第9話 大団円
ママが清水刑事と話をしている時、開店時間でもないのに、また誰かが表の扉を叩く音がした。ママが出てみると、そこには辰巳刑事がいたのだ。
「あら、いらっしゃい。お二人はここで待ち合わせでもしていらしたの?」
と、若い辰巳刑事に半分皮肉交じりでニコニコしながら、ママは言った。
「いえ、清水刑事がおられるとは思っていませんでしたが、よかったら、私もお話を聞かせてもらいたいものですね」
と、辰巳刑事は言った。
「そうだね、辰巳君も探偵小説をよく読んでいたということだから、ママさんとは論議を戦わせることができるかも知れない。どうも私は本当の刑事畑の人間なので、なかなかママさんの発想についていくのは、難しいかも知れないですね」
と、これも若干、棘のあるような言い方をした清水刑事であった。
そこで、ママの今の意見を説明したところで、辰巳刑事は考え込んでいた。
「なるほど、その発想はすごいと思います。では、ママさんはこの犯人を素晴らしく頭のいい人間だと思っておられるようですね?」
「そうですね、下手をすると、犯罪捜査というもので、常識と思われていることをいくつか覆す何かがあるのかも知れないと私は思っています。それがどこから来るのかを考えてみたいと思うんですが、今感じている一つの間隔は、『この事件には、共犯者がいなければ、成立しない』ということですね。少なくとも、彼女をどこかから運び込んだかのような映像が防犯カメラに残っていて、そこに三人が映っている。それが殺人を立証したのだから、ここにも何か作為があると思いませんか?」
「そうですね。どうしてそんな厄介なことをしたかということですよね。そんな小細工をするからバレるんですよね」
と清水刑事がいうと、辰巳刑事が何かを言いたげだったが、それを制したのがママだった。
「私が言いたかったのは、そこじゃないんです。あの映像に写っていたのは、何も作為が感じられない行為だとすれば、これほど計画性のない犯罪もない。しかし共犯者が存在するということは、それだけたくさんの人の意見があったということですよね。複数いれば、全員が全員こんなひどい計画に加担するとは思えない。一人くらいは、頭のいい人だっているでしょう。それなのに、ここまでひどいというのは、私には解せないんですよ。少なくとも主犯がいるはずです。その人がどこまで考えていたかということなんですが、少なくとも犯罪事件において、共犯者を一人でも多く持つということは、犯人にとっては、大きなリスクを背負うことになるんですよ。そもそも共犯者の存在は、一人では実現できない犯罪を行う場合と、もう一つは、実行犯を別に立てることで、真犯人のアリバイを作ることにあるんですよ。前者はこの事件に当て嵌まる気がしますが、後者は考えにくいですよね。なぜならアリバイ工作というのは、自分が疑われている場合にアリバイを作っておくためのものですから、今の時点で容疑者が絞り切れていないことから、それも考えにくいですよね」
とママがいうと、今度は辰巳刑事が付け加えた。
「その通りだと思います。そもそも自殺に見せかけようとしての行動であれば、そちらに一番の注意を払うはずなのに、自分たちのミスなのかどうなのか、怪しいことが多いため、犯罪事件だということが判明した。きっとそこで、この共犯者の存在が本当であればリスクに繋がるであろうことを、いかにして彼らに有利に展開させるか、つまりは、こちらを欺けるかということが考えられますね。ママさんの言う通り、彼らが実は頭がよくて、ちゃんとした殺人計画を元に進めたのだとすれば、すごいです。私が網一つ考えたのは、『時間稼ぎ』です。彼らにとって、犯行のすべてはその日に終わっているのではないかと思うです。最初は自殺と思わせておいても、最終的にはバレる。それを見越したのは、少しでも殺人であるということが後ろにずれればずれるほど、彼らにとって何か都合がいいのかも知れませんね。たとえば、共犯者を高跳びさせるとか、まったく別のこの事件には関係のない人として、彼らに対しても、すべてが終わったことだということで、安心感を与えるという目的もあったかも知れません」
と言った。
