1-6 本当に当たる天狗の占い
深織は楓林にたずねた。
「へー、楓林くんも占い師なの?」
「さあね」
楓林は挑戦的な笑みを浮かべて続けた。
「アンタの父親は
深織は目を見開いた。
楓林の言ったことが正解だったからだ。
「まだまだいくぞ。アンタは三人兄弟の末っ子。兄は……ふーん、
深織は自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
(なんなの、この子?)
楓林はさらに続けた。
「父方の祖父母は健在だけど、母方の祖母は五年前の正月に亡くなった。死因は餅を喉に詰まらせての窒息死と。大雪のせいで救急車が間に合わなかったんだな」
次々に深織の情報を言い当てる楓林に、優占が鋭く言った。
「楓林、やめなさい」
だが、楓林は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「いいじゃん。真実が知りたなら教えてやろうぜ」
そう言って、楓林はさらに続けた。
「二年前のお盆に父方の田舎で花火大会の見物中に田んぼに落ちて泥だらけになったんだな。なっさけねーな」
深織は息をのんだ。
楓林の言っていることが、全部事実だったからだ。
「もっと恥ずかしい秘密を言ってやろうか? 三年生の冬までオネショが治らなかったのか。それに……」
深織はそこまで聞いて、楓林の言葉を遮って怒鳴った。
「なんでよ!?」
「うん?」
「なんで、楓林くんがそんなことを知っているのよ!?」
「だから、占いだよ」
「そんなわけがない!」
「へー、じゃあアンタの言うバーナム効果とやらで、こういうことも分かるのか?」
「それは……」
深織は口ごもった。
考えるまでもなく不可能だ。
こんな具体的な事柄を言い当てることはできない。バーナム効果は『誰にでも当てはまる曖昧な話』をするのが基本なのだから。
「こんなことありえない……そうよ、事前に調査しておけば全部分かることじゃない!」
両親の職業も、祖母の死も別に隠し立てしていない。伊都子などの友達には話したこともある。
田んぼに落ちた件も目撃者はいた。
オネショ癖についてはさすがに他人に話した覚えはないが、当時心配した母親に子どもの夜尿症を治療する病院に連れて行かれたし、誰かがそれを目撃していてもおかしくない。
だが、楓林は小馬鹿にしたように笑った。
「事前に調査? オイラがアンタのことを? なんで?」
そのとおりだった。
今日、この店を取材しようと考えたのはほんの二時間前。
楓林はそんなことを知らなかったはずだし、たった二時間でこんな詳細な調査なんてできるはずもない。
それでも深織は言い返した。
「調査しなくても、きっと学校内の噂とかで……」
だが、楓林はあきれた表情で両手をふった。
「ふーん、じゃあ噂になっているわけもないことを当ててやるよ。昨日の夕食はハンバーグでご飯を四杯もおかわりした。だけど布団に入る直前にお腹がすいて、親の目を盗んでこっそり塩おにぎりを作って食べた。寝る前に米を食うと太るぞ」
深織の顔が今度こそ引きつった。
いくらなんでも昨日の夕食の献立や、寝る前におにぎりを作って食べたことなんて、どうあがいても楓林に調べられるわけがない。
「な、なんなのよ?」
「うん?」
「あなたは一体なんなのよ?」
深織には目の前の生意気な三年生が、とても不気味な存在に思えてきた。
楓林は「ケケッ」と笑った。
「だから、占いだよ」
「そんなわけない! いくらなんでも、こんな……」
恐怖すら覚えて全身が震えた。立っていられず、気がつくと深織は再び椅子に座っていた。
そんな深織の様子を見て、優占が「大丈夫ですか?」とやさしく声をかけてくれた。さらに優占は楓林を叱った。
「楓林、いい加減にしなさい。その力はむやみに他人に知らしめるモノではありません。こちらに来るとき、そういう条件だったはずですよ?」
「へーんだ、それは父ちゃんと母ちゃんが勝手に決めたことだろ? オイラには関係ねー。今だって父ちゃんを助けてやっただけじゃん」
優占は頭痛がするとばかりに頭を抱えた。
「あのですねぇ……」
一方、深織は混乱していた。
(どういうこと? これは一体何? ここまで具体的なことを当てまくるなんて、バーナム効果でも占いでもない。事前調査をしても無理よ。何か秘密があるはず……)
楓林は深織に言った。
「ま、こんなもんさ。アンタの追求している真実なんて、世の中の一面でしかない。もっともっと摩訶不思議な世界もあるんだよ」
「摩訶不思議……それがこの占いだっていうの?」
「そうだよ、よく当たる天狗の占いさ。ぜひとも真実を報道してくれよ、新聞部の部長さん。なんならアンタのオネショ癖も一緒にな」
楓林はそう言ってケラケラと笑った。
(一体どうなっているの?)
