第13話

 GCは人を模したシルエットをしているがその機能は人の枠に留まらない。その最たる例にして最大の違いがGCは前後左右を同時に視認することができるという点だ。

 機体の様々な場所に取り付けられたカメラは普通の人間であれば存在する死角の存在を無くす。もちろん人間の脳は複数の視界を同時に処理でいるようには出来ていないから、それをできるようにするのがGCパイロットの行う最初の訓練だ。


 そして今、その機能は最大限に活用されていた。カタパルトを埋め尽くすように全方向から迫って来る無人兵器の群れをケイは確実にさばいていく。背後から振り下ろされた超振動ブレードを見ないで躱し、その腕を掴んで前方から組み付いてこようとした別のGCの胸元へと突き刺す。そのまま滑り込むようにそのGCの股を抜けて立ち上がりざまに後ろ脚で蹴り飛ばし、直後に両側から横薙ぎに振るわれたレーザーブレードを前傾姿勢で躱す。


 基本的に囲まれた側が不利なのは視線を向けられる方向が限られているために死角を突かれるからであり、全方向を同時に見られるGCであればその不利は無くなる…………もちろん見えたところで一人では対応できる数には限りがある。しかし何事もやりようなのだ。


 なぜなら実際のところ数で囲む側にも制限はある。まずその数が多ければ多いほどどの射線にも味方がいて射撃が撃ちづらくなる。そうなれば必然的に近接攻撃を仕掛けるしかないが、相手に味方が固まれば固まる程にそれ自体が壁となって味方を遮る。


 そもそもたった一機のGCを相手に同時に攻められるのは精々四機が五機程度なのだ。もちろん人間ではなく機械なのだから無理のしようはいくらでもある。しかしAI管理による機械の群は同士討ちを許されていないのだ…………今のところは。


「ケイ、そろそろこちらの脅威段階が上がる」

「了解っと!」


 返すと同時に肌の感覚でそれが切り替わったのが分かった。これまでは味方の寸前で止める事を前提で振るわれていたブレードが味方もろとも切り裂くつもりで振るわれ、味方ごと圧し潰さんという勢いで囲む圧は高まる。機体それぞれの機動も限界まで引き上げられて関節からは火花を散らす機体も散見できた。


「想定通りではあるが…………ちと早いなっ!」


 相手の強さが上がろうがやる事は変わらない。むしろ味方の損害を許容したことで同士討ちはやらせやすくなった。しかし相手全体の速度が上がったことでケイに対応の為に与えられた時間も短くなり、囲みを無理矢理に押し込んでくることで一度に対応すべき相手の機体数も増えた…………必然として、当たる攻撃が出始める。


 ケイがどれだけ立ち位置を調整し、最小限の動きで同士討ちを誘発して倒した敵を盾にして行動しようと、一機ではおのずと限界があるのはわかり切っていた話だ。最善の行動はあくまで最善でしかなく、それで届かない現実を打破しうるものではない。


「左腕!」


 故にケイは狙って左腕を飛ばす。あえて避けなかった超振動ブレードが肘の辺りから左腕を切断して宙へと飛ばした…………最善を尽くしても避けられない一撃があるのなら、あえて避けない事で被弾の場所を選択するだけのこと。


 もちろん、左腕を失えばさらにこちらの手数は減る。そうなれば被弾は増えるだろうし、いくら被弾する箇所を調整してもいずれは致命的な被弾を選択するしかなくなる。


 だが、ケイ達の乗っているのは普通の兵器ではなくGCなのだ。


 左右、そして背後からの攻撃を転がって躱すのと同時に地面に転がる撃破済みのGCの左腕をもぎ取って破壊された左腕へと押し当てる。二人の乗る白のカラーリングのGCに似合わぬ赤い塗装のその左腕は、しかして元々がそうであったのかのように動き始める。


 GCはコクピットのある胸元部分であるコアパーツを中心として各部位を自由に換装可能であることが売りの兵器だ。そしてその換装を容易に済ますために各部位はジョイント式となっていて簡単に接続および取り外しができる。もちろんその容易さは戦闘機動においては問題になりうるが、機体の機動と同時に各部位は電磁石によって固定されるので戦闘中に容易に外れてしまうようなことはない。


「右足」


 右足を失った機体の安定を器用に取りながら、ケイは倒した機体の右足を分捕ると同時に振り回して眼前のGCを張り倒す…………そしてバランスを崩すように左からの攻撃を躱しつつ右足へと手に持つ足を押し込んだ。そしてすぐさまその右足で立ち上がって横に飛び、その先にいたGCの腰へと組み付いてぶん回す。


「…………」


 そしてその間もひたすらにカヌレは眼前に映し出されたキーボードへと指を這わせ続ける。いくらGCのコクピットが操縦によるGを軽減するように出来ているといっても極限状況の操縦であれば当然負荷は大きい。それも自身で操縦していないカヌレは享受するだけで大きなGを覚悟する時間も与えられず突然来る衝撃を耐えるしかない…………けれど彼女はその苦しみを表情に表すことなく一心不乱にキーボードを叩き続ける。


