第13話 中富(探偵とは利己的なもの)


 文化祭まであと数日、中富は森塚を連れて体育館にやってきた。

 調査のためになのだが、森塚が抵抗なくついてきたので拍子抜けだ。

 奇妙なほどこの件に関して真剣味を感じるようになったが、何にせよ中富には都合が良かった。


 中では文化祭最終日に行うステージ演奏のリハーサルが行われていた。

 近くで聴くと音がビリビリと痛いほど響く。楽器はとても力強く、一方ボーカルの声量が負けている気がした。

 それでも生演奏の迫力は凄く、きっと盛り上がるだろう。

 楽しみになってきた。


 当日は吹奏楽部、ギターマンドリン部も演奏するが有志の参加もできる。

 いま演奏しているバンドがその一つで、和泉も所属していた。

 一度だけライブハウスまで聴きに行ったこともある。そんなに上手いとは思わなかったけど。

 メンバーの中には和泉以外の生徒会の者もいて、中富は交流があるのだ。

 リハを聴いて欲しいとお願いされていたのだが、この機会に和泉について聞き込みをしておこうという思惑もあって来た。


 メンバーの一人の田所たどころに感想を伝えてから、何気なく切り出す。

 中富と同じく生徒会で、背が高く眼鏡が特徴だ。


「ねぇ、田所くんは和泉くんと仲良かったよね」

「え、あぁ、一緒にバンドもやってたし」

「追悼ライブでもあるね」

「そうだな」


 思わずこぼれたように言ってみる。

「びっくりしたよね。何か悩んでたのかなぁ?例えば恋……」

「呪い、とか」


 田所は中富から視線を外しながら呟いた。

 まさか彼の口からもその言葉が出てくるとは思わなかった。成績も良く知的なイメージがあったからだ。


「あぁそういう噂あるね。『赤い封筒』」

「呪いって大袈裟だよね。おまじないみたいなものでしょ。それで人が死ぬかな?」

「まじないも呪いの一種だ……もし、本当だとしたら?実際にそういう見えざる力が働いたのかもしれない」


 薄く笑っている。冗談のつもりなのか。


「君は信じてるの?」


 森塚が後ろから尋ねた。

 田所は彼をじっと見つめる。


「否定はしない。例えば言葉だ。それ自体に物を動かしたりという力は無いが、ときに人間に与える影響を考えると、大きな力を宿している」

「……その場合、言葉を発した人は加害者ってことになるのかな?」


 森塚はゆっくり言葉を選んで尋ねる。


「そうは言っていない。結局言葉の力も受け手がどう感じるかで大きく変わる。和泉がなにをどう感じ処理するのか、によるだろう」

「どんな言葉で傷つくかなんて、わかんないもんね」


 中富も思う、自分は和泉のことを何も知らないのだ。


「それか、俺が知らないだけであるのかもしれないな。自然を超越した力が、存在が」




 生徒会ではないメンバーの名前は、はっきり覚えてない。

 しかしそれを察知されない方がいいだろう。中富は意識して笑顔で近づ気、まず個人それぞれの演奏を褒めた。

 大体これで相手の方から中富に話をしたがるようになるのだ。

 こういう時に自分はそこそこ可愛いんだな、と自覚する。


 他のメンバーは戸惑いが強かったようだ。

「悩んでる様子、なかったし。気合入って練習してたよな?」

「正直不気味だよな。マジで自殺だったのかな?」

「だから『赤い封筒』なんだって」

「お前そればっかだな」


 またしても出てきた。中富はうんざりする。でも顔には出さない。


「和泉は周りに気ぃ使うやつだからな。重い事は相談しなかったのかも。アイツらしい気もするよ」

「マリーゴールドのくせに優しかったし、いい奴だよ」


 和泉の代わりのメンバーはなかなか見つからず、数学教師の大前オオマエが務めるらしい。

 サプライズ出演の為、内密にという事だった。

 大前は生徒からいじられるタイプの教師だから、登場しただけで盛り上がりそうだ。


 その話にうまく笑顔で返せたか、中富は自信がなかった。

 いずれはこうやって、空いた穴も何かで埋められていくのだ。

 それが少し寂しい。



 ___




 体育館を離れると途端に静かになった。

 運動部だろうか、微かに掛け声が聞こえてくる。

「……」

 森塚と二人っきり、この沈黙が妙に気まずい。


 以前にはなかった感覚だ。

 どうしてだろう、和泉への想いがバレてしまったからだろうか。

 それとも森塚を意識して……何を意識して?