「確かにそうだね。犯罪事件において共犯者の存在は犯人にとってあまり得なものではない。先ほど言ったアリバイや、犯行のためにやむ負えないという理由以外には、共犯を持つ意味はないわけです。しかし、共犯を作ってしまうと、事件に巻き込んだ手前、口を封じる必要がある。まさか、全員殺してしまうわけにもいかないでしょうが、ずっと気になってこれから先も生きて行かなければいけない。そんな状態に耐えられるかということですよね」
と清水刑事は言った。
「これは私の突飛でしかない発想なんですが、かおりちゃんが殺されたというのは、本当に犯人にとっての最終目的だったのでしょうか? あまりにもずさんすぎるように見えるのは、本当の目的ではなく、何か突発的な事故でも起こって、それをごまかすために行われたのだとすれば、分かる気がするんです。それが何なのかはよく分かりませんが、やはりかおりちゃんが事件の中心にいるのは間違いのないことではないかと思うんですよね」
と、ママがいうと、清水刑事と辰巳刑事は顔を見合わせた。
清水刑事はまったく予期していなかった発想だったので、純粋に驚いている。しかし、辰巳刑事は、かなり薄いところではあるが、自分の考え方の中にいたのは確かだった。
「ママさんは、本当に奇抜なことを思い浮かべるのが得意なようですね。私もそれは少し考えていました。ただ、いかにも探偵小説の読みすぎのような発想を口にするのは刑事としてというか、どうも確証がないだけにできなかったんです。それをママさんの口から聞けたことは、私にとっても目からウロコが落ちたような感覚なんですよ。そういう意味で私はママさんに脱帽もしますし、尊敬の念も抱きます。だけど、肝心の真実には、まだ遠い気がするんです、それでも、的は捉えているのは間違いないと思うんですよ。でも、的を射るまでには至っていない。そのためには証拠、いわゆる確証が必要なんです。何と言ってもまだ、犯人の検討すらついてはいない状況での推理にすぎませんからね」
と辰巳刑事は言った。
「とにかく今のママのお話を大いなる参考とさせていただいて、こちらももう少し考えてみるようにします。今日は貴重なお話ありがとうございました」
と言って、清水刑事がママからの話を宿題のような気持ちで話をここで引き取ると、いよいよママの方もそろそろお店の開店時間が迫ってきたことで、現実に引き戻されたような感じだった。
二人の刑事は、そのまま署に戻って、さっきの話を門倉刑事に話した。それを聞いた門倉刑事は、
「おもしろいね。実におもしろい。まるで私が鎌倉探偵と話をしている時のあの感覚を君たちも味わったということだね?」
というではないか。
鎌倉探偵というのは、門倉刑事がもっとも尊敬する探偵さんで、元は作家をしていたという変わり種だが、門倉刑事とは旧知の中で、今までにも数々の難事件を解決してこられたという署では伝説的な探偵となっていた。
「今の二人の話を聞いて、私も考えたんだけど、いろいろな推理が出てくるわりには、真犯人が誰なのかということが浮き彫りにされてきていないよね。普通だったら、犯人の特定を急ぎ、そしてその人物を犯人だとした時に、何か矛盾がないかを考え、そして矛盾のない状態から、初めて事件の全貌を犯人の立場から組み立てていくというのが、あらかたの犯罪捜査ではないかと思っているんだけど、どうもそっちの方向にはなっていない。これは先ほどの話にあったように、最初は自殺だったということから、急に犯罪事件に変わったことで、調子を狂わされているからではないかと思えてくるよね。それを思うと、僕はこの事件の真相を、どのように組み立てていくのかが、客観的に見ると楽しみなんだよ。誰が犯人なのか、犯人を限定して、減算法で真相を見抜くか、それとも真相を見つけてそこから犯人をあぶり出す形にして。加算法での捜査を行うか、普通は加算法の後者のやりかたをすることはない。だが、今回の犯罪は、まわりからどうも固まって行っているよね? それがある意味怖い面でもあるんだ」
と門倉刑事は言った。
「ということは、門倉さんは、今の状況自体が、犯人の作り出した罠にかかっているとでもいうんでしょうか? 真相を看破したとしても、そこから真犯人をあぶり出すことはできないだろうとでも犯人が考えているとでも?」
