第9話 死ななくてもよかった人

 岡崎静香が死んでしまったことでクローズアップされてしまった大曾根恵三であるが、大曾根は静香が殺されたことで、いずれ自分のところに捜査員がやってくることは想像していた。

 しかし、彼女とは肉体関係もなければ、彼女を殺す理由もない。確かに彼女にお金を与えてはいるが、それは自分の精神的な癒しと彼女の精神的な癒しが結びついただけのことで、それ以上に知られたくなかったのは、自分の不倫相手の存在だった。

 もっとも、静香が殺されたことと自分がまったく関係ないのだから、自分の不倫相手と静香が関係あるわけもなく、いくら警察で、

「これは殺人事件の捜査だから」

 と祝えても、彼女のことを口にすることはできないと思っていた。

 そのそも口にできるだけのことは知らない。自分から彼女の連絡先も知らないのだし、彼女には迷惑を掛けないという約束だったこともあって、決して彼女を警察に話すわけにはいかなかった。

 門倉刑事も、少々のことは課長から話は聞いていた。大曾根という男は、社長ではあるが、横柄な態度を取るような男ではなく、常識をわきまえた応対をする人であるということ、だから、こちらが誠意を示して応対すれば、こちらの得たい情報は普通に得られるだろうということだった。

 一番怖いのは、彼のような常識人に対して、警察権力をひけらかして、あからさまに抑えつけようなどということをしてしまうと、却って反発されるということだった。バネガ反発する理屈と同じことである。

 特に彼には自分の会社が警察に協力的だということを分かっているからだ。それを別の部署だからと言って、警察権力をひけらかすのは、あざといやり方で、いかにも警察内部の権力抗争を表に出しているようで、見ていてこれほど醜いものはない。見ているだけで醜いのに、そんなことに自分をまきこまないでほしいという考えだった。

 翌日のことであった。大曾根の下に、一人の女性から電話がかかってきた。

「私は、あなたがお電話をお持ちになっている奥様の代理のものでございます」

 というではないか。

「代理? 本人からではなく、代理なんですか?」

 今までにはこんなことはまったくなかった。

 自分の考えを誰かに代理を立てて言わせるなど、自分の知っているその彼女にはありえないことだった。もしあるとすれば、旦那に見つかり、自分から連絡を取ることができなくなってしまった場合。彼女の性格から考えると、彼女であれば、それはありえる気がした。

 時にまるで世間知らずのお嬢様のようなところがあり、旦那に対して怯えているところのあった彼女だったので、旦那にバレてしまうと、表にも出られず、自分から連絡を取るということができなくなってしまったとも言えた。そうなると、まるで家の中に鳥かごに閉じ込められて、逃げ出すことのできない小鳥を想像する。彼女くらいに怯えの激しい女性であれば、かごの扉が開いていたとしても、飛び出すことはできないだろう。きっと扉が開いていれば、旦那が罠を張ったと思うからだった。それだけ彼女には頭の回転の良さがあり、それだけに、身動きが取れないという哀れな状況を作り出すことで、まわりの男性に翻弄されやすいタイプになったのだろう。

――じゃあ、この僕も彼女に対して翻弄しているということになるのだろうか?

 と考えたが、それ以外には考えられないような気がした。

 電話の女性は明らかに申し訳なさそうに、

「はい、代理なのです。奥様は連絡をしたくても、もう、おできにはならないのです」

 というではないか、

「もう、おできにならない? その言い方だけを聞いていると、何となく恐ろしい話をされるような気がするんだけど、まさかその話は覚悟を持って聞かなければいけない話なのかい?」

 と、聞いた。

 それは旦那に拘束されているという状況よりもさらに厳しい状況に思えた。そうでもなければ、代理と名乗るその女性が、わざわざ連絡をしてくるようなことはないと思った。彼女は、そこまで諦めが早いとは思われなかったからだ。

「一体、どういうことなのですか? あの方は、よほどのことでもない限り、代理を立てるような方ではないと思っていましたが?」

 というと、

「そうです。よほどのことです。例えば、旦那様に自分たちのことがバレて、自分が拘束されてしまうと、見動くが取れなくなるだろうから、その時はこの私が連絡を引き受けることになっていたんです」

