2-2 七不思議を取材しよう
その日の放課後。
深織は久しぶりに『天狗の占い屋』にいた。
店の中にいるのは深織と楓林だけだ。優占は出張占いの依頼があって出かけているらしい。
楓林があきれ顔で言った。
「で、『天倶町七不思議』とやらを調べたいと」
「まー、そういうことよ」
「アンタさぁ……」
「何よ?」
「もう少しマシなことに時間を使ったら? もうすぐ中学生だろ。そんなガキみたいなことしてないで、勉強しろよ」
「小学三年生に言われたくないわよ!」
「守護霊のばあちゃんも心配しているぞ……」
「え、ウソ? ホントに?」
深織は思わず背後を振り返ってしまった。が、もちろん楓林の力を借りずに深織が祖母の幽霊を見ることはできない。
「だいたい、なんで七不思議を調べるのにウチの店に来たんだよ?」
「そりゃ、七不思議の一つが『天狗の占い屋』だからよ」
「はぁ?」
「『よく当たる占い屋』だって。特に八月から異常な的中率ってむしろ不気味がられているみたいよ」
「あー、そういうこと」
楓林は納得した様子でふぅっと息を吐いた。
「たしかに最近、守護霊からの情報を使いすぎたかなぁ。父ちゃんの話術じゃハズれることも多くて手伝ったんだけど」
深織は「なるほどね」とうなずいた。
「七不思議の一つは本当に心霊現象だってことか。この店について記事にするのはとっくに諦めているけど」
「記事にする気がないなら帰れよ。掃除のジャマだ」
「帰らないわ。ここに来た目的はもう一つあるもの」
「なんだよ、もう一つの目的って」
「楓林くん。七不思議の取材を手伝ってちょうだい」
「なんでそうなるんだよ!?」
「だって、私には幽霊なんて見えないもん。楓林くんの霊感だかなんだかがあれば取材もはかどるでしょ」
深織が『天狗の占い屋』に来た本当の目的はこちらだ。
たとえば女子トイレに出る幽霊だという『トイレの花子さん』を調べるとしても、幽霊の見えない深織だけでは難しい。
だが、幽霊を見ることができる楓林の力を借りれば話は別だろう。
「なんでオイラがそんなことを手伝わなくちゃいけないんだよ!?」
「天狗の末裔の使命?」
「そんな使命ねーよ! どうしてもっていうなら金よこせよ」
「楓林くんってその年でお金、お金って……将来が心配ね」
「礼金もなしに取材に付き合えって平気な顔で言うヤツの将来の方が心配だね」
「ふーん、で、いくらほしいの?」
「そうだな。天狗の力を借りたいなら、最低でも一万円かな?」
楓林はどうせそんなお金なんてないだろうと言わんばかりだ。
「いいわ。一万円ね」
深織は財布を取り出した。
「え、あるの?」
「そのくらいは用意してきたわよ」
最初に『天狗の占い屋』に取材に来たときに、楓林がお金に汚いことくらいわかっている。手伝いを頼むならお金をよこせと言い出すのは想定の範囲内だった。
「一体どこからそんな金を用意したんだよ? まさか、泥棒したんじゃねーだろうな?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。六年生にもなればお年玉でこのくらいはもらえるの」
深織は財布から一万円札を取り出して、楓林の目の前の机にたたきつけるように置いた。
「これで文句はないでしょう?」
かなり痛い出費だが、『天倶町七不思議』の取材のためにはしかたがない。
楓林は「ま、まあ、そういうことなら……」と一万円札を手に取った。
その時、店の扉が開いた。優占が帰ってきたのだ。
深織は優占にぺこりと頭を下げた。
「勝手に失礼しています、優占さん」
「おや、深織さん。七月以来ですね。ようこそ。ところで、そのお金はなんですか?」
「コイツからオイラへの依頼料だよ」
答えながら、楓林は一万円札をポケットにしまおうとした。
しかし優占は「ちょっと待ちなさい」と息子を制した。
「楓林、そのお金のやりとりは見過ごせませんね」
