第6話 マリーゴールドと信用

「なぁ」


 声のする方へ向くと大根部が立っていました。曇り空みたいな顔色です。


「……二人は一緒に食堂に来るような仲なのか?」

「まぁクラスメイトだし、ねぇ」


 と彼女は僕に首を傾げてみせます。

 同時にカッターナイフを隠すのを僕は見逃しません。


「たまたまだよ」

「そうかそうか」


 大根部は笑顔で中富の隣の席に着きます。


「部長は今からお昼?」

「いやポテトでも買おっかな~と思って」


 食堂の入り口が騒がしくて、僕らはそちらを見た。

 男二人に女が三人、マリーゴールドが入ってくるところでした。

 富永とみなが、河崎、末松すえまつ永尾ながお、そして久留間亜衣里くるまあいり


「珍しいな。いつも金曜しか来ないのに」

「へぇ、詳しいんだ」と中富が僕を振り返る。


 彼らとは出来るだけ会いたくないから、金曜日は食堂に行かないようにしているのです。


「あの人たちは目立つからね」

「確かに目立つよな。美男美女」と大根部が言います。


 そうね、と答える中富を見て僕はどきりとしました。

 とても悲しそうに彼らが座ったテーブルを見つめていたのです。かつては六人で座っていたテーブルを。


「アイツら文化祭で和泉のために何か演奏するらしいぜ。レクイエムだって」

「へぇ、バンドとか?」

「詳しくは知らない。でも不思議な集団だよな。クラスも部活も趣味もバラバラ。共通点なさそうなのに超仲良いなんて」

「小学生の頃からの幼馴染なんでしょ」

「それが変なんだって。六人とも欠けることなく一緒の高校通って、未だに仲良し。出来過ぎだぜアイツら。おまけにあのルックス、漫画か?まぁ中でも久留間亜衣里は飛び抜けてるけどな」

「ふーん、やっぱそうなんだ」


 中富の反応に慌てて大根部が言い繕いました。


「あいや、一般論だぜ?俺はそうは思わないけどな。森塚はそうだよな?」


 肩を叩こうとした大根部の手を財布でガードしてやります。


「それに富永と付き合ってる、て噂もあるしな」

「大根部は噂が好きだな」

「しょうがねーだろ。あの中の誰とも仲良くねぇから噂しかしらねぇんだよ。お前もそうだろ」


 僕は思わず答えに詰まったので黙ることにしました。実は否定も肯定もできない相手が一人いますが。

 隣で中富が呟きます。


「外から見てても中のことはわからないもんね」




 北校舎と南校舎をつなぐ四階の外廊下に来ています。結局昼休みは時間が潰れてしまって、今は放課後です。

 看板制作や機材の用意など、文化祭の準備も佳境に入っているのですが、新聞部の活動と言って抜け出しました。


 むき出しで雨風にさらされ続ける空間には、僕らの他に誰もいません。

 地面はいくつもひび割れして、鉄柵は赤く錆ついています。


 これを乗り越え、彼は飛び降りた。


 和泉の遺体は早朝に用務員に発見されたそうです。

 学校に設置されている防犯カメラにより、夜中にひとり学校に入っていく姿が確認されたそうで、事件事故の可能性は否定され、僕の知る限り自殺と断定されています。


 どうして学校を選んだのでしょう。何かのメッセージが込められているのか、しかし遺書もないと聞きました。


 殺風景なこの場所で、中富は地べたに這いつくばっています。手掛かりになる物を探しているらしいのですが、側から見ると這いつくばる女子高生というのは何か事件性を感じ、今すぐ立ち去りたいです。


「警察も調べただろうし、無駄だと思うけど」

「言われなくてもわかってるよ。それでも自分の目で確かめておきたいでしょ。森塚も何か痕跡がないか探してよ」


 そう言われてもやる気は出ません。この場に付き合っているだけで感謝していただきたい。


 中富は普通に常識的な調査を進めるようです。そのことに少し失望している自分がいます。まさかカッターナイフで生徒一人ひとりを脅して尋問して回るわけはないでしょうが。

 僕は一体何を期待しているのですか。

 彼女といれば何か圧倒的なものに立ち会える、そんな事はあり得ないのです。

 ならこの関係はさっさと終わらせるべきで、そのために僕がやるべきことは何でしょうか。重要なのは真実ではなく中富が納得すること。

 それができれば。


 しかし彼女は自分がスカートだという認識がないのでしょうか。

 非常に際どい光景で視線のやり場に困まった僕は、手すりにもたれ見下ろすことにしました。


 この高さなら確実に死ねそうです。和泉もこうして見下ろして決めたのかなとふと思いました。僕なら……そもそも学校を選ばない気がします。


「どうして僕を誘ったの?」


 手持ち無沙汰で、僕は疑問をぶつけてみました。

「こんなの君一人でもできるじゃないか。複数の方が見落としが少ないにしても、仲の良い友達を誘えばいい」

「森塚は私を変わった人だと思っているでしょ」


 中富は立ち上がり手でスカートを払いました。


「これは私の我儘で、褒められた行為じゃないってわかっているよ。だから友達なんか巻き込めない。でも死のうとしている人なら迷惑かけてもいい気がして」


 なるほど、合理的です。合理すぎて人間味が感じられません。


「……部室で話した時あったじゃない?あの時、森塚は彼の死を話題として扱わなかった。だから少しは信用できる気がした」

「へぇ、君から信用なんて言葉が出るとは。そのことが信じ難いね」


 話題というのは、和泉の自殺の原因についての憶測を僕だけ口にしなかった事を指しているのでしょう。

 知らないうちに彼女の信用を得ていたとは、変な気持ちです。


 その彼女がすごく良い笑顔で近付いてきます。何だか怖いです。なぜ笑顔なのですか、なぜ。


 そのまま彼女は右手で柵を掴み、壁ドンの要領で僕を追い込みました。


「ちょっと身を乗り出してみてよ」

「え?」

「和泉くんがやったようにさ。参考になるかも」

「ちょっと、中富サン、怒ってる?」

「ほら早く」

「いや本当に危ないって」近寄られると仰反るしかありません。

「死にたいんでしょ?じゃあいいじゃん」

「……」

「ちょ、黙らないでよ!」


 ようやく彼女は離れてくれました。


「ここで死なれたら私が殺したみたいになるじゃん。やめてよね」


 無茶苦茶です。理屈なんて彼女の前ではいくらでも曲げられるのです。


「よし、次行こうか」

「……まだ何か?」

「マリーゴールドに聞き込みだよ。三組の河崎くんのとこに行くよ!」

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