 と、彼女はいう。

「ということは、今言われた内容の話ではないということですね。しかも、かなり話は深刻な雰囲気を感じますが」

 大曾根恭三は、すでに一人懇意な女性を亡くしている。しかも殺されたという話だった。

 最初はまさかと思ったが、彼女の口ぶりを聞いていると、まんざらの話でもないような気がしてきた。

「はい、実は奥様はお亡くなりになっておしまいになったのです」

「亡くなった? いつのことなんですか?」

「実は奥様には、妹さんがおられまして、妹さんが先日、観音街のマンションで殺された事件で被害者になりました。その件を奥さんは無性に怖がっていたんです。こう言ってはなんですが、妹さんが殺されたのは、自分に何か関係があるような怯え方でした。数日後に警察の方が、家族の方に話を聞くためだということで来られたんですが、その数日後に服毒自殺をなさったんです」

 大曾根はショックで声が出なかった。確かに彼女のプライバシーを守るためだとは言っていたが、まったく自分に何の相談もしてくれなかったことが悔しかった。それは彼女に対しての怒りというよりも、何もしてあげることのできなかった自分に対してであり、特に、今まではお金に任させ何でもできると思い込んでいただけに、一番できなければいけないはずのことが、おうすでに手遅れであることを知った今、愕然として放心状態になっている自分に気付いた。

「それで、わざわざ私にお知らせくださったわけですね。ありがとうございます。正直、かなりのショックがありますが、私にできることがあれば、できるだけのことはしてあげたいと思っています。ところで、旦那さんはどんな感じですか?」

「奥さんを亡くされて、少しの間は、大人しくしておられますが、元々強欲な方ですので、あまりじっとしていることはないと思われます」

「それは女性関係ということですか?」

「それも含めてですね」

 彼女のイメージを大曾根は思い出していた。

 きっと旦那に対しての恐怖心が大曾根に対して、全面的に頼る雰囲気を醸し出していたのだろう。だが、それだけではなく、彼女には何か秘密があるように思えた。考えてみれば、彼女の口から妹の話は一度も出てはこなかった。旦那の話題に触れることはなかったのだから、その分、妹がいるのであれば、妹の話も出てくるものだと思ったが。それがなかったということは、彼女にとって、妹は隠しておくべき相手だと思ったのか、それとも話すに値しないほど嫌っている相手だったのかもどちらかであろう。どちらにしても、彼女と妹の距離が微妙だったということは言えるに違いない。

「ところで、あなたは妹さんという人をご存じなんですか?」

 と聞いてみた。

「いいえ、話も聞いたことがありませんでしたし、実際に知ったのは、警察の方が来られた時でした」

「旦那はもちろん知っていたんでしょうね?」

「ええ、知っていたんでしょうね。奥さんが事情聴取を受けている時に、旦那も一緒にいましたからね。もし、奥さんが隠していたなどということが分かると、警察が帰ったあと、奥さんに問いただすはずですが、そんなことはなかった。むしろ、旦那の方が奥さんに、警察に聞かれた時など、どうすればいいかなどと、指示を与えていたような感じでしかたからね」

 というではないか。

――どうも話が繋がってこないな――

 と、大曾根は考えた。

 大曾根は、なぜ妹が殺されたことで、姉が自殺までしなければいけなかったのか、そのあたりが少し怖い気がした。

 それにしても、ここ一週間くらいの間で、こうも自分のまわりで人が殺されたり自殺したりと、しかも自分と関係のある女ばかりではないか。一人は肉体的な関係ではないとはいえ、精神的には繋がっている相手、まわりには打ち解けていないだけに、心を開いてくれるのは自分だけだと思う女性。それだけに哀れに感じられた。

「実はあなたにご連絡差し上げたのは、お知らせともう一つ、警察が奥様と先日亡くなった女性との関係を掴むことになるので、当然あなた様のところにも事情を聴きに行かれると思いますので、前もってお知らせしておこうとおもいましてね。そしてもう一つ……」

