第29話 来客
外は暗くなり始め、昼の温かさはもう既に消え、夜の街中を冷気と化した海風が襲って、少しずつ辺りの気温を下げ始めていた。
そんな中、そんな街道を少し寒そうに歩く二つの人影。
少し背の低い少女と、線が細く背の高い男、その二つ人影がとある家の前に辿り着く。
それと同時に足を止めて、叩く間もなく意気揚々と扉を開けた。
ガラガラ!
「ただいまー!」
「おーい!千彩ー、無事かー?」
二つの人影がその姿を表す。
一人は明るい声と口調で楽しげに玄関を潜り、もう一人は遊びに来たかのように自然に砕けた口調で他者の家へとその足を踏み入れていた。
「…おう…おかえりー、
扉の音と麗の声に反応し、玄関まで顔を出した
「あの子は仕事、というかもう亭主気取りか?俺は認めてないぞ、まずは俺を倒してからあの世の両親にご挨拶に行け」
「妙に怖いし普通に違う、千彩が寝てるから代わりに色々やってんだよ、にしても家が広くて掃除がしんどい…本当に一人暮らしの広さか?」
「一応な、あの子も手の回らない所は掃除出来ていない、だが使用人を雇う金も無いからそこら中汚れてる」
「…本当に隊なのか?」
「それも一応だ、街の奴らを鍛えたりはしてるから、掻き集めれば何とか隊と呼べる」
「…………」(それはもう…隊とは違うだろ…)
「色々と気持ちはわかるが、その顔はやめてくれたら助かるな」
「…まぁいい、何の用だ?」
「あの子が心配だから見に来たんだ、顔見たらすぐに帰る」
スタ…スタ…
「おひゃようー…ごじゃいま…」
「おう、起きたか、体はどうだ?千彩」
「……す…」
「…どうかしたか?」
「…………」
「…?」
「……はっ!いえ!何も…!大変お見苦しい所を…!」
「…見苦しい?何がだ?」
「なんでもありません!私は元気です!顔を洗って来ます!」
ドタドタ…!
「走ると危ないぞー」
「…ははーん…?」
「何だ、その顔」
「何でも〜?」
(…マジか…あの野郎……いやまぁ…あの子の両親も似たような速さだったし…子は親に似る…って事か)
「…………ぐぬぬ…」
「…んぁー?」 チラ…
「………むむー…距離が近い様な…!」
「!!」(おいおいおいおい!こいつもか!!)
「どうした、跳吉…そんな驚いた顔して…それに麗は何を怒ってるんだ?」
「ふん、別にー?」
「……たっはー…いやぁー、やるねぇ色男さん」
「…はぁ?」
「何でもない!良し!千彩の元気な姿も見れたから帰るぜ!嬢ちゃんも今日はありがとな!」
「っ!嬢ちゃんじゃ無いってば!麗!」
「はっはは!そういう事にしといてやるよ!じゃあな!」
シュタァン!