 GCのパーツをその場で付け替えるというのは言葉だけにすれば簡単だが、実際のところそう容易いものではない。GCは最初開発されたものを他国がコピーして広まった経緯から規格そのものは統一されている。もちろん鹵獲の懸念から各国は規格の変更も検討したが、逆に言えば自国の規格を代えることで鹵獲パーツを使用できないという事にもなる。


 結果として各国はGCの企画はそのままにセキュリティを高める事にした。各パーツにIDを設定し、それらが一致しない限りは起動しないようにしたのだ。ゆえに鹵獲パーツの使用にはまずIDの書き換えが必要となり、少なくとも戦場で相手のパーツを奪って使うなんて真似は不可能となった…………だが、複座に搭乗するカヌレがそれを今は可能にしていた。


 パーツの接続と同時にIDを書き換え使用可能にし、更に現状の機体との相互性を整え全体のバランスが崩れないように出力を調整する。当然のことながら鹵獲したパーツはそれぞれ形状も重さも大きさも何もかもが違う。それをケイの操縦にタイムラグを与えず瞬間的にやってのけるというのは尋常の話ではない。


 だがカヌレにはそれができるからこそこんな無茶な作戦が成立しているのだ。


「ケイ、計算ではそろそろだよ」

「ち、まだ結構距離あるぞ」

「そこは君の頑張り次第さ」

「…………どのみちやるしかねえか」


 二人の目的はカタパルトから繋がるネスト中央の構築物。内部はGCでも入り込めるほど広い構造でありネストの戦闘以外の機能が詰まった中枢だ…………そこに入ったからと言って終わりではないがまず入らなくては始まらない。だがそこまでの距離はネストの巨大さゆえにまだ二キロほど開いている。GCの速度からすればあっという間の距離ではあるが、問題はその間に立ちふさがる無人兵器の壁だった。


「来た」


 そして話し合っている暇はない。考える間にもケイは迫りくる無人機の群れを捌かなくてはならないし、ネストは二人を葬るべく更なる攻勢を仕掛けて来る。


 それは単純な自爆兵器。自爆装置の取り付けられた無人のGCが無人機の群れに紛れて近づいて自爆するだけ。自爆装置の起動は機体そのものに依存していないから倒して動きを止めたところで爆破自体は止められない。倒すと同時にどこにあるかもわからない起爆装置も破壊する必要があるのだ。


「起爆」


 しかしそれらは二人の乗る機体に接近する前に全て爆発した。カヌレの仕事はなにもパーツの換装をスムーズに行うだけじゃない。無人機はネストの無線ネットワークによって管理されているのだ…………で、あればそのネットワークに介入できれば無人機のハッキングは可能となる。


「これで向こうも警戒する。同じ手はもう使えないよ」


 それをこれまで温存してきたのは一度使えばネストはハッキングに対してリソースを投入してくるからだ。最初の一度だけであればグレイブから引き継いだ知識を使ってシステムの防壁の穴を突くことができるが、次にはその穴を埋められるしケイのサポートをしながらでは流石に容易ではなくなる。


 それでも、その一度があればこの場は充分だった。


 カヌレによって意図した位置で爆破された自爆兵器は二人がネストの中枢へと辿り着くための道を作っている。爆発による物理的な排除と衝撃による一時的な行動不能。そして司令塔であるネストがハッキングへの対策を行うことによる指示の遅れ…………そのわずかな隙を逃さずケイは機体を走らせる。無人機たちが立ち直り再び行動を開始する前に空いた道を失踪し、立ち塞がる機体は殴り、蹴り、買わせるものは躱してただひたすらに進む。


「後百メートル」


 カヌレがその距離を伝えるがすでに中枢へと繋がる入り口の前は立ち直った無人機の群れで埋め尽くされていた…………だがもはや止まれない。止まれば後方からも立ち直った無人機が押し寄せて今度こそ押し潰されるだけだから。


 ダッ


 故にケイは機体を跳躍させて眼前の無人機の頭を踏みつける。そしてそのまま無人機の群れを足場としてその上を渡っていく…………ただ、これまでこれをやらなかったのは脚を掴まれたその瞬間に高確率で死ぬからではない。無人機達の上を取るというその行為は自ら無人機という壁を抜けて射線に身を晒すに他ならないからだ。


「う、お、りゃあああああああああああああああ!」


 気合を入れる以外に何の意味もない雄たけびを上げてケイは無人機の上を渡っていく。不規則に、ありていに言えばただの勘の元に機体を跳ねてよじらせるその真横をレーザーや銃弾が通り抜けていく。


「ははは、これはなんというか技術ではないね」


 賞賛のような呆れを口にするカヌレを余所にケイは最後の跳躍を終える。技術でもないそんなものが長くは続かないことは他ならぬ彼が一番よく知っている。


 だからその奇跡が終わるよりも前に、ケイはネストの中枢へと繋がる扉を跳び蹴りで貫いた。

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