神様がやった

ひとりごはん

第一章

第1話 聴取(河崎)

 中富なかとみマヒロは笑顔で教室のドアを顎でさします。

 さっさと扉を開けて入れ、ということでしょう。僕を奴隷か何かと勘違いしているのでは、と不安になります。一応助手なのですが……でもそれを押し殺し大人しくし従いました。


 扉の引手に手をかけると生温い。前の使用者の存在を感じて気持ちが悪いですが、我慢します。食べ物でもなんでも、ぬるいものは嫌いです。


 二年三組の教室内には放課後でも多くの生徒が残っていました。文化祭の準備なのでしょう、楽しそうに会話しながら紙に何か書いているようです。


 僕たちは河崎かわさきを後ろの方で見つけ、そちらへ向かいます。途中でこっそり先ほどの手をスラックスで拭いました。

 中富が声をかけます。


「河崎くん、ちょっといい?」

「ん?あぁ中富か」


 彼は返事しながらも、僕を見て戸惑った様子です。当然です、喋ったこともないんですから。

 河崎はマリーゴールドなどと呼称されるメンバーのひとり。スクールカーストでいうとトップにいる人です。


「部活前にごめんね。あ、これ森塚もりつかね。なんか聞きたいことがあるだって」

「え、」


 僕は思わず彼女を振り返ります。

 彼女がサラリと恐ろしい事を言いました。

 最初から僕に全てを押し付ける気だったのでしょう。こんなサプライズをする意味が不明です。

 笑顔で僕の腕の包帯を見ています。

 ここは大人しく従いましょう。また痛い目を見るかもしれない。彼女は振り切れた女の子なのです。


 河崎は訝しむ表情を浮かべています。身体の大きい彼がすると、それだけで威圧感があります。

 僕は混乱が顔に出ないよう気をつけ、口を開きました。


「部活前にごめんね。えと……」

「なんだ?俺に告白でもするつもりか?」


 彼はつまらなそうに笑いました。僕も笑みを返します。


「もしそうなら困ってたかな?」

「男からとか気持ちわりーだろ」


 そういうものでしょうか。僕にはよくわかりません。男も女も食べて排泄する、気持ち悪いタンパク質の塊ではないでしょうか。


和泉いずみくんのことを聞きたくて」


 彼の表情が消えましたが、僕は続けます。


「何かに悩んでいたとか、そういうことはなかった?」

「もう部活行くから、歩きながらで」


 彼は大きなエナメルバッグを背負い歩き出し、僕らも一緒に教室を出ました。


「森塚といったか」

 僕は頷きます。


「なんでそんなことを調べているんだ?」


 その言葉には怒気が感じられました。

 横目で値踏みするようにこちらを眺めます。僕の身長や細い手足を。もし彼がその気になれば簡単に僕を組み伏せられるでしょう。


 正直に答えるなら「中富に脅されているから」ですが、話がややこしくなるだけです。


「それは理由がわからないからだよ」


 中富が口を開きました。


「少なくとも私からすればあまりにも謎すぎる。河崎くんは心当たりある?」

「さぁな」


 不機嫌そうに、面倒そうに彼は答えました。


「じゃあ知りたいって思うでしょ」

「死者にできることは見送ることだけだ。そういう野次馬みたいの、俺は嫌いだ」

「原因を明らかにするのは意味のあることだと思うけど。理由がわからないとみんな安心できない。今後、同じような人が出てこないか、とか。何もわからないと、そのための対策もできない」

「それで、お前らに明らかにできるのか?アイツのことを知りもしないくせに」


 彼は馬鹿にしたように笑っています。


「だから話だけでも聞いて回るんだよ。例えばそうだなぁ、恋愛で悩んでいたとかない?彼に彼女はいなかった?」

「俺が知る限りいない。そういう事をあいつは人に話さない」

「へぇ、君たち幼馴染はなんでも話し合う仲だと思った」

「古風なやつなんだ。繊細でひとりで抱え込む。まぁ高校生なら恋愛絡みで悩むなんていくらでもあるだろ」


 呆れたように彼は言います。

 その様子を見て僕は質問しました。


「和泉くんは充実した高校生活を送ってみえた。それなのに自殺した。君は身近な人がそうなったことに、不思議や恐怖は感じないの?」


 彼の落ち着きを見て、もしかすると検討がついているのではないか、と思ったのです。

 それに少しは働かないと中富が何をするかわかりませんし。


「……恐怖?」

「身の回りで不可解なことが起こると、自分の身にも降りかかるんじゃないかって、考えたりはしない?」


 河崎は黙り込みました。顔が強張り目が泳いでいます。今さら恐怖が襲ってきたということでしょうか。


「違う、恐怖はない。なぜなら、俺たちには神がいる」

 彼はボソボソと呟きました。


 そこから彼は落ち着きを取り戻したように、それどころか目が熱を帯びて見えました。


「お前は神を信じるか?」


 神。遠いようで身近な言葉かもしれませんが、この話の流れでは異物です。どうしてか鼓動が早まり、息苦しくなりました。


 中富へ視線を向けると、不安そうで怯えた子猫のように見えました。不遜に笑い僕を冷たく扱うのが常なのに。らしくありません。


「僕は無神論者だけど」


 河崎は大きく息を吐きました。僕の返答に失望したようです。


「アイツの遺体のそばにはサイコロが転がっていたんだ」

「……サイコロ?」

「大小さまざまなサイコロ。それだけ持って死んだ」


 それは普通じゃない、というか意味がわかりません。

 頭の中がひんやりしました。そこに映像が見えました。

 サイコロが散らばった死体。

 赤い血と肉、そしてサイコロ。

 それは綺麗かもしれない。

 色とりどりの花で飾られた遺体よりも、僕には美しい。


「他にお前らに話せることはない。俺にはいつも通りに見えた」


 ぼんやりした意識をなんとか戻しながら声を出します。


「……他に何もない?」

「ああ」


 そんな馬鹿な、おかしいです。サイコロが、そんな逸脱があったのに。


「お前たちにアイツを理解なんてできない。辿り着けないぜ」

 そう言って、彼は笑いました。

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