第11話 聴取(家族)
土曜日、僕は知らない町に来ました。
和泉の家がある
赤い自販機前に子供たちがたむろしていて、知らない美容室を通り過ぎます。自分の町に似ているようで、どこも微妙に違っていると感じました。
スマートフォンで確認しながら、中富に指示されたコンビニまで自転車を走らせます。
よく晴れていて、ゆっくり漕がないと汗をかきそうです。
最近見かけないほど無骨な白のヘッドホンをした中富がすでに待っていました。
僕としたことが、待たせてしまいました。さぞご立腹だろうと戦々恐々です。
自転車を停め、何かされる前に先制攻撃に移りましょう。
「音楽好きなんだね」
「そだけど。なんでそう思うの?」
「そんな大きなヘッドホンしてるから、拘っているんだと思って」
「聞いてみる?」
ヘッドホンを差し出してきますが、まだ彼女の温度が残っていそうで断ります。そうしたら音の出る部分をくるりと反転させ、それを耳に押し付けてきました。
ロック調の曲が流れています。
「どう?いいでしょ」
それは音質か曲に対してか、どっちのことでしょう?
本音を言えばどちらも全くわかりません。
しかしそんなことを言えばこのヘッドホンが凶器に変わる可能性を否定しきれない。
彼女との会話はいつもスリリングなのです。
「悪くないね」
子供が描いた太陽みたいな笑顔で笑います。今日は機嫌がいいらしい。朗報です。
今更ながら彼女の服装が目に入った。スリットの入ったロングのスカートに白のTシャツ。
それだけのことなのに少し緊張してきました。
「森塚は何を聴くの?」
「特にこれといってない」
「珍しい~。SNSもやってなかったし、時代に置いてけぼりじゃん。逆にロックだね」
「……はぁ」
褒められたのかわからないですが、微笑んでおきました。
___
玄関を前に僕は怖気付きます。
「やっぱりやめない?迷惑だよ」
「えい」
僕なんか眼中にない中富はすぐにインターホンを押しました。間延びした音が家の中で響いています。
ちょっと感心してしまいました。彼女はいつだって躊躇いがない。
玄関から出てきた和泉の母親は、目の下にクマがありました。
クラスで参加した葬儀の時以来ですが、今日の服装も全体的に黒っぽく、喪服のようです。
中富は僕の後ろへ少し下がり、僕は予定通りにまず名乗ってから本題に入ります。
「彼に借りてる本があったんですが、そのままにしてはいけないと思って……お返しします。遅れてすいません」
中富と決めた、訪問するための嘘のセリフ。
母親はゆっくり時間をかけて微笑み、受け取ってくれました。
「わざわざありがとう……貸しっぱなしにしてたのね。もう自分にはいらないと思ってたのかしら」
本の背表紙を撫でながらじっと眺めています。まばたきの回数が多いように思えました。
「ツバメの巣がありますね」
中富はそう言って軒下にある巣を見ています。今はもぬけの殻。
「ええ毎年作られてしまって、そろそろとらないとね。それがどうかした?」
「あ、何でもないです」
中富は誤魔化すように手を振って微笑みました。
なぜ今そんな事を気にするのか不思議なのですが……
和泉の母親は別段気にした様子もなく声をかけてきました。
「折角だから上がってください。あの子の部屋に直接返してやってくれませんか?」
「……わかりました」
家の中に入った方が話はしやすいはず。第一関門はクリアです。
お線香を上げさせてもらう、というのも用意していました。
部屋に通されます。ものは多いが整頓され綺麗でした。
中富は探し物があるかのようにキョロキョロしています。
僕は和泉の母親がじっと見つめてくる中、本棚のテキトーな場所に本をしまいます。
「いつもはこんなに片付いていないのよ。でもあの日、高校に向かう前に綺麗にしたのね」
「あの、間違いなく自殺なんですか?信じられなくて」
「ええ。警察は他人の痕跡は無かったって。あなた達は何か知らない?友達も多かったはずなのに」
「そうですね」
友達の多さは自殺には関係ない、と僕には思えるが。
息子の死をまだ受け入れられていないのかもしれない。
「学校ではなんて言われているのかしら?だって突然だったでしょ?」
母親はいつの間にかドアを塞ぐように立って、スマートフォン見ています。その様子に僕は不安になりました。
中富が小さな声で答えます。
「みんなショックで戸惑っていますし、本当に不思議だと思っています。彼はみんなに好かれてましたから。お母さんはどう思われますか?どうして彼は」
「うちは仲のいい家族だと思うんです。まぁ男の子だから自分からはなかなか話してくれないけど、夕飯の時に訊いたら、学校や特にバンドのことなんか楽しそうに話してくれるし。本当に何があったのか」
喋る速度がだんだん早くなっています。
「もう一度名前、教えてくださる?」
「え?」
「今度はフルネームで。検索しても出てこないのよ、あなたたちのネットのアカウント。やってるんでしょそういうの」
カツカツと音が響くほど強く画面をタッチしています。
僕たちはこっそり顔を見合わせました。
そういうものは本人のいない所で検索するものな気がしますが。
「おばちゃんには教えられないの?」
「えっと……」
「僕はしてません」
「急に喋らないで!この子が喋ろうとしたのに、何でそんなに大声を出すの!」
母親が叫びます。
僕は普通の声量です。
どうも様子がおかしい、不安定です。
「息子のこと、何か知ってるんでしょ?あなた」
目を見開いて中富を見ています。
さっきまで、まばたきをあれほどしていたのに。
「知ってるのに黙ってる……それとも違う魂胆があるのかしら?だっておかしいわよあなたたち。そんな本も知らないし」
僕を押しのけて、本棚の中身を掴んではぼとぼと落とします。
「ほら、ねぇ、やっぱりそんな本、ここにはないわよ」
「私は……」
中富に近寄って囁くように言いました。
「可愛らしい見た目をしてるわね。どういう関係?何をしに来たの?」
部屋の外から物音がしたと思ったらドアが開かれました。
「母さん、何してんの?」
ジャージ姿の少年が入ってきました。和泉の弟でしょう。
「コウキ!ねぇ聞いてよ」
母親が縋り付くように少年に手を伸ばす。
その隙に僕は立ち上がって中富に視線を送ります。
「これで失礼します。突然お邪魔して申し訳ありませんでした」
___
おい、と声の方を見ると、さっきの弟が走って追いかけてきました。
「何の用で来たんだ」
彼は苛ついたように荒い口調です。
「親を刺激しないでくれ」
中富が俯きました。
「ごめんね。ただどうしても和泉……ユイトくんの自殺が不思議だったから、それを尋ねてしまったの」
「そんなの俺も知らねぇよ」
「思い当たることもない?」
「……学校でなんかあったんじゃないの?」
「そんなふうには、見えなかったよ」
「あっそ。俺たちあんま話さないし。アイツは家族より幼馴染が大事だったんだろ。だからそいつらに訊けよ。ウチにはもう来んな」
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