「どういうことでしょう?」

「奥様は今回の女性が殺害されるということを予期していたような気がするんです。そのことについて、ものすごく自戒の念を抱いていました。その理由まではよく分からなかったんですが、ひょっとすると、大曾根様がそれについて何かご存じかと思いましてね。それで少しお訪ねしようかと思ったんです」

 と彼女は言った。

「いや、そんな話は聞いていないですね」

「そうですか。奥様は私だけにお話しくださったんですね」

 と言って、電話を通してであったが、彼女の憔悴した感じを受け取ることができた。

「ところで、あなたと奥さんはどういう関係なんですか? ただの使用人と奥様というだけではないような気がするんですが」

 と大曾根がいうと、少し口籠っていたが、思い切って白状した。

「実はわたくし、使用人ではございますが、旦那様の妾でもあるんです。奥様もご存じの中ですね。旦那様は私以外にも他にも何人かそういう人を囲っていて、その人たちは、立場を変えて、それぞれ成果つぃをしながら、旦那様の庇護を受けているという形です。もちろん、それだけの金銭を頂いているので、納得の上だと思います」

 と彼女はそう言って、口籠ったが、まだ何か、歯にモノを着せないような言い方が気になったが、これ以上聞いても何も言わないような気がしたので、大曾根はそれ以上の言及を避けた。

 彼女には何かあった時、相談してくれていいと優しく告げて、電話を切った。どうやら不倫相手の旦那は、自分が思っているよりも、相当に傲慢で、同じ富豪の立場といえども、決して交わることのない平行線を描いた、一番嫌いなタイプの男性であるということがハッキリとした。

 それと同時に感じたのは、

――岡崎静香という女性も気の毒な女性だ――

 ということだった。

 彼女が麻薬をやっていたことは分かっていた。だからこそ、彼女を抱く気がしなかった。自分が製薬会社にいるということもあって、麻薬のような違法薬物が身体を犯している女性と、身体を重ねることは許されないと思っていた。実際にそれ自体が、まるで自分まで中毒を移されそうで怖いという思いもあった。

 大曾根は、聖人君子というわけではなく、女を囲ったりもしていたが、それでも、同じような立場の人間たちよりは、よほど正義感に満ちていると思っていた。金の亡者であったり、欲望の塊りでもないのは、彼が二世社長だというところから来ているからなのかも知れない。

 確かに初代で大きな財をなすというのは、きれいごとばかりではやっていけないのは分かっていることで、時には生き馬の目を抜くような行動力や、裏切りを平気でやるような精神の持ち主でなければならないだろう。

「悪魔に魂を売った」

 とまで豪語する人さえいるかも知れない。

 大曾根はさっきの衝撃的な使用人の話を聞いて、一つ疑惑があった。それは、

「この間殺されたという女性は、本当に妹なのだろうか?」

 という思いである。

 もし、妹ではないとすれば何なのか? それは、彼女の口からも出ていたように、妾の一人であったのかも知れない。奥さん公認であるなら、身元を奥さんの妹ということにして、マンションを借りさせ、彼女を囲うというやり方だ。男としては、何も肉体関係だけが快楽ではない。自分の力で女を思いのままに囲うというのも、大きな快楽ではないだろうか、支配欲というもので、それを生かしてくれるという意味でも、奥さんの妹という設定はかなりの支配欲を満たしてくれるのではないだろうか。

 それに気になったのは、

「奥さんが、彼女が殺されることを予期していた素振りがある」

 ということだ。

 誰に殺されると思ったのか、そしてその殺す犯人というのが誰だと思ったのか。それも、この旦那の変質的な支配欲がもたらした災厄だとすれば、旦那に対して、旦那自身が何かを起こさなくても、まわりにきな臭い犯罪の匂いが漂っていて、それを察知したとしても、無理もないことなのかも知れない。

 それを思った時、もう一つ大曾根には別の疑念が浮かんできた。

「ひょっとして、この旦那は、俺と彼女の不倫関係を知っていたのではないか?」

 ということであった。

 知っていて、奥さんにも知っていることを隠していたのだろうか?

