと。外敵を排除すべくAIが許可を出せばあっという間にこの通路を埋め尽くすことだろう。
「上等」
だがそんなことは最初から織り込み済みだ。ネストのような巨大な存在相手にGC一機でやれる小細工などたかが知れている…………結局最後は正面から押し通るしかないのだ。GC一機だからこそ釈義定規のAIはその脅威度を過小評価する。ケイにできるのはその隙に乗じて突き進み続けるだけだ。その限界を迎えるよりも前にゴールにたどり着けるかどうかはそれこそ知ったこっちゃない。
そしてわらわらと、機械の群れが通路を埋め尽くす。
カタパルトは平面だったが内部通路には壁が在り天井もある…………自動機械にとってそれは床のようなものだ。囲まれたところで同時に攻められるのはせいぜい四、か五程度だったのがそれによって上部方向からが加わって倍加する。
「っ!?」
叫ぶ暇もない、目的地に進むという意識すら持てない…………ただ、目の前に迫りくるものを処理することだけにケイは没頭する。いなし、躱し、機体の一部を犠牲にし、倒した機体の一部をもぎ取って修復する。それだけをひたすらに繰り返す、繰り返す、繰り返す、繰り返す、繰り返す、繰り返す。
自分が前進しているのかもわからない。もしかしたら後進しているかもしれない…………そんな不安も意識しない。ただ、処理を続ける。
そしてそれはカヌレも同様だ。メインの操縦はケイであり彼が一手間違えるだけで彼女も死ぬような状況だが、彼女の役割もやはり大きい。奪った部位の適合作業もそうだがそれと並行してネストへのハッキングを行って迫る自動機械への干渉を続けている。
もちろんすでに対策されている現状で先ほどのように自爆させるような真似は手間とリスクが釣り合っておらずこの状況では不可能。代わりに彼女は迫る機体の中のほんの一部の機体の、さらにその腕や脚などの一部位のコントロールを一瞬だけ奪うようにした。
それが計算された機械たちの連携を崩して自滅を誘い、ケイへの大きなアシストになっている。
だが、遠い。
どれだけ二人が最善を続けても大きな山をスプーンで崩し続けるようなもの。実現可能であってもその前に限界は訪れる。そもそもこれまでが奇跡なのだ。破損した左腕の代わりを敵から奪うには右手が必要で、これまでケイはそうならないように立ち回ってきた…………けれど今の彼のGCには右腕もない。
「ちぃっ」
カヌレの苑舌打ちと共に直近の敵GCがその右腕を差し出して複座型へと取り付ける。けれどそのハッキングの為には他の機体へと行っていた干渉を諦めて数秒の集中が必要だった…………そこから崩れていくのは明らかだった。
その場に彼らしかいなければ。
確実に反応が送れたとケイが実感したその瞬間に、後方からナイフを振り上げていた敵GCの腕が肩から吹き飛ぶ。
「私じゃない」
即座に告げるカヌレの声にも僅かな困惑が混じっていた。その狙撃は言葉通り彼女の行った敵機体のハッキングによるものではなく、そして彼女らの残る仲間の狙撃でもなかったからだ。
「ふふふ、間に合ったことを後悔したくなる状況ですね」
そこへ通信からムラサキの声が響き、誰の助けなのかを明確にする
「お前…………」
「私の本分も、どうやら軍人だったようです」
「仕方ないから手伝ってやるんだよ!」
「ムラサキの意思ですから、仕方ありません」
続くアキとシキの声から三機が来たのだとわかるが、今は視線を向けている時間すらも惜しい…………なぜとかどうやってとかは後にすべきだ。
「ミサイルに乗って来るとは真面目そうに見えてぶっ飛んだ奴だね」
「昔よくやった手なんですよ」
しかしカヌレは違ったらしく即座にその手段を特定すると楽し気に口にし、苦笑してムラサキが返す。ミサイルなどの遠距離攻撃兵器は対空兵器の進化によって無用の長物と化したが在庫が残っていないわけではない。
