第26話 試し

 チュンチュン…

「ん…」

 いつもより少しくぐもった鳥の声といつもと変わらぬ陽の光に起こされてゆっくりと目が覚めた。

「…やたら寝ちまったな…ふわぁ…」

 窓を開けて外を見るといつも起きる時よりも日の位置が高い、もう昼に差し掛かるほどの時間だろう、どうやらかなり寝坊したらしい。


「……と…よし…」

 布団を畳んで部屋の隅に置いて部屋を出る。

「……ねっむ…」

 僅かに残った眠気を吐き出すように欠伸をしながら廊下を歩いていると

「わああぁぁぁ!?」

 昨日れいが入っていった部屋の前を通る瞬間、中から大声が聞こえてきた。

「!!どうした!?」


 ガラ!!


「うわぁ!?誰!?」

「俺だ!辰之助たつのすけ!」

「あ、ほんとだ、髪下ろしてたから分かんなかった」

「お前も寝癖すごいな」

「…いつもこうなんだ、毎日めんどくさいよ」

「それより、大声出してどうした?」


「そうだ!昨日千彩ちささんと一緒に寝たんだけど、起きたらいなくて…」

「…そんなことで?」

「消えちゃったのかな…」

「そんな訳あるか、多分道場だろ」

「え?何で?」

「…跳吉とびきちうつろから聞いたが、毎日鍛錬してるんだと」

「ほへー…それが強さの秘訣と…どのくらいやってるんだろうね」

「……どのくらい…まで…」


『酷い時は…気を失うまで…』


「…」

「辰之助?」

「…麗…昨日千彩に教えて貰った救急箱をもって道場に行ってくれ」

「…え?」

「念の為だ、場所は分かるだろ?」

「まぁ…昨日聞いたから…何となくは分かるけど…」

「俺は水を汲んでいく、見つけたら出来るだけ涼しい場所まで運んでくれ」

「運ぶ!?どういう事!?」

「…行けばわかる、早くしろ」

「う、うん…!」



 すぐさま道場へと向かい、扉を叩く。

 ドンドンドン!!


「千彩さーん!居るー!?」

 シーン…

 返事は無い。

「おーい!!」

 再び叩く。


 ドンドンドン!


 相変わらず返事は無い。

「…もう!入るよー!」


 ガラガラ…


「……え?」

「………………」

 入った瞬間、麗の視線はある一点に釘付けになった。

「千彩さん!?え!?何で!?」

 密閉され、外よりも暑く蒸されるような道場の大部屋、その中心で千彩が汗だくになりながら倒れていた。


「大丈夫!?ってか手の皮めくれて血だらけじゃん!!」

「……………ぅ…」

「…何て…!?」

「…………み…ず…」

「…お水ね!分かった!とりあえず運ぶよ!」

「………………ぃ…」

「…よいしょっと…何か軽いね…!」

 タタタタタ…


(…とりあえず…いちばん近い縁側まで運んだけど…私治療とかできないよ…!どうしよう!)

「…やっぱりか…!」

「辰之助…!ってえぇ!?」


 バシャバシャ!!


 ようやく現れた辰之助、その手には大量の桶と水筒を初めとした色々な物が抱え込まれていた。


「いやそんなに水いる!?桶三つは流石に多いよ!」

「飲ませる様、手ぬぐいを濡らす様、予備だ、ついでに色々と持ってきた、怪我とかはあるか?」

「手の皮が剥けてて…でも私…よく分からないから…」

「分かった、俺がやる、お前はそれ以外を頼んだ、全部終わったら手ぬぐいを濡らしてあおってくれ」

「それ以外って!?」

「…水を飲ませて、塩飴を舐めさせて、上の服を楽になるように少し開いて、濡らした手ぬぐいを当てて置くなりすれば少しはマシになる」

「…色々知ってるんだね…」

「…経験したからな…お前もそれくらい知っておけ、死ぬぞ」

「いやー、こういうのになったこと無くて」

「…なんと言うか、結構逞しいよな…」







「……ぅ…ん…」

 ………あれ…何してたんだっけ…


 パタパタ…


 何か…涼しい風が…顔に…


 あぁ、そうだ…二人が起きるまで鍛錬をしようとしてたら…また夢中になって…それで体が言う事を効かなくなって…


「…!」

「…お、起きたか?」

「…辰之助…さん…?」

「布団は持って来れなかった…」

「…いえ、慣れてますので…」


 少し自嘲気味に起き上がって縁側から足を下ろして、彼と少し離れた位置に座る。


「麗さんは?」

「念の為に人を呼びに行った」

「…そうですか…」

「…あー…ところで…」

「…何でしょうか…」

「…あの話、マジなんだな」

「?」

「…跳吉と虚から聞いた、その過度な鍛錬癖も、それに至った理由とその過程や苦労も…」

「…!!」

「……はっきり言うが…馬鹿だな…お前」

「………はい…」

「何でそんなに焦ってんだ…死んだら意味ないぞ…」

「…最近はマシになっていたんです…体力の限界が来たら、倒れる前に止めるくらいには余裕が生まれてました…」

「…なら何で…」


「……礎静町いしずちょうで…私は何も出来なかった…ただの雑魚を何とか数体倒しただけ…紅重べにしげ姉弟も結局お二人が倒してくれて…更に身勝手な行動で町の方達が危険な目にあって…仲間が来てなかったらどうなっていたか…」