「いや、知っていたのなら、何も隠す必要はない。ひょっとすると、奥さんの不倫を不問に付すという条件で、彼女にも自分の支配欲を満足させるために利用したのではないかと考える方が、しっくりくるような気がする」

 と、大曾根は考えた。

 大曾根はそれから、腹心の部下に命じて、旦那のこと、そして旦那の会社について調査をさせた。

 腹心の部下は黙ってしたがったが、

――なぜ、あの会社を?

 と感じていた。

 何しろ、その会社は業界でも、裏に入るとかなり悪どい企業であるということは、知られていた。大曾根は表に出ている企業に関しては結構詳しいが、影に蠢くこういった真っ暗な企業に関しては、ほとんど腹心の部下が携わっていた。この会社での立場の切り分けは先代からのやり方で、

「決して代表者としての社長は汚れ役であってはならない」

 という暗黙の了解があったのだ。

 そのことは大曾根も分かっているはずなのに、どうしたことなのかと思ったのだ。しかもその会社の評判はすこぶる悪く、しかも社長というのも、

「裏で何をやっているか分からない」

 というのが定説であった。

 腹心の部下はその会社のことをある程度までは分かっていたので、それ以上の捜査にはさほどの時間は掛からなかった。

「社長、よろしいですか?」

 と言って面会してきた腹心の部下は、その企業の悪徳な部分を一つ一つ聞かせた。

「あの会社はとにかくいろいろなことに手を出しています。表に出ていることはその氷山の一角で、詐欺や恐喝なども横行しているようですね。裏で暴力団とも当然結び付いていて、その資金源の一番は、違法薬物の密輸のようです。やつらは、その資金を使って、いろいろな事業に手を出しているというわけですね」

「よくそこまでひどいことをやっていて、捕まらないものだな」

「もちろん、危ない時もありますが、そんな時はいくらでも捨て駒がいるわけですから、何とでもなります。やつらは、人間を人間とも思わないところがあるという話もあります。下手をすると、その辺の暴力団よりも恐ろしいということになるんでしょうね」

「なるほど、ところで、調査をお願いしておいた赤嶺佐緒里という女性の方はどうなんだい?」

「ええ、彼女もしっかり社長の愛人でした。奥さんの妹などというのは、真っ赤なウソです。彼女は一週間ほど前に殺害されてしまい、今警察の捜査が入っていますが、このことが判明するのは、少し時間が掛かるかも知れませんね」

「というと?」

「何しろ、奥さんの妹という程度のことで、表向きには何ら囲われているという関係ではないですからね。もし、警察があの社長を殺害に関係があるということで徹底的に調べたりでもしない限り、発覚することはないかも知れないです。ただ、奥さんが自殺をされていますが、確かこの奥さんというのは、社長の?」

 とここまで言って、腹心の部下は少し黙った。

「ああ、そうなんだ。その件で、旦那のところの使用人という女性から電話があって、私もその時に初めて知ったんだが、彼女が自殺したことをね。どうにも納得のいかないことが多すぎるので、会社とは関係のないことで済まないと思ったが、君の手腕を借りたいと思ってね」

「そういうことでしたか。分かりました、私が出来る限り探ってみましょう。社長は私にとって尊敬すべき方です、あなたのような方の下で働けるのを光栄に思っています。どんどん私を利用してください」

「ありがとう。そう言ってもらえると私も心強い。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」

 と、社長は言った。

「この事件には、まだ何か裏に潜んでいることがあるようでもう少し探ってみようと思います」

「そうだね、実は私は気になっていることがあるんだよ」

「なんでしょうか?」

「彼の会社の一番の資金源が違法薬物であるということなんだ。そのあたりが少し気になるので、重点的にお願いしよう」

 と、大曾根は言った。

 彼が調べてきた内容を数日後に報告として聴いた。

「社長は、岡崎静香という女性と懇意にされていると伺いましたが、彼女が殺されたという話はご存じですか?」

 と聞かれて、

「ああ、知っているよ。でも、彼女が殺されたことと、このマンションでの事件とに何かかかわりがあるのかい?」

「直接二人に面識があるかは分からないのですが、じゃあ、社長は岡崎静香という女性が違法薬物を使用していたということは午前地でしたか?」

 といきなり核心に入ってきた気がした。

「もちろん知っているよ。だから、彼女とは身体を重ねることはしなかったんだよ」

「そうですか。実は彼女の使用していたそのクスリの出所が、どうも旦那の会社によるもののようなんですよ。しかも、それは社長自ら与えていたもののようで、二人が肉体関係にあったかどうかまでは分かりませんが、どうやら彼女はそのクスリを媚薬として使い出したようなんですが、そのうちにドップリと嵌ってしまって、どうやら旦那の言いなりになっているところもあったようなんです」