明らかな他意を含んだ爽やかな笑顔と共に軽い足音を鳴らし跳吉の姿が夜の街中へと消えていった。
「ちゃんと名前覚えてよー!!」
「…………」
「……ふー…あ、改めてただいま…千彩さんと打ち解けれたみたいで良かったね!ね!!」
「…おう、おかえり…」(何か怖いな…)
「ご飯は?」
「適当に魚焼いといた、新鮮なのが売ってたからな」
「……あれ、お金は?」
「………………」
「………辰之助?何で目を逸らすの?」
「………」
「おーい、お金はー…」
「…ツケ…」
「?」
「討魔隊って言ったら…ツケにしてくれたから…」
「…え…普通に最低じゃん」
「今は金が無いんだよ!歳典から貰った分は
「お礼とかは?」
「流石にあの惨状見てたら貰えねぇよ、犠牲者は無しでも街は半壊だぞ?」
「あー…」
「…もう少し残って手伝ってやれば良かったかな…」
「私が目覚めるまでって約束だったんでしょ?なら大丈夫だよ、辰之助が壊した訳じゃないんだし」
「……………あぁ…」
「…何?今の間…」
「大丈夫だ、俺が壊したとこは直した」
「…ほんとに?」
「…ホントホント、ヤルコトヤッタ」
「………………ジー…」
「…………………………」
「……………………ジジー…」
「…ちょっと残して来ました…スミマセン…」
「……もしかして嘘つくの下手?」
「いやいや嘘じゃない!やれる事はやった!マジで!その上で出来なかったことはあるが…」
「また行く?」
「…行かない、あんな格好つけて出て来たのに戻るのは流石に…」
「………………」
「……ダカラユルシテ…」
「…………ぷふ…!」
「…?」
「…ぶっはは!初めてそんな顔見たぁ…!情けなーい…!」
「……もしかして嵌められた?俺…」
「いやー、ごめんごめん…千彩さんの事言えないくらい辰之助も気が張ってた感じしてたから…ちょっと安心しちゃって…」
「…そんな気は無いが」
「多分…根底にあるんだよ、気が抜けない事情が……だから意識しなくても警戒しちゃう」
「………」
「…でも、さっきのはそれを感じなかったよ、何と言うか化けの皮?が剥がれた…的な?」
「…やっぱり馬鹿にしてるな?」
「…してないってば……ふふふ、あー何か、初めて辰之助の駄目な所見た気がするなぁ、今までずっと見てたけど格好良かった所ばっかりだったからさ…」
「…くそ…そう言われると恥ずかしい…!」
「…むふふふー……………………………ん?」
「ん?」
(……あれ、私今なんて言った??)
「どうした?」
(…え、ずっと見てたって言っちゃった?もしかして…しかもかっこいいって…!?)
「…おーい」
「ーーっ!!///」
(やばいやばい!急に私の方が恥ずかしくなってきた…!!)
「………顔赤いぞ?熱か?」
「……わ、私も…」
「…?」
「顔洗ってくるー!!!!」
ドシュゥゥ!!
「麗!?そっちは海だぞー!?」
ドダダダダダダー…!
「………行っちまった……つーか速いな…」
(俺も置いていかれないように頑張らねぇと…)
感心と向上心を胸に辰之助が家の中へと戻ろうと振り返った瞬間、何処からか聞き覚えのある音が聞こえる。
「…ん?」
チリン…
辰之助が音の源を探るよりも早く、その音の主は黒く靱やかな四肢を軽やかに浮かせて辰之助の頭へと飛び込んできた。
ニャォーン!
ボスゥ!!
「ぅわぶっ!」
『こんばんは、ツケの色男さん』
「
『はい、最初から…それなりに幻滅したのでお母様にはついでで報告します』
「分かってる…それにちゃんと稼いで多めに返すつもりだ」
『どうやって稼ぐ気で?』
「働く」
『何処で?』
「明日から探せばいいだろ」
『それを待ってくれるとでも?』
「……」
『…はぁ…全く…貴方はもう討魔隊ですよ?私達が雇い主であり、貴方は組織の一員なんです』
「……つまり?」
『こんな事で勝手に名前は使わないで下さい』
「…すまん」
『やってしまったものは仕方ありません、今回は私の懐から立て替えておきます、一つ貸しですよ』
「ありがとう…」
『さて注意も済んだので、本題に入りましょう』
「…?」
『まずは千彩様の事、本当にありがとうございました、貴方と麗様が止めてくれるなら彼女も無茶は控えるでしょう』
「…あぁ、いや別に…」
『「俺は何もしていない」、ですか?立ち上がったのも振り切れたのも彼女自身の精神力だと?』
「…お前…その能力狡いだろ…」
『ふふ、どうも…しかしそれだけでは無いのは確かですよ』
「?」
『ちらりと見た彼女の姿、昨日よりも明るく見えたので』
「……そうか、それは良かった」
『そんな貴方に頼みたい事があります』
「…頼みたい事?」
『…言い換えるなら、任務です』
「……?おい、話と違うんじゃないか?確かに俺はお前達に協力するとは言ったが、それは奴に関する事を優先的に…」
『ツケ』
「はい、何なりと」
『よろしい、それに脅さずとも今回の任務は貴方の目的とも関係があります』
「……」
『その方の仲間と思わしき人が、我々が睨んでいた街に現れたとの情報が入ったんです』
「!!」
『裏は取れているので間違いはありません、ただし問題があります』
「……何だ…?」
『お母様の予知が出ていないんです』
「予知?…何の事だ…?」
『私のこれと同じく、お母様の持つ能力です
自分を中心として大きな何かが起こる寸前、その物事に関係する者、出来事に関係する人物達の結末を予知する事が出来る程の情報が「道」と「光」に変換され、お母様の脳内に現れるんです』
「…?」
『短く言うと大雑把な未来予知というやつです』
「…強いな…」
『しかし決して万能じゃありません…お母様が見る未来に繋がる道は、一人であっても幾重にも枝分かれし、誰がどう選択したかで、その者の歩く道は変わります、良い未来なら光り輝く道、悪い未来なら暗く淀んだ道が見える
そこでどんな選択が起こるかまでは分かりませんが誰がどういった影響を与えるかは、少しだけ分かると言っていました
つまり選択次第ではその複雑な道が交わり、再度幾重にも選択を重ね合い、未来へと進んでいく…』
「じゃあ無限にあるじゃねぇか、自分以外も見えるんだったら尚更多い…そんなの分からないのと殆ど同じじゃないか…」
『あくまでお母様が見ているのは「自分を中心とした周りの人間の道」です、関わりが無ければ道はそもそも現れず、関係が薄ければ遠くに位置して交わる事もありません
あくまで中心はお母様であり、本来は自分の未来を示すだけの能力でしか無い、周りが見えるのはあくまで自身に交わるからと言うだけなので
…しかしお母様は他者の道まで見据えて救おうとしているんです…』
「………じゃあ…」
『…そして、今貴方が言葉にしようとした「自分の様に何の関係もない人を絡めていいのか」という疑問ですが』
「先読みやめろ」
『本来滅多に起こる事はありませんが、他者の未来に深く交わる道が突然現れることも当然あります、その出会いによって凄惨な死を辿るか輝ける生に向かうか、それをお母様は取捨選択し、討魔隊の者達を集めてきました』
「…そんな薄い根拠で、良く俺に近づいたな」
『外した事は無いので、それに間違いではありませんでしたでしょう?彼女の表情がその答えです』
「……その交わる道の中に…麗は居たのか?」
『そこまでは流石に…私はあくまでも貴方の話しか聞いていませんでしたので』
「…じゃあこの状況も、少なくとも俺に関してはあいつの掌の上か…」
『…予知は、大きな出来事の寸前にしか出ません、恐らく礎静町の一件がそれに当たります、お母様が見れるのはそこでの選択とそれによって起こる結末の善し悪しだけです、今の状況までは見えていないかと…』
「……あくまでできるのは、少しでも良い方に誘導する事だけ…って事だな…」
『はい、未来なんて無限に広がる旅路なんですから、それが全部見えたら頭爆発してしまいます』
「…大きな出来事の寸前だけ…つまり今回の話で見えなかったら…」
『貴方にとっては分かりませんが、少なくともお母様にとっては取るに足らない話だったということになります、悪しからず』
「………」
『…安心して下さい、お母様曰く貴方は「この先深く関わる人物」らしいので、もし予知があれば必ず貴方が居るはずです』
「それまでは待機か?」
『そういうことです、何時でも発てる準備はしておいて下さい』
「分かった」
ドタドタ!!
「お待たせしました!!…ってあれ?お二人は?」
「跳吉は存在しない家に帰って、麗は母なる海に帰った」
「…跳吉さんはともかく麗さんはどうして?」
「知らね」
「…でも話し声が…」
ニャォ
「あ、虚さんでしたか、こんばんは」
ニャニャニャー
「何のお話を?」
「任務の話を…」
「あぁ、なるほど…では
「…これって、もしかして通過儀礼なのか?」
『変に遅くなるよりは良いでしょう?』
「………」
「…あの、もしかして…今から…?」
『おや?悲しそうな顔…』
「…?あ、いや、予知がどうとかでまだ分からないらしい」
「そ、そうですか…!良かったぁ…!」
「…そんな喜ぶ必要ないだろ…大袈裟な…」
『おやおや〜?』
「……なんだよ…」
『…あ…ニャほん…!失礼しました…』
(そういえば…俺が討魔隊に入る条件って千彩に言ったか?)