と清水刑事がいうと、
「そこまでは言っていないが、そんな可能性だってないわけではない。犯罪捜査にはあらゆる方面から当たることができるのではないかというのが私の自論なのだが、果たしてどこまでできるのか、次第に減算法に入っているのも確かなんだよ」
と門倉刑事は言った。
「似たようなお話を、一度鎌倉さんから伺ったことがありました。あれは、別の事件が解決して、本当であれば、ホッとするところなんでしょうが、どうも鎌倉さんが元気のないことに気付いたんです、その時話したことで、『捜査の限界』ということを言っていました。まさに、さっきの話に出てきた、真相に近づけば近づくほど真犯人が分からなくなることがあるんじゃないかなどというようなお話だったような気がします」
と清水刑事は言ったが、どうやらこの話は門倉刑事は初耳だったようだ。
どうしてこの話を旧知の中である門倉刑事にしなかったのか、門倉刑事は、鎌倉探偵の心境を、
「私に対しての配慮」
だと感じるようになった。
門倉刑事に余計な気を回させたくないという思いと、いくら事件が解決してホッとしているとはいえ、ホッとしているところだけに、テンションを下げるようなマネはしたくなかったというのが本音かも知れない。
「こういう事件で、容疑者を絞って、その中で一人一人を真犯人だと思って辻褄を合わせる考えをするというのは、どうなんでしょうね?」
と辰巳刑事は言った。
この考えは普通であれば、タブーなのかも知れない。まず、全員を犯人だと考えたとしても、捜査員一人一人に自分の中の真犯人がいて、その人間を贔屓目に見てしまうからだった。
だが、実際には今回の事件のように、絞りきることがなかなかできないでいると、そこに彼らの作為が考えられ、そもそもの多くの疑問点が邪魔をするのだ。そう考えれば間抜けに思えたこの犯罪も、やはり最初から入念に計算されて計画された犯罪であるのではないかと思うと、考えがなかなかまとまらない気がして、苛立ちすら感じるほどであった。
「でもですね。ここまで事実として分かっていることよりも、ママさんや辰巳刑事が推理したことが結構表に出てきていると思うんです。その発想は私は素晴らしいと思うし、その発想から推理することは間違っていないと思うんです。一種の今までの犯罪捜査のタブーを破る犯罪という意味で、ひょんなところから、真犯人が浮き彫りにされてきそうに思うんです。それは犯人が考えたことが勝手に一人歩きすることになるんでしょうが、そもそもそれは彼らが仕掛けたこと。我々は精神的に彼らの挑戦にうっかり乗ってしまわないようにしなければいけないんじゃないでしょうか?」
と清水刑事は言った。
「もちろん、これが稀代の犯罪者が計画したという前提の下ではあるが、状況証拠も物証も、今はそう思わないわけにはいかないものだよね。きっと、他の捜査陣だと、ここまで頭が回らずに、彼らの術中に嵌っていたかも知れないとも思う。それだけ私は君たちを大いに買ってもいるんだよ」
と、門倉刑事が言った。
「犯人だって、今頃は計画がちゃんと進行しているかどうか気になっているでしょうね。彼らが仕掛けた仕掛けは、きっともうすべてやりつくされているということでしょうからね」
と、清水刑事は言った。
「この事件で共犯者のことが気になっているという話と、もう一つ、ママさんが言っていたという、本当の犯罪目的が別のところにあるという考えを前面に出して考えると、この事件で真犯人の残像がまったく出てこないのは、本当の犯罪目的がハッキリしていないからなんじゃないかとも思えるんだ。そこに犯人の計画があるとすれば恐ろしいことだけどね。でも、それにしても、あのママさんの発想は一体どこから出てくるんだろうね。犯罪者心理が分かっているとでも言おうか、まさか彼女が犯人ではあるまいかなどというバカげた発想も生まれてくるくらいだよ。わっはっは」
と言って、門倉刑事は大げさに笑った。
普段から声を出してあまり笑うことのない門倉刑事が笑ったのを見て。。清水刑事も辰巳刑事もビックリしているようだった。清水刑事などは門倉刑事を見ていて、
――本当に今回の犯罪をまるで他人事のように楽しんでいるのではないだろうか?
