1-4 天狗の占い屋

『天狗の占い屋』の内装は、はっきりいえばちゃっちかった。

 たしかに謎の中国語っぽい漢字が書くかれた布とか、机の上の水晶玉とか、お香の匂いとか、占いっぽい雰囲気はある。

 だが、どれもこれも安物にしか見えなかった。

 壁に引っかけられた天狗のお面が一番まともなインテリアに思えるくらいだ。


 イケメン占い師にキュンキュンしていた深織だが、ちゃっちい設備を見ているうちに少しずつ冷静なジャーナリストとしての頭に戻ってきた。


「水晶玉占いなんですか?」

「ははは。『天狗の占い屋』というのはあくまでも宣伝文句です。水晶玉占いだけでなく、タロット占い、手相占い、姓名判断、四柱推命など、様々行っています。もうすぐ夜ですし、星占いも可能ですよ。これでも古今東西様々な占いを極めていると自負しています」

「へー、すごいですね」


 一応そう言いながらも、深織は心の中で別のことを考えていた。


(やっぱり怪しいわね)


 いろいろな占いができると聞けば(すごいなぁ)と感じる人もいるだろう。だが、逆にいえば『広く浅く』でしかない。

 深織は占いなんて信じていないが、世界史や日本史上、各種占いにはそれぞれ長い歴史があるという知識を持っている。一つの占いを学ぶだけでもそう簡単ではないはずだ。

 まだ三十代前半であろう優占が、そうそういくつもの占いを極められるわけもない。


 楓林が不当な労働をさせられているのではないかという疑惑は空振りだったが、ご近所の女性をだます占い師を告発という記事も面白そうだ。

 児童が怪しい占い師にだまされないように呼びかけるなら、天小新聞に載せることもできるかもしれない。

 そんなことを考えていると、優占が言った。


「そちらの椅子に座っていただけますか?」

「はい」


 深織はうなずいて腰掛けた。

 優占も深織の正面の椅子に座った。

 深織はまず軽いジャブのつもりでたずねてみることにした。


「女性とこういう個室で二人っきりになるのって、あんまりいいことじゃないと思うんですけど」


 伊都子が『天狗の占い屋』は近所の女性たちに人気だと言っていた。


「おっしゃるとおりですね。それもあって、あのとおり楓林に手伝ってもらっているんですよ」


 言われてお店の入り口の方を見ると、楓林が一緒に入ってきていた。


「もちろん彼も男の子ですから、それでも嫌と言う方もいます。その場合は無理にお勧めはしませんよ。少なくとも五月に開店してから今日までその手のトラブルは一切起きていません」

「『その手のトラブル』ということは、他のトラブルは起きているんですか?」

「ははは。やはり深織さんは賢いですね。ですがそれはちょっと言葉の裏を読みすぎです」


 そう笑ってから、優占は「ふむ」とうなずいた。


「今日は基本の水晶玉占いをしてみましょうか」


 たしかに占ってもらわないことには話が先に進まない。


「わかりました。お願いします」

「具体的に何を占いますか?」

「そうですね……」


 特に考えていなかった。


(ま、それこそ基本でいいか)


「友人関係についてお願いできますか?」

「何かお悩みでも?」

「具体的に何ってわけじゃないですけどね」

「なるほどなるほど。では深織さんの魂とご友人関係一般について占ってみましょう」


 優占は水晶玉に手をかざして、何ごとか聞き取れないくらい小さな声でブツブツと念じはじめた。

 数分後、「ふむ」とうなずいた。


「なるほどなるほど……」

「何かわかりましたか?」

「深織さんの魂の色が見えました。力強く透き通った青い炎です」

「青い炎?」

「はい。青は誠実の色。真実を追求する正義の色です。正義と真実を大切にする信念に生きる方ですね」


 たしかに深織は正義と真実のジャーナリストを目指している。だがしかし、これは……


「その真実を追求する姿勢は孤高の強さでもあります。ときにはご友人に理解されずにくやしい思いをすることもあるでしょう。最近もお友達に理解してもらえず悔しい思いをしたことはありませんか?」

「たしかに、さっき新聞部の副部長に取材よりも塾を優先されて悔しかったですけど」


 優占は「うんうん」と大きくうなずいた。


「そうでしょう、そうでしょう。ですが、心配はいりません。あなたの正義は時に周囲に誤解をうむ、いずれ誰もがその本質に惹かれるときが来ます。副部長さんも本当はあなたのことを尊敬しているでしょう」


 そこで、優占はジッと深織の顔を見つめた。


「他の人たちも、あなたの真実と正義を追求する姿に好感を覚えるはずです。全く心配はいりませんよ。少なくとも、私はあなたを尊敬します。いつでもご相談に来てくださいね」


 ニッコリはにかむ優占を見て、深織は思った。


(たしかに、コロッケ屋のおばちゃんが惹かれるのはわかるわね)


 だが……


「これで終わりですか?」


 そうたずねた深織に、優占が小首をかしげた。


「今日はあくまでもお試しですし。どうですか? 当たっていましたか?」


 なるほどと深織は納得した。そしてうなずく。


「たしかに当たっていました。私は真実と正義を追求するジャーナリストになりたいと思っています。そのことを伊都子ちゃん――新聞部の副部長だけでなく友人たちに理解してもらえないと感じてもいました」


 すると、優占は「そうでしょうそうでしょう」と何度もうなずいた。

 それを確認して、深織はニッコリ笑って言った。


「典型的なバーナム効果ね」

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