第23話 試験

 ガラガラ…

「お、おかえり…」

「ん…」

「ど、どうだった?」

「どうって…何が…?」

 疲れ切った様子で襖を開いた辰之助に向かって、麗は居心地が悪そうな顔で恐る恐る尋ねる。

「えっと…厠…間に合ったのかなって…」

「あ…あぁ、まぁ…何とかな…」

「そっか…」

「…」

「…」


 二人の間に気まずい空気が流れる。

 この空気感を作ってしまった事を申し訳なく思った辰之助は何とか話題を探そうとするが、怒り疲れと直前までの自己嫌悪の感情が邪魔をしてしまい、良い話が思い浮かばない。

(あぁ、ダメだ…こんな事で落ち込むからいつまでも強くなれないんだ…くそっ……強く…強さ…そういえば…)


「…なぁ…」

「……ん?なに?」

「…お前は俺の何を見て「強い」っていったんだ?」

「…え…と……んー、とね…上手く言えないんだけど…」

「…」


「見ず知らずの私の事を信じて、戦ってくれたから…かな?それに親分の店で助けてくれたり…金菊邸で蜂太?って人を倒してくれたお陰で皆を守れたり…」


「……そんな事は誰でも出来た…戦う事も、倒す事も、守る事も…俺じゃなくても良かった…俺は偶然その一端を担えただけ、千彩、晃次郎、比那と紗那、そしてお前が居れば勝てていた…俺は必要なかったんだ」


「…でも、貴方が居なかったら私は戦おうとすらしてなかった、それは間違いないよ」

「……麗…」


「だ、だから元気出して!私がここに居るのも全部辰之助のお陰だもん!必要ないなんて人、この世界には居ないんだよ!!」

「……そうだな、悪い…疲れて気持ちが落ち込んでたみたいだ」

 麗の言葉を受け、辰之助は疲れながらも明るい笑みを浮かべ机に置かれた菓子を手に取り食べ始める。


「……」

 そんな辰之助を麗は心配そうに見つめているが何も言わず再び沈黙が流れるが、今度はそれを破るものは居ないまま、気が付けば空が赤く染まり始めていた。

 迎えに来た千彩が少し困惑しながら襖を開けるまで二人は重苦しい空気の中、時間が過ぎるのを二人は静かに感じていた。


 夕日に照らされる屋敷の廊下を、それぞれの歩幅に合わせ三人はゆっくりと歩いていく。

「すみません、少々準備に手間取ってしまって…」

 後ろを伺いながら軽い謝罪と共に千彩は二人の前を歩き、どんどんと屋敷の奥へと歩いていく。


「…辰之助さん、麗さん」

 廊下を歩いている最中、千彩が足を止めて突然振り返り、二人に向かって頭を下げる。


「遅くなりましたが礎静町での事、ありがとうございました」

「え!? いやいや! 寧ろお礼を言うのはこっちなんだけど!?」

「麗はともかく、俺は何も出来ていないんだ、頭を上げてくれ」

「もう!またそういう事言う…!」

「いえ、私はお二人に命を救ってもらいました、麗さんは無論、紅重蜂太を倒し、彼女に刀を託してくれた辰之助さんも私にとっては命の恩人に変わりありません」

「…大袈裟だ」

「だとしても、今は感謝させて下さい」

 そう言いながら顔を上げた千彩は真っすぐと辰之助を見つめる。


「……っ…」


 喜びと納得できない思い、少しの照れ臭さがが入り混じり、千彩から目を逸らして頬を指先で軽く掻く。


そんな辰之助の視界へとにやにやと目を細め、少し悪戯な笑みを浮かべながら辰之助を下から見上げている麗が映り込んできた。


「にひひ、ほーら、言ったでしょ?」


 小さく嬉しそうな声で麗は辰之助に問いかける。


「……ふっ…そうだな」


 少し笑いながら返事をする辰之助と、それを見て明るく笑う麗。

そんな二人を不思議そうな顔をしながらも見る千彩だったが、何かを感じたのか深くは聞かずに改めて頭を下げ、それを二人は受け入れて三人は再び廊下を歩いていった。





 最奥の広間。

それに通じる襖へと辿り着くと、千彩は襖へと手をかけてゆっくりと開いていく。


ガラガラ…


 開かれた襖の先に広がる空間の先に一人の人影が座っていた。



 白色と灰色が入り交じった腰まで伸びた長い髪。

顔と首は舞子が白粉を全身へ塗りたくったかの様な病人の様な色白さを見せ、それを誤魔化すかのように目の縁に紅く、色濃い目張りを施している。

更にそこへ微笑を貼り付けたかの如き顔が加わり、儚くも妖しい彩りをもたらしていた。


 服も千彩の様な動きやすい戦いの為の服ではなく、全身を覆うように厚く、首から上の部分のみ肌の露出を確認出来る程に着こまれ、蝶と花の模様があしらわれた豪華でありながら味気ないと感じる無彩色の着物を身にまとい、美しい姿勢で広間の最奥に堂々と鎮座していた。