とも思えるほどだった。
「捜査主任としてはあるまじき態度」
と言えるのも知れないが、こんなに楽しそうな門倉刑事も珍しい。
逆にこれまでにこういう事件の捜査を扱ってみたいという願望のようなものがあったのであろうかとも思えてくる清水刑事であった。
「それにしても、あの大久保という男は、この事件の中でどんな役目を果たしているんだろう? 私にはどうしても犯人の器には見えないんですよ」
と辰巳刑事が言った。
「そういう意味では、深沢という男も何ともいえない存在感ですよね。私の中ではやつが一番怪しいと思えるんですよ。何しろ、わざわざ証言をしに出頭したり、犯行がここで行われたわけではないと言ってみたり、犯人を指摘してみたりと、とても事件の犯罪者側と無関係だと思えるような態度ではないですからね」
と清水刑事がいうと、
「そうなんですよ。どうもこの男の行動が気に食わないんですよね。まるで我々を翻弄して楽しんでいるような気がする。どこかで犯罪と絡んでいるのは間違いないような気がします。ただ、この人物も真犯人ではないような気がするんですけどね」
と、辰巳刑事は言った。
「たぶん、表に出てきていることだけを考えていると、真犯人は絶対に出てこないと思うんですよ。殺人事件において、真犯人を特定する理由はなんでしょう? 考えられるのは確固とした動機を持っていること、そしてその次に考えられるのは、被害者が死んだことで、一番の利益を得られる人ということになりますね。後者の場合は調べてみましたが、彼女が亡くなったことで、利益を得ることのできる人は、今のところ表には出てきていません。動機があるという人も同じことなのですが、ママさんが言ったように、彼女の殺害が本当の犯罪計画の最終目標ではないとすれば、また何か新たな証拠を見つける必要がある。でも、彼らにとって、すべては終わってしまっていると思うんですよ。それがあの自殺への見せかけではないかと思うんです。つまり『時間稼ぎ』ですね。そう思うと、彼らの最終目的はすでに終わっていることになる。つまりは見えていないことなんですよ。逆にこれが見つかれば、犯人にとって致命的なことになるんでしょうね。私はそんな風に考えるんですが」
と清水刑事は話した。
清水刑事は、先ほどのママの話、そしてこれまでに考えてきたことを洗いざらい竜居m刑事から聞いたことで総合的に考え、今ここで自分の意見をあらわにした。
「いやあ、なかなか清水刑事の考え方には感服します。そこまで組み立てることができたのは、ママさんと辰巳刑事のおかげなのだろうと思っていますよ。私もいろいろ考えてみましたが、今の清水刑事とほぼ同じ考えになっているんです。犯人が何を考えてどのように捜査を誘導しようとしているか分かりませんが、我々には我々のやり方を貫くだけです」
と、門倉刑事は言った。
門倉刑事は今。自分が鎌倉探偵にでもなったような気がした。犯罪捜査に加わりながら探偵という立場から客観的に事件を見ることができた彼の意識を、自分でも持ってみたいと思ったのだが、その考えを実行するには、この事件が最適ではないかと思えたのだ。
「この事件は難しいですが、一つが解明されれば、意外と単純なんじゃないかとも思いますね」
と清水刑事が付け加えた。
「何か確信めいたことは分かっているのかね?」
と門倉刑事に言われて、清水刑事は、
「そんなことはないですが、私はこの事件には、見えていない部分があるような気がするんです。つまり、その人が表に出てきていない人で、本当はその人を殺すのが目的だったという考えですね」
「じゃあ、今回表に出てきた水島かおりという女性の件は、巻き込まれて殺されたということになるのかい?」