「なんでだよ? 労働の対価ってヤツだろ」
優占は楓林を叱るように言った。
「それ、一万円札ですよね? 万単位のお金を小学生同士でやりとりするなど、保護者として認められません」
楓林がほっぺたを膨らませて、不満そうに「えー」と声を上げた。
「当たり前のことです。楓林だけでなく深織さんもですよ。小学生がご両親の許可なく使って良い金額ではないでしょう?」
「お年玉であって、盗んだお金とかじゃないですよ」
「そうであったとしてもです。いいから、そのお金は深織さんのお財布にしまいなさい」
言われて、深織と楓林はうなずくしかなかった。
だが、それはそれとして、深織には気になることがあった。
「あの、お金の件は私たちが間違っていたと思うんですけど、その顔はどうしたんですか?」
優占の右目付近に、何かにぶつけたような真っ青な痣ができていたのだ。
優占は苦笑しながら説明してくれた。
「ちょっと、やんちゃな大学生に殴られましてね」
その言葉に、深織はあわてた。
「殴られたって、大丈夫なんですか? 病院に行かないと。あと、傷害事件なら警察にも……」
優占は「はははっ」と笑った。
「ご心配には及びません。しょせん素人のパンチです。彼も一発殴って気がすんだでしょうし、
楓林が眉をひそめた。
「やんちゃな大学生って、どこのどいつだよ?」
「本屋の店員さんに頼まれて、出張占いをしていたんですけどね。そしたらそこに依頼人の彼氏さんがやってきて、『俺の彼女をたぶらかすな』と」
そう言って、優占は「いやー、油断しました」とケラケラ笑った。
その笑顔を見る限り、たしかに心配はいらなそうだ。
「それより、深織さんは楓林に何を頼もうとしていたのでしょうか? 占いのご依頼とも思えませんが」
「それは……」
深織は優占に、『天倶町七不思議』の取材を楓林に手伝ってもらいたいことと、伊都子から聞いた七不思議の具体的な内容を説明した。
「なるほど……そういうことですか」
優占は少し首をかしげて考えた。
「わかりました。楓林に手伝わせましょう。もちろん、お金はいりませんよ」
楓林が「はぁ!?」と声を上げた。
「なんだよそれ! なんでオイラがタダ働きをしないといけないんだよ!」
「それはもちろん、天狗の末裔の使命です」
「ざけんなっ! そんな使命ねーって言ってるだろ!」
叫んだ楓林を、優占が目を細めて言った
「これは命令です。それとも、元いた場所に帰りますか?」
「なっ……そ、それは……」
「心配しなくとも、ちゃんと深織さんのお手伝いをしたら、私がお小遣いをあげますよ。そうすればタダ働きにはならないでしょう?」
優占がそう言ってニッコリ笑うと、楓林は舌打ちして「わかったよ」と返事した。
「付き合えばいいんだろ、付き合えば!」
その返事を聞いて、優占は深織に言った。
「深織さん、そういうことで楓林に手伝わせます。ただし、今日のところは占い屋のお手伝いもありますので、楓林をお貸しできるのは明日からになりますが」
「それはかまいませんけど」
それよりも、さっきの会話の中にはどうにも気になる点があった。
「楓林くんが元いた場所ってどこですか?」
「彼の母親の故郷ですよ」
「はぁ……つまり優占さんの奥さんの生まれたところですか」
「いえ。私と彼の母親は結婚していませんから」
その言葉に深織はあわててしまった。
楓林が生まれた後に離婚したのだろうか。
いや、今の言い方はそもそも結婚しなかったようにも聞こえた。
いずれにしてもちょっぴりデリケートな話題だったようだ。
「ごめんなさい。私ってば
「かまいませんよ。明日は楓林をよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
深織がペコリと頭を下げて、その日の話し合いは終わりとなった。
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