第14話 『赤い封筒』

 僕は大根部を誘ってピロティに行き、自販機でジュースを奢りました。

 頼みたいことがあったからです。

 しかし僕より先に大根部が話を持ち出してきました。


「ところでさ、やっぱり噂はホントなのか?」

「噂って?」

「しらばっくれんなよ。お前と中富のやつに決まってるだろ」

「……」


 まさか和泉について調べていることが。


「お前らが付き合ってるってやつだよ!どうなんだよ」

「またそれか」


 ついさっき後ろの席の羽多野さんにも訊かれました。

 ずいぶん真剣な面持ちだったので何事かと思いましたが、あまりに突拍子もない内容で拍子抜けしました。

 なるほど、噂になっていたんですか。


「お前さ、俺の気持ち、気付いてなかったのかよ。別にいいんだけどさぁ。これはちょっとした裏切りだぜ。というかどうやったんだよ。そこまで親しく見えなかったけど、ぶっちゃけ俺の方がリードしてなかった?顔?結局顔がものをいうの?」

「訊いてきたくせに話を聞けよ。僕たちは付き合ってない」

「最近二人でいること多いし、学校の外でもお前らを見たって聞いたぞ」

「少々込み入った事情があるんだ。心配することはない」


 ファミリーレストランや和泉の家に行った時、誰かに見られたのでしょう。

 しかしそれだけで付き合っていることになるとは。

 噂というのは驚くほど簡単に広まるようです。


「なんだよ、事情って。そういうとこから始まるんだぞ」

「何が?」

「恋だよ。ラブコメでそういうの見てきたから」

「二人共、そんなつもりないよ」

「ならお前に、ちっともやましさはないんだよな?」

「やましい?」

「付き合いたいと思ったり、エロい目で見たりしてないわけだな?」

「……うん」

「え、今の間はなに?」


 橋の上で中富に触れた事を思い出しました。

 他人の体温が嫌いだけど、あの時はそれどころじゃなかった。


 肌の柔らかさ。

 僕より背が高いのに、ずっと細くて、ずっと非力な身体。

 それらを感じて、離しちゃ駄目だと思った。

 離したくないと思った。


 いえ、あれは人助けのためです。

 それ以外の意味合いなんてありません。

 それに彼女は和泉が好きなんです。


 しかし、中富もあの時から様子がおかしいように思います。



 教室で授業中や文化祭の準備などで目が合うことが増えた気がします。

 以前はサッと目を逸らすだけだったのに、今は目を伏せ前髪を弄ってからまたじっとこっちを見つめてくるのです。

 はい、怖いです。


 先日のことです。

 移動教室のために廊下を歩いていると中富に呼び止められました。

 彼女はいつもいる友人とは離れており、僕たちは二人っきりに近い状況でした。


「どうした?何か重要な話?」

 そのために人払いしたのだと僕は思いました。


「……そうじゃないけど」

 そこで突然、不機嫌そうに顔を歪めました。


「すいませんね、たいした用事もなく話しかけて!」


 なぜ怒っているのでしょう。

 おかしい。

 その日はまだ機嫌を損なう言動はしていなかったはずなのに。


 ということがありました。

 まぁ彼女の突飛な言動は以前からのものです。気にしないでおきましょう。




「もし付き合ったら、覚えとけよ。殴るからな?」

「そんなことより手伝って欲しい事があるんだけど」


 僕は大根部に『赤い封筒』について調べたい事を伝えます。


 僕と中富は『赤い封筒』を信じていないので重視していません。

 でも、出した人がいるという噂が本当なら、和泉は恨まれていたということになり、それだけ拗れた人間関係があったなら自殺に繋がるかもしれません。


 その噂の発信者を特定できれば事情を確認できるかもしれない。

 僕たちはネットに疎いようでして、それを突き止めるため、誰かの協力が欲しいと考えていたのです。


「そんなもん書き込みのログを洗えばいいだろ」

「そういうのがよくわからない。方法もその場所も」

「本当にリアル高校生か、お前?てか何でそんな事しなくちゃいけんねーんだよ」


 嫌そうに顔を歪ませます。


「手伝ってくれたら中富の情報を一つやるよ」

「……情報による」

「ロックが好きみたいだ」

「例えばどんな?」

「なんだったかな。えっと」


 先日聴いた曲を口ずさみます。曲名は思い出せずとも、実は以前に聴いたことがあるものだったのです。


「ラッドか!そうか、これから聴こうかな」


 有名なようです。

 個人情報を教える事に抵抗はあるが、元々は彼女の脅迫から始まったこと。

 中富もリスクを払うべきでしょう。



 ___




 部室に移動し、部活用のノートパソコンを使って調べることになりました。