と門倉刑事が聞くと、
「それは違います。実はこの水島かおりという女性は大人しい顔をしていますが、実は結婚詐欺の常習犯のようなんです。彼女のまわりには、彼女の結婚詐欺を助けるメンバーがいて、彼女を手助けしていたという話なんですが、実際にはもし犯罪が露呈しようなどとした場合には、すべての罪を彼女に擦り付けるくらいの計画だったらしいんです。つまり水島かおりは、詐欺グループのまるで教祖の役をやらされていたかのようなイメージですね」
と言ったのは、辰巳刑事だった。
「じゃあ、詐欺グループが彼女を殺したのでは?」
と清水刑事が聞くと、
「それも違うと思います。少なくとも詐欺行為はまだ表に大きく話題としては出ていません。だから、彼女の利用価値はまだまだあったはずです。もし、彼女がグループを裏切ろうとでもしているのだとすれば別ですが、そんな話もないようです。つまりグループにとって水島かおりは表に出してはいけない人であり、殺してしまうと、損しか残らないんですよ」
と辰巳刑事がいう。
「それは誰からの情報なんですか?」
「これは、大久保さんからの情報です」
「大久保氏がどうしてそんな情報を持っているんだい?」
十門倉刑事が聞くと、
「実は彼、詐欺グループの証拠を掴むための、一緒に密偵だったようです。この署の生活安全課の方で、詐欺グループをマークしていて、これはかなり以前からなんですが、水島かおりはマークされていたようです。そこで友達として信頼が置ける相手として大久保が店に入り込んだというわけですね」
と辰巳刑事がいうと、
「なるほど、そういうことだったわけだ。誰か他にそのことを知っている人っていたのかな?」
これは最近になってからのことですが、ママさんは知っているようです。本当に最近のことで、ここ一か月くらいのものなんじゃないでしょうか?」
「とうことは、この事件で完全に犯人から外れるのは、この大久保という男だけですね。それにしても、あんなに臆病な人間がまさか警察の密偵だったなんて、私も騙された口ですね」
と、清水刑事はビックリするというよりも、どうしてそのことに気付かなかったのかという方が大きかった。
「じゃあ、ママさんが他人事のように時々見えたのは、かおりの正体を知っていたからなんでしょうね。逆にそんな彼女が、何の前触れもなく自殺を試みるというのもおかしな気がしたのでしょうね。でもかおりには自殺を試みた過去があるということですが、これはどう解釈すればいいんでしょうかね?」
「良心の呵責でもあったということかな?」
と門倉刑事がいうと、
「そのあたりは本人ではないと分からないかも知れませんが、衝動的な自殺の癖があったのかも知れないですね。それを知っている犯人が、彼女を自殺に見せかけるということを考えたのかも知れない」
「じゃあ、彼女の役割は何だったんだろう?」
と清水刑事がいうと、
「たぶん、元々は共犯者の一人だったんじゃないですか?」
と辰巳刑事がいうと、
「それはあると思うんだが、逆に本当の被害者との間に何かがあって、心中しようという腹積もりで、本当の被害者と一緒にその場で心中しているという構図が出来上がったいたのかも知れない。でもそれが、のっぴきならない事情ができたか何かで、かおりの自殺というだけのことにした。そのために、本当に殺した相手を運びださなければならないという予定外のことが起こったんでしょうね。彼女が自殺をしたと思わせるのは、一度はもう一つの死体が部屋にあったということをごまかすために、余計な捜査が行われないようにと考えてのことだったのかも知れない。彼女が選ばれたのは、手首にリストカットの痕があり、先ほどの話のように、自殺癖があるということを思わせて、不自然ではない相手がちょうどかおりだったということではないでしょうか?」