もちろんそれを使ったところでネストには全て撃墜されるだけだが、例えば同時に三十発撃ち込んだ内の数発の狙いが逸れているとすればAIは効率を重視してそれをあえて撃墜しない傾向にある…………ムラサキ達はそれを利用してあえて狙いを逸らさせたミサイルに機体を取り付かせることで一気に距離を詰めたのだろう。ケイも過去にやったことはあるが正直リスクが高くあまりやりたい移動手段ではなかった。
だがカヌレの行った生体調整の時間設定は完璧だった。ムラサキ達は作戦が始まる前に目覚めるが、必要な物資を持って地下施設から離れる時間はあってもケイ達を追いかけても間に合わない時間の調整だったのだ…………だからこそそんな無茶をしたのだろう。
「カヌレっ!」
「わかっているよ!」
カヌレとて手を止めていたわけじゃない。ただ三人が現れたことによって生まれた好機に思わず言葉が弾んだだけだ。ムラサキ達は二人の後方でシキを守る形で展開して自動機械の群れを相手取っている…………その分だけこちらの負担は減っていた。
とはいえ生まれた余裕なんてほんの僅かなものだ。数分もすればムラサキ達も対処の限界を迎えて機械の群れに呑み込まれ、ケイとカヌレも今度こそ終わりを迎えるだろう…………だからその前にケイはその僅かな時間を生かし切る。カヌレから送られてきた現状のデータを元に僅かに緩まった方位の隙を突いて目的地へと突っ走る。
ガキンッ
繋ぎ直した左腕がまた飛ぶが今はそのまま走り抜く。右足が吹き飛んだので残る左足の出力を最大にして跳ぶ…………その左足も着地より前に撃ち抜かれて千切れ、バランスを崩して着地しつつもその勢いを殺さぬまま滑っていく。
「グリクス大尉!?」
その光景を目にしたムラサキが思わず叫ぶが彼にもどうにかできる状態ではない。自身の布陣が崩れる覚悟で援護の射撃をしたところでほんの数秒の時間を稼げるだけ…………あの状態では稼げた時間に意味はない。
「予定通りの位置だ」
迫りくる機械たちには目もくれず、ケイはにやりと笑って機体に残る右腕を動かす。そして腰の格納部分に収められていたものを掴むと出力を最大にして放り投げた…………ネストの中枢。その根幹となるものへと繋がる格納扉へと。誘爆の危険を承知で持ち込んでいたそれはこの格納庫の扉を破壊するためのとっておきの爆弾だった。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
カコン、という小さな音の後に凄まじい轟音が起こり、その衝撃で通路にいた全ての機械とムラサキ達の乗るGCがなぎ倒される…………ケイとカヌレの乗る複座型は右腕一本では支えにならず衝撃のままに転がった。
「あれは、GC?」
衝撃から素早く立ち直り、それよりも立ち直りの遅かった自動機械達を手早く打ち倒しながらムラサキはケイが爆破した方向へと視線を向けていた…………そこにあったのは一機のGCのコアパーツと繋がれた無数のケーブル。
ムラサキはケイ達の作戦の詳細を知らないがあれが目的なのは見ればわかった。問題は今の爆発が格納扉を壊すにとどまり、そのGCらしきものに何の損傷も与えていなかった事だ。
「…………っ」
狙えるだろうかとムラサキは思案して舌打つ。彼の手のレーザライフルは連射が効く代わりにそれほど貫通力はない。この位置から狙っても立ち直りつつある敵兵器達が盾となって終わりだろう。そして頼みの綱であるシキのスナイパーライフルは今の衝撃で破損してしまっているのが見えていた。
「問題ない」
そこにケイの声が響く。彼の乗る複座型は爆発の衝撃で右腕も取れてしまったようでもはや動くこともままならない状態だった…………けれどその声に恐れはない。
「俺の頼れる相棒はもう一人いる」
そう彼が告げるのと同時に一筋の光がムラサキ達の前を通り過ぎて行った。
そしてそれは正確に、ネストの中枢であるGCのコアを撃ち抜いたのだった。
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