 それを聞くと、思わず自分の身体がワナワナと震えてくるのが分かった。

 静香は、黒熊という男との媚薬による関係に精神的な疾患のようなものを感じ、その癒しのために、自分を利用していると思っていた。自分もそれを容認しているうちに、頑なな考えを持っていた静香が次第に氷解していくのを感じ、自分の男としての冥利に感じていた。何も、肉体関係だけが女性を引き付けておくものとは限らない。心の結びつきでもありえることだと証明してくれたのが、静香だと思っていたからだ。

 その信じていた静香が、まさかそんなことになっていたなんて、信じられなかった

 ただ、彼女が麻薬中毒になっていることは分かっていたが、その出所までは考えたこともなかった。少なくとも自分の会社ではないことは分かっているだけに、安心だったのだ。

 だが、大曾根も彼女を最初は疑っていた。

――薬を手に入れたいという思いがあったから、この俺に近づいたのではないか?

 という思いであった。

 その思いは彼女との時間が増えてくるうちに消えていった。ここも氷解という言葉を使ってもいいかも知れない。

「さらにですね。警察の捜査の方ですが、やはり相手の奥様を被害者の姉として、一応の事情聴取はしたようなんですが、それ以上何も怪しむ感じはなかったようです。姉だと言われてそれを普通に信じているようです」

 という話で、

「ということは、旦那にまで捜査の手が及ぶことはないということでしょうね」

「その通りですね。旦那にとってはありがたいことでありますが、元々は用心のためにカモフラージュしていたことが役に立ったというわけです。ひょっとすると、こんなこともあるんじゃないかとも考えていたかもですね」

「どうやら、相当ひどい企業のようだね。そんな会社だったら、うちの会社とはまったく関係がないんだろうな。そのあたりはちゃんとリサーチはしているはずだからね」

 というと、部下は、

「いや、実はちょっと怪しいこともあるようです。やつらが、うちの会社をリサーチしているのが分かってきたんです。ひょっとすると、やつらのことだから、すでに内偵者を送り込んでいるかも知れないと思い、今調査をしているところです。もしそんなやつがいれば、こちらがその気になって調査すればすぐに分かります、内偵者などというのは、結構分かりやすいものですよ。その筋の人間が見ればすぐに分かります。逆に内偵をされているということが相手の企業にバレれば、その時点で計画の半分は水泡にし来ているようなものですからね」

 と言った。

「それは心強い。さっそくその方の捜査もお願いしよう」

 と大曾根もいよいよ敵の存在を意識しなければならなくなったのを感じていた。

「ところで、もう一つ、岡崎静香さんが殺されたという事件ですが、どうやら、あれは過失致死の様相を呈してきたという話ですね」

「どういうことですか?」

「彼女はラブホテルで殺害されていました。その時にきっと猟奇的なプレイをしたのでしょう。もちろん、薬を使ってね。そこで超えてはいけない一線を越えてしまったと考えられなくもない。そう思って、彼女の部屋にいたのが、黒熊五郎ではないかと思い、警察も同じように捜査したのでしょうが、やはりやつではないかという話になりました。何しろ指紋がちょくちょく残っていましたからね。拭き取るところは丁寧に拭き取っているのに、ところどころで残すなんて、計画的な殺人ならあり得ません、黒熊の指紋が残っていたということは黒熊以外はいたとは考えられないので、犯人は黒熊でしょう。彼には彼女を殺害する動機がありません。そうなると、プレイの間に事故で死んだと考えるのが妥当だと思います。だから過失致死ではないかということです」

 という話を聞いて、

「人が明らかに殺されているのに、過失致死だなんて」

 と、さすがにショックを隠し切れない大曾根であった。

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