第25話 無彩の夢
―――あれ、ここは…
私の家…?
確か食事をして…お風呂に入って…
何だか…体が軽くて…ふわふわしてる…心地いい様な…嫌な胸騒ぎがする様な…
『…すみません…
『……そう…ありがとね…ゲホ…』
『本当に大丈夫ですか…? 貴方が無理をしてもしもの事があれば…』
『大丈夫よ、少し寒いだけだから』
玄関で誰か…お母様と話してる…?
…この声、
何の話をしてるのかな…
気付かれないように…こっそり…
…あれ…灯黎さん…泣いてる?
お母様は…顔が見えない…
『…!
あ、気づかれた…
『あら、千彩…おはよう…よく眠れた?』
えっと…二人の話す声が聞こえて…
『うるさくてごめんね、ちょっと灯黎ちゃんと行く所があって…すぐご飯作って出ないと…ゲホ!ゴホ!』
気にしないで下さい、一人で作れます! お母様も無理しないで下さい…!
『……そう、偉いわね…』
えへへ
『…千彩…こっちに来て…』
何でしょうか?
『…ごめんね…ちょっと抱きしめさせて…』
…お母様…?
『……っ…これから忙しくなるから…家に帰れなくなっちゃう事があるの…』
え…
『出来るだけ帰るようにはするから、寂しい思いさせてごめんね…』
全然寂しくないですよ!もうすぐお父様とお姉様が帰ってくるのでへっちゃらです!
『…!』
『……千彩…二人は…その…』
『…そうね…!そうよね…!貴方は…強い子だもんね…!』
『…彩袮さん…』
…お母様…何で泣いてるんですか?やっぱり病気が…?
『……私も…ちょっと寂しくて……寂しくないように跳吉さんとか虚ちゃんとか…出来るだけお願いして、お家まで手伝いしに来てもらうから…』
……?はい!
『…だから、お互い頑張ろうね…』
はい!
―――――
「…っ!!」
全身からふわふわとした夢心地の感覚が消え去り、強引に引き戻されたかの如く目が開く。
「……ぅ…はぁー………はぁー…!」
溺死寸前の状態で息を吸ったかのように様に荒く深く、苦しみに満ちた呼吸を繰り返す。
「……っ…はぁー……はぁー…」
(…私の家…また…あの夢…)
呼吸が落ち着いて来ると同時に汗だくの重い身体を起こし、漠然とした不安に襲われた心のまま、何かに縋るように辺りを見渡す。
横には幸せそうな顔で涎を垂らして、千彩が起きた事も全く気付かず楽しげに眠っている麗の姿が目に入った。
「うへへへぇー…さんしょく…」
「…っ…」
その姿を見たせいか少し気が抜け、僅かな余裕と安心感が心に生まれる。
「……すぅ…ふぅぅ…」
深呼吸して汗だくになった布団から出て、洗い場に持っていく為に一度畳む。
麗の乱れた掛け布団を、礼を伝えるように丁寧に掛け直し、畳んだ自身の布団のみを運び出す。
外はまだ夜と朝の境の時間、どちらかと言うと夜の要素の方が強い、夜更け間際の明るさだった。
(……汗が気持ち悪い…)
そんな気持ちのまま、洗い場に布団を起き、井戸から朝に使う分の水を汲んでいく。
(これ終わったら…軽く水浴びして…ご飯は二人が起きてからでも大丈夫かな…布団も纏めて洗って…他は…他…)
『…ごめんね…』
「…………っ…」
ふと脳裏を過ぎるのは寸前に見ていた夢。
それは鮮明に頭を支配する、夢という名のかつての記憶。
強く、優しく、時に厳しかった母が見せた最初で最後の弱音。
一体どれほど辛かったのだろうか、病床に伏せ、肉体的にも精神的にも弱っていた所に届いた最愛の夫と娘の訃報。
それでも、あれっぽっちの弱みしか見せなかった、少なくとも私の前では数滴の涙しか見せなかった。
それどころか私を思い、抱きしめてくれた。
その思いに報いたい、その愛に報いたい、否、報いなければならない。
充分貰った、なら後は返すだけ…こんな所で燻っている訳には行かない。
強くならないと、もっと強くなって…少しでも返さないと、私が死ぬ瞬間までお母様の生きた証と意志を残さないと。
「……よし…」
決意を改めた千彩は家の裏にある道場へと足を踏み入れる。
何年も使い続けている柄が血で滲んだ木刀を握り、何千、何万と繰り返した基本稽古を今日も開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます