第10話 影のフィクサー

 大曾根は確かに聖人君子ではないが、悪を許せないという気持ちは誰よりも強いのではないだろうか。二代目社長としてはどうしても初代社長から見れば力量としては劣るのかも知れないが、その正義感の強さが、社員や部下を引っ張っていくだけの力になることを、部下もよく分かっていた。だから、大曾根社長の要求を、嫌な顔一つせずに引き受けているのだろう。

 大曾根社長はそんな部下に支えられ、何とか事件の解明をしたいと思っていた。特になぜ不倫相手の彼女が自殺をしなければならなかったのか、そのことが一番気になるところだった。

「奥さんの自殺については、警察は何ら疑いを持っていないということなのかな?」

 と大曾根が聞くと、

「最初はそうだったんですが、門倉刑事と上野刑事の二人は、どうやら少し気になっているようなんです。自殺が今回の事件にどのような影響があるのか分からないけど、このあたりから当たってみるというのも、目先を変えるという意味でいいのかも知れないと思っているようです」

 と聞いて、

「警察にもちゃんとした判断ができる人もいるということかな?」

「そうですね。この二人は警察署の中でも考え方が変わっているとは言われていますが、その信憑性にはかなりの信頼が置かれているようです」

 というので、大曾根も少し気が楽になった。

「門倉刑事などは、もう少し入り込んだことを考えているようなんです。ちょっと耳に挟んだ内容としては、どうも共犯者がいて、その人が何かのカギを握っているのではないかと考えているということなんです。私などはそれを聞いて、なるほどと思ったくらいですよ」

「共犯者?」

「ええ、確かにホテルの殺人であったり、その後に起こった黒熊の殺人に比べれば、最初の赤嶺佐緒里さん殺害の方が、言い方は悪いですが、ちゃんとした犯罪なんです。つまり計画性が感じられるというわけなんですね。だからこそ、岡崎静香さんの殺害に関してというのが、過失志士ではなかったかという結論にも至るというものなんです。もっとも、容疑者は殺されているので、あくまでも想像でしかないということなんでしょうけどね」

「警察は、じゃあ、被疑者死亡ということで岡崎静香の事件を片づけようとしているのだろうか?」

 と大曾根は言った。

「そうじゃないかと思います。私の意見もほぼそれでいいと思っているんですが、社長はどこか納得のいかないところがあるんですか?

「うん、ハッキリとは断言できないんだけど、静香という女性の性格から考えると、いくら薬を使用していたからと言って。そんな簡単に殺されるようなことはないような気がするんですよ。自分たちだって初めてのことではないので、危険性は十分に分かっていたはず、そう簡単に死んでしまうような工夫のないことをあの二人の間でありえるのかと思ってね。考えすぎなのかも知れないけど」

「そうなんですよね。私が先ほど『ほぼ』と言ったのは、そのことに由来していると思ってもらって結構です。納得のいかないというところまではハッキリしないのは、二人とも私と面識がないからなんですよ。社長の場合は黒熊はともかく、静香さんとは気心知れた間柄、私なんかよりも、よほどいろいろ知り尽くしているんですよね?」

「うん、そう思っているよ。きっと、誰よりも分かっているというくらいまでの自信はあるつもりでいたんだ」

 と大曾根は答えた。

「まさかと思いますが、岡崎静香という女性は、死にたいというような願望があったんじゃないですか? 自分の身体に薬が蔓延してきて、最後の理性も吹き飛んでしまいそうになったのを感じたのか、どちらにしても彼女は追い詰められていたような気がするんです」

 と部下は言った。

 その頃、門倉刑事と上野刑事は、二人でそれぞれに意見を持っていた。それは第一の殺人のことである。二人とも、いや、大曾根恭三も、であるが、三人とも一番肝心な事件は第一の殺人であり、解決すべきはまず、こちらだと思っていた。

「この殺人には、まず主犯がいて、この人とは別の人が、後から事件を分かりやすくしようと考えたのではないかと考えたんだけどな」

 と、門倉刑事は言った。

「私は共犯者がいたのは同感ですが、一緒に行動して、文字通り主犯を助ける共犯だったのではないかと思っているんですよ。門倉さんは、どうしてそう思われるんですか?」

 と上野刑事が聞くと、

「君にも共犯という影が見えたわけだよね。でも、この事件において、必ずしも共犯を必要としないだけの犯罪だと思うんだ。それなのに、殺人が見つかるような細工が施されている。扉をあけておいて、お湯を流す音などは完全に、殺害現場を見つけてほしいという犯人の意図だよね。それって、第三の殺人にまで影響している連続殺人だったとすれば、第三の殺人と酷似していないかい? あちらの殺人は、確定ではないけど、鑑識の話では、黒熊は他で殺されて、ここに運ばれてきたというじゃないか。しかも、早く発見させるようにご丁寧に警察に電話までしている。それを考えると、第一の殺人では、共犯を必要とし、その共犯は、主犯を分かりにくくするために、行動したのではないかと思ったんだよ」

「なるほど、では、どうして、最初の殺人で、赤嶺佐緒里は殺されたんですか?」

「これに関しては、ある筋から聞いた話なんだが、どうやら、赤嶺佐緒里という女は、大企業の奥さんである桜井あかねという女性の妹ということになっているが、本当は彼女の旦那である大企業の夫の女だったというのだ。奥さんもそれを知っていて旦那のために妹ということにしたやっているらしい」

