2-7 七不思議の真実

 深織が墓地から去ったのを確認した後、優占が楓林に言った。


「楓林、ご苦労様でした」

「ったく、半日も深織に付き合って、めんどくせーにもほどがあるぜ」

「そう言わないでください。お小遣いはあげたでしょう?」

「ま、そうだけどさ。死んだ花子のためとはいえここまでする必要があったのか?」


 楓林がそうたずねると、優占は目を細めた。


「やはり、彼女が亡くなったことにキミは……」

「気づいているに決まっているだろ。くだらねー茶番に巻き込みやがって」

「花子ちゃんの幽霊には心安らかにいてほしいですから」


 続けて和尚も言った。


「そのために、拙僧は毎晩こうして祈りを捧げているのだしな」

「深織さんに下手な記事にされて花子ちゃんがこれ以上さらしものになるようなことはさけたかったのです」


 楓林は優先や和尚の話に「ふーん」とつまらなそうに言ってから二人にたずねた。


「それって、罪ほろぼしってやつ?」


 罪ほろぼしとは自分の罪をつぐなうという意味だ。

 楓林の言葉に二人は顔をしかめる。

 和尚はふぅっとため息。


「やはり天狗さまは全てをお見通しか」


 優占も苦笑した。


「そのようですね」


 そんな大人二人に、楓林は「当たり前だろ」と冷たく言った。


「オイラは女子トイレで花子の幽霊と会った。心を読むまでもない。花子はちゃんと説明してくれたよ。深織にばれないようにオイラからは何も話しかけなかったけどな。マジで胸くそ悪い」


 ろうそくに照らされた楓林の顔には、ありありと不快感が浮かんでいた。


「それにしても、和尚もオイラの正体知っていたんだな」


 その疑問には優占が答えた。


「キミが生まれた……というより、キミのお母さんが妊娠したときに色々ありましてね」

「ふーん、ま、その事情はあんまり興味ないけど」


 優占は楓林に聞いた。


「キミはどこまで花子ちゃんから当時のことを聞いたのですか?」


 楓林は二人に言った。


「全部だよ。あらかじめ父ちゃんから聞いていたとおり、花子と父ちゃん、それに和尚は小学生のころクラスメートだった。だが、真相はそれだけじゃない」


 楓林はジロっと優占と和尚を睨んだ。


「花子はお金持ちの娘でイヤミ女だった。一方、当時父ちゃんと和尚は『少年探偵団』とかいうわけのわからない遊びをしていた。父ちゃんと和尚と、他数名の少年探偵団は花子の弱みを探ろうとしたんだ。その結果、花子の家の事業はとっくに潰れていて、花子の上から目線の自慢は全部過去の話だったと判明した」


 そこまで一気に言ってから、楓林は「で……」とさらに続けた。


「ここからが本当に胸くそ悪い話だ。『少年探偵団』の団長だったヤツが、花子の秘密をクラスメートに暴露しやがった。一応父ちゃんと和尚は止めたらしいけどな」


 優占と和尚は楓林から目をそらした。


「結果として、それまでクラスの女子のリーダー的存在だった花子は、一転していじめられっ子になった。で、最後は屋上から飛び降り自殺した。転校したなんて話は父ちゃんの大嘘。オイラをごまかせると本気で思ったのかよ?」


 優占は頭をかいた。


「やはり無理でしたか」


 楓林はそんな父親を無視するように話を続けた。


「自殺は衝動的な行動で、花子も死んでからしばらくするとやっぱり学校にまた通いたいって考えた。幽霊として学校にこっそり侵入するようになったけど、教室に入る勇気はなくて、昼の間だけ学校のトイレに居座るようになった。花子は他の幽霊にくらべれば力が強い。霊感の強い子ならトイレで花子の幽霊を見ても不思議じゃないね。それが天倶町七不思議の一つ『トイレの花子さん』の真相だろうよ」


 楓林はそこでいったん息を吐いた。


「もう一つ別の真相。花子は毎日授業が終わる時間になると墓場に帰ってくる。当然だよな。小学生は放課後になれば学校から帰宅するものだ。幽霊の家はつまり墓地だからな」


 優占がうつむいた。


「やはりそうなのですか」


 楓林はさらに説明を続けた。


「で、さっきも言ったとおり、他の幽霊とくらべて花子の霊はそこそこ強い。自分たちの墓石にペイントスプレーでいたずら書きしようとするバカガキを鬼火で脅かすくらいはできるだろうよ。父ちゃんから話を聞いた和尚はそれをさっして、ろうそくで警備しているなんてごまかそうとしたんだろ? くだらねぇ」


