第2話 大根部(彼にとっては完璧な放課後)

「もうすぐ文化祭だけどさ、うちらは何もしないよね」


 今は九月の中頃で夏服とブレザーが混じる中途半端な時期だが、まだ暑い。しかし文化祭がもうそこまで迫っていた。

 大根部おおねぶ棚倉たなくらに返事をする。


「新聞部は毎年出し物してないからな。増刊号作るぐらいだ」


 今日は新聞部のミーティングのため部室に来ていた。紙面のアウトラインを決めなくてはならない。


 しかし徐々に会話は脱線し、色恋の噂話やむかつく教師をこき下ろしていた。大根部はこの時間が好きだった。できるなら口笛を吹きたいくらいに高揚していた。

 原因は複数の女子がいるシチュエーションにほかならないだろう。

 同じ空間にいるだけで付き合えるとは思っていないが、ほのかな期待ぐらい捨て去る必要はないと思っている。


 部室には棚倉、中富、小林こばやし、そして森塚(男)がいた。これで大体全部員。大体、なのは幽霊部員のせいだ。

 今いる中富も生徒会と掛け持ちでたまにしか来ない。もっと来てくれたらと大根部は願っているのだが。

 そんな彼女はバックナンバーをペラペラめくっていた。


 背は森塚と同じぐらいだろうか。彼が男子で低い方ではあるが。クリクリした瞳も笑うと目尻がちょこんと下がるところも可愛い。もちろん森塚が、ではなく。中富は学年でもトップクラス、いやトップに推挙したい可愛さだ。