「お待ちしておりました、長陽 辰之助さん、そして寿 麗さん」


 千彩と共に近づいた二人を見つめ、妖しい見た目の雰囲気とは裏腹に心安らぐ母親の様な声と柔らかな笑顔を浮かべ、二人を包む様に歓迎する。


「…私達の名前知ってるの…?」

「はい、虚が教えてくれました」

「あ、虚さんか! なるほどー!」


 麗が手のひらをポンと叩き納得した表情を浮かべる。


「千彩、悪いけど少し外してくれますか?」


 その姿を見た女性は変わらず微笑を張り付けた様な表情のまま、隣に居た千彩の方へと顔を向け、変わらぬ声色で頼みかける。


「分かりました」


 そう答えた千彩はそそくさと入口へと戻り、部屋を出て行き襖を入った時と同じ速さでゆっくりと閉めた。


「……さて、改めて…ゴホン…」

 少し固くなった声を誤魔化すように咳払いし、深く息を吸って暫くしてから、女性はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…私の名は鋼導 兆こうどう きざし…討魔隊の創始者にして、妖魔を狩り、人々を守る、しがない伐魔士の一人だった者です」

「………」

 辺りへ言い知れぬ緊張感が走る。


 一目で妖艶さと重圧感を植え付ける兆の姿、常に微笑みを浮かべ続ける感情を読めない表情、誰であろうとも変わらない優しい母親の様な声、その全てがその空間を支配し、何よりも妖しく鈍色の輝きを放っていた。



「……ふぅー…!」

「!!」


 自己紹介を終えて、空間を支配していた兆の輝きが彼女の発する安堵した息遣いに搔き消される。


「あー、何とか噛まずに言えました、やっぱり慣れない事をするのは緊張しますねー…前なんて比那に…あぁ…!思い出しただけでも恥ずかしい…!」


 先程の落ち着いた雰囲気とは一変し、安心からか早口で少し前の回想を勝手に始め、血の気のない白い顔を少し赤くしながら、両手で覆い首を横に振って己の過去を恥じている。


「…よ、よく分からないけど…大丈夫!です!かっこよかったよ! うん! あ、です!」


 驚きながらも麗は明るく、気遣う様に兆を褒め始めた。


「…お気遣いありがとうございます、話が逸れてしまう前に本題をお伝えしておきましょう…」

「……」

(もう結構逸れてた気がする…)

 落ち着きを見せた彼女の言葉に、辰之助は心の中で愚痴を吐くが口には出さずにぐっと堪え耳を傾ける。


「お二人には簡単な試験を受けて貰います」

「試験…座学か?」

「座学?」

「勉強だ」

「勉強!?やだぁ!!」

「そんな難しい事ではございませんよ、討魔隊の隊員1人のお願いを聞いてもらいます」

「お願い?そんなのでいいの?」

「はい、どんな些細なものでも構いません、しかし一つだけ条件があります」

「条件…?」


「お互いに協力しては行けません、ただしお二人以外の協力者を求めるのは許可します」

「…もし破ったら?」

「特にありません、私が少し信用しにくくなります、あくまで試験ですので失敗したからと言って追い出すなどはしませんよ」

「試験の意味あるのか?それ」

「先程言ったように信用に関わるだけです、気楽に挑んで下さい」

「なぁーんだ、良かったぁー…!」

「……」


 兆の言葉を受け、ほっと胸を撫で下ろしている麗の片割れで真剣な面持ちで何かを考えている辰之助の姿があった。


「開始は明日、期限は一週間としましょう、完了したら受けた相手とその願いを虚に報告し、真偽を確認出来た瞬間終了と致します」

「ってことは…嘘つけないね」


「その通り、それと個別の部屋が用意出来るまでは千彩の家に住んで頂きます、部屋を出た後千彩に案内して貰って下さい」

「…住むって…俺もか?一応男なんだが…」

「…全くもってその通りです…しかし他にそっち方面に頼れる人が他に居なくて…」

「晃次郎とか、えーっと跳吉?とかの男の家の方がいいんじゃないか?」


「跳吉は家を持たずその辺で寝たり、借りた船の中で寝てるので駄目です、晃次郎は姉の灯黎と過ごしているんですが二人共住み込みでこの屋敷に居るせいで帰れなかったり、そもそも魚ノ霧に居なかったりするので少し厳しいかと…」


「……」

「ほんの少しの間ですので我慢してください…その…察して下さい…」

「……分かった」


 小首をかしげながら話を聞いていた麗が、少し考えた後にはっとして、突然嬉しそうに輝く目を二人の方へ向ける。


「もしかしてもう少し辰之助とか千彩さんと居ていいの!?」

「はい、もし双方が望むならそのままずっと住んでしまっても構いません」

 それを聞いた兆は、目を閉じてより微笑みながら優しい声で言葉を返した。


「えー、流石にそれは申し訳ないなぁ…」

「喜んでくれると思いますよ?しっかりしていますがそれ以上に寂しがり屋さんなので……昔…彼女の両親が不在の際にここへ泊まった時などは袖を引っ張って添い寝を要求して…」


ピシャァ!!


 兆の言葉を遮るように後ろの襖が勢いよく開き、驚いて全員がそちらを見る。


 そこには顔を真っ赤にし、閉じた口をもごもごさせながら恥ずかしそうに速足で兆の元へと向かう千彩の姿があった。


「…お話が終わったなら…そろそろ…」

「千彩」


 赤い顔を隠すようにそっけなく踵を返す千彩へ、兆が話しかける。


「……なんでしょうか…」

「非常に可愛らしかったですよ」

「…ーっ!兆様ぁっー!!///」

 更に顔を赤らめ、恥ずかしそうに怒る千彩を見ながら兆は楽しそうに優しく微笑んでいる。


 始めてみる彼女の姿に麗は少し驚きながらも親近感を覚え、辰之助はようやく年相応な無理のしていないその姿に安堵しながら静かにその光景を眺めていた。

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