第24話 約束
「はうぅぅぅ…恥ずかしいぃぃ…」
兆の話が終わった後、広間から逃げる様に二人と共に出た千彩は変わらず顔を赤くし、両手で顔を覆いながら二人を連れて廊下を歩いている。
「き、気にすることないよ!添い寝なんて!皆するもんね! ね!?」
「…あぁ…そうだな、子供の頃の話だし、添い寝はまぁ…普通じゃないか?」
「ひぅぅ…気遣いが辛いぃぃ…!」
爆発しそうな程に顔どころか耳まで真っ赤に染まり、更に顔を抑えてその場で立ち止まってしまう。
「大丈夫だって!親近感湧いたし!」
「同感だ、ようやく年相応の姿が見れて嬉しかった」
「…親近感? 年相応?」
顔を覆っていた手をゆっくりとどけ、振り返りながら少し潤んだ瞳で二人の方へ恐る恐る振り返る。
「うん、出会ってから今までずっと真面目な所しか見てなかったからさ…何となく近寄り難かったというか…ちょっと無理してる感があったというか…」
「…っ…」
その言葉を聞いた千彩の表情が僅かに曇り、目を伏せて口をつぐむ。
暫く黙り込んだ後、今にも泣きだしそうな震える声で寂しく笑いながら口を開く。
「…私程度の実力なら…」
「?」
「…少しは無理しないと、何の役にも立ちませんから…」
無理に浮かべた笑顔もすぐに曇り、それを隠すように前を向く。
「…さぁ、早くいきましょう!」
まだ震えが残る明らかに無理をした朗らかな声で、後ろを振り返らずに重い足取りのまま廊下を歩いていく。
二人はその背を何も言わず少し躊躇いながら着いて行く事しか出来なかった。
到着する頃、空はほんの少し紅から黒に染まりつつあり、町の中には明かりを点け始めている店もあった。
そんな街並みを見回せる小高い場所、兆邸から歩いて四半刻程度の距離にある一戸建ての屋敷、一人で暮らすには大きく感じるその建物こそ千彩が生まれた時からずっと住んでいる彼女の家だった。
中に入り千彩が二人をそれぞれの部屋へと案内した後、夕食を用意する為に一人厨房へと向かおうとしたが、麗が「知らない部屋に一人は怖い」といって結局二人で厨房へと向かっていった。
夕食まで暇になった辰之助は何をするでもなく、布団も敷かずに部屋の畳へ寝転び束の間の休息を感じながら、時折現れる眠気を振り払い、明日以降の試練への不安を巡らせる。
(討魔隊の…誰かのお願い…そんな事で本当に良いのだろうか…)
すると額の真ん中にぷにっとした柔らかい何かが当たった次の瞬間
『そんな事、ではありませんよ』
「!!」
突如脳内に響いた女性の声に驚き、思わず飛び起きてしまう。
「びっ…くりした…」
ニャオン♪
辰之助が虚の方へと振り返ると驚いた顔を見た虚が楽しそうに笑っていた。
「虚か…驚かせんなよ……ふぁ…」
下げた頭と胡坐をかきながらあくびをしている所に虚が近づき、ヒョイと肩に飛び移ってこめかみに前足を当てる。
「どこに行ってたんだ?麗が寂しがってたぞ」
『勿論後で会いに行きます、今は貴方とお話したかったので』
「千彩の事か?」
『…はい』
「……色々聞きたいことはあるんだが、千彩は…えっと…ここで何もしていないのか?」
『とんでもない!それどころか』
「なら、何であんなに…その、卑屈というか…後ろ向きなんだ?」
『…彼女は、望んで隊長の座へ就いたのではございません』
「……?」
『千彩様にはご両親と姉が一人おられました、そして四年前まで彼女の父、
「……どうなったんだ?」
『……ある日、永利様と魅彩様が共に赴いた任務にて永利様は殉職、魅彩様は姿を消し行方知れずとなり、病床に伏していた母である
虚の悲痛な表情を見た辰之助は最期まで言わずとも結末を理解すると、同時に一つの疑問が脳裏を過ぎる。
「…他に…良い奴は居なかったのか?」
『……残念ながら、十四になりたての少女しか居ない程に…』
「…人材少なすぎるだろ」
『今は多少マシにはなりましたが…あの頃は本当に酷くて…』