 彼との間にどれだけ沈黙が続こうが、今まで気にしなかった。

 中富にとっては別にどう思われてもいい相手だからだ。

 それが変わってきたのだろうか。

 わからない。

 とりあえず普通の雑談をしてみよう、と思いついた。

 自分の様子を観察するために。


「和泉くんのこと好きだったこと、誰にも言わないでよ」

「言わないよ」


 どうにも森塚に話しかけるとき、上からな物言いになってしまう。

 改善したほうがいいだろうか。

 この流れで森塚の好きなタイプでも訊いてみようか。

 どうしようか。


「でも和泉くんのこと、勝手に死んだからって悪く思わない方がいいよ。いや君の気持ちなんて僕にはわからないけど」

「なに、どういうこと?」


 会話に二割の意識を割き、残りで必死に思考する。

 森塚は助手なわけだし、そういうプライベートな事も把握しておいた方がいい気がする。

 今後の関係を円滑にするためにも。

 このターンが終わったらタイプを訊いてやろう。


「話を聞いてきて思うに、彼は優しい人だったんだろう。そんな人が遺していく人に何の言葉も残さなかったんだ。とても個人的な、自分に必要な行為だったんじゃないかな。誰かのせいでとか、何かのメッセージやアピールといったものからは、完全に切り離された行為。全ては自分の為でしかなくて、避けられないものだった」

「自殺ってほとんどがそうじゃないの?」

「うん、僕はそれが自然な気がするけど、実際はなんらかの主張のための自殺が多いはずだ。自分はこんなに苦しんだ、とか。誰か個人へダメージを与えるためだったり。和泉くんはそうじゃない。遺していく人へ遺書も書いてない。事前に誰かに匂わすこともしなかった。つまり痕跡を残していない。自分の死で周囲にどんな影響を及ぼすか、そんな事も意識になかったみたいだ」


 そう言ってから彼は少し黙り込む。


「いや、そうとも言えないのかな。サイコロ……あれは誰かへのメッセージだとしたら……」


(あれ……なんか思ってた方向性じゃない)


 この流れでタイプなんか訊いたら変かな。

 いや絶対変だ。もう少し様子を見て、流れが変わったら。

 とりあえず今は流れを読んで意見する。


「死んだ後の周りのことを全く考えないっていうのは、普通じゃないかも。病気の人が家族に負担をかけたくなくて死を選んだら、それは家族のための思いやりだし。苦しみからの逃避だとしても、大切な家族には言葉を残したがる気がする。……和泉くんはそれだけ突発的だったのかなぁ。憔悴し切ったあのお母さんのことを想像できてたら、違ってたのかな」

「遺された人が悲しくなるのって、結局残された自分が寂しくて泣いてるだけなんだ」

「そんな言い方……それもあるかもだけど、亡くなった人への憐れみがほとんどだよ。それで泣いちゃうの」


 森塚は肩をすくめる。時々彼はとんでもなくドライな事を言う。

 一理なくもないが。

 いや、やはり理解できない、したくないと感じる。


 というか、どうしてこんな話になった?

 恋愛トークが始まるんじゃなかったのか?


「じゃあ君はどうして、もういない和泉くんのことを知ろうとするの?それは自分のためじゃないのか?」


 中富は息が詰まった。

 そう、これは我儘でしかなく、他の誰のためでもない。

 八つ当たりに近い。

 そんなことに周りを巻き込んでいる。

 中富の行動で否が応でも影響を与えてしまう、和泉の母親を見てそう思った。


 これは許される事だろうか。

 いや、許されるつもりはない。

 そう決意して森塚を巻き込んだ、カッターナイフを握った。

 そのはずだけど。そんなふうに開き直れば、問題がなくなるわけじゃない。


(私なんて、ドライどころか冷酷で酷悪じゃない)


「悪いことじゃない。自分の感情は自分のためにあるべきだ」

 中富と背丈が変わらない男の子が、窓から空を見上げて言った。


「他人の事でそれだけ強い想いがあるなんて、僕からしたら凄いよ。なんか満点の星空みたいに凄まじい、って思うよ」


 彼はドライなだけの人じゃない。

 人を理解できるのは、きっと優しい人だけだから。


「森塚の好きなタイプは?」

「……は?」


 口を開けて呆けた表情が見れて、中富は愉快で笑った。

(やっぱりこのタイミングじゃなかったね)

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