第11話 暗い部屋

 ーー千彩、辰之助突入時 礎静町 女将の宿前


 昨日より少し人通りが少ない大通りを、少し落ち込んだ様子で、僅かに俯きながら女将が歩いている。

(…あいつらみたいな子供に任せるしか無いなんて…自分が情けない…)

 ため息混じりの自嘲が彼女の脳内で幾度となく反響し続け、その度に罪悪感と自身への嫌悪感が浮き彫りになってくる。


(…明日…どうなっちまうんだろうね…)

 不安と後悔を拭えぬまま、自身が経営する宿が見えてくる。


(考えても仕方がない、私が落ち込んでちゃ、店全体が暗くなっちまう…!)

 大きく深呼吸をして、しっかりと前を見て、先程よりも早く足を進めようと一歩踏み出す。


「おーーーい!!」

 すると女将の後ろから声が聞こえ、振り返ると麗が手を大きく振り返ながら、女将の元へと走ってきていた。


 ズザァ!と砂埃を舞上げながら止まり、更に後ろから足を引きずりながら歳典も追いついてくる。

「親分!遅いってば!」

「馬鹿…野郎!お前が、早いんだろうが…!」

 ようやく辿り着くも膝に手を付き、汗を滝のように流し、肩で息をして荒い呼吸を繰り返す。


「っはぁぁー…!はぁっー…!ゲホゲホ!偶には…現場で、動いた方が…ゲホ…良いな…!」

「女将さん!もっかい皆で話し合おう!千彩さんも、辰之助も皆で話し合って、何とかして東おじさんを助けよう!」

 麗の目に、かつて無い程の硬い意思の輝きが宿り、一寸の曇りも無く女将を見つめている。


 その姿を見た女将ら、呆気に取られた驚いた表情を浮かべ、少し経つと寂しそうな顔と共に何かを言い淀み、二人に背を向け

「着いてきな」

 とだけ答え、店の方へと向き直し、改めて一歩を踏みだし、歩いていく。


「よし!行くよ!親分!」

「…頼むから……年寄りを…もうちょっと休ませて…!」

「ほら、肩貸すから」


 そんなやり取りをしている二人からは見えない女将の顔、そこにはほんの僅かな涙と微笑みが浮かび、それを隠すように足早に店へと入った。




 扉を開けた瞬間、昨日と変わらぬ喧騒が耳と肌を突き刺す。

 歳典の姿を確認した客は更に騒がしく、嬉しそうに手を振りながら、口々に喋りだし、どれが歳典に向けた言葉かすらも分からないほどに言葉が飛び交う。

「おぉー!嶋田さん!この前は世話になったなぁ!」

「親分!今度また飲みに行こうか!」

「歳典の親分!今度麗ちゃんに着て欲しい服が入ったんで、暇なら来てくれよ!」


「おー!全員同時に喋られたら分からねぇから後で聞くな!!」

 爽やかな大声でその一言を全員へ返し、その場が笑いとツッコミに溢れる。


「…やっぱり、親分は凄いね」

「何も凄くねぇよ、皆が良い奴なだけだ!だっはっは!!」

 麗の賞賛も、歳典は豪快に笑い飛ばす。


 二階への階段を、主に歳典が苦戦しながら登り、いよいよ昨日二人が泊まっていた部屋の前に立つ。


「辰之助!来たよ!おーい!」

 その後も何度呼びかけても返事が返って来ず、同様に千彩の方も反応がない。


「……寝てるのかな…」

「…しゃあねぇ、開けるか」

 スパァン!と辰之助のへやの障子を勢い良く開けるが誰も居ない。


「あれ?じゃあ千彩さんは?」

 同じく、もぬけの殻だ。


「どうなってんだい…二人は先に帰ってただろ?」

 念の為に中に入って確認する麗に、部屋の外から女将が話しかける。


「…出かけてるのかなぁ…」

「若ぇ二人だからな…そういうのも有り得る…」

「ふざけた事言ってないで、さっさと探すよ!」

 と、階段の方を向いた女将の足が止まる。


「あんた…!」

 さっき、東以外の男達を連れていった内の一人が深刻そうな顔で息を切らして、階段を登った場所に膝を付いている。


「…はぁ……はぁ……女将さん、親分…あの…さっきの…若い娘…!」


「落ち着きな、千彩がどうしたって?」

 男の元へ三人が駆け寄り、その姿を見た男は深呼吸をして少し落ち着いてから話し始める。

「服装は…違いましたが…多分本人です………金菊邸に…一人で…」


「あそこにかい!?紅重組の本拠地だよ!?なんでそんな所に…!?」

「あれ…もう一人…髪の長い男の人も一緒じゃなかった…?」

「そこまでは…だけど…確かに見たんです、ボロボロの服で店の受付に、何か懇願して中に入って行いきました…」


 似た様な事が最近あった女将は少し苦笑いを浮かべながら、怒り気味に愚痴をこぼす。

「…ったく、同じ事されるとこっちも騙されたみたいじゃないか…」



「早く助けに行かないと!!出来るだけ戦える人を集めて金菊邸に…!」

 焦る麗が三人に向かって必死の形相で叫ぶ。


 だが、その言葉を聞いても三人は動こうとすらせず、その空間には諦観に似た雰囲気が漂い始め、麗もその空気を察し更に焦りを見せる。


「何してるの!?親分が一声かければ皆来てくれるよ!!」

「無理だ」

 歳典が冷酷に苦しそうな声で言い放つ。


「何で…!」


「…この街で紅重組に逆らおうとする奴らは居ねぇよ」

「……少しでも希望を見せれば…!」

「十五年前の戦いも同じだった、少しの希望を信じて戦った奴らは全部失った、俺含めてな、それに…今更協力してくれる奴は居ねぇ…多分…誰1人として…」

「………嘘…」

「……麗、残念だが…」


「…親分が声を掛ければ、皆応えてくれる!絶対に!!」

「…俺はもうあの日からこの街では負け犬なんだ…負け犬に着いてくる奴なんて…誰も居ねぇんだよ…!」

「…っ…そんな事ない!親分は皆から尊敬されてる…!」

「…東も言ってただろ…『甘ったれた人情に流されるのはうんざりだ』って…俺はあの言葉に気付かされたんだ、今の今まで周りに甘えてただけだったってな」


「……親分…」

「東も腹を括って償おうとした、だから俺も自分で自分のケツを拭かせてくれよ…」

「……」

「最期の頼みだ」


「……っ…!」

 麗は拳を握り、歯を食いしばって涙を堪えている。

 しかし耐えられなくなったのか、辰之助の部屋の窓から飛び出し、どこかへ走り去ってしまった。


「……はぁ…」

「……ほんとに情けなくなったね…あんた…」

「……全くだ…」

「………落ち着いたら、明日に備えてさっさと帰んな…」

「………」


 光を失った部屋で一人、男はただただ己の無力さを嘆く事しか出来なかった。

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