1-3 ちびっ子天狗登場!?
『天狗の占い屋』は商店街の外れにある古びたビルにあった。
(このビルの地下ね)
薄暗い雑居ビルだ。階段の蛍光灯が一本切れているし、廊下の掃除も行き届いていない。一階は飲み屋さんで、二階より上は入居者募集中らしい。
伊都子と二人ならまだしも、一人でこんな雑居ビルに立ち入るのはさすがに恐い。
さすがの深織のジャーナリスト魂もちょっぴりくだけそうだ。
伊都子がダメならマリを呼ぼうかとも一瞬考えたが、さすがに小学四年生をこの時間に付き合わせるのはまずいだろう。
(ええい! ここは度胸よ深織! ジャーナリストは常に自ら危険に飛び込む覚悟で真実を追求するのよ!)
深織はお腹に力を込めて深呼吸してから、ビルの階段を降りて地下一階へと向かった。
階段を踏みしめるたびにギィギィイと音が鳴る。自分の足音が、なぜだか恐怖心をあおった。
地下の廊下は、地上以上に薄暗かった。蛍光灯の半分近くが消えているし、太陽光も届かないからだろう。
そして、そこにいたのは……
「うん? お客さん?」
ボーイソプラノでそう言った一人の少年。その姿は……
「て、天狗ぅ!?」
思わず深織は悲鳴をあげてしまった。
少年は赤い顔から鼻がのびている天狗だった。
服装は黒い和服姿に下駄。右手には葉っぱのような形の
背丈は下駄を含めても深織よりも低い。
(まさか、ここは本当の天狗がやっている『占い屋』なの!?)
深織は腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
「なんだ? いきなり廊下に座って」
天狗の少年がトコトコと近づいてきた。
「い、いや、来ないで」
「来ないでって言われてもさぁ。店の前で座り込まれても困るんだけど」
「て、天狗はいやぁ、悪霊退散!」
「はぁ? あ、ひょっとしてこれがお面だって気づいてないとか?」
天狗の少年はケラケラ笑ってから、顔をひょいっと持ち上げた。
いや、違う。
「え、お面?」
「当たり前だろ。本物の天狗だとしてもこんな極端に真っ赤な顔してねーよ。あと天狗は悪霊じゃないぞ」
あざけるように笑って、彼はお面を外した。その下から出てきたのは人間の顔。
まだ幼いが将来は美形になりそうなかわいい男の子だった。
これは恥ずかしい。
美織はちょっと顔を赤らめつつ立ち上がった。
「えーっと、ひょっとして神保楓林くん?」
「そうだよ。オイラに何か用事? 新道深織さん」
そう言われて深織はギョッとなった。
「なんで私の名前を知っているのよ? 占いってそんなことまでわかるの!?」
「いや、だってアンタって学校内では有名人だし。新聞部の部長でしょ?」
有名人と言われ、深織はちょっと照れた。
「そ、そうかな? 私もジャーナリストとして少しは有名に……」
が、楓林は「ばっかじゃねーの」と切り捨てた。
「教頭がカツラだとかいう噂を真に受けて髪を思いっきりひっぱったんだろ? 大騒ぎしたあげく、めちゃくちゃ怒られていたじゃん。全校児童の笑い者だったぜ」
楓林の言葉に深織は顔を引きつらせた。たしかにあの一件は学校中で有名な事件になっていた。そう考えれば楓林が深織のことを知っているのも当然だった。
「う、うるさいわね! 私は真実の報道のために……」
「それで教頭のカツラ疑惑? くっそくだらねぇネットのゴシップ記事かよ」
伊都子にさんざん部室で言われたことを、今度は三年生のお子様にまで言われて、もはや深織は「ううぅ」とうなるしかできない。
「だいたいさぁ、こんなお面を見て『本物の天狗だぁー』って腰を抜かすヤツに『真実の報道』なんて無理だと思うけど?」
生意気な正論をちびっ子にぶつけられて、深織は「くきぃぃぃ」と叫んだ。
「そんなことを言うなら、蛍光灯をなおしなさいよ! こんなに暗かったら誤解もするわ」
とは言ったものの、薄暗い中でもよく見ればお面だというのは一目瞭然だっただろう。深織の恐怖心が判断力を鈍らせたのだ。
「蛍光灯を取り替えるのはビルの管理会社の仕事。何度か連絡しているけど、対応が遅いんだよなぁ」
「だいたい、なんで天狗のお面なんてつけているのよ?」
「そりゃあ、ここが『天狗の占い屋』だからだよ」
「答えになってないわ」
「要するに、演出」
「はぁ?」
「オイラは『天狗の占い屋』のマスコットキャラなの。ご当地ゆるキャラみたいなもんだよ」
「それはちょっと、全国のご当地ゆるキャラたちに謝った方がいいと思うわよ」
「ま、オイラもこんなお面のハッタリ意味ないと思うし、お客さん案内した後はいつも脱いじゃうけど」
そんな話をしていると天狗の占い屋と書かれた看板の横にある扉が開く音がした。
出てきたのは神社の神主さんのような格好をした男だ。
(マジでイケメンじゃん!)
おそらく、年齢は三十代前半だろう。
あまり美形には興味がない深織でも、一瞬胸がキュンっとなってしまうくらいカッコイイ青年だった。
男は楓林と深織を見て言った。
「楓林、お仕事中に何を騒いでいるんですか?」
顔だけでなく、声もきれいだ。深織の胸の高鳴りが、キュンからキュンキュンにランクアップした。
(って、違うでしょ! イケメンに胸を高鳴らせている場合じゃないわ! 私は取材に来たのよ!)
