第33話 忌鬼族

 ――――兆邸 離れの鍛冶場


 コンコン…

弥宵やよいさーん、居ますかー?」

「……返事ないね」

「ないな」

「…あれれー?いつも居るはず何だけどなー…」

「やーよーいーさーん!あーさでーすよー!」


 碧良あおいが扉を叩いて中へ呼びかけているのを見ていたれい、すると突然彼女の腰に掛かった刀を誰かが引っ張った。


 グイ!!


「ひょわぁ!?」


 驚きのあまり変な声を上げて振り返る麗とその声に反応する辰之助たつのすけと碧良、麗の視線の先には鞘を握る少し小さな手と自身よりも小さな少女の姿だった。

「だ、誰ぇ!?」


 およそ四尺半程度の背丈の少女。

 長い黒髪を後頭部で雑に纏めて結び、前髪だけ目より少し上の高さで切られ、横髪は腹の辺りまでボサボサに伸びている。

 服は分厚く幾層にも重なった服を纏い、胸のした辺りからすねの真ん中程まで裾の広がった短めの袴と、それに続く様な長く厚い革靴を履いていた。

 更にその上から、黒い生地の裾へ数本だけ等間隔に引かれた金色の線とそれに重なるように彼岸花が描かれている羽織を袖を通さずに着こなし、最早元の体型が分からない程の厚着となっている。

 背丈よりは少し大人びている様に見える顔には生意気さを感じる不満げに閉じた口、少し眠たげな丸目の中には弾けそうな深紅色の瞳が渋く輝き、辰之助と麗を睨みつける様に見ていた。


「……あ、ぁ…こんにちは!寿 麗です!!」

 麗は勢いよく頭を下げる。

「………………」

 何も返事がない、というより

「…………………ボソボソ…ボソボソ…」

 声が小さくて何か言っているが聞き取れない、何とか聞き取るために恐る恐る麗は頭をあげる。

「……」

「……………………ボソ…」

「……えーと…」

 スタスタスタ…

 麗の返事を待たずして少女は早足で辰之助の方へと歩いていく。

「え!?あ、ちょ!!」

 引き止める麗をよそに少女は辰之助の顔をじっと見つめて居る。


「…あ、その…長陽 辰之助だ…よろしく…」

「………………」

「…ん?」

 辰之助は耳を傾けて聞き返す。

「………………よろしく…ボソボソ…」

「あ、あぁ…よろしく…」

(声小っさ…)


「さっきなんて言ったのー!?ねえー!」

「………………」

 再び麗の言葉を無視して次は鍛冶場の方へと歩いて行く。

「……もしかして…嫌われちゃった?」

 落ち込む麗をチラッと見て、鍛冶場の前に居た碧良へと語りかけている。

「………………ボソボソ…」

「んー?成程…分かりました」

「……?」

「えーと、「強く引っ張ってごめん、よろしく」だそうです」

「全然大丈夫だけど声が小さいから分かりにくよぉー!!」

「…………ごめん…次からちょっと大きく喋る…」ボソボソ

「それなら聞こえる!(まだちっさいけど)」

(…大きく喋れない訳じゃ無いんだな…)

「あぁ、彼女が緋舞鬼 弥宵ひぶき やよいさんです、こう見えてもはちゃめちゃに強いんですよ!」


 その紹介を受けて、弥宵は軽く頭を下げてから鍛冶場の鍵を開ける。


「弥宵さん、この二人が次の…」

「…知ってるよ、一緒に行くんでしょ、顔見せありがと」ボソボソ

 興味を持たないかのように素っ気なく言い放ち、鍛冶場の中へと入っていった。


「…それと凄く冷静で物静かなんです」

「それは何となく分かった」

「うん、ひしひしと感じた…というか何で刀触ったんだろ」

「さぁ、言葉より先に行動する人でもあるので…」

「…にしても声小さいな…聞き取れるか不安だ」

「慣れたら聞き取れますよ」


 そんな事を話していると、開いた扉からひょっこりと顔を出した。


「!!」

「………入るなら早く入れば?外に居ても邪魔だし」ボソボソ

 そういうとすぐに中へと戻って行った。

「そうですね、折角ですし入りましょう!」

「おー!!」

 スタスタスタスタ…


「お邪魔しまーす!!」

「…………ん…」

 弥宵が手を差し出す。


「……ん?何の手?」

「…刀…貸して」ボソ

「良いよ、はい!」

 シャキ…

 抜いた刀をじっくりと見つめ、刃腹を指でなぞる、柄を軽く撫でる等、何かを確かめる様な動きを一通りしてから口を開く。

「……これ、あいつのだよね?」


 先程とは違いハッキリ聞こえる音量、心無しか声にも圧が込められている。


「…あ、あいつ?」

「…晃次郎こうじろう

「…うん、そうだけど…?」

「……何で貴方が?」

「…え」

「…奪ったの?」

「いやいや!!違うよ!!譲って貰ったの!」

「…………本当に?」

「…ほんと!」

「………ふーん…ならいいや」ボソボソ


「………ほっ…」

「…でもこれは返して貰うね」ボソボソ

「え…えぇ!?何で!?」

「…あいつ用に作ったから、貴方には合ってない」ボソボソ

「じゃあ…私のは?」

「作ってあげる」ボソボソ

「いいの!?」

「利き手、見せて」ボソボソ

「…利き手?は、はい」

「…ん」ガシ

 麗は右手を差し出し、弥宵は有無を言わさずに前腕を掴んだ。


「!!」

(力強くない…!?軽く握った動きだったよね?)