「…苦労してるんだな…」
『……失礼しました…本題に入りましょう』
「……」
『お母様の試練、「討魔隊員の願いを叶える」それを利用するべくここに来ました』
「俺に千彩に関する頼み事があるって事か?」
『はい…先程お伝えした無茶な経緯のせいで千彩様は未熟なまま人の上に立たざるを得なくなり、それに見合う実力を身に付けようと過度な鍛錬を行う癖が付いてしまいました』
「…過度な鍛錬?」
『暇さえあれば食事も睡眠も休息も削って、素振りを始めとした基礎鍛錬を延々と繰り返しています、酷い時は誰も居ない家で意識を失うまで続けた所為で脱水や空腹で命を落としかけた事も…』
「本末転倒じゃねえか、何でそんなに鍛錬するんだ?あいつ、あんな強いのに…」
『周りに桁違いな人が多いせいで焦っているのです』
「…俺からしたら十分なんだが…それでも足りないのか」
千彩の実力を一度間近で見た辰之助はその事実に驚き、討魔隊の水準の高さに戦慄する。
「確かにあの娘は強くはねぇな」
「「!!」」
いつの間にか入口に立ち、全く気配を感じさせていなかった跳吉が部屋へと入ってくる。
「…あんた、書類とか言われてなかったか?」
「馬鹿野郎、思いださせんな、逃げてきたんだから」
ニャニャニャンニャ!
「わぁーてるって!後で行く!?…ったく、どいつもこいつも真面目になっちまって…」
(こいつが悪いんじゃ無いのか?)
『今回は間違いなく跳吉様が悪いです』
(何でこんなに偉そうなんだよ…)
「まぁそれよりだ、お前、試練受けてんだろ?そんで虚はそれを利用するためにここに来たんだよな?」
コクリと虚が頷く。
「俺も大体同じで千彩に関してだ、千彩の親がまだガキだった頃からの付き合いだからな」
「……さっきから聞きたかったんだが、何で俺なんだ?お前たちの方が関係長いだろ?それにさっき虚が千彩の事を話してくれたが、もし俺が敵だったらどうする気だ?」
「そん時はそん時だ」
「…っ」
「……まぁ、確かに俺達で解決できるなら苦労はしねぇし、何ならそれが最善だろうよ」
「なら…」
「実際何回か説得はしたし、その度に行動を見直す事もしてくれていた」
「………」
「だが、俺達と一緒に戦うとまた焦っちまってその度に元通りになるってわけだ、一人暮らしで止める奴がいないのも原因だろうな、自分だけだと歯止めが効いてねぇ」
『我々の内、関係の深い誰かが千彩様の元へ頻繁に通えればいいですが、それも難しくて…』
「……だからって、何も知らない奴に託すのはどうなんだ…?」
「なんだ?やたら渋るな…そんなに信頼されたくないのか?」
「そうじゃない、出会って間もない奴にそんな事を頼むのがおかしいんじゃないかと言いたいんだ」
「でもお前ら礎静町でそれなりに仲良くなったろ?」
「…否定はしないが、そこに踏み込んで許される程の仲じゃない筈だ…それに虚はともかくお前とは今日出会ったばっかりだろ」
「大丈夫だ、虚から聞いた礎静町の事で俺はお前ならいけると俺は確信した、それに…」
「……?」
「久々に見たぜ?あの娘が素をだしてあんなギャーギャー騒ぐの」
『最近はより一層気を張っておりましたから…』
「お前が千彩の親父にちょっと似てるからかもなぁ」
少し寂しげに笑いながら過去を懐かしむ跳吉の前で呆れたように項垂れる辰之助が呟く。
「………はぁ…お前ら…はっきり言って見る目無いぞ…」
「なっはっはっは! よく言われるが、もれなく全員訂正する事になってるな! んでどうする? 頼んでいいか?」
「約束はするが…期待はするなよ」
「応!期待してまってるぜ!」
「…話…聞いてたか?」
ニャァン…
『聞いた上でこれなんですよ…この人は』
その後、千彩の声が聞こえるまで唐突に始まった跳吉の武勇伝を聞かされ続ける事となった。
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