2-5 怪奇現象の映るレンタルビデオ

『天狗の占い屋』に着くと、優占が問題のビデオテープを見せてくれた。

 深織はビデオテープを観察しながら言った。


「これが『怪奇現象の映るレンタルビデオ』ですか」


 ブルーレイやDVDが開発される前に使われていた、VHSという磁気テープを利用した映像記録媒介だ。平成初期までは一般的に使われていたらしい。


「ええ、昨日深織さんがおっしゃっていた『怪奇! 小学校のプールに現れる血みどろの少女』という映画のビデオです」


 深織は楓林に聞いてみた。


「楓林くん、幽霊とか感じる?」

「ぜーんぜん。ただの古いテープだね」

「映像の中に赤いスカートの女の子がぼんやり映るらしいんだけど」

「ふつーのビデオだと思うんだけどなぁ」


 どうやら、楓林はこれもくだらないオチだろうと考えているらしい。

 優占が教えてくれた。


「先に冒頭シーンだけ見てみましたけど、小学生向けのホラードラマ映画みたいですね。ネットで調べたところ、昭和が終わる頃に公開された知る人ぞ知る作品とのことです」

「先に調べておいてくれたんですね。ありがとうございます」

「いえいえ。午前中は占いのお客様もあまり来ませんし」


 一方、楓林が首を捻った。


「それにしても、今時レンタルビデオだのVHSだのって珍しいよな。よく商売が成り立つもんだ」


 たしかに今の時代、家で映画を見るならネットの動画配信が主流だ。DVDやブルーレイならまだしも、こんな磁気テープの記録媒体はすでに骨董品とすらいえる。


「天倶レンタルビデオには、DVD化もネット配信もされていないマニアックで貴重な作品が多数あるんですよ。それで一部の好事家が県外からもわざわざやってくるようですね」

「つまりオタク向けの店ってことか」

「せめてマニア向けと言いなさい」

「へいへい」


 優占もその店の会員証を持っていたということは、映画マニアなのだろうか。


「この『怪奇! 小学校のプールに現れる血みどろの少女』もこの店でレンタルするくらいしか鑑賞方法がない幻の映画らしいですよ」

「それは楽しみですね」


 だが、楓林はつまらなそうに肩をすくめた。


「要するに、ヒットしなかったクソ映画ってことじゃね?」

「ヒットしなかったことは否定しませんが、それがそのまま駄作を意味するとは限りませんよ。宣伝のやり方や、流行を逃したなどの理由で、ヒットしなかった名作映画も多数ありますから」


 それはそのとおりだろう。

 優占は「ですが」と肩をすくめた。


「この作品に関しては冒頭を見た限り、楓林の言うとおり駄作かもしれませんけどね」

「なんだよ、それ」

「論より証拠、さっそく再生してみましょうか。こちらへどうぞ」


 深織と楓林が通されたのは店の奥の小部屋だった。なんでも、占いの客がいない時や、食事をとる時のための休憩室らしい」


「暇つぶしのためにVHSやDVDを再生できるプレーヤーとテレビを設置していますからどうぞごゆっくりご覧ください。今日は占いの予約もありませんしね。テープは巻き戻しておきましたので、冒頭から見られますよ」


 優占はそう言って、VHSテープをセットし再生ボタンを押してくれた。


「ありがとうございます」




 映画の再生が始まって二〇分ほど。

 深織には今のところ赤いスカートの少女は見えない。

 一方、楓林がため息交じりに言った。


「これは……マジでクソ映画じゃね?」

「たしかに。クソって表現はどうかと思うけど、C級映画ね……あんまり面白いとは思えないわ」


 ストーリーは子ども向けのホラー映画にありがちな展開が続いている。

 だが、どうにも全体的に脚本も撮影も下手くそだ。

 少年探偵団を名乗る小学生たちが夜の小学校を探検するという話なのだが、映像も音楽もストーリー展開もダメダメすぎる。


「なんでホラーなのに、BGMがサンバダンスみたいな明るい曲なのよ」

「窓ガラスに撮影用照明が反射しているぞ……」

「っていうか、トイレの鏡にカメラとカメラマンが映ってなかった?」

「これ、本当にプロが撮影したのか? 女性スタッフが一瞬窓ガラスに反射していたぞ」

「ストーリーもひどすぎるわね。王道というよりもホラーのテンプレートまんまじゃない」

「おい、今聞こえた声、子役に対する撮影スタッフの指示だろ」

「ひ、ひどい……普通ならNGでしょ、さすがに」

「ひょっとして、ホラーのふりをしたギャグ作品なんじゃねーか?」

「ツッコミ入れながら実況動画にしたらむしろバズりそう」


 二人の様子を見て、優占が苦笑した。


「映画の評価に関しては私も同感ですが、最近の小学生は容赦がないですね」


 映画が開始四〇分ほど経ったとき、楓林がビデオデッキの停止ボタンを押した。


「なんで止めるのよ? まだ途中じゃない。オシッコしたくなったの?」

「ちげーよ、いつまでもこんなクソ映画を見ていてもしょうがないだろ」

「だって、赤いスカートの女の子が映るか確かめないと……」

「あのなぁ、このビデオには霊なんて取り憑いていないって言っただろ」

「でも……」

「ここまで見ればわかるじゃん。窓ガラスに映った女のスタッフかなにかを幽霊と見間違えただけだろ」


 楓林の推論には、深織もうなずかざるをえなかった。


「そもそも、このビデオを実際に見たなら噂になるべきはそこじゃないし」

「どういうこと?」

「どー考えても、カメラマンや撮影スタッフが映っている爆笑ホラーって方が噂になるに決まってるじゃん」

「たしかにそうかもね」

「つーことで、満足したなら取材は終わりにしようぜ?」


 が、深織としてはここで終わらせる気はない。


「何を言っているのよ。まだ最後の『夜な夜なお墓に漂う鬼火』が残っているじゃない」

「そーだけどさ。どうせそれもくだらないオチが待っているんじゃね?」

「どうかしら? たしかに今までの不思議はアレだったけど、鬼火は現場がお墓よ。幽霊の一匹や二匹いてもおかしくないと思わない?」


 楓林はあきれ顔で言った。


「幽霊を数えるのに、一匹、二匹はねーだろ。罰当たりすぎるぞ。守護霊のばあちゃんにも失礼だろ」

「それはごめんなさい」

「ま、ここまで付き合ったから取材は最後まで手伝うけどさ。その噂って夜なんだろ? まだ外は明るいぞ」

「うーん、たしかに。じゃあ、夜に天倶寺の本殿の前に集合ってことでどう?」

「いいけど、何時なんじにする?」

「そりゃ、お寺の鬼火っていうんだから、丑三つ時かな?」


 ちなみに丑三つ時とは午前二時ごろのことである。

 それを聞いて、優占が「待ちなさい」と言った。


「深織さん、いくらなんでも小学生がそんな深夜に出歩くのは大人として見過ごせません」

「えー、でも……」

「それに、七不思議は本当に丑三つ時のことなんですか?」

「いいえ、塾帰りの小学生が見かけたって話ですから、せいぜい十九時か二十時くらいだと思いますけど」

「なら、十八時半に集合でいいでしょう。夏とはいえその時間になれば太陽も沈みます」


 たしかに真夜中に小学生が外出するわけにもいかない。明日も学校があるし。


「わかりました」


 ちょっぴり不満はありつつも、深織はうなずいた。

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