それまで深織が信じていた世界観が崩れていく。
深織は自分を落ち着かせるために声に出して考えた。
「違う、こんなの占いのわけがない。そうよ、おかしいわ。もしもここまで的中する占いができるっていうなら、最初からあんな下手くそなバーナム効果なんて使う必要がないじゃない。もっと何か別の……そう、占いとは別の……力……」
そこでハッとなった。
さっき優占は楓林にこう言ったはずだ。
『その力はむやみに他人に知らしめるモノではありません』
そうだ、楓林は何か特殊な能力を持っている。バーナム効果などではない。もっと別の力だ。
(占い? 違う、そうじゃない。これはそんなものじゃない)
他人に知られてはならない能力。
「……まさか、超能力……サイコメトリー?」
サイコメトリーとは人や物体に残る残留思念を読み取る超能力のことだ。
もちろん、非科学的な力。コミックやアニメなどのフィクション世界でのみ存在が許されるはずの能力だ。
それでも、そんな言葉が思いついてしまうほど、楓林の能力はありえなかった。
「はははっ、アンタ超能力なんて信じているの?」
「信じていないわよ! でも、こんなの……」
「ま、たしかに普通の人間から見れば超能力かもな。アンタが想像しているのとは違うと思うけど。いいか、オイラは……」
その楓林の言葉を、今度こそ優占が強く遮った。
「楓林!」
だが、楓林は優占に言う。
「いいじゃん、知られたって。ただの小学生のコイツにはどうにもできないよ」
「ですが……」
楓林はニヤっと笑って深織に言った。
「オイラは天狗の末裔なんだよ」
深織はもう、何も言えなかった。
(天狗の末裔? この子は何を言っているの?)
困惑する深織をよそに、楓林はさらに続けた。
「ああ、言っておくけど父ちゃんは普通の人間だよ。天狗の血を引いているのはオイラの母ちゃんの方だ」
楓林の説明によれば、江戸時代中期に、人間に化けた天狗の男と人間の女が恋に落ちて結婚し、出産もした。
だが、それは天狗の掟に反することで、天狗の男は人間の女とその子どもの前から姿を消した。
楓林やその母親は天狗と人間の間に生まれた子どもの子孫。そんな話だ。
とても信じられる話ではない。
たしかに楓林の能力はありえない。
(それにしたって、天狗の末裔って……)
どこの昔話だという感想しか、深織には浮かばなかった。
「その顔、信じていないな?」
「当たり前でしょ!」
「なら、もっとすごいモノを見せてやろうか」
楓林はそう言って、右手に持った葉っぱのような団扇を深織に向け扇いだ。
深織の後方へ、暖かな風が吹く。
楓林が深織に言った。
「どうだい?」
「どうって……そりゃ、団扇で扇げば風は吹くでしょう」
それが天狗の力などと言われても困る。
だが、楓林はバカにした笑みを崩さなかった。
「そうじゃなくて、後ろを振り返ってみろよ。懐かしい人が見えるぜ」
言われて、深織は振り返った。
そこにいたのは……
「お、おばあちゃん」
深織の亡くなった祖母が立っていた。
いや、正しく表現するならば、半透明な祖母が浮かんでいたというべきだろう。
「ゆ、幽霊!?」
深織はあまりの驚愕と恐怖に、バランスを崩して椅子から転げ落ちた。
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