『貴方からは?』
(言えてない筈…復讐って事は知っていたが)
『それは私が告げ口したからですね』
(おい)
『いいでしょう、いずれ私から話します、貴方には貸しを作ると良いと分かったので』
(こいつ…)
「…もしかして、さっきから脳内で会話してます?」
「あ、あぁ…こっちの話だからな」
「……そうですか…」
「お前は気にしなくて…」
『あぁ!辰之助様!ほら、千彩様がまた寂しそうな顔を!』
(…頭の中で大声出すな、響く…!)
『見て下さい!あの下がった子犬のような目尻とちょっとモゴモゴして何か言いたげな口!そしてお腹の前で行き場を失った両手を合わせて軽くニギニギしてます!何とかしなくては!』
(はぁ!?何すんだよ!)
『知りません、自分で考えて下さい、貴方が招いたんですから』
……ムカ…!
(いやお前が言ったんだからぁ…!)
「ふんぅ!」
ガシィ!
にゃぁ!?
「ふふふんんぅぅ…!」
ブニニィ…!
(お前も一緒に考えろやぁ〜…!)
ハャヌャヌャ…ハヌャ…!
(…手が離れたんだから言葉にしてくれないと分かりませんよ!あと頬っぺた潰しゃにゃいじぇ……くっこうなったら)
(目で察しろ、俺の言いたい事を!)
(…目は口ほどに物を言う作戦です…!)
ジジジジー…
「……」
(…二人とも見つめあって動かなくなっちゃった…というか猫の体ってあんなに伸びるんだ…)
「……………」
(……何か…)
「………………っ…」
(何だろう…凄く…)
「…………………………ムス…!」
(……胸がムカムカする…!)
「お二人共、そのくらいで良いでしょう…!」
スタスタ…
(千彩様?)
ガシ!!
(えちょ、千彩様、それ私の後足…!)
ググググギギギィ…!
「もう離れなさーい!!」
ハャギャギャギャギャァ!
(うごごご…しぬぅ…!)
「離せっ…千彩ぁ…俺はまだこいつと話が着いてねぇ…!」
「話しって…ひたすら見つめ合うことが話ですか…!?」
「目で会話してたんだよぉっ…!今良いとこだったんだ…!」
ニャガガガガガ…!
(何が良いとこだったんですかぁ…!?何も通じあって無かったですけどぉ…!?)
「…とにかく離せ、虚がちぎれちまうぞっ…!」
「そっちが離して下さいー、虚さんが可愛そうでしょうがぁ…!」
(どっちでもいいから早く離しでぇぇ…!)
ガラガラガラー!!
「千ぃ彩ぁ!元気かのぉ!?まぁた倒れたって聞いて来た…」
「…お、お邪魔します…お疲れかと思ってお饅頭持って来ました…」
ギギギギギギ…!
「離せぇ!」
「離してぇ!」
ゴゴゴゴ…!
「………
ッ!!ニャニャ!!
(あ!
「………すまん!間違えたわ!」
「え!?いや!どう見ても虚さ
(…………………)
(……………え?助けてよ…)
数分後、紗那による決死の説得で覚悟を決めた比那の手によって二人の狂行は何とか食い止められ、虚は辛うじて一命を取り留めた。
年下である比那から呆れ混じりに説教された二人は「つい意地を張ってしまった」と容疑を認め、二人仲良く虚へ誠心誠意の土下座と貸しを三つ作るという罰を与えられた。
被害者である虚は「確かに私が悪かったのかも知れないが、思わず死を覚悟した程度には辛かった」と紗那の膝の上で撫でられながらその思いを吐露した。
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