と、清水刑事が言った。
「ところで、深沢という男がいたが、あいつは何かこの事件に関係しているのかな?」
と門倉刑事が聞くと、
「彼のことは調べてきました。彼はどうやら、この犯罪組織を恨んでいたようです。彼の兄がこの組織に引っかかって、一度自殺を試みたそうです。でも死にきれずに、今は憔悴しきった状態で田舎に引きこもっているということ。自殺の後遺症と、ショックから、このままでは、男性としての機能がマヒしたままになるかも知れないということでした。彼も死んでいないので、深沢としても、誰かを殺すところまでは気持ちが言っていないと考えられます、警察に助言をしたのは、彼なりに我々に協力しながら、この組織の撲滅に影ながら力を尽くそうと思ったんでしょうね。でも、あまり露骨なことをすると疑われる。実は彼は大久保氏の正体を知っていたようです。知っていて、わざと犯人ではないかなどと名指しをし、我々に注目させたんでしょうね。でも、彼の雰囲気からは犯人には思えない。それも彼の計算のうちだったのかも知れませんね」
と、清水刑事は言った。
「なるほど、彼の言動なども今から思えば、とても敵だとは思えませんよね。そう考えると、彼が勤めた役割は、一歩間違えると事件を複雑にするところはあったけど、逆に事件が明後日の方向に向くのを抑えたとも言えるんじゃないでしょうか? 私は彼を敵でも味方でもないと勝手に思っていたけど、間違っていなかったような気がしています」
と、辰巳刑事が言った。
事件はここから急転直下で解決することになる。大久保氏が手に入れた密偵による証拠と、例の画像解析によって、それを見た生活安全課の人たちの知り得ている情報とで、犯人があぶり出された。
どうも一人の人間が改心したようで、組織を裏切ったようだ。大久保氏と連絡を密にして、情報が刻々と警察に流れる。それに気づいた主犯の男が、彼を葬ろうとした。最初は彼だけを単独で殺すつもりだったが、どうもかおりも怪しいということになった。
最初はかおりを自殺に見せかけるのが一番安全であったが、もしそれがバレた時を考えた。防犯カメラの映像が邪魔だったからだ。
そうなると、彼女が殺されたことにして、そちらに目を向けさsることで、本当の犯罪を隠蔽しようと思ったのだ。かおりは他で殺されて運び込まれたのではない。かおりを眠らせて運びこんできたのだが、それは、あくまでもフェイクだった。二人を心中に見せかけようとしてダメだったのは、かおりの手首にリストカットがたくさんあり、自殺が睡眠薬だけだというのは、不自然に感じたからだ。心中であれば、睡眠薬ではなく毒であろう。毒の入手ができなかったことで、結局、かおりを単独の手首を切っての自殺に見せかけ、本当の殺人を隠蔽しようとした。本当の殺人が見つかると、彼らの犯罪はすべてが露呈されてしまい、いくら殺人まではしていないとはいえ、彼らは完全に終わりであった。それを阻止するための殺人だったのだが、大久保と、深沢に阻止される形になった。
不可泡は表で暗躍し、大久保はまさしく裏で暗躍したのだ。この二人がいなければ、ここまですぐには事件は解決しなかっただろう。
被害者の二人は気の毒ではあったが、だからと言ってそれまでの罪が許されるというわけでもない。せめて真実が明かされたことが彼らへの供養になれば、それでいいと思った門倉刑事、清水刑事、辰巳刑事の三人だった……。
( 完 )
見えている事実と見えない真実 森本 晃次 @kakku
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