2-6 夜な夜なお墓に漂う鬼火
十八時半。
深織は天倶寺の本殿前へやってきた。
楓林と優占は先に来ていたらしく、深織を待っていた。
「あれ、優占さんも来たんですか?」
「楓林の保護者として当然でしょう。丑三つ時ではないにしても、小学三年生を夜に一人で外出させられませんよ。深織さんも十分気をつけてくださいね」
「はーい」
それから、三人はお寺の隣にある墓地へと向かった。
お墓が百基ほど並んだ墓地は、夜に来るとなかなかに恐い。
「たしか、小学生が鬼火を見たって話だっけ?」
「数年前のことよ。天倶小の五年生が、塾帰りに墓石にペイントスプレーでいたずら書きをしようとして、この墓地にやってきたらしいの」
「おい、墓石にいたずら書きって、ろくでもないにもほどがあるだろ。警察に突き出せよ、そんなアホども」
「それは私も同感だけど、とにかく話を続けるわよ。彼らが墓地に入ろうとしたら、赤いろうそくみたいな炎が漂っていたんだって。それで恐くなって逃げ出したそうよ」
「なるほど。さっきのクソ映画くらいありがちな怪談だな」
楓林はうなずきつつ。墓地を眺め回していた。
深織は楓林にたずねた。
「で、どうなの? ここに幽霊はいるの?」
楓林はニヤリと笑った。
「幽霊か……いるぞ」
「え、う、うそ!?」
深織はあわててしまうが、楓林は特に気にしていない様子だ。
「そりゃそうだろ。なにしろ墓地だぜ。墓石の下には遺骨もあるだろうし、まだ成仏していない幽霊がいっぱいいるさ」
「そ、そんな」
深織はギョッとなって震えた。
が、楓林は笑った。
「そんなに怖がることねーよ。ここにいる幽霊は無害だから」
「そうなの? 悪霊が襲ってきたりしない?」
「なんで普通の人間が死んだからって、悪霊になって他人を襲うんだよ。ちょっとこの世に未練があって成仏していないとか、何か心配事があって現世にとどまっているとか、そんなかんじ。アンタのばあちゃんも孫が心配だから守護霊なんてやっているんだし」
「じゃ、じゃあ、悪霊とかは……」
「いないってば。悪霊になるのなんて死んだ人間の何十万人かに一人だよ。それもせいぜい人をおどかすくらいで、襲いかかってくるようなガチで危険な幽霊になるのなんて何千万人かに一人もいない」
「それじゃあ、鬼火っていうのも……」
「それもないと思うぜ。霊感の強い人間も、力の強い幽霊もめったにいないからな。どうせそのバカ五年生たちが罪悪感で何かを見間違えたんだろ?」
鬼火とは力の強い幽霊が、霊感の強い人間に目撃されるものだと楓林は言う。
「じゃ、じゃあ、ここは安全なのね」
「まーな。幽霊を恐れるよりも、蚊に刺されないか心配した方が有意義だよ」
「あ、それは大丈夫。虫除けスプレーしてきたから」
「あっそ」
「でも、見間違えたのだとしても、何を見間違えたのかしら?」
「さあ?」
そんなことを話していると、優占が墓地の反対側を指して言った。
「あそこ、何か光が見えますよ」
「え?」
ギョッとなって深織はそちらに目を向けた。
すると、赤い小さな炎らしき光がゆらゆらと揺れていた。
「ちょ、本当に鬼火!? どうなっているのよ、楓林くん!?」
「さっきまでそんなに強い幽霊はいなかったんだけどなぁ」
「だって、現にっ!」
「いや、でもだな……」
などと言い合っていると、『鬼火』が近づいてきた。
そして、男性の大声が墓地に響いた。
「こりゃぁぁぁ!」
深織は目をつぶってうずくまった。
「ひぃぃ、ごめんなさい! 悪霊退散っ!!」
さらに男の怒声が響く。
「誰が悪霊だ、罰当たりな子どもめ!」
恐怖で目をつぶる深織に優占の落ち着いた声が聞こえた。
「深織さん、大丈夫ですよ。目を開けてください」
「……へ?」
深織はゆっくりと目を開けた。
「和尚さん?」
そこにいたのは天倶寺の和尚だった。その右手にはろうそくを持っていた。
「いたずら目的で侵入する悪ガキどもが増えているが、ついには保護者まで一緒に不法侵入とはな。今度こそ警察に通報するか」
和尚はそう言って、懐からスマホを取り出した。本当に一一〇番するつもりらしい。
さすがに優占があわてた。
「ちょ、ちょっとお待ちください。我々は別に怪しい者では……」
「うん? たしか君は商店街で『天狗の占い屋』などという店を経営している男だろう。十分に怪しいではないか」
「いえ、占いは決して怪しいことではないのですが……」
その後、必死に説明して、具体的に墓に損害を与えたわけでも、そんなつもりもなかったと説得した。
「まあいいだろう。墓参りに来たからといって不法侵入とは言えないしな」
なんとか和尚が警察への通報を思いとどまってくれたところで、深織がたずねた。
「それにしても、こんな夜にお墓で何をしているんですか?」
「その質問は君たちにそっくり返したいが、拙僧がしているのは警備だ。夜になると罰当たりな小中学生が侵入して墓石に悪戯する事件が増えていてな」
「なるほど……でもなんで懐中電灯じゃなくてろうそくなんて使っているんですか?」
いくらお寺やお墓でも、警備目的ならろうそくよりも懐中電灯の方が使いやすいはずだ。
「そりゃあ、いたずらっ子を脅かして追い払うためだ」
楓林が言った。
「つまり、鬼火のふりをして、バカガキたちを脅かしてやろうと」
和尚はうなずいた。
「今時の小学生にそんな手が通じるのかよ?」
「はははっ、これが意外と効果てきめんでな」
「ま、『天倶町七不思議』の一つとして噂になっていたくらいだしな。逆に深織みたいに興味をもって取材しだす新聞部員もいるけど」
「七不思議? なんのことだ」
ここで、深織たちは『天倶町七不思議』についてと、今回やってきた目的を話した。
「いやはや、七不思議とは。そんなことになっているとは面白い。十分な効果があったということか」
ケラケラと楽しげに和尚は笑った。
楓林はあきれ顔だ。
「一番のいたずらっ子は和尚じゃねーか」
楓林のそのつぶやきを和尚は完全に無視した。
楓林はわざとらしくため息をついてから深織に言った。
「ま、七不思議のオチなんてこんなもんってことさ」
言われて深織は大きくため息をついた。
「たしかにね……これじゃあ、記事にできそうもないわね。私、もう帰るわね」
深織は肩を落として、墓地の出口を向いた。
背後から優占の声がした。
「夜ですから気をつけてくださいね」
「ご心配なく」
深織はそう言い残して、墓地から出た。
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