第12話

「向こうは始まったみたいだな」


 コクピット内に映し出された映像が無人機たちの状態を指し示す。開幕の戦況はまずまずといったところだが、数で負けているうえに相手側のAIも時間と共にこちらの戦術を学習して対応してくるだろう…………つまり時間はそれほどあるわけでもない。


「これでどれくらいあちらの戦力は減ったのかね」

「まあ、一部という所だろうさ」


 近い所から肉声でカヌレの返答が聞こえる。とはいえGCの操縦システムに固定されたケイには当然その姿は見えない。複座型の機体に乗るのは彼も初めてではないが、自身のプライベートスペースに他人が入り込んでいるような感覚はどうも慣れない。


「ま、一部でも減ったなら良しとしよう」


 だがその程度の感覚は気にするほどでもない。不快感をおくびに出すこともなくケイは嘆息して前を見やる。GCのパイロットとしてやっていくのにはそこそこの無神経さが必要だ。


 彼の知るパイロットの一人は技術こそ高かったものの神経質で、ほんの些細な事を気にし続けた結果集中を欠いて戦死した。もちろん必要な事を意識から外すのは論外だが、必要のないことにこだわり続けるのは害でしかないのだ。


「しかしでかいな」


 機体のカメラが捉え続けるネストの姿を見て改めてケイは呟く。それは言うなれば荒野に聳え立つ要塞だった。


 複数の空母が組み重なったような形状のそれは全方向に対してカタパルトが何層にもなって展開しており、その上には無数の砲台にミサイルランチャーや機銃、そして自立稼働する無人兵器群と武器の見本の位置のような有様だ…………そしてその中央には冗談のようなサイズの三連装砲が備え付けられている。


 そしてなによりも馬鹿馬鹿しいのがその要塞が四本の巨大な足によって立っているという事だ。あれはその脚によって移動し、あらゆるものを破壊してその残骸から自らを修復拡大させる資源を回収して肥大化していくのだ。


「あんまりグダグダもしてられん、行くぞ」

「私は何時でも構わないよ」


 返答を聞くと同時にケイは機体を前方へと走り出させる。何もない荒野では遮るものもないがその機体の姿はどこにも映っていない。光学迷彩。レーダーの妨害技術の発達によって地上戦は有視界戦闘距離で行われるようになり、必然としてその視認を阻害する技術が発展して生まれたそれは機体を風景に溶け込ませ透明にする。


 その効果でケイとカヌレの乗るその機体はネストまでおよそ一キロというところまで気付かれずに接近できた…………とはいえそれもここまでだ。


 これ以上接近すればその振動によって探知され、映像を分析することで光学迷彩も見破られるだろう。


「さて、来やがるぞっと」


 そしてその予想は違わずネストが光を放つ。無数の砲台のうちのいくつかから放たれたレーザーの光だ。無論光った瞬間には着弾しているがケイには反応できている。機体を庇うように薙ぎ払ったミラーブレードが正確にそれらのレーザーを反射してネストのその巨体へと返していく…………もちろんその全体から見れば微小なダメージにしかならないが。


「次は、倍…………いやそれ以上に来るよ」

「わかってらあ!」


 ケイは叫んで返し、カヌレから遅れた射線予測に自身の勘を踏まえて機体を動かす。最初からネストの全砲門がぶっ放されればかなり厳しかっただろうが、ネストはAIによる管理であるがゆえにその行動は常に最小効率を求める。たった一機のGCを相手にいきなり最大射撃をする事などありえないのだ…………そのおかげで距離を稼げる。


 十数個もの砲から放たれたレーザーが、さらにその内のいくつかはこちらの死角を突くように弧を描いて機体へと迫る。それをケイはまるでスケート選手のように機体を回転させながらミラーブレードを振るう事で反射していく。


「次はミサイルが来る」

「迎撃は任せた」


 返しながらケイは機体を最高速まで加速させる。今の攻防の間に残る距離の半分までは詰められた。後ニ、三度その攻撃を凌げばネストに取り付くことは出来るだろう…………そこからが本番とも言えるが。