「…でも、歳典としのりはお前が居なければ死んでた」

「いえ、あれは辰之助さんが時間を稼いだ上での横取りです…恐らく貴方であっても結果は同じでした」

「………」


「…結局…あの街で私は何も守れていない…ただ皆を巻き込んで、無駄に危険な目に合わせただけ…良い方法はもっとあったはずなのに…」


「…俺も賛同した、お前だけのせいじゃない」


「……少し…自惚れていたんです、心に余裕が生まれたのは自分が強くなったからと思ってたから…少し自信が付いた気がして…嬉しくなって、討魔隊の一人として…少しはマシになれたかなって…」


「……確かに…出会った時の名乗りは楽しそうだったな」


「……本当は違った…私には名乗る資格なんて無かった…あれは油断と傲慢の果てに生まれた腐敗の兆候でした…」


「…」


「…それに気付いてからは帰ってくるまで…帰って来てからもずっと…"もっと頑張らないと"…"このままじゃ駄目"…"次こそは"…そんな言葉がずっと頭の中を支配していて…鍛錬中もずっと頭に響いて…いつの間にか…っ…あんな…ことに…」

「…」

「……っ…」


 包帯が巻かれた自身の手を見つめる、少し視界が滲んできた…情けない…


「また倒れてっ…人に沢山…迷惑かけて…!」

「………」


「何も…何一つ…私は、変われてない…!あの日からっ!!あの時からずっと!何一つとして成長してない!!弱くて…!馬鹿で…!ただ生きてるだけの役立たず!!」


「………」

「ふざけるな!!何で!何で!!何で…!!」

「…」


「…何で…こんなに頑張ってるのに…!」


千彩の目から大粒の涙が、包帯の巻かれた手へと落ちていく。


「……お前は…何で戦ってるんだ?」

「……母との誓いを、守る為に 」

「…誓い?」

「……それほど大層なものではありません、母と最期に交わした、口約束です」



 ―――――――


『ゴホ!!ゴホゴホ!ケホ…!』

『お母様…』

『…千彩…心配かけてごめんね…すぐに…コホッ…良く、なるから…』

『今日もお食事を作りました…食べられますか?』

『……そうね、少し食べるわ…』

『…どうぞ』

『………ぁ…ん…』

『……………どうですか?』

『……うん!とっても美味しい…!』

『…っ…! やったぁ!』

『……クス…』


 コォン!コォン!


『呼び鈴…』

『あら、灯黎あかりが来たみたい…ちょっとお話するから、お迎えしたらお部屋に戻っててくれる?』

『はい!』

 タタタタ…


『こんにちは!』

『こんにちは、彩袮さんは?』

『自分の部屋で布団に…』

『分かった、ありがとう…お話終わったら呼ぶから』

『はい!』


 ――数十分後

『……まだかな…』

 ガラ…

『灯黎さん!』

『…彩袮さやねさんが呼んでたわ、行ってあげて』

『はい!』

 タタタタタ…


『…………はぁ…』




『お母様!』

『…千彩、こっちに来なさい』

『何でしょうか…』

『…まずは千彩、誕生日おめでとう…』

『……?まだ二日程早いです…』

『…うん、先に言っとこうと思って…それと聞きたい事が一つ…』

『…何でしょうか』

『……貴方は将来、どうなりたい?』

『…どうなりたい…』

『…うん…どんな人になりたい?』

『勿論!お父様みたいに強くかっこよくなって、お母様みたいに色んな人を守れる優しい人になりたいです!』

『…っ…そうね、貴方ならきっとなれる…そんな立派な人に…』

『約束します!』

『えぇ、約束…!』



 ―――――――


「……次の日の朝、母の体調は急激に悪化して…灯黎さんのほぼ丸一日の看病も虚しく…私の誕生日を迎える寸前に…」

「…………」

「…失礼を承知で聞かせて下さい…」

「何だ…」

「辰之助さんは、大切な人を失った事はありますか?」

「……………まぁ、ある…」


「…そうですか…すみません…」

「……はっ、何でお前が落ち込むんだよ」

「…いえ、皆がそうなのに…自分だけ甘える訳には行かないって思いまして…」

「…はぁ、マジか…筋金入りの生真面目だな」

「え?」

「良いんだよ、甘えても、それをするのに資格なんて必要ない」

「…でも…」

「誰もお前が苦しむ姿なんて、望んで無いぞ?」

「…」

「跳吉や虚もずっと心配してた、中々来れないって悔しがってた」

「………」


「だから、あんまり気負うな…誰もお前の事は責めてないし、急かしてもない」

「…だけど…」

「確かに気持ちは分かる、俺もお前も大切な人を失ってるし、自分の弱さに恥じて強さに焦ってる、だから一緒に探って行こう」

「…探る?」


「おぉ、どの位の鍛錬が合ってるか…とかどんなご飯が好きか、嫌いかとか、どんな時間に起きて寝る、とか…まぁ色々だ……お互いに監視しあって、何か分かる度に悪い所と良い所を見つけて伝え合うんだ、ずっと見てれば絶対にそういう所が生まれる、だから……えっと…だか…ら…」


(…待てよ…いやこれ…一緒に暮らすの前提じゃないか?それはまずい…色々と…)


「…いや…えーっと…そういう方法も…あるにはあるが…そんな急がなくても良いし今はまだ無理に決めなくても…!」

「…とても良いと思います、麗さんにも伝えて三人で暫く過ごしてみましょう」

「…え……あー…、あぁ!そう…だよな!一回試しでやってみる…か…」

「…はい…!」

「……っ…」

(…まぁ…良いか…まだ心配だしな…)


 灯黎を連れた麗が戻るまで、二人はどこか噛み合わないまま、これからの事を話し合った。

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