「それは、どうにも合点がいかない感じですね。旦那の浮気のために、その奥さんが協力するなんて」

「その桜井あかねという女性の旦那である桜井庄一郎という男がこれまたひどい男で、最近地下で流行り出した違法薬物を一手に握っているのがやつらしいんだ。しかも、それを全国シャア一番で、地元ナンバーワン企業である大曾根製薬が、影で薬を扱っているなどというデマを流しているようなんだ。それがあるので、桜井の会社は、どんどん薬を広めていき、桜井のワンマン企業である会社が急激に伸びることで、桜井という悪党によってこの街は彼が裏の国王のような感じになっているのだというんだ」

 と門倉は言った。

「そんなひどう状態になっていたなんて」

 だから、第二のラブホテルで殺された岡崎静香にしても団参の被害者黒熊五郎にしても、薬物をやっていたということで、必ず桜井と関係があったと思うんだ。すごく突飛な発想だが、これも人からチラッと耳にした話なんだが、ひょっとすると、岡崎静香という女性は、麻薬ほしさで桜井か、あるいは奥さんのあかねに脅迫されていて、赤嶺佐緒里を監視する役目だったのではないかというんだ」

「その情報というのは?」

 と聞かれて、門倉は、こそっと誰にも聞こえないように、上野刑事を耳元に近寄らせ、耳打ちした。

「桜井家に奉公している使用人からの情報なんだ」

 というではないか。

 耳打ちをするということは、それだけ話が公になると、自分がどうなるか分からないということを示している。下手をすれば殺されるかも知れないとまで思っているのではないかと思うと、上野刑事にも、第一の殺人、いや、すべての殺人の元凶が、この桜井庄一郎という男にあると言えると思った。

 少なくとも彼の会社で扱っている薬物が原因で、岡崎静香と黒熊五郎は犠牲者になったのではないかと思われる。いくら、第二の殺人が過失致死であったとしても、薬さえやっていなければ、殺しなどなかったはずだからである。

「君はどうして、犯人複数説を取るんだい?」

「さっき言われた発見を早めるための細工もそうですが、死亡に至った時の首に絞められた跡が二つあったからです」

 と上野刑事は答えた。。

「俺も実はそうなんだ。ただ、俺が一緒に犯罪を犯したわけではないと思ったのは、二重に首を絞められているのは、最初の犯人が殺そうとして首を絞めたが、死んだと思って細工もせずにその場から立ち去ったのを、きっと影から見ていたか何かしたもう一人が、細工を施そうとした時、ひょっとすると、被疑者が意識を取り戻したりしたんじゃないかな? このままでは、自分が犯人にされてしまうと思い、とどめを刺したことで、自分も犯罪に加担してしまった。だから、細工を催すしかなくなってしまったんじゃないかと思うんだ。だから、この場合、どっちが主犯という謂い方ができるのかというくらいに思えてくるんだ」

「主犯は誰なんでしょうか」

 と上野刑事は門倉刑事の意見を聞いてみた。

「俺が思っているのは、岡崎静香が一番有力なのではないかと思うんだ。もちろん、監視されていたという情報が本当であればね。だけど、奥さんの妹とまで偽って、抱え込んでいたのだから、相当赤嶺佐緒里とすれば溜まったものではなかったはずだと思うんだ」

「それは思いますね」

「きっと、第二の殺人は、十中八九、過失致死に当たると思うんだけど、あの殺人がなければ、第一の殺人はきっと解明しなかったかかも知れない。第三の殺人で黒熊が殺されたのは、彼を殺すことで、第二の殺人を第一の殺人と結びつけないようにしようという企みがあったのではないかな? ただ、企んだ人間が殺したわけではなく、企画し実行した人間がいる。ただ、それがたまたま岡崎静香とやり方が見ていたということだね。つまり岡崎静香も、殺害計画を立てる時に、この男に助言を賜っているのかも知れない。一種の裏街道のフィクサーのような男とでもいうべきか」

「じゃあ、それって、桜井庄一郎の関係ということですか?」

 と、上野刑事は聞いた。

 門倉刑事が解明できたのは、その裏で、大曾根の助言があったことは読者には分かっているであろう。しかし、それを公にすることは門倉刑事の本意ではない。

「そうだろうね、俺は今回の事件で共犯ということを口にしたけど、ひょっとすると無意識にこの男のことを共犯と混同していたのかも知れない。見えないところでの共犯、影のフィクサーがこの事件を怪しいものとして彩らせているのではないかと思うんだ。そういう意味ではこの事の本当の主犯って、誰だったんだろうね? 三つのそれぞれに実行犯が違う。だけど、裏で繋がっていて、フィクサーが見え隠れする。誰かが殺害されることによって利益を得る人間に、殺害意識、あるいは、殺されてほしいという意識があり、意志を実行に移したのであれば、その人間はもはや共犯ではなく主犯なんだ。俺はそれを思うと、今回の連続殺人の主犯は一人だと思う。しかし証拠がない。すべては、状況証拠にもならないんだ。しかも、第一と第二の実行犯は死亡しているしね。第三の殺人も実行犯を捕まえてみたところで、その人を捕まえることに意義があるのかなどを考えると、虚しくて仕方がない。主犯を絞首台に送るというくらいのテンションでないと、捜査を進めていく気力がないんだ」

 と門倉刑事が気を落とすと、さらに上の刑事が追い打ちをかけるように言った。

「そこまで主犯が計算していたとすれば……」

 その一言に、門倉刑事は、さらなる憂鬱に苛まれるのであった……。


                (  完  )

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主犯と共演者の一致 森本 晃次 @kakku

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