第30話 饅頭

「……うぅ…うぅぅ…もぐもぐ…」

 説教が終わり三人が帰った後、食事を済ませた辰之助たつのすけ千彩ちさは縁側に座り、しょぼくれながら屍樂田姉妹からの貰った饅頭を美味しそうに頬張っていた。


「…まさか歳下の子からあんなに説教される日が来るとは…️もぐもぐ…」

「……想像以上に辛いんだな、怒りを通り越した呆れの説教に何も言い返せないのって…」

「説教という行為は大多数が正当な理由からなるものですから…もぐもぐ…」

「…ははは…違いない……にしても…久しぶりだ…」

「?」

「下らない事して、誰かから説教されるのは…」

「………」


「…ていうかこれ美味いな…食後なのにどんどん食えるぞ」

「……このお饅頭…昔から大好きなんです…一回くらいしか言ってないのに比那ひなちゃんは覚えててくれたみたいで…」

「…やっぱり愛されてんだな」

「…はい、私が思う以上に皆さんは私の事を好きだった様です」

「…それ言ったら「気づくのが遅い!」とか文句言われるんだろうな」

「クス…比那ちゃんとか跳吉とびきちさんが言ってそうです」

「ふは…!確かに、あの二人なら腕組みながら偉そうに言うだろうな…! 俺でも想像できる」

「……………………」


「ははは………んぁ?どうした?何か付いてるか?」

「……………あぁ、いえ……いや…はい…」

「どっちだよ」

「………その、口に餡子が…」

「……早く言えよ、恥ずかしい…」

「…クスクス…少しからかってみたくなって…」

「…ったく…紙くれ」

「はい、どうぞ」

「おう」

 ゴシゴシ…

「……ん、どうだ?」

「…まだ少し…」


 ヒョイ、パク…

「!!」

「よし!…取れました…」

「……………」

「……どうかしましたか?」

「……いや、何でも…」

「…でも少し顔が……赤い…気…が…」

「………………///」

「…………」

「…なぁ、今の…」

「…………ひぁ……あぁ……ぁぁぁ…///」

「…千彩?」

「………ご…」

「……ご?」

「ごめんなさいぃぃぃぃ!!///」

「千彩ぁ!」


 ドタドタドタドタ……ガラピシャァァン!!

「……既視感あるな…」

(………くそ…思わず固まっちまった…)

「……はぁ…ていうか」

(…どうすんだ…一個余ってんぞ……六個入りで俺はもう三つ食べたし…明日に回すか…いやでも今日までって言ってたし…そうだ、れいは今…海行ってんだ…まぁいい、気まずいが千彩の部屋の前に置いてくるか…)


 スタスタ…



 ―――千彩の部屋

「すぅぅぅぅぅ…はぁぁぁぁっー…!!///」

(な、何してるの!!ほんっとにもぉぉ!!)

「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ぅっ…ゲホッゲホ…スイスギタ…///」

(ーっ!!///)

「……はぁぁぁ………ぁぁぁぁぁ↑…!!///」ボスン!!

(恥ずかしいー!恥ずかしいー!!帰ってからずっと恥ずかしい事ばっかりしてるよぉー!もぉぉぉ!!初対面の時頑張って格好良く自己紹介したのにぃぃ!!今思うとあれも恥ずかしいぃぃぃぃ!!///)


「んもももぉぉぅぅぅぅぅ!!///」

 グルグルグルー!ゴロゴロゴロー!!

 布団に包まり枕に顔を押し付け、全身全霊をかけた恥辱の叫びを全て吸引させる。

 数十秒暴れた後、糸が切れたかのように動きが止まり、千彩の全身に疲労感が襲いかかった。

「…………はぁ………………はぁ…」

(……疲れた…紅重と戦った時くらい疲れた…)


 キィ…………キィ…


「?」

(…誰か部屋の前…)

「千彩、起きてるか?」

「た、辰之助さん!?!?」

(どぉしてぇ!?ある意味一番会いたく無い人!!いや家に居るの二人だけだから当たり前だけど!!///)

「…お、起きてます…ど、どうかしましたか…!?」

「饅頭余ってるから部屋の前に置いとくぞー」

(……そういえば六個入りなのに二つしか…そうだ…)


「…れ、麗さんは?」

「さっきも言ったが海に行ってるから帰ってくるか分からない」

(……相変わらずどういう事?)

「とにかく置いとくぞー、欲しかったら食えよ」

「あ、ありがとうございます…!」

「じゃ、おやすみー」

「…はい、おやすみなさい…!」

「…………あ、そうだ」

「…?」

「…”さん”は無理に付けなくても良い」

「…」

「じゃあな」

 スタスタ………ピシャ


「…………」

 シー…ン…

 数歩の足音と扉が閉まる音の後、突如現れる大きな静寂。

 つい先日までの千彩にはその静寂は耐え難い程の凶器であり、苦痛と恐怖、そして失った悲しみの象徴でもあった。


「………………ごくり…」

 カラカラ…

(…右良し…左良し…)

「……すぅ…!」

 パシ!ピシャ…!


 だがこの日は

「…………ふぅぅ…」

 少なくともこの日だけは

「……」

 彼女の心から負の思いが一切消え去り

「…………はむ…」

 僅かな疲労感と背徳感

「………もぐもぐ…」

 そして暖かな胸の高鳴りが

「……………………えへへ…///」

 彼女の心を、優しく満たしていた。

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