深織は取材ノートとシャープペンシルを鞄から取り出して言った。
「あなたがこのお店の占い師さんですか?」
「ええ、そうですけど」
「私、新道深織という記者です。少し取材をさせてください」
占い師はちょっと首をかしげた。
「記者とおっしゃいましても……あなた小学生か中学生ですよね?」
横から楓林が補足した。
「そいつ、小学校の新聞部の部長だよ。ほら、話したじゃん。教頭の髪の毛をひっぱって土下座謝罪させられたアホ女」
さすがに下級生に『アホ女』と言われては深織も腹が立つ。
「土下座まではしてないわよ!」
「むしろ土下座くらいするべきだろ」
たしかに教頭の髪をひっぱった一件は深織の落ち度かもしれない。しかし副部長の伊都子にならともかく、三年生のちびっ子にここまで言われる筋合いはない。
深織はさらに言い返そうとしたが、その前に占い師が楓林を叱った。
「楓林、お客様に失礼ですよ」
「客って言ったって小学生だぜ。
「そういう問題ではありません。年上の人への礼儀を知りなさいと言っています」
「年上への礼儀なら、教頭の髪をひっぱるような非常識女に言えよ」
小学三年生にしてはそうとう口達者のようだ。
深織の我慢も限界に近い。
「楓林くん、私もさすがに怒るわよ!」
「おーこわ。じゃあ聞くけど、アンタいくら払える?」
「は? いくらって、ええ?」
「だーかーら、取材したいなら、取材料金を払うのが当然だろ」
いきなりのお金をよこせ宣言に、深織は面食らってしまった。
たしかにお店を取材するなら取材料金というのは間違ってはいないかもしれないが……今の深織の財布をひっくり返しても五〇〇円もない。
「い、いや、その、えーっと……」
「ほら見ろ。しょせん小学校新聞。取材費なんてねーんだろ?」
「う、ううぅ」
「金がないヤツに用はねーんだよ。かーえーれ!」
深織は「くがぁぁぁ」と叫んで頭を抱えた。
たしかに楓林が言っていることはある意味で正論かもしれない。
しかし、正論だからこそムカつくということもある。
(とはいえ、取材費はないし……)
深織はしかたなく、最低限の質問だけすることにした。
「じゃあ、占い師さん。これだけ答えてください!」
「なんでしょうか?」
「小学三年生をお店で雇うことについてどう思っているんですか?」
もともと深織がここに来たのはその件について取材するためだ。
占い師は「なるほど」とうなずいた。
「楓林が違法な労働をさせられているのではないかと思われたんですね。この子をご心配いただきありがとうございます」
「お礼なんていいから答えてください!」
「そうですねぇ。どう説明したものか……まず、自己紹介をいたしましょう。私の名前は神保
占い師――優占はそう言って慇懃に頭を下げた。
「はあ、それはご丁寧に……って、神保?」
「はい。楓林は私の息子です。学業や健康に支障のない範囲で、父親の仕事のお手伝いをしてもらっています。これで回答になっていますか?」
深織はぐうの音も出なかった。
たしかに楓林と優占の顔だちはよく似ていた。親子というのは嘘ではなさそうだ。
そして、父親の仕事を子どもが手伝うのは違法な児童労働とはいえない。八百屋さんの子どもに親が店番を任せても法律違反にはならないのと同じだ。
「えーっと、そうなんですか……」
さすがに深織も顔を引きつらせるしかない。
(伊都子ちゃんってば、なんでそういう肝心なところは知らないのよ!)
思わずそんなことを思ってしまう深織だが、すぐに自分のバカかさに気づいてしまった。
(伊都子ちゃんのせいじゃないか。商店街で取材した時点で気づくべきだったわね)
占い師も楓林も美形だという情報はあった。
そもそも本当に不法な児童労働が行われているなら、コロッケ屋のおばちゃんだってあんな風にのんきに話をしなかっただろう。
つまり完全に深織の事前調査と考察不足だった。悪いのは伊都子ではなく深織自身だ。
そこまで考えて、深織は「ううぅ」と落ち込んでしまった。
「今度こそスクープだと思ったのにぃ」
そう嘆く深織に、優占がニッコリ笑って提案した。
「スクープですか。それなら、私の占いを体験取材してみますか?」
「占い……ですか」
「ええ、『よく当たる占い師を発見』みたいな記事にしていただければ助かります。特別に料金は無料にしましょう。今日は一時間後まで予約もありませんし」
深織は考えた。
(たしかにアリかもね)
児童の父親が経営しているお店ならばギリギリ学校関連のニュースといえなくもない。
「わかりました。でもおべっか記事は書きませんよ。ダメ占いと思ったら、本当にそう書きますから」
その深織の言葉に、楓林が「おいっ!」とツッコんだが深織は言い返した。
「私は真実を追求するジャーナリストなのよ。どっかの動画配信者みたいな企業案件なんて受け付けてないの!」
優占がニッコリ笑った。
「もちろんかまいませんとも。あなたのような一途に真実を追求して伝えようとする記者は尊敬に値します。ぜひ
その笑顔を見て、深織はポっと赤くなってしまった。
イケメンというだけではない。小学生の深織を子どもとしてではなく、一人の人間として、さらには一人前の記者として認めてくれた。
それは深織がずっと憧れていたことだ。
胸の高鳴りが抑えられない深織を、優占はお店の中へと案内した。
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