 そしてそんなことを彼が思考している間にネストから放たれた数十もの小型ミサイルが二人目掛けて放たれる。ネストのその巨体からすればあまりにも少なく、たった一機に放たれるには多すぎるミサイルはその一つ一つが二人の乗るGCを視認して正確に追いすがる…………しかしそれらは機体の各所から放たれたレーザーによって一斉に爆散した。


 ミサイル同士の誘爆を計算した最小効率の迎撃を行うのなどカヌレにしてみれば朝飯前だ。


「主砲が来る」


 その言葉と同時に馬鹿馬鹿しい大きさの三連装砲の一門だけが器用にこちらへと向けられる。この期に及んでも効率を気にするネストは一斉砲撃なんて真似はしない…………ただ、こちらを一帯ごと薙ぎ払う砲撃を選択した。


「自分を巻き込むほどの爆発ではないだろ」

「その通りだね」


 すでに二人の乗るGCはネスト自身に近すぎる。ゆえに砲塔は立派でも使用できる砲弾には制限があるのだから恐れるには足らない。重要なのはタイミングをしっかりと図る事だ。そしてそれは全て経験という名のケイの勘によって全て図られる。


「やれ!」


 砲の発射とほぼ同時にケイが叫び、すでに最高速であったはずの機体がさらなる加速を始める。機体負荷のかかる限界を超えたその加速はカヌレによるシステム的な介入の結果だ。そしてその加速の中でケイはミラーブレードを両手で逆手に持って肩へ担ぐように剣先を前へと突き出すよう構え、それを一気に前方の地面へと突き刺す。


 その光景を一言で表すならGCによる棒高跳びだった。地面を蹴って機体が宙へと高く跳びあがった瞬間に後方で砲弾が着弾し、ミラーブレードを手放すと同時にその爆発の衝撃が機体をさらに上へと押し上げる…………その先にはネストの足の一つがあり、それが伸びる最下段のカタパルトへも届きうる勢いだった。


「完璧だね」

「当然だ」


 賞賛でもないただの確認事項。やれると確信してその通りの結果を導き出した二人は慢心することもなく次の行動へと備える…………次、そう次だ。ネストの裏側にも当然砲台は備え付けられているがそれは気にするほどでもない。足に肉薄してしまえば射線は殆ど遮られるし、最下部のカタパルトと足の接合部には機体が内部へと入り込むのに十分な隙間が空いている。


 そしてそこに入り込むのはネストの足を一度蹴ってやれば充分だった。


 ドゴォッ


 接合部から入り込んだ隙間を通り抜け、恐らくはメンテナンス用のハッチだったところを蹴破ってカタパルトの表側へと飛び出す。ネストは全方向に護送のカタパルトが積み重ねっているがそのどれも機能の中枢が収められている中央の構造物へと繋がっている…………そこが二人の目的だ。


「さて、ここからが本番だな」


 砲台は自分の内側を撃つようには出来ていない。もちろん巨大すぎるネストだから砲台位置によってはこちらを狙うこともできるだろうが制限は多い。それにたった一機のGCを排除するために自損の可能性をAIが許容するのには時間を要するだろう。


 故に砲台はもはや大した脅威ではない…………問題は、カタパルトの上を埋め尽くすように並んだ無人兵器達だ。レーザーや小型ミサイルを積んだ小型のドローンに戦車や作業用の機械を改造したようなロボット…………そして最も数が多いのが多種多様なパーツで組み上げられたGCだ。いかなる状況下でも対応可能なポテンシャルを持ったGCは開けたカタパルトでの乱戦も構造物ないでの戦闘にも力を発揮する。


「ここからは君次第だ」

「ここからはお前次第だ」


 互いに互いへ二人は同時に声を掛けた…………それは相手を頼りにする言葉ではない。自分は完璧な仕事をするから失敗したならそれはお前が原因だぞという傲慢なまでの自分への自信の現れだ。


「はっ、言いやがる」

「まあ、それくらいじゃないと助けた甲斐がないからね」

「ちっ」


 マウントの取り合いはカヌレに軍配が上がる。一度は命を助けられたというのは変えようのない事実であるし、それを忘れるほどケイは恩知らずではない。


「ネストを片付けるまでだ」


 それで何もかもの清算になる。


 決意を新たにし、ケイは泥沼の混戦を開始した。

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