「……ふーん…」 サワサワ…


 麗の困惑も全く意に介さず、弥宵の手が麗の掌を滑らせる。

 掴んでいる方とは違い、柔らかく指や手の甲に優しく触れていき、その度に麗の口から声が漏れる。

「……ん…んっふふ……くすぐったいぃ…!」

「動かしたら狂う」ボソ

「…そういわれて…もっ…んふふっ…!」プルプル…


 少し小さな手と指を巧みに使って、麗の指先から手首までの構造を入念に調べていく。

 時に撫で、時に絡め、時に擦り、甘く掻き出す様なもどかしくくすぐったい感覚に麗は我慢の限界を迎え始めている。


「……もう、やめ…んっ…!」

 その言葉も意に介さず弥宵は無言で淡々と麗の手を触っている。

「……………ん…もういいよ」

 突如解放され、麗は思わずぐったりとへたり込む。


「…っはぁ…はぁ…!くすぐったかった…!」

「…じゃあ作るから出て行って、初めてだから材料もお金も良いや」ボソボソ…

「も、もう帰るの!? 私達…」

「…別に私から入ってって言ったわけじゃないし…」ボソボソ…

「あ、出て行く前に、迅さんの居場所は知りませんか?」

「……さぁ…知らない、自由だから、あの人」ボソ…

「…そうですか、分かりました、それではまた」

「ん」

 ……バタン…!



 数分後、弥宵の鍛冶場から離れて三人は屋敷の中を宛もなくぶらぶらと歩き続けている。


「…うーん、一緒に行くの不安だよー…」

「さっきからそればっかだな」

「……だってさぁ…なんと言うかさぁ…あぁいう人って何話せばいいか分からないじゃん?」

「別に無理して話す必要は無いだろ」

「折角一緒に戦うなら仲良くしたいじゃん…それに…」

「それに?」

「あんなに小さいのに…きっと無理してるよ」

「あ、そうだ…言い忘れてました」

「「?」」


「弥宵さんの年齢、十七歳ですよ」

「えぁ!?そうなの!?」

「マジか…!」

 驚いた二人は思わず足を止めて、碧良の方へと体を向ける。


「私より年上!?見えない!比那ちゃんと同じかと思ってた!!」

「俺は紗那の方と一緒かと…確か比那が十四で紗那が十五だよな?」

「その二人よりも上ですね、私や千彩さんと同い年です……同い年なのに何処でこんなにも差が…トホホ…」


「……見えないね…」

「そういう体質か?」

「…まぁ、そんな感じです、彼女は人間ではありませんから」

「人間じゃない…妖魔って事?」

「いえ、鬼です」

「…鬼……鬼ってあの…角生えてがおー!みたいな?」

「その印象とは少し違いますね、人と妖魔の間と言ったらいいのか…人の形をした妖魔と言ったらいいのか…」

「…じゃあ私みたいな?私ってば半妖だし…」

「それとも違う様な…」


「妖魔の身体能力の一部を持った人、とでも思っておけ、体が人よりは強いが妖魔よりは優れていない、その位の認識で問題ない」


「……ふふふ、実は彼女、その中でも少し特殊な種族でして…」

「……?」

忌鬼いみき族、と呼ばれる凄く珍しい種族なんです」

「……いみ…き?」

「嫌な名前だな」


「…普通の鬼よりも妖魔の要素が濃くてある時期から見た目が成長しなくなる種族らしいです…細かい事は知りません…」


「…あ、だから弥宵さんは小さいままなんだ」

「はい、今はそれだけ知っていてくれれば大丈夫です、因みに今探してる迅さんも半分は鬼です」

「私と同じ!」

「それは喜ぶ事なのか?」

「何か親近感湧くじゃん?半人同士の苦労とか」

「お前最近目覚めたばっかりだろ」


「うるしゃい! 仲良くなれれば何でも良いの! まずは共通点を探して、会話の取っ掛りを作るのがお話の鉄則!! それを怠ったら友達ができないよ! 辰之助は居るの!? 友達!」


「最近出来たな、ちんちくりんで桃色の服着た騒がしい年下の女子」

「それ私でしょ!?もし私が見捨てたらどうすんの!?」

「千彩とか晃次郎を頼る」

「むきー!! この屁理屈男め! 精々蜂に刺されて毒で苦しめば良いよ!!」


 頬を膨らませて麗はプンプンと怒りながら二人を置いて早足で先に歩いていった。


「…捨て台詞に実感込めすぎだろ」


「いやー怖いですからねー…蜂って…」

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