第3話 解呪

「魔幇事務所でこんな面白いもの見つけたぜ。事務所の結界を形成してたやつなんだけど」ヒワコが箱型の機械をヒイラギの眼前に持ってくる。

「結界形成装置か。これがどうかしたのか」

「これを解いた時になんか見たことある結界パターンだなと思ったんだが、こいつ、軍と魔技研が共同研究してたやつだ。あと確か魔法省からの出向者もいたな。確か実用化には至らず計画は凍結されたはずだぜ」

「魔法省から出向?」

「知らない?」

「聞いたことないな。しかし、凍結というのは?」

「新規性の高い術式を組み込んで見たものの、求めるクオリティに達しなかったとかなんとか。それでプロジェクトは税金を無駄遣いしたうえで頓挫」

「こいつはその試作機かあるいは誰かが秘密裏に完成させたか、ってことか。論文やら特許やらで情報は公開されていないのか?」

「公になるような代物じゃないさ。涜神計画ほどじゃないにせよな」

「魔幇の連中はどうやってこれを? 軍や魔法省と繋がっているのか……?」

「さあねぇ、生け捕りにした下っ端共はご存じなかったみてぇだがな。きな臭くなってきやがったぜ」

「あと、これが隠し金庫に」ユミが1cm程の厚みの青白く光る板を差し出す。

魔石板メモリか」

魔石板は魔鉱石で作られた薄い板でその内部と表面に魔術により暗号変換された情報を蓄積することができる。

「解析を急ごう。ヒワコ、ゴーレム借りるぞ」

 ヒイラギはゴーレムの一体にメモリを差し込み精神接続リンク、魔力を注入する。すると、魔石板に刻まれた肉眼では視認できないほど微細な魔術暗号のイメージがゴーレムを介して立体的に浮かび上がる。呪文は一定の周期で波打ち文字はシャッフルされる。

 文字は絶えず蠢き波打ち移動している。立体もその動きに合わせ、球、八面体、三角錐、円環面トーラス、様々な形状に変化していく。文字には流動性があり上層から下層へ、下層から上層へ浮き沈みフリップフロップし、また隣接した文字と入れ替わる。しかし、この動きを凍結することはできない。動きが止められた瞬間消失するようにプログラムされているのだ。絶えず変化する魔術暗号を解き明かすのは容易ではない。強靭な精神、集中力、眼力が問われる。暗号解読作業は爆弾解体作業と似ている。

ヒイラギは術式同士の接続リンクを遮断していく。

「(4,19,121)文字目と(8,143,72)文字目の接続をカット」

「(187,3689,10)文字目と(23,11,895)文字目の接続をカット」

「「(2,61,78)文字目と(167,109,7)文字目の接続をカット」

 ヒイラギの額には汗が滲んでいる。ヒイラギ次々と解呪していく。暗号を半分ほど解体した時点で異変が起きた。疑似脳内に警告音が鳴り響き空間が赤く明滅する。時間が表示されてカウントダウンが始まる。

時間制限タイムリミット!一つ一つやっていたんじゃ間に合わない……!」

 ヒイラギは文字単位ではなく領域でカットしていく。

「(72,9,868),(92,92,92),(144,5,82)を同時に含む平面領域を抽出、遮断」

「(4,91,24)を中心として半径7文字以内の領域を遮断」

 残り一分。

「しまった、罠か!」

 領域内に含まれていた罠を踏んでしまい、呪いが精神接続チャンネルを逆流してくる。

「チャンネル4を切断!」

「姐さん、大丈夫かよ!?」

「大丈夫だ、ゴーレムが代わりに焼け死んだがな。チャンネルは複数ある。」

 残り三十秒。

 その後もチャンネルを犠牲にしながらも、大胆に領域を遮断していく。5万文字にも及ぶ魔術暗号の塊を解呪し終える。すると、赤と青の文字列コードが出現した。構成する文字とその順番は同一で色だけが異なっている。

「古典的な」

どちらかを切れということだ。正解を導くためのヒントはない。必要なのは思い切りと運。どちらを切るのか。

「まずい時間が!姐さん!」

所員たちは目を瞑り祈るように手を合わせている。

残り一秒。

ヒイラギは赤い文字列を切断した。青はフリューヤの色だ。

……。所員たちが閉じていた目を開く。時限装置は残り一秒で停止していた。

すべてを解呪して出現したのは孤立した霊的空間への入口だった。

ヒイラギは合法魔薬ドラッグを吸引し幽体離脱トリップした。

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混成都市(コンタミシティ)の魔術師 行方行方 @kisasagisasaki

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