第4話 置いてきた過去
家に帰ってから押し入れに行って過去の新聞をめくり、僕の通う万李高校の文字を見つけだしました。
和泉の記事です。もちろん実名の載っていない小さな記事、それを切り抜きます。
イジメや家庭内の不和など、分かりやすいトピックがこの件では見られません。記事にはしづらかったでしょうから、小さいのも理解できます。
彼は生徒会に所属し成績も優秀、バンド活動に励む健康で活発な高校生。僕から見ても学校内には問題は抱えていなさそうでした。
と言ってもよくは知りません。二年生からクラスが同じになりましたが、仲良かったわけではないので。
「どうしたの、新聞なんか出してきて」
背後からの母の声に、僕は身体が強張ります。
「なんでもない」記事を握りこんで隠します。「宿題だよ」
そう言い残して母の探るような目から逃げ出しました。
クラスメイトが亡くなった事を知った母は、異常なほど僕を心配しました。きっと小学生の時のこと、ヒロを思い出したのでしょう。ヒロが亡くなってから、僕はしばらく部屋から出られなくなったから。
「親友だったものね」と当時、母は理解を示してくれました。
でも僕はその時、本当の気持ちをついに母へ打ち明けることができませんでした。
ヒロは運動神経が良かった。僕と変わらない背丈で、誰よりも速く走り、誰よりもボールを遠くに投げられました。運動が苦手だった僕には眩しい存在でした。
そしていつも温かい手だったことをよく覚えています。
その手でよく僕の肩を掴むのです、「大丈夫だ、俺がついている」と言わんばかりに。僕にとってそれは力強い励ましでした。
ヒロは僕が読んだ小説の話を聞きたがり、それを聞いたヒロは僕とトムソーヤみたいに財宝を探しに行きました。また十五少年漂流記のように魚を釣って食べました。
僕はヒロの一番の友達でいられることを誇らしく感じていました。
そんな彼が一時期から痩せていきました。
小学五年生の頃です。体育の時間、着替えるときに強く浮き上がった肋から僕は目を逸らしました。あざを隠して着替えていることも。
以前に親がこわい、と聞いたことはあったのです。でも僕はどうしていいのかわかりませんでした。
約束もせず彼の家に一人で行き、インターホンを鳴らさずに外から様子をうかがったことがあります。
しばらくした頃、ヒロの父親が出てきて玄関から彼を放り投げました。
それは文字通りで、ヒロの身体は宙を舞って地面に落ちたのです。それからヒロはずっと家の外で座り込んでいました。
一時間も経った頃、偶然を装って僕は近づきました。
ヒロは恥ずかしそうでした。そんな彼に僕は思い切って切り出したのです。
「誰かに相談するべきじゃないかな」
ヒロは黙っていました。
「家の人から、外に追い出されたって。専門の電話もあるみたいだし。僕も協力する。友達だろ?」
そして僕は、彼と同じように肩に手を置いたのです。
そうすれば彼の助けになると思って。その肩は熱を持っていました。
彼は手を強く振り払った。
「なんのつもり?君にそんなこと言われたくない!亜衣里ちゃんと仲がいいって、調子に乗ってないか?自分が一番好かれているとでも?ただ家が近いだけだろ。それなのにみんなを君は下に見ているんだ」
ヒロは顔を歪め吐き捨てるように言いました。
「マヤちゃんの誕生日会、なんで帰ったの?みんなが笑ってるのに君は笑わないよね。変だよ。みんなも言ってる」
親からの虐待を指摘されて彼は屈辱を感じたのでしょう。それを発散するため、思わず僕に悪態をついた。
しかしだからこそ、彼の普段の本心が表れた気がして僕は強く衝撃を受けました。
それから彼は死んだ。交通事故、車に轢かれたと聞きました。
でも僕はヒロは自殺したんだと思ったのです。
もしヒロが自殺したのだとして、誰かに彼の家庭のことを伝えていたら僕なら助けられたのではないか、そう何度も考えました。
僕は何もしなかったのです。
彼の悪態から逃げ帰っただけ。
中富から和泉の自殺の原因を、と切り出された時、嫌でもヒロを思い出しました。
偉そうに肩に触れた自分の手、拒絶する力、そして手に残った熱。
いつの間にか僕は人の体温が苦手になっていました。
寝る前に、スマートフォンに中富からメッセージが届いていることに気付きました。
今日はありがとう!おかげで私も頑張ろうっと勇気をもらいました☆
明日から本格的に行動開始していきましょう。
でも大丈夫!森塚がすることはそんなにないから。私みたいに可愛い子と一緒にいれてラッキーと思っていればいいですよ。
明日から、よろしくね~
怖くなって、すぐに画面を消しました。
中富に会うことが怖い。カッターナイフを持ったあの鮮烈な女の子に。
正直に白状すると僕は中富に、この生温いぬかるみのような日々を終わらせてくれるのではないか、連れ出してくれるのではないかと期待してしまったのです。
だから怖い。自分を斬りつけた子に期待するなんて間違っている。
自分のおかしさを直視するのが怖いのです。
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