 ひとりだけ一年生である小林が言った。


「文化祭かぁ。なんで出店の食べ物っていつもより美味しく感じるんでしょうね。もうどの順番で回るかも決めましたよ、わたし」

「順番て、ガチすぎるだろ。食べることしか頭にないのか」

 彼女は小柄だが少しぽっちゃりしていた。


「生き物ですから。食べることより重要なことが?」

「む、意外に深い問いね」

 と中富が顎に手を添える。

 棚倉がため息をつく。

「せっかくの文化祭なんだからさ、他に楽しみ方あるでしょ。ほら、男子と仲良くなってさ、付き合ったり」


 棚倉は美人だが派手で、遊んでいそうだ。勝手なイメージだが。


「それで腹が満ちますか?」

「ご馳走してくれる相手なら、いいんじゃない?」中富がいたずらっぽく笑う。

「おぉなるほど。そういう人なら、付き合うイコール安定した食の確保になりますね」

「この子が変な男につかまったら、中富のせいだからね。あのね、そんな飼い主探すみたいじゃなくて、恋愛はもっと違う側面があるでしょ?」

「なんですか?」

「それはほらぁ、え〜と……なんか楽しいじゃん?そんな感じ」

「え、なんかテキトーじゃないですか?小林のことどうでもよくなっちゃいました?」

「しつこいなお前」


 棚倉は顔を顰め、後ろにいた森塚に振り返って「なんか言ってやって」と会話を丸投げした。

 森塚は一拍おいて話し出す。


「そもそも、文化祭って地域や受験生に向けた宣伝活動だと思うけど」

「えぇ、CMですか?」

「大事ではあるよ。入学生が少ないと、その分この部活の予算だって減っていくだろうし」

「なるほどなるほど。森塚先輩は頭良いっぽいこと言いますね」

「ぽい、って……」

 森塚は苦笑する。


「私は文化祭のフォローじゃなくて恋愛のが欲しかったんだけど。もういいわ」

「大根部に訊いてみるといい。こういうことには一家言ある男だから」

 森塚は笑顔でいい加減なことを言いやがった。

「部長はどう思います?」


 大根部は部長として、後輩のために少し頭を回転させた。


「恋愛は人間にとって大事だと思うぜ。ほら、食欲以外の三大欲求にも繋がる」

「何を言わせたいんですか?」

「きもっ」

「そ、そうじゃなくて……生物として種の存続のために、子孫繁栄をだな」

「エロい方面しか考えてないじゃん。きも」

「いやあの、本当そんなつもりじゃなくて。生物学的に論じてみようと」

「どうして中富先輩にだけ言い訳してるんですか?」

「ちょっと小林……そこは触れないでおこうよ」と棚倉。

「あらら、余計なこと言っちゃいました?え、中富先輩と子孫繁栄したいとか、そういうことですか!?」

「いや、え、何言っちゃってんの?」


 汗が止まらない大根部に、中富が言った。


「部長とは仲良い友達だから、ね?」

「う、うん、だな」


 増刊号の下書きを眺めながら中富が呟く。


「今月は出し物の紹介ばっかり。もっとすごい記事書いたりしないの?」

「たまにしか来ないくせに、言うなぁ」


 大根部は動揺を悟られないように笑った。今の一連はただのジョークだよな……それとも事実上の非交際宣言だったのか?


「確かに、ごめんごめん」

「すごいのってどんなのだ?」

「例えば、和泉くんのこととか」


 大根部は思わず周りをうかがう。中富の言葉で途端に静まり返り、空気が張り詰めるのを感じた。


「後夜祭で和泉を送る会があるから、それは書くけどな」

「追悼の言葉でも集めるとか?」と棚倉は眉を寄せる。

「そうじゃなくて。どうして自殺したのか、について」

「そんなの……ダメでしょ。軽々しく?扱える話題じゃないって」

「そっか。でも突然自殺なんて、びっくりしたから」


 和泉ユイトは大根部たちの同級生。結構人気者だったと思う。でも夏休み明け、この学校で自殺した。


 大根部は俯く中富を見ながら、どうしてこんな話題を出すのかと戸惑う。はっきり言って、場に水を差す話題だ。どう扱っていいかよくわからないから。普通の高校生は人の死に、まだ慣れていない。


「中富先輩と同じ生徒会の人でしたよね?」

「そう。でもどうしてこうなったのか、何もわからない」


 落ち込む中富に助け舟を出したくなる。


「確かに不思議だよな。だってあのマリーゴールドだしよ」

「それって先輩たちの学年にいる、キラキラした人達ですよね」


 大根部は頷きながら、一年の小林にも知られていることに感心した。


「家が資産家で、この学校を裏で支配しているっていう」

「どんなイメージが広まってるんだ」と続いた言葉には呆れた。

「だから『赤い封筒』のせいなんだって」


 棚倉の言うそれを大根部もSNSで見かける。よくある学校の七不思議だと認識している。後の六つは知らないが。


「『赤い封筒』の呪いってやつ?みんな言ってるけど、信じてるのか?」

「けど和泉が自殺する理由なんてフツーになくない?それに『赤い封筒』の力は本物だって、願いが叶ったって子もいるし。『赤い封筒』出したことで、先輩と付き合えたらしいよ。ホント、急に態度が変わったんだってさ」

「和泉さんに皆さんの知らなかった一面があったかもですよ。謎の組織と繋がりが」

「なんだそれ。ありそうなのはマリーゴールドの不仲説だろ」

「それはないって」


「森塚はどう思う?」中富が言った。


 会話に入ってこなかった森塚は、困ったように笑った。


「別にどうも思わない」

「それはちょっと……冷たくない?」と棚倉。

「彼も僕に、何も思われたくなんかないだろう」


 そう言って俯いた。愛想は良いけど、時々暗いことを言う奴だ。森塚と和泉は同じクラスだったはずだが、二人がどういう関係か大根部は知らない。


「森塚先輩はもっと髪短い方がいいですよー」

「そぉ?このぐらいの方がいいでしょ。ちょっと前髪括ってみ」

「いや、拒否する」

「まぁまぁ」

 棚倉が抵抗する森塚をなだめながら、ヘアゴムを取り出す。

「ちょっと、私も見てみたいです」


 森塚が助けを求める目を大根部に向けた。しかし助けようとは思えなかった。なんか羨ましいし。できれば中富とあんなふうにじゃれ合いたいと大根部は思い、彼女を見た。

 中富はひとり窓の外を眺めていた。

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