 楓林はそこまで言ってから、今度は草陰の方に向きなおった。


「で、深織、アンタはこんな真実で満足か?」


 帰ったふりをして草陰に隠れていた深織の心臓が『ドキン』と鳴った。


「隠れてオイラたちの話を盗み聞きしていたのは気づいていたよ。アンタも天狗ナメんなよ」


(バレバレか)


 深織はしかたなく、再び楓林たち三人の前に姿を現した。

 優占が驚いた顔をした。


「深織さん、お帰りになったのではなかったのですか」


 どうやら、優占は深織が隠れていたと気づいていなかったらしい。和尚も同じ様子だ。

 深織は「そりゃそうでしょ」と言った。


「あなたたちこそ新聞部部長をナメないでよね。七不思議のオチがあまりにもできすぎよ。特に『トイレの花子さん』と『夜な夜な漂う鬼火』は誰かがオチを用意していたとしか思えなかったわ」


 そして、もしもオチが誰かに用意されたのだとしたら、それができたのは優占か楓林しかいない。

 天倶町七不思議を深織が調べていることを知っていたのは、彼ら以外だと伊都子だけなのだから。


 優占が苦笑した。


「いささか、芝居がすぎましたか」


 楓林が「ふん」とそっぽを向いた。


「父ちゃんが急いで用意したにしてはまあまあなオチだったけどな。一応乗ってやったけど、オイラとしてはコイツにバレても問題ないと思っていたよ」

「あら、どうして?」

「だって、アンタ、こんな虐め自殺の真相なんて記事を天小新聞に書いたりしないだろ?」

「たしかにね……昔の自殺事件なんて、小学校新聞に載せるネタじゃないわ。仮に書いたら今度こそ廃部になるわよ。ところで、『トイレの花子さん』と『夜な夜な漂う鬼火』以外はどうなの?」

「どうって何が?」

「他の五つの不思議……『よく当たる占い屋』は省くとしても、四つの不思議の真相も優占さんたちか楓林くんがオチを用意していたのかってこと」


 楓林が説明した。


「ああ、そういう意味か。まず、『動き回るお地蔵様』と『ありえないラーメン』の二つはそのまんまだろうな。オイラも父ちゃんたちも何もしてないよ」


 それはそうだろう。お地蔵様は工事現場の人が動かしただけだろうし、ラーメンにいたってはむしろ伊都子とマリが最初からオチを用意していたようなものだ。


「『泣き声の聞こえる祠』がビル風っていうのもおおむね本当。でも、あの祠ってこの墓場から学校に行くとちょうど通り道だろ? もしかすると、噂の中に幽霊の花子が自分の墓石から小学校に通う途中であげた泣き声が混じっていても驚かないね。オイラとしてはどっちでもいいけど」


 楓林の説明はさらに続いた。


「そして、『怪奇現象の映るレンタルビデオ』だ。あのテープには花子の想いがやどっている。アンタと違って、天狗や霊感の強い人間になら花子の顔や全身が何度も見えるよ」


 楓林の説明に、深織は驚いた


「え、そうなの?」

「ああ、オイラには何度もバッチリ見えていたもん。あのまま見続けたらいくら鈍感なアンタでも、花子の姿を見ちまいかねないから途中で再生を止めたけどな」


 楓林が途中で停止ボタンを押したのはそういう理由だったらしい。


「なんであんなクソ映画に花子の想いが乗り移ったのかは、花子の霊自身もわからないらしい。花子も生前にあのビデオを見ていたことは事実らしいけど、感想はオイラたちと同じくクソ映画だなぁってとこらしいし」


 深織はうなずいた。


「そりゃ、あの映画を面白いと思う小学生なんてそうそういないでしょうね」

「花子の想いがあのテープにやどったのはひょっとして少年探偵団が幽霊を探すなんて内容だったからかもな。花子は亡くなってからずっと元少年探偵団の父ちゃんに自分を探してほしいって願っていたらしいから」


 楓林はそう語った後、優占と和尚にたずねた。


「で、どうする?」


 優占がたずね返した。


「何がですか?」

「花子は、いまオイラたちのすぐそばにいる。オイラの力なら父ちゃんたちに花子を見せることも可能だ。深織のばあちゃんよりは花子の霊は力を持っているから、短期間なら会話もできると思うぜ」


 楓林はそう言うと、どこからともなく葉っぱのような団扇を取り出した。

 深織はびっくりしてたずねた。


「楓林くん、それどこから取り出したの?」


 ポケットに入るような大きさではない。


「オイラの霊力で具現化した天狗の道具だぜ。自由自在さ」


 そんなことを深織と楓林が話している間に、優占と和尚は覚悟を決めたらしい。


「わかりました。花子ちゃんと話せるなら私も話したい」

「拙僧も彼女と会えるならば謝りたいと願っている」


 二人の言葉に、楓林うなずいて、団扇を一振りした。

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