 中富も呼び寄せて合流します。


「なんで二人はこんなこと調べてるんだ?」

 パソコンを起動させながら、大根部が当然の疑問を口にしました。


「だって新聞部だもん。普段からネタは拾っておかないと」

 と中富が隣で胸を張る。幽霊部員がよく言います。


「森塚とふたりで?なんでコイツだったの?誰でもよかったんなら……ねぇ?」

「前にここで和泉くんの話になった時、森塚は変なこと言ってたから、それで。普通じゃない視点が欲しかったの」

「なるほど、変人が欲しかったんだ」

「恋人ならぬ、変人がね」

「うん、納得納得。安心安心」

「安心?」

「あいや……とりあえず、これがこの高校の裏サイトだ。ここに封筒を出した張本人っぽい書き込みがあったんだ。そこがスタートだと思う。このサイト内で『赤い封筒』を検索してみよう」


 大根部はキーボードを叩く。

 僕は久しぶりに口を開きます。


「裏サイトってみんな使ってるもの?」

「自分で見たことはないね」と中富。

「使っても見てるだけのヤツが多いと思うけどな。SNSよりタチが悪いものが多いイメージ」


 大根部は僕の顔を見てつけ加えました。


「つまり悪口だ」


 ネット上での罵詈雑言。

 疎い僕でもニュースで少しは知っています。


「悪口ってみんな大好きだもんねぇ」

 顔をしかめて中富が言いました。


 匿名性に安心してか、堂々と自分の醜さを世界に発信している様は、怖くもあるし滑稽でもあります。

 大半が暇を持て余してのことだと想像しますが、問題はその発言がどんなものにどんな影響を及ぼすかを想像できていないことでしょう。

 それほど余裕がない、つまり暇というわけでもないのですか。

 やはり僕にはわかりません。


「あった。これだと思う」


 –−–『赤い封筒』は本物だったんだな。まさか本当に死ぬとは思わなかった……


「これが和泉が死んだ直後に書き込まれたんだ。タイミング的に何を言いたいのかみんなピンときただろうな。この後も「軽々しく『赤い封筒』は出してはいけない」「こんなつもりじゃなかった」とか同じ名前の奴が書き込んでる。これを読んだ奴が面白がってか、SNSの方にも上げて、広まっていった感じだな」

「その人特定できない?」と中富。


「そりゃ無理。ハンドルネームなんて適当だろうし」

「まぁそうだよね」

「大根部は、この人は何がしたかったと思う?」

「注目されたかったんだろ。自分の発言で盛り上げれば、それだけ注目されたと気持ちよくなれるんだ」

「つまり娯楽か」


 中富はSNSの方では誰が最初に発信したのか、調べようとしたが大根部が助言します。


「そいつが投稿を削除してるかもしんないだろ。意味ないと思うぜ。焚き付けといて、広まったら元がバレないように削除する奴結構いるらしいからな」


 特定しても蓋然性は低そうです。


「空振りかぁ。でも最初に書き込みが見れてよかった。やっぱりなんかわざとらしい。そう思わない?」

「うん……さっきの検索結果、見して」僕は大根部の隣から覗きます。

「どうしたの?」

「まだよく『赤い封筒』について知らないから。まじないで人が死ぬなんてあり得ないと僕は思う。でも例えば、投函された手紙を和泉くんが見る機会があったとしたら。間接的に手紙が彼の自殺に繋がったかもしれない」


 本人に自覚がないところで、他人が自分の死を願うほど嫌っていると知ったら、誰でもそれなりに傷つくでしょう。


「それが原因って?でもそんな状況あるかな」と中富。

「わからない。情報だけでも得ようと思って」


 操作する僕の隣で眺めているだけの大根部が言いました。


「しかし『赤い封筒』って意外と最近のものなのかな。一番古い書き込みでも一年前だ。もっと昔からあるのかと思った」


 それを聞いて、気持ちの悪さを感じました。


「でも昔の伝承から来てるんでしょ?最近ってことはないんじゃない?」

「俺も先輩から聞いたし、まえは口頭で流行ってた話なのかね」




 もし僕たちが入学してきた頃から現れた講説だとしたら……


 まだそれほど年月が経っていないのに、僕が知るほど噂として広がっています。

 それは、和泉が自殺することによって、です。

 彼の自殺の理由が不可解すぎるから、それなりの説得力を持ってしまったのです。

 もしこの噂を広めたい人物がいたとして、そいつにとって和泉の死は都合が良すぎる。

 偶然でしょうか?


 まるで和泉の死が、このためにあったようにも感じられてきました。

 短いスパンで効率よく噂を広げるための、計画として組み込まれていたような。そんなふうに感じるのは僕が歪んでいるからでしょうか。

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